男と少女(2)
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平日ではあったが、リトル=リドル遊園地はいつもと同じ賑やかさにわいていた。
執事はああ言っていたが、もしかしたらさすがに断られるかもしれないとおもいつつも、ブラックサンはサチコに「夜までにはなんとかなりそう」だと告げ、つづいてできるだけ自然に「空いた時間を有意義に使わないか?」とできるだけ自然に言ってはみた。
自分でもなんと説得力の無い言葉であろうかと、話している時は心の中で嘆いたものだったが、不思議とサチコは躊躇することなくこの提案を了承した。その目は、子供のように早くもキラキラと輝いて。
「こ、これが本場のえんたーていんめんつっ!」
すっかりテンションおかしくしてはしゃいでいる少女の後ろで苦笑いを浮かべるしかないブラックサン。
「ここにいられるのは日が沈むまでだ。全部は乗れないだろうから、面白そうとか、好きなのからどんどん行こう」
その言葉に、少女は勢いよくガバッと向きをかえると、園内案内にかじりついてあーでもない、こーでもないと悩みはじめる。
(これは……大正解だったかなぁ)
その様子にようやくブラックサンの心に感じていたいいようのない重さが和らいだ気がした。
「まずは、あれに乗りましょう!」
どれに乗るのか決心がついたのか、サチコはブラックサンの手をぐいぐいと引っ張る。
宇宙探索と異星人とのファーストコンタクトをモチーフにした【スペースノイズ】、立ったままの衝撃【マックステンション】、西部を駆け巡りガンマンたちの生きざまを見よ【ゴールドラッシュ】、這いよる闇の恐怖にあなたは耐えられるか!?【ホラーナイツ】危険なジャングルのその奥に【レッド・アラート・クルージング】
(なんだこれは、全部絶叫系ではないかっ)
いきなり立てつづけにコースター系だったものだから、右に左に上に下にと揺さぶられ続けてはやくもブラックサンはげんなりしてしまった。
しかも、サチコが次に選んだのは驚異の3D映像で見たことの無い体験シアター、なのだそうだ。今月はどうやら宇宙大戦争をやっているらしい。
そして少女はさきほどから大喜びしたまま感情が固定されているらしく、実に楽しそうにしている。とはいえ、この笑顔のためにこの先も激しく揺さぶられるのはさすがに勘弁してほしい。
(この調子では最後まで衝撃っ、とか未知の体験!?等で埋め尽くされるかもしれない。そろそろこちらの要望も入れていかないと体が持たないぞ)
いつものビシッと決めているはずの彼だが、ネクタイは歪み、オールバックの髪に乱れも見え、なんだかこの時は少しだけ元気がなかった。
「メリーゴーランド?」
「そうだよ。やはり遊園地のお約束といえるからね。乗っておこうじゃないか」
ありがたいことに、最初はあまり乗り気ではなかった少女も、馬の背にぴょこんと飛び乗る頃には元の笑顔が戻っていて安心する。
「ここのメリーゴーランドってなんかいわく、あるんですか?」
「どうかな。ここのは私も初めてだ。EUにいた頃は、これよりも凄いのを。といっても、あれは世界記録になるレベルのに乗ったことはあるよ」
「っ!?黒い人はEUに住んでたんですか?」
思わず、ブラックサンは苦笑した。つい、余計なことを口にした自分になにをやっているんだとたしなめてやりたかった。
「そうだよ。私は友人で執事のブッカーマンというのがいてね。彼と一緒にこの町に来たんだ。もう、何年も前の話だよ………」
続いて、コーヒーカップに乗り込むとお互い向き合う形で座る。
(やれやれ、恋人とのらないコーヒーカップか)
先程余計なことを口にしたせいだろうか、ブラックサンはこの男にしては珍しく感傷的な気分になりはじめていた。思えば、この街に来てからこうも穏やかに楽しい時間を過ごすというのは、自分にはなかったのかもしれない。
サチコもそれは同じだったようで、動き出すまでの準備の間も落ち着かずにあちこちにキョロキョロと忙しく頭を動かしていたが、ブザーが鳴って開始の合図がある頃には、目に落ち着きを取り戻し、同時に周りに同じく登場する人々を見つめていた。
自分といくつも違わないであろう少女達、老夫婦、母親と一緒に楽しそうに乗りこんでいる子供達。
「ああ、”みんな”と遊びたかったなー」
「ん?サチコ、みんなとはキミの友達のことかい?」
「え、はいっ。ト―ホク……じゃなくてNipponの、それに友達って言うより兄妹達のことです」
