修羅となって
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(うーん、どうしたものかなぁ)
アインと別れたエミリア”ウィンド”マーべリックは、一度新聞社に戻ろうとしたが、その途中でいかにも怪しい男達を見つけてしまった。通り過ぎる時に目に飛び込んできたあのモヒカン頭に、蜘蛛の巣にポップコーンという刺青。
それは、あの今朝の襲撃されたギャング団、ポップコーンヘッズに間違いないと思ったのだ。
一瞬、戻ってアインに知らせるか、それとも社に連絡して応援を呼ぶかの2択が頭をよぎったのだが、彼女は結局どちらも選ぶことはしなかった。思えばそれが、大きなミスであった。
(もう少し後を尾けて、どこに行くか確認してからでも遅くないよね…)
若者特有の楽観主義でそう考え、尾行を続けると、裏通りに入り人影が見えなくなったところで、突如あらわれた男達に囲まれてしまった。どうやら、尾行を警戒して別の仲間がどこかから見張っていたらしい。
まぁ、考えて見れば当然のことではある。なんせあのグレイスンが一度手を振り上げた以上、今の彼等は狙われているわけなのだから。
「ねーちゃん、用かい?」
「あ、いや、別に。ちょっと、みんな珍しい刺青してるんだなーって、つい。おほほほほほ」
「へぇー、いい趣味してるねぇ」
口調は軽いが、雰囲気悪いし目つきもおっかないし、じわじわと囲みを縮めてくる男達。エミリアは新聞社の先輩の格言を唐突にここで思い出していた。
『危険の一歩前で必ず踏みとどまれ』
どうやら、もちまえの俊足は危険の一歩向こう側へと大きく踏み込んでしまったらしい。ようやく性急過ぎる自分の欠点について気づく事が出来た。もう、遅いけど。
「私そろそろ帰らないと…」
「フン、家どこだい?」
「いえいえ、送ってもらうとか必要ないですから。本当に、ちょっと………サヨナラっ」
タイミングを計り、エミリアは動きだす。
このまま本気になって走ることができれば、彼女を捕まえられる者は、このアークシティ全体を探しても数えるほどしかいないだろう。光の速さとはいかないものの、その速さはかつての短距離世界記録にかるく肉薄しているのだから。
1人、2人と慌ててのびてきた男達の手をかわし、彼女は囲みから勢いよく飛びだした。だが、一気に表通りめがけて駆け抜けようとしたその時、エミリアの進行方向にたまたま水溜りがあった。
それはなんの変哲もない普通の水溜りであったが、彼女はそこで足を滑らせてしまう。
「うわっ、ちょっ!?」
慌てたエミリアは足を取られ盛大に転ぶと、その勢いのまま顔面を地面に激突させていた。
そのあまりにゴロゴロと激しく転がるのを見て、男達は一瞬だけ(死んだ?)と思い固まったが、実際にはたくさんの擦り傷を作って気絶していただけであった。
こうして動けなくなってしまった彼女は、あっさりとポップコーンヘッズ残党のてに落ち連れ去られてしまう。エミリア”ウィンド”マーべリック、本日最大の不覚であり、もしかしたら人生最大の不覚になるかもしれなかった。
この町では、人気のない裏通りは夜になると危険な領域へと変貌する。闇にまぎれ得体のしれない存在が闊歩するこの時間、まっとうな人間はここに近づこうとは考えないだろう。それは逆説的に言えば、後ろ暗いところのある人間や尋常ではない者達が身をひそめるには格好の場所であるとも言えた。
そんな捨て去られた廃ビルの一角で10数人の男達が集まっている。その集団のリーダー格らしき男は先程から身振り手振りを交えた激しい熱弁をふるい、回りの男達はリーダーの叫びや奇声を熱のこもった目で見上げていた。
「友人達はこの世から去った!だがポップコーンヘッズは不滅だ。これまでのようにっ、これからのようにっ。そうだ、時は来たッ」
おおぉぉぉぉぉ
なんだか分からないが、今が一番首元が涼しいはずの彼等は猛っていた。このいかにも頭のおかしそうなこの男こそ、今朝方壊滅しかけたギャング団ポップコーンヘッズのリーダーである。
裏切りから始まる新たなサクセスストーリーを祝い、彼等は偶然にも襲撃の時間、アジトを留守にしていた。そのおかげで命は助かったが、組織は半壊し、暗殺者がこの先も自分達を狙い続けるのではないかという不安に、疑心暗鬼に落ちかかっていたのだった。
