男と少女(3)
よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。
青空は明るい世界をあらわしていたのに、それを覆い隠す雲は太陽を覆い隠しているように見えた。
そして、白い雲に負けずに大地もまた真っ白なペンキをぶちまけたのかというほど漂白されていた。
私、ブラックサンはその場所に2人いた。
1人は意識だけとなってその場面を”観察”しているわたし。
もう1人は、白い大地の上に一段盛られた場所におかれた同じく真っ白な椅子にだらしない姿勢で座る私。いや、無表情に虚空を見つめるだけの壊れ果てたブラックサンがそこにいた。
無残で、無様な有様であった。
己のそんな哀れな姿を直視することができなくて、吸いつけるような魔力を発するその姿からようやく私は視線をそらすことができた。そして気がつくのである。
漂白された大地と思っていたそこには、白い服を着て、無表情のまま壊れたわたしにかしづく大勢の人々の姿を。
彼等の目に感情はなく、表情も死んでいる。意思というモノを奪いつくされているのだ。だから、見ただけで壊れたとわかるわたしの言葉を疑問もないまま待っている。
(なぜこんなことになった?)
自然とわき上がる問いに、私は無意識に戦慄を覚えた。これは出してはいけない答えではないのか?そう本能が悟ったからであろう。そしてそれは間違いではなかった。
だってそうだろう?他人の意志を奪い操る技をつかうのは、ここに1人しかいないのだから。
『これは警告よ。忘れないで、起こしてはいけないあなたの未来』
私の天使、君は確かにそう言った。
君を助けに来たのにもかかわらず、うろたえ、己の非力を嘆き、君を失う恐怖に言葉もなく震えていた私。それを優しくみていたのは内臓をはみ出させ、みるみるうちに血の気を失い死の道を凄い速さで駆けていく、君。
『あなたの力は、あなたを王へと追い立てていく。でも、それは死を意味するの。わかるでしょ』
彼女はいつも私の力。このオーダーと呼ぶものを危険視していた。
しかし私はそれを無視したわけではない。私にだって経験してきたことはある。その力でいい思いをしたこともあれば、痛い目にもあってきた。だから、そう、どこかで彼女の言葉を真剣には受け取らなかったのかもしれない。
そして、彼女は人生の最後の数十秒を私の為に必死で語りかけてくれていた。
だが私は彼女の言葉より、消えていく彼女の命にしか目を向けていなかった。彼女の時がとまった瞬間、私は恥ずべき男へとなり下がる。
私は失った翼の悲しみに任せて自分の力を解放してしまった、よりにもよってそんな私にならないでくれと最後にいい残した彼女の前で。
その日、私。ブラックサンのEUでのキャリアは終わった。
さらに大きなものと共に、失ってしまったのだ。
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アークシティ リトル=リドル遊園地 PM06:41
(そろそろか…)
観覧車の窓からすっかり夜の町へと変わっていたアークシティを見下ろしながら、ブラックサンはそんなことを思っていた。ブッカ―マンは几帳面な性格をあらわすように、現在進行中の事案についてメールで逐一報告してくれていた。
それによると、サチコの引受人の職場、家を確認したとある。
観覧車の魅力は人それぞれであろうが、自分にはやはりあまりいいものではないようだ。
景色の美しさが、夜の風が窓の外に流れているのを感じると、己の過去がフラッシュバックしてくる。いや、実際いつもなら忘れた”ふり”をしていることが、ここぞとばかりに牙をむいて覆いかぶさってくるのだろう。
口の中に広がる苦みに、今はコーヒーがとても恋しく思える。
2人はここにきて、はじめて無言の時を過ごしていた。
