鬼
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深刻そうな雰囲気が流れる店内にあって、弟子のコーラだけはどうもよくわからなかったらしい。おずおずと進み出ると
「あの、偉大なるブリャーキン。わからないのです。”シビト”とは使役するゾンビや、戦場に立つバーサーカーのようなものではないのですか?それともそこまで深刻に考えるものなのでしょうか、お教えください」
老婆は弟子のその問いを聞いて、チッと舌打ちしそうになり……猫の視線を受けると何事もないように取り繕って見せる。そして猫のブリャーキンは優しく少女に語りかける。
「コーラ、お前のその考え方は間違ってはいないよ。だが、この場合、つまりこの探偵の言葉ということだが、その意味が変わってくることがあるのだ」
それを引き継ぐように、またおもしろくなさそうに老婆がその後を続ける
「そうさ。”シビト”ってのはね、ゾンビやバーサーカーとまたちょっと違うとこがあって中途半端なのさ。でも、いってみればEUのバーサーカーのAsia版ってのがもともとの正しい考え方なんだよ。
ただ、繰り返すけど質が全く別物なのさ。
バーサーカーってのはアレさね。戦場にとりつかれたように殺しまわる化け物を生み出す技なんだけどね。”シビト”ってのはそもそもこれの真逆。軍を丸ごと狂気に走らせるってやり方だったんだよ」
「個人と集団の違い、だけと?」
「そもそもはそうだ。だがね、コーラ。長い時を経て技は洗練さと改良が施され、違う使い方ができるようにもなる」
猫にして大魔法使いがそう語ると、今度は驚いたことにダ―クハートが語りだしたのだ。
そもそも、日本はこの”シビト”の技の最先端をかつて走っていた。
少数で大群に殺戮で持って当たる、この考え方はサムライの考え方の一つであり最終奥義であった。なにせこの技が不発に終わればただ数によって駆逐されるだけ。そう言う意味では、まさに起死回生の最後の最後に用いるべきものであったわけだ。
しかし、それも近代化の波にあって圧倒的な火力を前に、サムライ達がなすすべもなく倒れていったことで消滅したのだと固く信じられていた。
だが、違ったのである。
The Crash の後、魔界と化していくNipponにそれはいつの間にかニンジャや化物と同じように姿をあらわしていたのだ。より凶悪に、より強力になって。
「しかしな、探偵。昨今の”シビト”の技は利点よりも欠点が多いと聞く。そうそう使われるとは思わないが」
「欠点があるのですか、偉大なるブビャ―キン?」
再び猫に問いかける弟子に、苦牛をかみつぶしたような顔をした老婆が答える。
「成功すれば一騎当千の化物は作れるけど、文字通りの死人になっちまうのさ。凶事を愛するあまり、誰かのように可愛げがなくなって馬鹿を平気でするようになる。効果が強いせいで暗示を解くのが困難だしね」
「まぁ、それはまるでどこかでいつも目にするあるお方のお姿を思い浮かべてしまいます。ただのブビャ―キン」
一応の師と弟子が火花を散らすのに構わず、猫の大魔法使いはダ―クハートに聞いた。
「それで全部か?」
「いや、次で最後だ。警察に聞いたら、今朝どっかのストリートでギャングが近隣住民のクソ餓鬼とあわせて殺されていた。警察は事件直後に”善意のタレコミ”で素早く動いたが、犯人の姿は1人も見なかったらしい。こいつを通報したのがブラックサンだった」
「ほう」
「そしてもうひとつ、最新情報がある。さっき、うちの大家が大騒ぎして連絡してきた。俺の事務所の前で”東洋人”の女がひとり死んでいたらしい」
「なんとっ」
「そう、そうなんだよ。爺さん」
漆黒の髑髏に表情はなかったが、そこから吐き出される声に低く、悩ましげな色が加わる。
「あの娘は俺に会いに来たんだ。ということは相手はニンジャだ。Nipponでは奴等と対決したからな。なのにブラックサンの奴が変わりに顔を突っ込んじまっている」
「”黒の交渉人”が”シビト”と”ニンジャ”と一緒か、確かに嫌な組み合わせだな」
そう猫は呟くが、すぐに顔をあげると笑い声を交えながら
「だが、いいだろう。かつての力は失ったが、知識に錆びはついてないはず。我等ブビャ―キンの師弟が集まれば、お前の悩みに僅かばかりの光をもたらすことができるかもしれん。さっそくやってみよう」
そう力強く答え、ダ―クハートの膝に置かれた握りしめられた拳に、コーラのてがそっと覆う。それだけで、この探偵はどれだけ救われたであろうか。