しかし、もともと賢さとはかけ離れたところにいる3流ギャング達である。わずか半日の潜伏で今の状態に飽きてしまい、どうやら新しい脳内ストーリーが生み出されようとしていた。
「その数、形をかえようとも我等ポップコーンヘッズは絶えることはない。今日はこの俺が、明日はお前が、明後日はお前達の中の誰かが!ヘッドとなって率いていく、この世で唯一、終わりの無い存在。死の無い不滅の現象なのだっ!」
長身巨躯で全身刺青の、いかにもヤバイといった感じリーダーが自分の後ろに目をやる。そこには、どこからか持ってきた廃材によって組み上げられたおかしな物体にくくり付けられている少女がいた。あの俊足のジャーナリスト見習い、エミリア”ウィンド”マーべリックである。
彼女はまだ頭がぼーっとするらしく、焦点の定まらない視線を泳がせている。それに気がついたのか、奇声を交えて叫んでいたリーダーは突然彼女を指差すと
「…つまり、彼女は我らの母なのであるッ。この苦しい時にこそ我々の傷ついた心を慰め、優しさを与え、勇気づける存在なのだっ。ああ、ああっ!愛っ、母の愛っ!皆も記憶があるはずだっ」
「…あー、あたまいてー。って、なんだコレ?」
「我らの失った仲間達!今朝、あの卑劣なグレイスンの犬どもによって。ブタやウシのように、猫を殺す保健所のあの気違い共のようにっ!なにも抵抗できないまま殺された友人達を思い出せっ」
「へっ…抵抗?してたんじゃないの?……壁が軒並みバンバン弾で穴開けられてたって聞いたけど」
テンション高く叫び続けるリーダーと、その足元に転がったままブツブツと頭を振りつつ、呟き続けるエミリアは会話をしていたわけではないのに、それは不思議と茶々を入れているようにしか見えなかった。
しかし
「だがっ!悲しむことはない、母が来てくれたのだ。母の愛は無限にして無尽蔵!それを示すべく、今から我らの精を彼女の中に注ぎ込み、今朝、非情の悪魔たちの手で命を落とした仲間達を再びこの世に…」
お 断 り し ま すっ!!
それは演説の途中であったにもかかわらず、やけにはっきりとした拒絶の意志を込めた返事で、それまで熱に浮かされていた馬鹿共全員の目をくぎ付けにする力は十分にあった。
彼等はそのヘンな目つきを一斉に床に転がるエミリアに向けると、ようやく意識がはっきりしてきたエミリアは再び拒絶の意志を「そんなエロビデオな事はお断りだ」と口にした。
「…母よ、それは、嫌だということか?仲間を現世に戻さないという意味か?」
「はぁっ!?意味がわからないしっ、だいたい君達全員、趣味ではないですから。っていうか、それたんならエロビデオにしかならないからね。冗談じゃないから!」
「そうか…イヤか……断るわけだな」
突然、それまで熱に浮かされたように意味不明な演説を続けていたリーダーは、妙に静かになってそう言うと声の調子を落とすが、それは決して冷静になったわけではなかった。むしろさらに元気に、地面に置かれていた酒瓶を手にとって両腕を大きく広げると
「ならばっ!今からコイツの心臓をえぐりだし、飛び散る血は1滴残らず集めてブタ共に飲ませ。それをもって散っていった同胞達へのたむけとし。その頭蓋を我らの新たな聖杯とすべく首を切り落として茹で上げてくれる。そして、完成の暁には我等が敵に反撃の決意表明として酒を飲もう!!」
おぉーッ
正気の欠片もない宣言を大喜びで歓迎する男達に、エミリアは必死に「う、嘘でしょ?嘘だよね?待って待って待ってーッ」と声を上げたが、全てはむなしい努力であった。
そんな怯えた目の彼女を見てさらに興奮したのかギャング達は口々に奇声をあげながら足を踏み鳴らす。
手下達の足踏みに合わせ、リーダーはぐねぐねと意味不明な踊りを披露し。ひとしきり踊ると満足したのか両手を上げて部下達を制すると、髪をふり乱しながら転がっているエミリアをまたいで、聖なる儀式だとでも言うように鉄錆にまみれた棒を振りかざした。どうやらそれで叩き殺すつもりのようだ。
「さあ、我らの新たな時代をよこすのだ!」
「やめろー、無茶言うなー」
殺される、このままじゃ殺される!現実に迫る恐怖を前に心の中でそう繰り返し叫んだエミリアだったが、やれることといえば反射的に目をつぶることくらいしかなかった。
覚悟を決めなくてはならないのか?その時であった。
ずずん!!