そして、ブラックサンはその時うっかりしていた。
まだ自分よりもはるかに年若いはずの少女の顔に浮かぶものを。それは、自分と同じ牙をむき襲いかかる過去を、目の前に広がる美しい夜景のむこうに見ていたのだということを。
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夜の森の中、サチコは暗闇に身を隠している。
その目には恐怖こそなかったものの、身体は緊張して視線の先でわずかな不自然な動きを見逃すまいと闇の中をあちこちに視線を動かしている。
開始より1時間(?)はたったのではないだろうか、事態は意外な展開を迎えていた。
卒業の儀、それは突然にして決まったことであった。
じいちゃんは”みんな”を集めてそれぞれに真っ赤な盃を配り、それに御神酒を注ぐとこう宣言した。
「今日まで皆、よく頑張ってついてきてくれた。まことに突然の話ではあるが、今日の卒業の儀、をもって、お前達を一人前としたい。
つまり、明日よりさっそく”この国を救うために働いてもらう”ことになった。まずは、めでたい!」
そういうと、じいちゃんは目の前の杯を一気にあおる。それを真似て”みんな”も一気に飲み干した。
じいちゃんはそれを確認すろと、大きくうなずき。再び皆の前をめぐって盃を満たして歩きながら続ける。
「お前達は、すでに1人1人で百の兵に匹敵する力を得た。だが、我々を待っている任務は過酷だ!そしてそれを失敗することは、この国に大きな災いを引き起こすものだということは言うまでもない。
つまり、お前達はお互いの力を補いながら。力を合わせることで千の敵を!万の敵を滅ぼす力となってほしい。それが、このじいちゃんの思う強い願いでもある」
そこで言葉を切ると、再びその盃をあおる。それに皆も続く。
じいちゃんはもう一度頷くと、今度は無言で皆の杯を満たして回る。最後に自分の席に戻り、手ずから御神酒を注いだ。
そして老人とは思えぬ力強い声で宣言した。
「だからこそ、お前達に卒業の儀としてこれを言い渡す。
この杯を飲み干した後、外に出て互いに果たし合え!!
互いに血を流し、涙を流して培った技術。それを駆使して互いの命を奪うのだ!
お前達は確かに優秀だ。しかし、互いに愛し合い。思いやっては戦いの中で隙を生むかもしれん。迷いを生むかもしれん。なにより、数がそろってこそ力が発揮されるのでは、数を減らされてしまえば弱くなることを意味する。
絶対的強者を目指せ!
なにものにも触れさせぬ力となるのだ!
このじじいが愛する子供らよ、お前たちならばその境地へと今夜、達することができるはずだっ!」
その言葉に全員がうなずくと、最後となる盃を空にする。
顔を真っ赤にして宙を睨んだままのじいちゃんに、それぞれが一礼だけして”みんな”は外へ出た。
いつもそこで遊ぶ時は集まっていた家の前で、”みんな”は黙って集まった。それが最後ならば、”みんな”納得して始めたい、そんな思いは一緒だったのだろう。
「どうやる?」
自然、サチコはそんな言葉を口にしていた。
決まった通り、最初は互いに組んで数を減らそうという意見に従うつもりであったが、突如その場に放り込まれた煙玉で事態は一変した。
全員が森の暗闇の中へと散り、互いの動向に目を光らせる。まさかこうなるとは思わなかったが、成ってしまっては仕方がない。ゴングのやり直しなど、ないのだ。
そして、サチコは1人であった。
静寂の広がる森の中で、これまで刃が火花を散らす音や、誰とはわからぬ声が何度か聞こえた気がした。
水辺で、誰かはわからないが恐ろしい量の血を流した後を見つけもした。
静かに移動中、何者かは分からないが自分の側を飛び道具がかすり、わずかに持っていた暗器を全部めくらめっぽうに放った。
今、この森の中がどんな状況なのか、彼女にはさっぱり読めなかった。