その頃、この怪しい魔法使いの店につながるビルの谷間を注視する。サラリーマン風なのにサングラスをかけた男達が立っていた。
▼▼▼▼▼
TWO-HANDの2人の頭領はアークシティでも有数の高級ホテルである、ギルモアホテルの上階から街を見下ろす。
彼等は、Nipponから来た大事な客人との会合をするために待っていた。
だが、予定の時間はすでに過ぎている。
「時間に遅れが出ているな、サモンジ」
「心配ない。政府はこの会談を掴んではいない。我らの影が動いているからな」
「そうだな、ということは…」
「ああ。きっと客人は、気が大きくなって羽目をはずしているのだろう。ま、それくらいは大目に見よう。ウコン」
話が丁度終わると、ノックをして壮年の男性が入ってくる。男は一礼してから喋りだした。
「頭領達。そろそろ、お席の方へ」
サモンジとウコンは音もなく同時にスッと席を立つ。
「時間がかかったな。なにかあったか?」
「いえ、特には」
そうは言う男の顔は、微妙に困惑したものがうかんでいた。
「言え。客人が何をいった」
「はい、この会談が終わったら。すぐに国に戻るので、土産をかわなくてはならない。そうおっしゃられまして」
困った顔の部下に、2人は思わずクスリと笑いをこぼす。
「好きにさせてやれ、少しなら構わん。警察を呼ばれるほどの馬鹿騒ぎはするまい」
「はっ」
30分後、2人がスイートルームへ移動すると、そこにはいかにもな格好をした5人の男達が待っていた。
彼等はNipponのヤクザ、ハチモト組。今回の交渉相手であった。
ゆったりとした長椅子に並ぶように座る5人の真ん中、一番大きな身体に白いスーツを着たこの男こそが組長のハチモト ヤクイである。彼の顔には右の唇下と、ほほに生々しい傷跡があった。
「今晩は、ハチモト組長」
「会合に参加していただき、感謝する」
サモンジとウコンが交互にそう挨拶する。
「過分なもてなし痛みいるでぇ。いやはや、こんな遠い異国まで来てえろう歓迎されるとは思っとらんかったわ。まさか、同じNiponn人に会えるとはのぉ。ほんま、持つべきものは同国人の友人じゃのぉ」
にこやかにTWO-HANDの頭領達に挨拶し返し、ハチモトは壁際で待機していた男を呼び寄せ、喉が渇いたんでオレンジジュース頼むわぁもちろん100%やでぇ、と頼んだ。
「そろそろ、話をよろしいか?」
さっそくサモンジは話を始めようとした、が
「ちょお、待ちぃや。話し合いの前にはっきりさせておきたいことがあるんや」
「…なにか?」
「歓迎してもろうて、こないこと言うのは心苦しいんじゃがのぉ。なんでお前さん等がしたり顔で場を仕切っとるんじゃ?」
「…問題でも?」
「アリもアリ、大アリじゃあ!なんで、ワシ等がオドレ等みたいなのと話さなあかんのじゃ?どう考えてもスジが通らんじゃろうがボケ!ワシ等はのぉ、この街仕切ってるグレイスンファミリーと仕事をするために来たんじゃ、コスプレ忍者共の接待受けるために来たんじゃないわ、ボケ!」
「親分は餓鬼の使いしに来たのとわけが違う、そうおっしゃってるんじゃ。さっさと雑魚やのうてファミリーとこのモン、この場に顔を出させんかい!」
ハチモトの隣に座っていたヤクザが立ちあがり吠えると、それまで無表情にひかえていたヤクザ達は顔色を一変させ、恫喝する口調で次々に怒号を発しだした。
騒ぎが始まるのに前後して、2人のホテルの従業員が部屋へと入ってくる。
カートを引いているところを見ると、ルームサービス係のボーイのようだったが、彼等にしてもまさかいきなり部屋の中でいかつい傷だらけのおっかない男達が大声あげて怒声を上げているとは思わなかったのだろう。
入り口で、ぎょっとしてか立ち止まるものの、壁際に立つビジネスマン風のニンジャ達(まぁ、ニンジャとは気がつかないであろうが)にうながされ、顔をひきつらせながら部屋の中へと入ると自分達の職務を遂行しようとする。
チラチラと横目でヤクザ達を見ながらも、その動きは無駄がなくテキパキと仕事をこなしていく。
とはいえ、運んできた物を机の上へと運ぶ段になって彼等は顔を見合わせる。
それはそうだろう、ヤクザ共は相変わらず「ンだコラ」「どうなってんだコラ」と騒いでいるし、サモンジとウコンはそれに言い返すわけでもなく黙っているだけである。まさか、ヤクザ共の罵声にびびってしまったのだろうか?