騒ぎ立てるギャング達の後方、灯りの届かぬ暗闇の奥から鈍い音が響きわたった。
なにか、重い砂袋が地面に叩きつけられるような音に驚き、騒いでいたギャング達は一瞬にして黙る。
弱気な言葉を吐こうとした手下を睨みつけて黙らせると、リーダーは暗闇の向こう側にいる何かを見極めようと観察する。
しばしの沈黙が流れた。
突然暗がりの向こう側よりもつれるようにしてなにかが転がりながら飛びだしてくる。
それは地面に一度だけ叩きつけられるのに合わせて2つにわかれた。ひとつは腹に背中まで貫かれた刀をつけた黒装束姿で、まるで無視ピンに貫かれた虫のようにどうやらすでに絶命している様子であった。
そして、もう1人は少女。あのアサギリ サチコと名乗ったサムライガールであった。
だが、その姿はわずか数時間前まで子供のように無邪気に目を輝かせていた娘のそれではなかった。
飛び散る返り血は固まって、年相応の流れるような黒髪をボソボソとたばねてしまっている。ギラギラと異様に輝く目からはなぜかその正反対のうすら寒くさせる冷酷さしか感じない。
ただ、その息遣いだけは尋常のものではなく。フーフーっと激しく肩で息を整え、ここまでの戦いの激しさを予感させた。
すわ、敵の襲撃か!?色めき立つギャング達であったが、すぐに様子がおかしいことにも気がついた。
少女は共に転がり出てきてピクリとも動かない黒装束の体から小太刀を引き抜くと、眼前で繰り広げられているギャング達の主催する宗教的儀式に目もくれず、自分達が飛びだしてきた闇の方に身構え、意識を向けていたからだ。
「なんだ、キサマッ!ここは偉大な新生ポップコーンヘッズ、聖域と知ってのことかッ」
突然の乱入者が、異質な存在であるはずの自分達に全く意に介さなかったことが激怒を誘ったか、神経質な響きを含んだリーダーのその声に、ようやく部下連中も我に帰ると、次々と手に持つ銃器を握りしめなおす。
「なんだよなんだよォ、どんなバケモンかと思ったら綺麗なお嬢ちゃんじぇねぇの。ちとこっちで遊ばねぇ?」
ギャングの1人が場の空気も読まず、サチコの側に立った。ご丁寧に遊ばねぇ?の所で腰を卑猥に振ってみせるその姿は、外見を見て彼女を舐めきっていることが丸わかりだった。たぶん、分不相応に強力な銃器を手にしていることでこの少女がリーダーの下で転がっているエミリアと変わらない、その程度の認識でしかなかったのだろう。
しかし、現に彼等の前に立つサチコの姿は右手に血濡れの刀を下げ。腰に下げる2本差しのほかに、左手には鉄甲を、背中にもごちゃごちゃと棒状の物や鎌やらを持つ彼女は、まさに全身凶器といった出で立ちであった。
そんな彼女は凶悪な表情をしてはいても、一言も言葉を発することはなかった。その姿はさながら、東洋の神話に出てくる破壊の女神と例えてもいいだろう。
それがかえって馬鹿な行動をさせるのだろうか、ギャングは馴れ馴れしくサチコに手を伸ばしながら
「おい、カッコイイ……」
彼はサチコの体に触ろうとしたのか、それとも彼女の武装に触ろうとしたのかはわからない。
ただ、次の瞬間には電光石火の閃きと共に手甲をはめた裏拳が彼の顔の中心部を破壊していた。
それにあわせるように彼女達が開けたまだ土埃がおさまらぬ暗い穴の中から黒装束姿のニンジャ達が次々と飛び込んできた。
それは多少常識を持ち合わせていた双方に驚きと躊躇いを生み出す。
「お、おいっ!なんだよ、これっ」
「ジ、ジンザエモン殿、こ奴等は…!?」
「まさかここに隠れ家があるとは」
「誰だ、お前達?そうか、敵かッ、敵なんだな!?」
睨みあうギャングと黒装束、次々と起こる意外な展開に縛りあげられたまま呆けているエミリア、そしその間でただ無言のまま小太刀の血を払って鞘へと納めるサチコがいた。
嫌がおうにもその場の緊張が高まるのがわかる。
彼等全員が同じ情報を持ち現状を理解したわけではなかったが、もしできたとしても決して喜ぶことはなかっただろう。
今朝、彼等ギャングを殲滅線と動いたニンジャ達、その魔の手をたまたま逃れることができたギャング達。それが、この尋常ならざる剣鬼を放つ少女によってふたたびこの場所で巡り合うなど、誰がわかるだろうか。