(落ち着け、今は考えるんだ)
サチコは暗闇でそう繰り返して落ち着こうとすると、驚いたことに目をつぶったのだ。
(緊張は気配を読まれる、力を抜け。眠るくらいでいいんだ)
恐ろしいほど無知と言うべきか、それとも胆力と感心するべきか。彼女はこの暗闇にひそんで彼女の命を狙っている7人の前で休むつもりなのだ。
(先程投げつけられたモノは確認しなかったけど、ああいうのを得意にしてたのはミツコだ。いや、それにしては身体の大きい自分に一つも当たらなかったのは不思議……いや、そうでもないか。あの子は優しい、きっと思いきれずに手元が狂っただけかもしれない。
たぶん、本人もそれがわかっているからずっと姿を隠しておくはず。
そうなると、男達か。
ムカデは鎖鎌を使う。剣を使う自分とはあまり相性が良くない。
ナガスミは短槍。あれを恐ろしい風音と共に振りまわしてくるはず。正面からぶつかるのは危険だ。
カゲミツは鉄鞭、カブトは手甲と共に組みうち術をあわせた技の達人だ。間合いをできるだけ離して、剣の届く範囲の中に入られるとやっかいだ。
逆に、コオロギは鉄製のブーメランを使うから離れては不利だ。身軽で隠密の技にたけた彼につかず離れずとされてはなにもできない。
ああ、そうだった。
キツネがいた。あの娘は得物は違うが自分によく似ているし手強い。1対1になるなら、彼女とだけは避けないといけない………)
さらに数時間が経ったと思う。
サチコは森の茂みの中でわずかな寝息を立てて眠っていた。
しかし、一方でその感覚は研ぎ澄まされ。脳は睡眠中とは思えぬほど冴えわたり、この後で待つかもしれない様々な状況のシュミレートを今も行っている。
パチリ
それはどこからともなく聞こえた、小枝が折れる音ではなかったか。
サチコは閉じていた目がカッと見開くと、仰向けのまま森の中を左右に目を光らせる。
すぐに動くものがなんであるのか、確認することができた。
(キツネ!?)
そう思いながらも、サチコにはそれがあの憎まれ口を叩いて、たびたび衝突した気の強い少女だとの確信が持てなかった。
それはそうだろう。
暗闇の中を、フラフラとよろけながら進む彼女は満身創痍で、呼吸はひどく苦しそうであった。
左腕は肘と肩に激しい裂傷があり、取れかけている。顔は半分が血に染まり、激しく鋭い眼光は片方はひどい切り傷でもって潰され、2度と瞼が開くことはないであろう。身体には脇に、背中に複数の出血が見られ。
引きずる左足にも怪我を負っているようであった。
ひゅー ひゅー
これは罠ではないのか?
サチコは当然そう考えるが、同時に胸の奥から突き上げる激しい感情のうねりを必死に悟られまいと押し殺さねばならなかった。
あの娘が!あの気が強くて、腕っ節も強くて。男連中に負けるとは思えない奴がこんな姿をさらしているなんて。
とても信じたくはない光景である。
その間も、彼女は荒い息は段々と乱れ、フラフラと動く身体は頼りなく、静かに立つだけの樹に少しでも寄りかかろうとする。
彼女は限界だ。
サチコにもわかった。もう助けられない。そう思うと、自然と体が動いていた。
静かに身体を動かして、彼女に近づく。キツネはどうやら後ろから来るかもしれない追手に注意が向いているのか、足元に這いよる彼女に気がつくことはなかった。
そうして十分に近づくと、パッと飛び付いて勢いのまま押し倒す。
キツネは最初驚いた顔をしていたが、相手がサチコだとわかると観念したのだろうか。目をつぶるとひとつ大きく息を吸ってうなずいた。
(殺せ、というのか)
サチコにはその意味をすぐに理解した。
泣いていた。サチコは気がつくと、横になるキツネの上にいて涙を流していた。
あふれる感情に、必死に声を殺して泣いているとキツネがそれに気がついた。お互いがまるで恋人同士であるかのように見つめ合う。思えば、こうして目を合わせると感情をぶつけあわさないことがなかった気がする。