とはいえ、そのままではいられなかったのだろう。
従業員の1人が回り込むようにして、サモンジとウコンの側へと近づいていく。泣きそうな顔は彼をジロジロと舐めまわしてみてくるヤクザ達の存在を必死で忘れようとしているようだった。
そして、軽く体を傾けるとサモンジの耳元へ
「あの……」
と話しかけようと試みる。
次に起こったことは、誰が予想できただろうか?
従業員のそでが膨らむと、そこからコンパクトな拳銃が掌へと滑りこむように手にする。続いて、表情は先ほどまでの情けない顔をした従業員のまま、銃口をサモンジのこめかみへと向けようとした。
ガッ
驚いたことに、その突然の行動に対応したのはまずウコンであった。彼も表情を変えないまま、スッとまるで自然にふるまうかのように手を伸ばすと、銃を握った従業員の手首を鋭い動きでつかむ。
「…馬鹿なっ!?」
すると、ただそれだけのことで相手は痛みに顔をゆがめて銃をとり落としてしまう。
さらに、この一連の流れを気がついていないと思われたサモンジはすっと席から立ち上がるのだが、その際に左手が残像が見えるほどの速さで動くと従業員の手から落ちようとした拳銃を拾い上げていた。
そして、もう1人の従業員に。カートの影から丁度SMGを取り出し銃口を斜め前で背中を向けているヤクザ達に向けようとしていたそいつに向け、続けて3発発射した。
従業員の振りをした暗殺者たちは、何をすることも出来ないまま失敗していた。
突然にして始まった暗殺劇の失敗を目にして、ヤクザ達はさすがに動けはしなかったものの、その表情にぴくりとも変化はなく、うろたえたりしなかったのは流石というべきか。
しかしだからこそ、ではあるだろうが彼等はミスを犯してしまう。
「おいおいおい!こりゃどうなっとるんじゃ!?うちのオヤジに何かあったら……」
部下の1人が威勢よくサモンジへと詰め寄ろうとする。と、サモンジはそれを見て平然と彼に銃口を向ける。
うっと一瞬言葉がつまるが、それがかえって勢いにつながったか。彼はさらに一歩、前に出ながら挑発しだした。
「なんじゃ、それは!?撃つんか?撃てるもんならっ…」
直後にサモンジの持つ銃がパンパンと乾いた音を立てると、ヤクザの男は床へと崩れ落ちる。そこへ容赦なくサモンジは残弾を全部浴びせかけた。即死である。
それを見て、ハッとようやく気がついたのか。動揺しながらも続いて声を上げようとする部下達に向かって、ハチモト組長は声をあげた。
「お前等、ダマっとれ!!妙な動きするんやないでぇ!」
親分の言葉に部下はすぐに従うものの、その目は不安で落ち着きなく周りを見ている。実際、それで彼等も気がついたのだろう。彼等を囲むようにして部屋の隅に立つ男達の手には、いつの間にとりだしたのかSMGや拳銃が握られていた。
「ゴウに入ってはゴウに従え、日本にもそうあるでしょう。組長、もう少し早く気がついたらこんなことにはならなかった。残念です」
サモンジのそれは言葉通り、謝罪の意がかけらもないものであったが、ハチモトは唸るような声で「そやな…」とだけしか答えられなかった。
実際、彼等は今。自分達が最悪の状況に身を置いていることを理解していた。
一方で、ウコンはねじり伏せた相手の両方の足首を造作もなくへし折ると、激痛に声を殺して耐える相手の耳元に近づけて語りかける。
「お前には、誰の命令だ?と聞く前に教えてほしい事がある。さきほど『馬鹿な』と言ったな?なにが馬鹿な、なんだ?」
当然暗殺者は答えない。それどころかあらゆるコンタクトを拒否するかのように、目をつぶる。それを見ても、ウコンの追及の手はゆるむことはない。
「答えられないか。そうだろう。
だが、お前がああいったことでこちらはわかったぞ。TWO-HANDの頭目は常に2人。彼等は互いを憎み、命を狙う。どちらかが倒せば、組織の任を解かれまた新たな2人の頭目がそこに座る。この事情を知るものは少ない。