「そうか。彼等は今回は留守番かい?」
「え、いいえっ。”みんな”はここに”こられませんでした”」
サチコは満面の笑みを浮かべて、そう口にした。
ムカデはね。あっ、ムカデっていう名前なんだけど、あいつって妙にヘンなところがある奴で。
畑仕事の時に機械が調子悪くなっちゃったことがあって、みんなでどうしようって。その時はいろいろとスケジュールが押していたからその日の内に終わらせたかったの。そしたら、なんとかするとか言いだして、道具を持ちだして稲を刈りだしたの。手でつかんでから、切る。手でつかんでから、また切るってね。
そんなんじゃいつまでたっても終わらないってみんなが言ったのに聞かなくて。
でも、おかげでその日の内に機械も機嫌を直してくれて作業が終わったんだ。ところがさ、翌日ムカデのヤツ全身が筋肉痛になっちゃって。痛い痛いって、子供みたいに泣いててさ。でもみんな笑っちゃって、あれは可哀そうなことしたかな。
ナガスミはでっかいんだ。
大きいからなのかわからないけど、よく長くて重いのを振りまわしてた。本人もなんでかわからないけど、気がついたらブンブンと振りまわしているんだって言ってて。掃除の時はホウキを、草むしりの時はスコップを、嬉しそうな顔をして、見て見てって言ってから振り回していたなぁ。
そうそう、一度だけ祭りの時になんだけど。演武用の大きな竹でできたはしごがあって、それ見たらどうやら我慢できなくなっちゃってね。ブンブンとそれは凄い勢いでふりまわしたんだよ。
そしたら、それに気がつかなかった大人達がそこに駆け足で突っ込んじゃってさ。大目玉食らってた。あれから仕方ない仕方ないっていって、ムカデとかミツコなんかをつかまえてよく振りまわしてたなー。
あっ、ミツコは私と同い年なんだけど妹みたいな感じ。
いつも私の後についてきて、のほほーんとしてたけど冷静で頭もよかった。ほんと、ミツコは可愛いんだよ!?もう、感動しちゃうくらいっ。
女の子はキツネってのもいた。この娘は本当に独特の雰囲気をいつも持ってて。時々私とぶつかることもあったけど、いい奴だったよ。
女のくせにっていつも男共に男女っていわれるくらい喧嘩が強くって。あ、私も強かったんだけどね。でも彼女の方は無口だった。
うん、考えたら喧嘩しかしてないかも。一緒にやるか、お互いがやるかの違いしかない、みたいな。
そうそう、やっぱ3馬鹿も忘れちゃいけない。
あのね、3バカってのはカゲミツとカブト、コオロギのことで凄く仲が良くて。いっつも一緒に集まってるから3バカって呼んでたの。
それが本当に面白くてね。カブトは背が高かったんだけど、いつも残りの2人が間に挟むようにしてさ。それで口をあけると段々と漫才みたいになっていっちゃうの。
そのまま放っておくと3人ともずーっと喋ってるんだけど、議論だったり、ダメだししているだけでも、気がついたら意見がずれて話していたりとかあっておかしなことになってて。
だから口を動かすな、体を動かせっていつも怒鳴りつけるんだけど。こいつら本当におかしくて、喋るのをやめる時も3人ともまったくおんなじ調子でサッと離れて動くものだから、ムカデやミツコはいっつも笑いをこらえていたな。
ああ、本当に。こんなところに”みんな”と一度来てみたかったな……。
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アークシティ 裏路地 PM04:17
怪しげな空気漂うその場所は、言ってしまえば障気漂うと表現するのがぴったりの、大都会アークシティとは思えないオカルトな空気に満ちていた。
四方をビルに囲まれ、太陽の光がさすことの無いそこは。その空気感を守るためにここにいるんだとでも言うように、下品な娼館のごとく誘うように手招きする美女達と文字のネオンサインという意味不明の看板を掲げる店が一軒あった。
ブビャーキン大魔術館
やたらポップな字で書かれたそれを見て、なんの悪い冗談だと思われても仕方ないだろう。
当然、こんな場所にある店が繁盛しているわけもなく。客足はさきほどからまったくない――いや、どうやらあったようだ。
ザクザクと音を立て、”ゴミ袋の山”にふさがれた細い道をイライラしながら踏み越えてくる男が1人いる。
不死の探偵、ダ―クハートである。
どうやらこの怪しげな店を目指していたようだが、この店に通じる唯一の小道がなぜかびっしりとゴミ袋でふさがれていて困っているらしい。これは誰が、なぜやったのだろうか?