キツネはサチコに何か言おうとして、声が出せずに咳き込んでしまう。それでもやっとの思いで短く
「あたしを…利用……しな」
それだけ言うとしっかりと右腕に持っていた物をサチコの胸に力強く押し付けた。
小太刀【ノバナ】
彼女の武器である。先程まで戦っていたのだろう、その鞘は彼女の流す血と泥でよごれているようで触れるとぬめりがあった。
その手を包み込むようにして握り返すと、2人は言葉の無いままそのまま動かなくなる。
それからの10分間をサチコは一生忘れることはないだろう。
5分を過ぎると、意識の混濁が彼女の目から力強さを奪い、何事か意味不明な言葉をブツブツといくつかつぶやいた。そして、最後だとばかりに目をつぶる。視力が失われることを恐れたのではなく、きっと彼女は死にゆく自分の姿をサチコの瞳に映るのを見たくなかったのかもしれない。
最後の呼吸が終わるのを、自分が3度息を吸ったところで確認すると、サチコはキツネの服に手をやり思いっきりそれを引き裂いてみせた。
家の裏にある滝つぼに2人はいた、カブトとカゲミツだった。お互い、暗い顔でじっと揺れる水面をみていた。
そこに闇の中からサチコが姿をあらわすとゆっくりと出ていく。
「サチコか」
「2人は組んだんだ。3バカじゃないの?」
カブト、カゲミツはコオロギと合わせて仲が良かった。手を組むなら3人ではないのかという意味だろう。
「コオロギは2人でヤッた。遠距離だからな、最後に後ろから襲われたら手の内を知られているだけにヤバイ」
「そっか。他は何か知ってる?」
「ミツコはキツネに追われてた。ムカデは…知らん。ナガスミは死んだ。キツネがヤったんじゃないかな」
たいして興味がないのか、あっさり理解を示して話を振るとむこうもとくに何も言わずに答えてくる。
「で、2人でくるの?」
「…ああ。悪いがお前やキツネは勘がいいし天才じゃないかと思ってた。1対1での勝負は危険だ。手傷を負っては、この後を戦えなくなる。すまないがそういうわけで正々堂々はなし、だ」
「わかった、いいよ」
今度はあっさりとサチコが返した。
3人の視線が絡み合う。男達は一瞬、顔をゆがませると何かを口にしようとして、できず。結局は別の言葉をひり出した。
「サチコ、お前のこと好きだぜ」
「俺もだ」
それに対し、サチコは表情一つ変えることなく自分の武器。中刀【夜叉丸】を鞘から抜き放って構えながら
「みんな、大好きだよ」
その言葉がでるのに、ためらいはなかった。
とても滝から漂う水しぶきとは違う、冷たい空気が辺りを漂う。
3つの影が重なり合うのと同時に、全ては恐ろしい速さの中で起こった。
サチコの強烈な最初の一太刀は、それをかわしきれないと、とっさに手甲でうけようとしたカブトの両腕を切断し。その後ろから襲う2本の鉄鞭の嵐をかいくぐろうとする。かわしきれず頬にひとすじ、皮膚が裂ける痛みが走るが、サチコはかまわず2歩目を踏みだしながら剣を振り上げ、死をあたえるべく3歩目を素早く繰り出す。おなじく頭部を狙って振りかぶられようとした2歩目にはなたれた鉄鞭は、半歩先のサチコには届かずかわりに相手の刃を胴体に頂戴することとなった。
あっという間の決着であるかに思われた。
だが、次の瞬間無傷であったはずのサチコの口から血が噴き出すのに合わせるように、空気を切り裂く不快な音がすると両腕を失ったカブトの首を真後ろからなにかが襲い、首が胴体から転げ落ちる。
同時に、離れた木陰からくぐもった声がすると男が、先ほど2人が手をかけたと言ったはずのコオロギが姿をあらわしながら崩れ落ちていくのが見えた。
だが、サチコはそれに目をやることはなかった。
彼女が注意していたもの、つまりこの時さっそうと空中に身を躍らせ、3人がサチコに牙をむいた瞬間、横合いから襲撃を仕掛けたムカデを見ていた。