場は混乱し、収集がつかなくないまま再び闘争へと移行すると思われた、その時だった。
「ごっ……がっ…」
ズルリ、と顔にめり込んだ鋼の鉄甲からようやくのこと、シールのようにはがされて解放されると。ギャングは状態をフラフラさせながら意外としっかりとした足で2歩下がり、そこで両膝をつくとエビぞりで倒れた。
痙攣はさらに激しく、傷の中心である鼻は易々と砕かれ、噴き出す血の違和感以上に顔の配置が崩れているのが見て取れた。
彼女のたった一撃が、この男の鼻の部位のみならず、目や口の一部分を歪めたどころか頭蓋を破壊しつくしていた。
そして、その男の血の泡を吐き、その血で呼吸できずにぶくぶくと音を出し、痙攣は力なく次第に収まっていく。そして、絶命の瞬間が、まさに合図となった。
「ブッ殺せぇー!」
「おのれぃ、殺せぇ!」
この光景に激昂したリーダーと、なんとか状況に適応することに間に合ったニンジャの叫びが双方から共に、声がかかった。おぞましい血の祝宴は、その形と規模を変えて火蓋が切って落とされる。
もしこれが常人の世界でのことであれば、刀だの持った武装集団にギャング達は余裕で銃口を向けるだけで全ては終わったはずである。しかし、ここはアークシティであり超人のいる世界である。
銃は普通の人間には武器として完成されていても、全ての超人に対して威力を発揮できるわけではない。
まして、彼等は軍人でもなく、ストリートギャング達であり。彼等の前にするのはNipponの呪いや魔の技術をもって戦うニンジャ達である。一方的な殺戮とは、逆状況で言われたことであろう。
そして、ここにはヒノモトが送り込んだ暗殺者。1人で百人を相手にすると師が豪語するほどの少女、アサギリ サチコがいるのである。
パチン、なにかサチコの右手からそんな乾いた音が響いた。
(ミツコ……)
固まった状態のまま、最前列に並ぶ者達はそのまま自然の構えで、後ろにいるものは前の人間の頭の上やら横から無理矢理にも腕を突っこむ形で銃口を向けようとする。
そんなギャング達の1人が、突然頭が激しく前後に揺さぶられる。
そのあまりに不自然な様に周りは驚き、そして見てから全員が凍りついた。そいつの頭に、クナイがいつの間にか突き立っていた。しかも、そいつは崩れ落ちる瞬間によりにもよって持っていたライフルのトリガーを引いたらしい。
くぐもった短い連射音に続いて、列の一部から女のような悲鳴が上がる。
一方、ニンジャ達もただ黙ってみているつもりはなかった。
「ジンザエモン殿!」
「これを好機と捉えよ。あの娘といえど、これだけの数は捌き切れぬはず。そこを仕掛けるのだ」
「仰意!」
「どちらも生かしておくわけにはいかん、かかるぞ!」
ジンザエモンを始めとした忍者達は応!との声と共に飛びかかる。そして、次の瞬間には彼等のその姿は溶け込むようにして影の中へと消えていった。これこそがTWO-HANDの精鋭部隊だけが成し得る秘術、隠業影身の術であった。
(必ず仕留めるぞ!これ以上小娘にしてやられるわけにはいかぬ、食い残しなどに邪魔されてたまるか、両方たいらげてくれるわっ)
驚きに浮足立つ連中に紛れこむと、立てつづけに3人のギャングを斬り捨てたサチコは、続いて自分の背後より再び襲ってこようと迫る存在を察知していた。
(隠業影身の術…)
それは予測ではなく、即座に相手が何を仕掛けてくるのかまで全てを理解する洞察であった。
ここにギャング達を利用して、気配を消し彼等の影の中に潜り込んだ。相手のことを知らぬギャング達にしてみれば、忍者共は煙のように消えてしまったように見えるだろう。が、サチコにはそうはいかない。
(まずはその影を減らせばいい…カゲミツ)
次々に繰り出す攻撃の合間を縫い、サチコは背中に左手を突っ込むと、鉄鞭をとりだす。。
セーラー服のスカートが翻る中、片手に刀を、片手に鉄鞭を一見して滅茶苦茶に振り回すようにひらひらと暴れ回る。これは一見すると無茶苦茶な動きに見えるが、実は鉄鞭を持って頭部を破壊し、刀で持って腹を狙うというなかなかにエゲツナイやり方をしていた。それを、まだ戦意を失うことなく諦めていない連中は銃口を向けてトリガーを引く、この動作の為に頭を砕く一撃、腹を切り裂く一撃を貰う羽目になった。