そんな疑問はどうも今の探偵にはどうでもいいことらしい。ネオンサインに照らし出された店の前の空間に入ると、スーツについた吐き捨てられたガムや、絡みついているティッシュ、ビニール袋などを悪態をつき、イライラしながら振り払っている。
「…クソッ、クソがっ、ふざけやがって。ここまでするのかよ。気持ち悪ィ。変質的なんだよ!お前のことだ、わかってんのか、クソババァ!?」
段々その声が大きくなっていったかと思うと、最後はとうとう店の中に向かって黒い髑髏頭の探偵はそう怒鳴りだす。
ガチャリ
すると大きな音がする。どうやら家の扉のカギが開いたようだったが扉はそのままでピクリとも動かなかった。
この店に入るには、こうやって声をかけないと中から鍵をかけているらしい。とこん”店”であるはずなのに”客”を嫌うおかしな場所であった。
まだ服の汚れを気にしつつも、ダ―クハートは店内に入っていく。
「よぉ、ブビャ―キンの爺さんの方は生きてるかー?」
「……こんにちは、漆黒の探偵さん」
そう言って出迎えたのは、10代前半ぐらいだろうか。それにしてはまるで生気を感じさせない白い肌の少女である。
可愛らしいメイド服姿の彼女は同時に探偵にスッと、熱々のぬれタオルを差し出してきた。
「おっ、さすが気がきく。コーラ = ビーティー、だがちょっとあそこのゴミ袋はひどすぎだ。その真っ白なタオルで拭いたら汚れは落ちないかもしれないぜ?」
そう言って断ろうとする探偵に、少女は構わないと首を横に振ると
「構いません。これは師匠が通販できにいったといって取り寄せた良い品なのです。存分にお仕置きしてあげてください」
「そうか、ならそうしよう」
なにやら可笑しそうにそう笑うと探偵はタオルを受け取ってごしごしとスーツにこびりついた汚れをふき取っていこうとする。同時に店の奥がドカドカと騒がしくなると巨体の老婆が凄い勢いで店頭に飛びだしてきた。
「落ち着いてください、師匠」
「お、ブビャ―キンのババァ。ひさしぶり」
2人の落ち着いた対応など目もくれず、老婆は探偵の手から乱暴にタオルをとりもどすと絶望の声を張り上げた。
「ィギャー!!昨日届いたばかりなのにゲロ臭いー」
それは、本当に彼女の心の奥底から発せられる悲痛な慟哭の声であった。
巨体の向こうで無残な姿になり果てたタオルを見つめてブツブツと不穏な呟きを続けている老婆を無視するように、探偵とメイド娘は和気あいあいと話している。
「飲み物の方のコーラです。どうぞ」
「ありがとう」
奇妙に曲がりくねった椅子に腰かけて感謝を述べる探偵に、あらとメイドは呟くと
「まだ袖に汚れが……」
「ああ、ホントだ」
「そのままで、新しくふくものを持ってまいりましょう。先月、着もしないのに買った師匠のシルクのドレスがちょうどありますので」
「お、お前。お前等っ、うぎゃーー!」
遂に老婆は2人に向き直ると、臭い汚物と化したタオルを引き裂きながら絶叫した。
「そんなに自分の弟子を怒るなよ。だいたい、お前が悪いんだろ。魔術師」
「そうです。師匠がすべて悪いのです」
「ほらな?それにここに通じる、あの一本しかない道がなんであんなゴミで埋め立てられているんだよ。また、どっかの馬鹿ガキがいたずらしたのか?」
「ああ、それは違うのです……師匠のいつもの病気で…」
「またか……」
ダ―クハートは「はぁ」とため息をひとつ付くと
「ブビャ―キンのババァ。お前、店出してるのに客が邪魔、いらないとか。なに寝言を実践しているの?」
「お前等っ、なんでいつもあたしには上から目線なのよっ!!」
半狂乱になって老婆は叫ばずには居られなかった。
この巨体の老婆の名はイロナ= ブビャーキン。大魔法使いブビャ―キンの妻にして、自身も魔法使いである。
そしてメイド姿の娘、コーラ = ビーティー。彼女は ― 実は説明すると実に面倒くさい関係図を説明しなくてはならないので割愛して ― 現在はこのイロナの弟子(?)ということになっている。
そして、もうお分かりであろうがこの2人。大変に仲が良くなかった。
「ババァは相変わらず通販にハマっているみたいだな」
「はい、もうケツだの頭だの関係なくどっぷりと漬かっていて腐ってくれないかと期待している毎日でございます」
