ニンジャ 対 魔法使い
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それはわずか3分前のことである。
ブビャ―キン大魔術館に通ずる小道を、汚れを構わずにつき進む男達がいた。
その数、6人。
全員がいつものようにバッグを片手にさげていた。彼等は家の前の開けた空間に出ると、わざわざ横一列に並んでみせる。なにか意味があるのだろうか?
じじじっ、とネオンサインの音がすると、中央の男が左右を確認してひとつ頷く。それにあわせるように、全員が乱れることなく腰を落とすと、持ってきたバッグを一斉に開くと、中から風呂敷に包まれたなにかを取り出す。
さきほどからそうであったが、よくもまぁそこまでというくらい6人の男達の動きに乱れはない。包みを手に立ちあがると、2動作で包みをほどいて見せる。すると中からあらわれたのは長方形のアルミで出来た箱であった。
ドカ弁である。
その弁当箱を、今度は両端の2人が3つづつ回収すると、胸に大事そうに抱える。
「作業、開始」
ボソッとリーダーらしき中央の男の声で、2人は腰を再びかがめると弁当箱を驚いたことに氷上を滑るカーリングストーンのように勢いよく数メートルの距離を次々と勢いよく進んでいく。
それが終わると、再び列に戻り、かばんを閉じ、立ちあがる。最後にリーダーと思しき男が、懐から小さなスイッチを取り出す。そして今度は大きな声をあげながらそこにあるスイッチを押す。
「点火っ!」
すると大魔術館の壁に触れて止まっていた6つの弁当箱が凄まじい光を放つと大爆発を起こしたのである。
彼等が使うアルミ弁当型路上爆弾、一般ではIEDと呼ばれる即席爆破装置である。
一帯に広がっていた淀んだ空気は、発せられた熱と炎により瞬時に焼き尽くされる。その熱風を顔に受けても、スーツ姿の6人のニンジャ達は顔色一つ変えようとはしなかった。
彼等はただ無意味に眺めていたわけではない、こちらの動きを察し、中にいた連中が万が一にでも脱出していたならば。この場で仕留める腹積もりなのだ。
しかし、その心配は無用のように感じられ………。
彼等と、燃えあがる家の間にある空間が突然歪むのを感じた。
同時に、ニンジャ達の工法の小道から勢いよく風がびょうびょうと音を立てて彼等の横を通り過ぎて炎を揺らす。
次に突如としてそこに、本当になんの予兆もなく老婆と少女、それに漆黒の髑髏の探偵が立っていた。
(魔法か!?)
忍者達は一様にそう思ったものの、素直にそれを信じることができず顔をひきつらせる。
(何だ!?脱出!?こいつらかっ!?誰がやった!?)
突然、なにか空気の手に掴まれた違和感の直後に投げ出され、さすがにこの探偵も混乱していた。しかし、その頭の中は誰もよりも早く状況を確認していた。どうやら魔法の力でもって助かったようだ。この2人がいるということは……。
ところが、イロナはキョロキョロと周りを見回すと「ヒィ」と絞殺されるような声をあげ、次の瞬間にはなんと燃え盛る家に向かって走り出そうとした。
それを察したのか、弟子のコーラが小さな体を投げ出し巨体の師匠の足元にすがりついて転倒させる。
「お待ちなさい!死にますよ、ただのブビャ―キン」
咄嗟にあげる可愛らしい声は、なかなか辛辣な物であったが彼女の師匠は弟子の言葉など全然聞いてはいなかったのだった。だが、それを見ただけでダ―クハートには全て分かった
(カルル爺さん、中に残っているのか!?)