だが、サチコへの攻撃はこれで終わりではない。
ここからさらに、頭を砕かれ、内臓をはみ出させた連中の影から飛び出してくるニンジャの刃を器用にかわすと次々と蹴飛ばしていく。
(またかっ、またもこのザマか!?なんという娘なのだ)
ジンザエモンと呼ばれたニンジャはサチコを離れたところから見て戦慄していた。
確かに、暗殺者として選ばれたということもありその体術、剣術をはじめとした技はたいしたものだとは思う。しかし、それ以上に恐ろしいのはその若さからはとても信じられない戦士としての勘、洞察力の高さである。
優れた個体を殺す方法も戦術もニンジャにだってある。だが、この少女は先ほどからのそのすべてを見破り、間合いをはずし、タイミングをはずし。隙を作られ、そこを押し広げられとやりたい放題やられてしまっている。
圧倒的に縮めることのできないもの、一であった時分はそれを天才と呼んでいた。だが、この娘のそれはその領域を越えているようにも見える。
「小娘、死ねぃ」
恐怖を押しのけようというのか、気合いを入れる声と共に刀を振りかぶってサチコめがけて飛びかかるニンジャ達。
ぞぶっ!
そんな必死の形相をした彼等をあざ笑うかのように、サチコはすばやく屈むとその手に握った刀が縦横に凄まじい動きを見せる。その閃く光塵の中を通り過ぎた奴から、体のどこかから血を吹き弧を描きながら地面へと落ちていく。
そして絶叫が響きわたり、もんどりうって倒れた忍者に、できることといえば憎悪のこもった眼差しでサチコを睨みつけるだけであった。だがそれもながいことではない、そのうち僅かに体を痙攣させるとしだいにその瞳は光を失い絶命に至る。
任務を果たせないままであれば恥とすべし、彼等は死を選んだのである。
(化物めっ)
ジンザエモンは心の中でそう吐き捨てる。
いくらこちらの手を完全に先読みしているからといっても、その体にも限界は来るのである。
スタミナが切れれば動きは悪くなるし、付け入る隙もあるはずなのに。この少女はその全てのさらに上をやってのけるのである。これではただ、いたずらに部下の命を失っているだけになってしまう。
(他ではちゃくちゃくと成果は上がっているというのに。俺だけがこんな小娘に手間取っては頭領達の評価は地に落ちてしまうぞ。だが、だからといってどうする?)
まさか、ここで撤退を命令するわけにもいかない。だが、それでもこのまま部下の命をいたずらに失うことは、なんとしても避けなくてはならない。ジンザエモンの中に判断がぐらつきだした。
荒く息を吐きながら立ちあがり、ふらふらとしながらもサチコは周囲を見回す。一帯は血の海と化し、鉄錆のような据えた匂いでむせかえるほどだ。その中で、エミリアはまだ生きていた。
といっても、何ができるわけでもない。このまま転がっているしかないが。
自分が餌食になりそうになった時、乱入者が現れ。それが女性だと知った時は助かったと安堵したのは事実だが、今はそのことに自信が無かった。
それは彼女の知るヒーローの世界とは違う、陰惨で陰鬱な殺戮があるだけの殺し間でしかなかったのだ。そこに自由を奪われた上で身を置いている自分が、どうして助かるなどと思えるだろうか。
そしてこの瞬間、エミリアとサチコは初めてお互いを確認し合った。
(あ、死んだかも)
エミリアは思った。いや、これは単純にそうわかったのだ。
自分以外の血と肉の不快な惨劇の世界で、どうしようもなく無力で間抜けにも呆けているエミリアに比べ。サチコの凶相はたしかにおっかなくはあったけど、むしろその目の中にある向こう側をのぞいてしまった気がしたからそうわかったのだと思う。
なにもなかった。
そんな、なにもない彼女は襲ってきたニンジャ達も立ちふさがろうとしたギャング達もかわらず斬って、殺してきたのだ。そんな救いの無い暴力の嵐の世界で、彼女は躊躇うことも、嘆くことも、なにより後悔などしていない。
ただただ、無心になってひたすら命を狩っていっている。
そんな彼女を自分はきっと永遠に理解できないのだろう、そんなことを考えていた。