つまり、片方が命の危機に陥っても、もう片方はそれを助けることはない。そう考えたわけだ。
この時点で、お前は本物のNippon人だとわかる。となると……ヒノモトか?」
男は黙した語らなかったが、ウコンは構わずに続ける
「随分と余力があるではないか、聞けば祖国では今大変だと聞いている。感心した、根性がある。
だが残念だったな、お前達が別れてこの町に入ったのことはすでに分かっていた事だ。ただ、目的が知りたかったから泳がせていただけなのだ」
そう言い切ると、自分の部下を呼び寄せる。
「こいつを連れていけ。どうせ話さんだろうが、それならそういう”遊び方”がある」
拘束され、身動きの取れない姿のまま両脇を掴まれて暗殺者は退場していった。彼が再び日の目を見ることはないだろう。
サモンジとウコンは並び立つと、黙して静かになったヤクザ達にうながした。
「ハチモト組長、あなた達には今すぐここから避難していただく」
「…そうか、その言葉を信じてええんかの?」
低い声はひび割れていたが、ニンジャたちを信用できないという目をしていた。
「もちろんだ。マーリン・グレイスンから連絡を貰っている。あとは彼と直接話されるのがいいだろう。あなた達もそれをのぞんでいるようだ」
「会談終了後は予定通り、あなた達には無事に国へ戻ってもらう。安心してこちらの指示に従ってもらいたい」
ハチモトは2人の言葉にうなずくことで一応納得したとするものの、ちらっと床で哀れにも絶命した部下を見やると
「わかった、まかせるわ。
じゃがの、アンタらも人が悪いんじゃねぇか?あの暗殺者と俺達がつるんでるんじゃねぇかって、試しおったな。それについちゃ弁明はないんかい?」
「ない。当然のことだ」
「あえて言うとするなら、感謝しろ。お前達の動きに合わせておかしな一団が町に入りこんだ。我々にはそれで十分だ」
横暴な返答に不満顔ではあったが、ハチモトはフンと鼻を鳴らす。そして死んだ部下を顎で示しながら
「そうかい、クソニンジャ野郎が……それで、俺の部下の遺体はどうする?国に持って帰ってやりたいじゃが」
「?」
「おい、聞いとるんかい!?」
「言っている意味がわからないな、組長。”君の部下の遺体”などというものはここに存在しない」
「ああん!?」
「この部屋から出ていけるのは”日本から来た客人達”だけだ。死者は歩けない、なにせ暗殺者ゆえに任務に失敗して”死んでいる”からな」
「て、てめぇ」
「だから言ったではないか、”暗殺者に手を貸す裏切り者”がいて残念だ、とね」
ハチモトは歯をギリギリと音を鳴らしてかみしめたが、結局それだけでなにも言わずに立ちあがると、案内に従いながらも荒々しい足音を立てて部屋を出ていった。
「見たか、サモンジ?」
「なにをだ、ウコン?」
「彼等の部下だよ。まるで犬だ、痩せこけた獰猛な野良犬でも犬だ。置いていくモノを見て悲しんでいた」
「そうからかうな、ウコン。状況が許せば、彼等は全員あの姿のままでは故郷へと戻れなかったのだから」
そういうとククククと2人は笑う。
彼等のいう状況、というのはグレイスンファミリーのことであった。
もし、彼等が関わっていなければ、ハチモト組は入国と同時にTWO-HANDの手に落ち、彼等の脳をいじくり、記憶から直接情報を引きずり出そうと考えていたのだ。
つまり、彼等はハチモト組らヤクザが暗殺者とかかわりがあることなど、すでに想定して動いていたのである。
だがそれも、グレイスンが話を有利に進めるカードの一枚となり、暗殺者たちがついでにとヤクザも襲おうとしたことで繋がりをはっきりさせることは難しくなった。まぁ、それを残念がる必要はないが。
「さて、状況はハッキリした。動く時だと思う、ウコン」
「その通りだ、サモンジ」
「ならばそういうことでいいのだな」
「そういうことでいいと思う」
狩りの時間だ。
2人は互いの意志を確認し合うと、部屋にまだ残っている者達に「後は処理しておけ」とだけ言い捨て、自分達は次の行動へと歩き出した。