胸のポケットの振動で、我に返ったニンジャはそこに手を突っ込むと中から携帯電話をとりだす。
「はい……はい、実行いたしました。しかし、申し訳ありません。3名は失敗に終わりました……はい…わかっております、これより撃滅いたします」
そう言うと、電話に軽く一礼をしてから電源を切る。
体をおこす時には、6人のニンジャ達の顔は再び無表情なものへと戻っていた。
ニンジャ達の放つ雰囲気が変わっていくのがわかると、ダ―クハートものんきにしているつもりはなかった。大粒の涙を流す醜い老婆とその弟子に顔を向けると
「コーラ、そっちの師匠を守ってやれ!俺が中に行く」
そういうと勢いよく燃え盛る大魔術館のドアに向かって突撃する。勢いよく倒れこむように中に侵入すると、さっそくあの不快な自分のあらゆる皮膚が熱で焼かれ、そこから再生が始まるのを感じる。
(なんてことだ。全身を火傷してもなんの楽しいことはないぞ)
心の中で探偵はそうぼやきつつ、つい先日のさらに不快な記憶が呼び出されようとするのを拒否する。
今はそんなことを考えている場合ではない。急いで探さなくては。
一方、大魔法使いの弟子コーラ = ビーティーは探偵が勝手なことを言い放って突撃していったのを見ると、ようやく師の足から離れて立ちあがる。ついでにポンポンと服についた汚れを落としながら、地面に倒れたまま動けない師匠の後ろ姿に向かい
「ここからはお任せを、ブビャ―キン。そこで大人しくお待ちください」
驚くほど冷たい声でそう伝えると、ニンジャ達の方へと体を向けた。
「フン、お前が俺達の相手をするというのか?」
「左様でございます。こちらも猫がいないばかりに手も借りられない、ならば弟子コーラがお相手しましょう」
「そうか、頑張ってみるといい」
「あら、言われなくても。これくらいなら余裕でございますわ」
ニンジャ達は、この気が強いだけで何も分かっていない少女を見て低く笑うと共に、その顔には男の持つサディスティックな笑みを浮かべている。
そして列から1人、進み出ると勢い良く振り上げた手でまずはこの少女の頬と一緒に高慢きちな口を叩きつぶそうとした。
だが、男の手は振り上げたところで動きを止め。少女に痛みと泣き声をあげさせる代わりに自身の首がもぞり、と音を立て揺さぶられる中、そこから冷たい巨大な刃をはやしていた。
後ろに控えていた5人のニンジャ達は、仲間が進み出てわずかにふるえると、頭頂部からぴゅっと血をふいたのを見て異変に気がついた。
そして見た。少女の可愛らしいフリルのついたスカートの中から、跳ね上がるような曲線の恐ろしく冷たさを感じる巨大な刃を。少女は、コーラはというと「あら」と小さく声をあげると、はしたなくも刃をまたぎ。”中から引っ張り出そう”と試み始める。
その、異様な光景を目にし、咄嗟に5人は構えを見せるもののこのまま攻めるべきかどうか判断に迷う。
彼等の迷いなど関係ない、そんなマイペースぶりでコーラはスカートに隠れた足の間から”ソレ”を取り出そうとする。その動きだけで、顎から頭頂部まで貫かれた哀れな男はプルプルと震えると刃から解放され地面に崩れ落ちた。
それは、なんとも形容しがたい不気味な情景であった。
なぜなら、気がつくと少女の下から伸びた刃は依然として巨大ではあったものの、男を解放してからは見た目にも明らかにその大きさが縮んでいるように見える。さらに、スカートの中から出てきた柄の部分からそれが大鎌であることがわかったが、その大きさがどう考えてもおかしいのである。
コーラ=ビーティーの身長は150前後であろうと思われたが、取り出したそれは少女の身長をこえていた。
その禍々しい装飾が施されたソレを、コーラはまるで重さを感じないのかクルリと振りまわして肩に担いでみせる。実際に、その動作に無駄はなく、羽毛ではないかと思えるほどしっかりと使いこなしているように見えた。
「お待たせしました、ニンジャさんたち」
そういうと、にっこりを笑顔を男達に向ける。まるで、すでに地面に倒れた者のことなど気がついていないのではないか、1人をその刃にかけたことに気がついてないのか。そう思えるほど無邪気さを感じる純粋な笑顔であった。
「これにあるのは、我が師にして偉大なるブビャ―キンが作。”キラー・プロムヘッドによるバーバヤガーの首落とし”といいます。EUのモンスターハンターにして、大量殺人鬼となり果てたプロムヘッド氏。彼が晩年、伝説の魔女を滅しようとして求めた品でございます。
長い名前で覚えられないですか?でも、私は気にいっておりますの。
なにせこれは偉大なるブビャ―キンが、私が弟子になった時に特別にとお譲りしていただいたもので……」
「殺せっ!」
空気を読まずに延々と語り聞かせようとする少女の声を遮るように、ニンジャ達はリーダーの声に応!と答えるとスーツをはぎ取り黒装束姿で飛びかかる。
コーラもそれに遅れることなく飛び出すと、5人のニンジャ達が奮う刃の間を駆け抜けていく。とはいえ、その姿はまさに奇妙奇天烈。無重力なのではないか?重さがないのか?そう思えるほど頭を上に下にしながらも、跳ねるようなそれは確かに異常とも言うべき運動能力ではあったが、その肩に担いだままの大鎌は結局ふるわれることはなかった。
捕えきれないことをさとると、リーダーの男はとっさにはなった蹴りだったが、コーラはそれをも小さな片手と片足で受けると、勢いよく伸ばす反動を利用して距離をとる。
(まさかっ、我ら5人の刃で持ってしても。このガキを捕えることはかなわないのかっ)
あまりにふがいの無い事実に、ニンジャ達は気が狂いそうであった。
「違うわ、それ以下よ」
コーラがそう口にしたのは、彼等の感情を読み取ってのことか。彼女のいう”それ以下”の意味は?