ムカデは早速放った鎖は、2人を切った直後のサチコの背中を襲ったのだった。
その強烈な一撃に、たまらずサチコは剣を杖のように大地に突きたてることで、倒れこむことなく片膝をつくだけにとどめることができた。
しかし、水の中へと着地を決めたムカデはそれを確認するとジャバジャバと水を切ってサチコの元へ行き止めを刺そうと試みる。必殺の一撃を目指した鎖の一撃は重く、サチコはこの状態から再び剣をふるえるようになるのは、もうあと1,5秒ほど時間が足りないように思えた。
そして、だからこそムカデがこの瞬間を逃すはずがなかった。
距離は縮められ、振り上げられた鎌がサチコの首筋へと振り下ろされようとする。
シュッ
それは、まるで紙か何かが空気を切り裂く音に思えた。
しかし次に起こったのは、得物を振り上げたままの姿勢のムカデの首に赤い線が走ると、そこから勢いよく一瞬だけ血が噴き出す。それに気がつき慌てて傷口をふさごうとしてバランスを崩し、ムカデは水辺に倒れ込んだ。
激しくゼェゼェと咳こみながら苦しそうに肩で息をしているのは、サチコだけであった。
暗闇ではあったが、傷ついたキツネの体を調べたことでサチコにはこうなるであろうことはわかっていた。全て計画の通りであったが、それでも無傷で、とはいかなかったのだ。
狐の体になかったのは槍の傷だけであった。つまり、それ以外の全員が彼女を襲ったということになる。
そしてサチコを滅した瞬間、彼等は同盟を終わらせついに決着をつけようと動いた。しかし、それはサチコの動きが上回ったことで全てを御破算にすることができたのだ。
だが、まだ終わりではない。
再び口からペッと不愉快な血の塊を吐き出すと、咳き込みながら、息を必死に立て直そうとしながら周りを油断なく見回す。いつの間にか、サチコの後ろには真っ白に血の気を失ったミツコが立っていた。
「サチコ……キツネにあったんだね」
震える声でそう確認する彼女に返事をすることなく、かわりに小太刀を鞘に納めると大地につきたてたままの自分の刀の所まで戻って手にする。
「ムカデがやられるなんて……なんてこと」
信じられない、ミツコの目はそういっていた。サチコはそれに構わずに、ようやく自分が話せるところまで回復したのを悟ると、彼女に向かって質問をした。
「”みんな”をそそのかしたの…あんただね。ミツコ」
その言葉に返事はなかったが、か細い彼女の体がはっきりと震えたのを見てそれが正しい事がわかった。
「ナガスミは?槍をもったら無双、そんなの…あんたが放っておくとは思えない」
「そうよ。ナガスミは死んだ。私が殺したの」
ボー然とした表情のままだったが、いやもしかしたらだからこそであろうか。ミツコは表情とは反対に冷たい声でサチコにそう答えた。
「槍を持てば無双?でも彼は優しかった…優しすぎる。だから絶対に足手まといになると思った。3バカが最初仕留めそこなって、そこに私が出ていったの。彼、どうしたっていってた。笑っちゃうでしょ?殺し合いをしている相手に、どうしたって」
「何を(したの)?」
「別に。いや、そうじゃない。ムカデに持ちかけたの。2人で一緒にって。条件に”私の体を触らせてあげる”って言って。彼、すごく喜んでた。その後だったから、丁度良かった」
「ムカデに襲わせたのね。3バカは?」
「ナガスミは手加減はしてたけど、離れから攻撃したコオロギにはぎゃくにそれが仇になった。自分の得物を捕え損ねて怪我をしたの。私がキツネを引きつけてる間に、ムカデに持ちかけさせた。いまのままだとサチコやキツネにお前ら勝てないぞって」
「一緒にやれば勝てる。その後で決着を……そういうこと」
「そうよ。でも、そんなこと守るつもりはなかった。サチコ、あんたとキツネは強いもの。だから、その時みんな倒せばいいって」
「ムカデはどうするつもりだったの?」