「いいじゃないのさっ、魔法使いだってテクノロジーの恩恵を受けたって!店に来た客だけが客じゃない時代なんだよっ!?この旧体制の亡者共っ」
「旧体制ってなんだよ……またカートゥーンか?」
「アニメよっ、個人の趣味になんか文句ある!?」
「あるにきまってるだろ……」
そう答えながら、ダ―クハートはポケットから紙きれを取り出す。それをコーラは受け取り中を確認する。
「ああ……またいつもの”護符”の発注でございますか」
「発注でございますよ、魔法使い。お前な、あのナンたらいう護符の売りはなんだ?銃からミサイルまで、すべてに対応できますってな。あれ、いつまで嘘の宣伝を続けるつもりだ?」
「!?」
「嘘だろ?せいぜいなんとかなるのは拳銃の弾ぐらいで、ライフルだのミサイルだの直撃間違いなしじゃねーか」
「なっ、なんて罰当たりなっ!?ブビャ―キン手製、因果をゆがめる”アル=ゾ―アの護符”の御利益をおとしめるなんてっ。客としてもお断りさ。さぁ、さっさと帰っておくれ」
「なにがブビャ―キン製だ。大魔法使いは旦那で、お前は違う。ただのブビャ―キンだろうが。いつまでもひどい詐欺でぼったくりやがって」
「…不肖の我が師が申し訳ありません。最近は勉学もおろそかにして腕が落ちる一方でして」
「そうだな。これも今年に入って何個目だ?久々にいいものができたというから、いい値で買ってやったのに。今回は、リベレーション(啓示)とか名乗ったアホな犯罪者にあっさり粉々にされてしまったぞ」
「なっ、粉々っ!?」
「申し訳ありません。あれは本当に久しぶりに自分から仕事場にこもって偉そうに取り出したので。さすがに大丈夫だろうとおもいましたが。そうですか、”いつもの通り”ポンコツでしたか」
弟子の慇懃無礼な言いように、再び老婆の顔が怒りに歪む。しかし当の本人はまるで気にしないようで続けて
「もうあれはさっさと完売ということにして、探偵様に”本物のブビャ―キン”のオリジナルをお渡ししろと口を酸っぱくしていっているのですが……」
「で、弟子の分際でっ。師匠に、そ、その言い方はっ!?」
「あら?これでも敬愛の精神は持ち合わせております、偉大なる師ブビャ―キンの弟子ですから。それでもこう言わなくてはならない哀れさをそろそろ察していただけませんか?ただのブビャ―キンの名を持つ師よ」
再び発狂する老婆を冷ややかな目で見る弟子は、もう1つ椅子を持ってくるとわざわざコーラを傾けているダ―クハートの隣に可愛らしく居座ってみせた。
客人と弟子の前でデジタルの恩恵によって自分の店がどれだけ繁盛しているのか、失敗作とはいえきっちり評価されていること(?)など無茶苦茶な抗議を口にした老婆だったが。2人はずっとあきれ果てたように上から目線で憐れんで見せるものだから、とうとう悔しさに歯噛みしながら再び店の奥へ逃げようとする。
「ちょっとまて、逃げるな。ババァ」
「ああんっ!?」
「お前はいらんが、変わりに亭主を呼んで来い。彼に用がある」
どうやら探偵がそのようなことを要求するのは珍しいことらしい。老婆もその弟子も探偵の言葉に驚いてそれこそ文字通りポカンと口を開けてしまった。
「偉大なるブビャ―キンに会いたい、と?」
「ああ、コーラ。驚いたかな」
「ええ、まぁ」
小さな声でそう返す魔法使いの弟子に続き、老婆が今度は聞いてきた。
「…どうせアタシの悪口言うんだろ?」
「言わない、そんな面倒な事。だいたい旦那だって知ってるだろ、お前のやり口なんて。いいから連れてきてくれ。あと、ポンコツでいいからこの店で一番いい”アル=ゾ―アっぽい護符”をくれ」
「ポンコツ?ぽい?」
「じゃ、偽物でいいよ。とにかくアレをもう一つもらう」
「そうかい、毎度あり。コーラ、作業場にあるいつもの棚にこの探偵用のがひとつちょうどある。持っておいで」
弟子が黙って立ちあがると師の方は探るような目つきを探偵に向け
「さっきの続きだけどね、探偵。うちのネット通販でもあれは置いてあるんだよ。そろそろそっちで買わないかい?」
「嫌だね。お前、どうせ他と区別付かなかったとか言って粗悪品送りつけるつもりだろ。おれは旧体制の側の人間だからな。現物と現金でなきゃ、お断りだ」