もぞり
それはそう表現するしかない現象であった。怒りに顔を真っ赤にして列をなしていたニンジャ達の1人の首が突然、胴から転げ落ちたのである。
先程の交錯であの少女は得物をふるうことはなかったし、自分たちもあの巨大な刃を近づけることなく戦ったはずであった。なのになぜ、斬られている!?
「ひとつご忠告を」
少女は冷たい笑みを浮かべる。
「この刃、ふれればただ、ではすみませんよ?」
(わかっているわっ、このガキ)
怒りと屈辱に震えながらも、どう対策を施すべきか、アイデアがわかず、ニンジャ達はまったく動けなくなってしまった。
そんな悩めるリーダーの横に立つ3人の部下のうちの1人は、さきほどからなにやら違和感を感じていた。
鍛え上げられたはずの自分の五感に、なにかが絡みつくような、どこかぞくりとさせる恍惚感を刺激させられるものであったが、彼はニンジャだ。任務中の自制はお手の物であったはず。
しかし、その違和感はおさまることなくとうとう視界が歪みはじめたあたりで、目の焦点が怪しくなってきた。
(どうした、しっかりしろ!?俺はニンジャ、使命を果たすのだ)
彼の使命、そうだ任務は決まっているではないか。
それまで黙っていた部下の1人が、突然にして構えを変えると勝手に指示を口に出す。
「攻撃、疾風陣。かかれっ!」
いきなりそんなことを言いだし、リーダー格ともう1人は驚いた顔を見せたが、突出した彼に続いてもう1人は一緒になって飛び出していってしまった。
「ま、待てッ!!」
慌てて止めようとするも、すでにコーラも動きだしていて。あと、自分ができることと言えば彼等と一緒になって突撃するか、それともこのまま眺めているかしかない。
(馬鹿なッ馬鹿なッ。勝手に指示を出し、あまつさえ正体のわからぬ敵に正面からぶつかるなどっ)
さらに重くのしかかってくる怒りと屈辱に気が狂いそうになるが、結局のところ彼は動くことはなかった。
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「ニンジャ、とはどうあるべきだと思う?」
彼の敬愛する頭領達が聞いてくる。自分はそれに迷いなく答えて見せる、合理主義であるべきだと、現実的に判断するべきなのだと。
「その通りだ。だが、それは誰もがわかっていながら。誰もができることではない、わかるか?」
同じ顔の頭領達の問いに、今度は答えられなかった。誰もがわかっても出来ない?そういうものなのか?
「お前はまず、それを学ばなければならない。優れた技をもつといっても、所詮は下忍。その能力に大きな差はない」
「そんな部下を率いても、お前は強き兵であらねばならない。彼等を満足に生かすことなく、ただ任務の失敗に終わるのは無能というものだ」
その通りだ。頭領達の言葉に、自分も力強くうなずくことで同意を示す。
「だが誰もが最初から有能ということでもない。困難な状況に経験の無さから判断を誤る。つまらぬ私情にとらわれることで混乱を呼びこむ、弱さをあらわにする」
確かに、それは人を率いるならば注意しなくてはならないことであろう。
「しかし、それよりも何よりもお前が心しなくてはならないことがある」
「それはなにか?答えは”格”だ。お前がリーダーとして皆に認めさせ、率いるために備えなくてはならない一番のものだ」
格?認めさせる?この方達は、自分にそんな当たり前の事が出来ないと思われているのか?