「どうする?どうにもならないわよ。だって、私のことを疑うなんて頭、なかったもの。あんたやキツネがいなくなれば、なにか考えて適当に終わらせたわ」
「でも、私は残った。それで、どうする?」
傷が、背中の痛みに顔をゆがめながらサチコはそう問いを発すると、ようやく戻ってきたのだろうか。ミツコはハッとした表情を見せる。
互いに10歩と離れていない距離を、生き残った2人は向き合っていた。
「いつもあんたやキツネのあとをついていた。強かったもの、2人は。だから……」
だが、次に浮かべたのはサチコが知る少女のものではない。初めて目にする女の、なにか得体のしれない剥き出しの感情というか、そんな笑顔を浮かべると
「でも、今のあんたなら勝てるかもしれない」
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突然、無言の観覧車の中でブラックサンの携帯電話が鳴り、それでサチコもまた現実へと戻ってきた。
向かいの席に座っているブラックサンは、電話の向こうの相手となにやら親しげに話していたが、その表情は段々とすぐれない者へと変わっていった。
2人は遊園地を足早に出て車で10分。
そこには海岸エリアの住宅地の一角で、その家の前にはブッカーマンと彼が乗ってきたバイクがあった。
表情一つ変えぬ彼の執事に対し、車から降りてきた彼の主は険しい表情で聞いてきた。
「殺されている、そう聞いて飛んできた」
「お待ちしておりました。その通り、この家の住人は殺されております」
そう言うとブッカーマンの目は、自然とサチコへと注がれる。彼女はブッカ―の言葉に驚いた顔をして、口元を手で隠す。
「どういうことだ?ブッカ―」
「こちらへ……まず、警察に連絡を入れました。遠からず到着されると思います。現場は確認の後は弄っておりませんし、何かするのはこの後のことを思いますと止めたほうがよいと思われます」
「わかった、よくやった。それで、どうしてこうなった?」
「はい。例の役立たずを叩き起こしまして、ここまでの情報を捻りださせて案内させたのです。職場は先月倒産、そして在宅であろうと思われたので来たらすでにこの状態でした」
家の中に入ると、居間に倒れたいくつかの人影を見てサチコは大粒の涙を流しながら近づいていく。それを横目に、男達の会話は続いた。
「一家全員か?」
「はい、無残な物でございました。容赦なく、一撃のようです。ただ、気になることがひとつ」
「なんだ?」
「皆、近接からの一撃を受けて倒れています。プロの仕業です、間違いありません」
その言葉にブラックサンはため息をついた。まさか、簡単な人探しのつもりがこんな事件に発展するとは。
外から警察のサイレンが遠くから小さく聞こえはじめた。
「ふむ、あと数分で到着しそうです」
「参ったな。警部が来たらなんと説明したらいいんだ。『お前が死体を作ったんじゃないだろうな?』とか嫌味を言われるぞ。私のせいではないというのに」
窓の外をのぞきながら、思わずぼやく若い主人の後ろに立った老人は
「それなのですが………ああ、これはまずいことになりました」
突然執事が嘆きだしたことに驚いて振り向くと、ブッカ―は居間を見ていた。
「どうした?」
「ミスター。これは面倒なことになりました。彼女が消えました」
(彼女?)
一瞬、頭が現実についていかなくてそんなことを思ってしまったが、それの意味するところに気がついて慌てて調べた。当然だが居間に姿はない、2階に上がった形跡もない、かわりに台所からの裏口が開いていた。
(クソっ、どういうことなんだ!?)
ブラックサンは、なんとか悪態を口にすることだけは耐えることに成功したがそれがどんな慰めになるというのか。
アサギリ サチコと名乗る少女は、この場から煙のように姿を消していた。