上目遣いで提案した老婆はそれを聞くと、小声で「クソ超人が、誰が人間だい」とぼやきながら再び店の奥へと姿を消していった。
ダ―クハートは弟子から品物を受け取り、支払いを終える頃。
老婆は再び店頭へと戻ってきた、その手には真っ黒の猫を連れて。胸に抱いたそれをまるで壊れものかというくらいに大切そうに運ぶその老婆の姿は少し可笑しい感じがしないわけではない。
だが、本人はいたってまじめそのもので、先ほどまで感情的だった時のことなどわすれてしまったように小声で
「いいかい、探偵。いつもはまだお昼寝の時間なんだよ」
と困ったような声をあげた。ダ―クハートはわかっている、というように頷いてみせることで安心させようとする。
コーラは立ちあがると、師の手から猫を受け取ろうと手を差し出すが、ブビャ―キンは凄い目でそれを拒否すると、かわりに目で合図してみせて自分の椅子をここへ持って来いと指示を出した。
弟子は再び大げさにため息をついた後で、店内でひときわ目立つ椅子を軽々と持ち上げると運んできた。
「大魔法使いブビャ―キン。カルル 爺さん、起きてくれよ」
全員が席につくのを確認してからダ―クハートは猫にそう呼びかけた。猫はそれをぐずって嫌がるが、イロナが指でちょんちょんと突くと素直に体をおこして伸びをする。
「久しぶりだ、爺さん。昼寝中に悪かったね」
まるで人に話すのと変わらぬ調子で猫に話しかけ続ける探偵の方につぶらな瞳を向けると、驚いたことに猫が口を開いて人の言葉をしゃべりだした。
「死神のお出迎えかと思ったさ。ひさしぶりだな、ダ―クハート」
野太い男の声で返事をすると、今度は一転して可愛らしい声でニャーと鳴く。イロナはそれを優しい目で見て喉を指でさする。
「実は爺さん。あんたの意見と知恵が欲しい」
「ほう、お前さんが俺を呼びだしてまでそう言うとは本格的に困っているんだな」
「ああ、正確にはここにいる全員の知恵を借りたいんだよ」
「ほう」
意外な探偵の言葉に、今度は老婆と少女も驚いた顔をする。このような申し出をされたのは、初めてのことだった。
「とりあえず、話を聞こうかな」
猫の言葉にひとつ頷くと、ダ―クハートは先ほど【カサンドラ】にて出会った東洋人の少女と、おかしな依頼の話をした。
「なるほど、そりゃおかしな話だ。だが、それだけでお前さんがうちの連中の知恵を借りたいとはな」
「同感です、偉大なブリャーキン。弟子コーラも探偵様がなにを悩まれているのか、その話だけでは分かりません」
「お前っ、今はあたしの弟子だろっ!!…だが、そうだね。あんたの少ないお友達が関わっているからかい?」
イロナが言ったのはブラックサンのことだろうか、それをダ―クハートは肯定を示しつつも
「まぁ、それもあるにはあるが。それだけの問題じゃないんだ」
「なら隠したカードを全部見せて貰わんとな。そこからクイズ番組の開始ではないか?」
ダ―クハートはそれでもすぐには口を開かず、しばし静寂が流れる。
この不敵な男をしてなにかを覚悟しなくては話せない、そんなことなのだろうか?
「爺さん。おれはAsiaには何度も行っている」
「そうだな。世界に5人しかいない不死者よ。ときには世界がお前を必要とすることもあった」
「ブラックサンもそう言う意味では負けてはいない。あいつもあそこにいった経験はある」
「ふむ、そうか。そんな奴が、お前にわかったことが”わからなかった”。そこが重要ということか」
そのことには答えず、再びダ―クハートは黙りこむ。
「爺さん、これは笑ってくれてもかまわないんだが……」
「お前さんを笑うのは難しいな」
「俺は、あの娘に会った時。恐怖を感じた。あれは恐ろしい怪物だ」
「ほう」
「魔法使いなら聞いたことはあるんじゃないだろうか?死人、だよ。あれは死人となった娘だ」
「……少なくとも、お前さんはそう感じたのじゃな」
「ああ」
その返事を聞くと、猫のブリャーキンは今いちど大きく息を吸って
「そりゃ……確かに問題かもしれんな」
大きく息を吐き出しながら、悩ましげに漆黒の髑髏の頭をした探偵に同意してみせた。