「お前は心すべきだ。”格”がそなわなければ、部下はお前についていかない。不安におびえ始める」
「お前は理解すべきだ。”格”がなければ、彼等は平然と混乱する。そしてお前のいる場所を平然と奪おうとする」
自分なら大丈夫だ。お2人にはそう伝えたかった。
だってそうだろう?自分であれば、そんな”無能”者のごとき失態、自分がするはずがないのだから。
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この任務につく前、TWO-HANDの頭領ウコンとサモンジとの言葉が一瞬蘇る。
だが、そんなことはどうでもいい。こうなれば、あの2人が暴走でなにか手段を見つけなくてはならない。
あの男が口にしたのは、いってしまえば持ちうる最大の攻撃力を叩きこむというものである。
それをあらわすように、2人は刃物のほかに新たに残る片手にも三段棒を握るとコーラめがけて”足を止めて”撃ち合いに持ち込もうとする。
そして今回も少女はあの大きな鎌を振りかぶることはなかった。2人の間をひょいひょいと通り抜けようと……いや、違った。わずかに一度、ステップを入れて離れるとコーラは地面すれすれまで体を低くして2人の男の間に入る。
そしてその体をあり得ないことに駆けあがっていったのだ。
1人は股下から頭頂部までを2つに綺麗にさかれると、崩れ落ちると同時に中に詰まっていたモノが地面へとぶちまけられた。その不愉快な肉の塊達の音と、血と臓物から発せられる腐臭が感じられた。
リーダーに変わって指示を出した男は、その間も無様に素振りを繰り返すだけであったが。少女がサッと離れるのと同時にもぞり、と再びその首が先にこぼれ落ち。そのせいで力を失ったのか、首を失った身体は足元から崩れ落ちながらも最後の素振りをしていた。
(なんということだ!?俺は頭領達のいう無能者であったのかっ)
涙こそ流さなかったが、食い破った自分の唇からあふれる血がいまいましい。もはやニンジャ達に残された道は、逃げるか、一矢報いようと最後の攻撃を仕掛けるかしかなかった。
退却……できるわけがなかった。
このチャンスを棒に振っては、次が来るかどうかわからない。なにより、無能者と蔑まれては終わりである。
「攻撃、疾風陣。かかれっ!」
驚いたことに、愚かな部下と同じ言葉を発すると。困惑していた最後の部下もそれに従い、構えを変えて突撃する。
しかし、自分はそこには続かなかった。
彼が狙うのは少女の後ろ。先程から自分の弟子が活躍していることなど、まったく興味がないまま泣き続けているだけの老婆である。
せめて魔法使いの首をとることで、自分の能力を示さねばならなかった。
少女は、コーラ=ビーディーには驚きも、あせりも、なにより喜びもなかった。
その代り、彼女はリーダーに向かって駆けだした。自然、ニンジャを追う彼女の後ろにニンジャがくる位置関係となった。
(馬鹿めっ!あせって自分の墓を掘ったこともわからないかっ。お前の後ろはガラ空きだぞ)
勝利を確信し、リーダーの顔に笑みが浮かぶ。その顔が再び凍りつくことなどあり得ない。
ニンジャは見た。
魔法使いの弟子を名乗る少女の後ろに迫る部下の姿を。
その顔が、頭が再びもぞり、とあり得ない角度のまま胴体からこぼれ落ちるのを。
そして当然のごとく、少女はそのままのスピードを落とすことなく。自分に向かって飛びこんでくるのを。
最後の男にコーラがしたことは理解できる事は何一つなかった。
だが、あえて何をしたのかと状況を説明するならば、彼女は初めてその時両腕をいっぱいに広げた。そしてそのまま前を走る忍者の背中に飛び込んでいっただけだった。
そのかわり、彼女の肩に担がれていた(?)大鎌はありえないことに、少女の体を縦横に這いまわるように刃を振りまわして動くと、最後にそのスカートの中へと勢いよく飛び込んでいって……姿を消していた。
もぞり、音がした。もぞもぞり、さらに音がする。
しっかりと抱きついたニンジャの背で少女は冷たい目のまま、胴体からこぼれ落ちていく残骸達をみつめている。ニンジャの肩から、肘から、指が。首が、頭が、左足のモモが。
バラバラと音を立てて床に散らばっていった。
声もなく倒れたままの姿勢で泣き続けるイロナ・ブビャ―キンと、その傍らに立つ弟子のコーラ=ビーティーの前でぱちぱちと音を立てて燃え上がる家が一段激しい音と主に崩れ落ちる。
と、炎の向こうからこちらに歩いてくる存在を感じた。
それはこうこうと照らし出される炎の中でもなお暗黒の塊のように、禍々しい存在感を放つ髑髏であった。
イロナはそれをみると、ようやく体をおこすと転がるように走りだし。
コーラはそれを見て、少女らしからぬ悩ましげな恍惚のため息をひとうすると。深呼吸しながら歩き出した。
「いたぜ、さすが大魔道士だ。俺と違って火傷一つない、だがなんとかしてやってやれ」
そう言って差し出す手は、無残にも黒ずんで壊死しているような部分も見られたが、その中にはあの猫がぐったりとはしていたが生きていた。
それをひったくるように自分の手の中に収めると、イロナはブツブツとつぶやきだした。
「お疲れさまでした、探偵様」
「ああ……そっちも終わったようだな」
「はい、余裕でございます」
この少女の力を知っているのだろう、ダ―クハートは後ろに転がる無残な死体の数々を見てもとくに何かを口にすることはなかった。
そのかわり、夜空を見上げた。その横に来ると、コーラはもじもじさせながら
「あの……申し訳ございません。時間、ないのではないですか?」
「………」
「あのニンジャ達が襲撃したということは。それは、つまり…」
ダ―クハートはその少女の言葉には答えず。
「カルルじいさん、大丈夫だろうか?」
そう言うと、少女はにっこりと笑顔を浮かべ
「心配ありません。偉大なるブビャ―キンは不滅です。それに、アレもおりますし」
その弟子にアレ呼ばわりされたイロナ・ブビャ―キンであったが。彼女は先程から両膝をついたまま顔をあげようとしないでブツブツとつぶやくばかりであった。
だがそのうち、あまり気分のよくない匂いが探偵と弟子の鼻に襲いかかった。確かに、後ろの方にも中身をぶちまけられたことで糞便の匂いをぶちまけるものがあったが、それの比ではない。
次に、老婆の背中の服が勝手に崩れ始めると、それは燃えはじめた。露わになったその下の贅肉の塊には、ところどころさきほどまで炎の中にいたダ―クハートを思わせる焼け跡があった。
次第にそれは大きくなっていき、煙が立ち上り、ドロドロと熱で溶けたそれがさらに不快なにおいを放つ。
「しかし、ババァのこれは毎度のことながらきついな」
「本当に申し訳ありません。はがれおちないことには、処理も出来ませんので」
それは人間の脂肪が焼ける、火葬場で感じる強烈な匂いであった。そのドロドロと溶けだす脂肪の下から、メラメラと火を燃え上がらせるもう1人の人間の、美女の裸体があらわれはじめていた。
イロナ・ブビャ―キン。師にして夫であるカルル・ブビャ―キンの美しい妻は、信じられない話であるが普段はこうして老婆の肉を”はおって”いたのだった。そうしてあらわれるのは、豊満でつややかな肌の若い娘の姿である。
もっとも、魔法使いゆえに実年齢はとても小娘とはよべないものではあったが。
そんな彼女も、今は愛する夫であり猫の姿となったカルルを助けようと一心不乱になっていた。
「コーラ、これをかけてやってくれ」
そういうと、ダ―クハートは上着を脱ぐ、あの炎の中にいても焼けないスーツである。
「特別な服を作られたのですか?」
「いいや、アークライトの、光の騎士のたちのわるいジョークさ。いちいち裸になるのは不便だろうと言ってね。一張羅さ」
上着を受け取り、裸の姿となって目の毒になっているイロナの肩にかけるが、彼女はそれに気がついてはいないようであった。多分、この女性は自分と夫以外のことはこんな感じでどうでもいいと思っているのかもしれない。
大通りではゴミ袋が転がるくらいよ小道をのぞく人々がいた。
先程からこの道の奥から、ヘンな音が聞こえてきているのだから当然だ。しかし、だからといってわざわざゴミをかけ分けて中に入ろうとするモノ好きはまだいなかった。
ヒソヒソと顔を近づけて噂する中、暗闇の中からシャレコウベが浮かぶと大通りに出てきてしまう。それを見てパニックを起こした人間達が悲鳴をあげて大騒ぎになる。
ダ―クハートは周りで騒ぐ連中のことなど無視すると、携帯電話を取り出した。しかし、手の中にあったのはナニカの残骸でしかなかった。
(………炎に耐性のある携帯電話か。今度試しに聞いてみるかな)
そんなことを考えながら、自分の前でこちらを失礼にも指差し腰を抜かしているらしい若者に顔を向けると言った。
「おい、兄さん。携帯、携帯貸してくんないかな?」




