カケチガイ
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アイン・グラントが遅い昼食にありついたのは、警察署から2ブロック離れた通りにあるバーガーショップ『ミスター・フレデリコ』は警察署の警察官のほとんどが利用する店で、この店のテイクアウトを利用したことの無い署員はいない、といわれるほどの人気がある店である。アインはここのテラス席で昼食を食べるのを日課にしていた。
この、自称イタリアからやってきた天才料理人なるオーナーが経営するこの店は、その胡散臭いキャラクターとイタリアならミスターじゃなくてスィニョーレじゃないのか?とか、肉系は一切ないフィッシュサンドオンリーのメニューとか、そもそもなんでイタリア料理じゃなくてバーガーショップなんだ?といったツッコミ所満載の店で、その謎を解明した人間は今ところ存在していない。
が、そもそもそんなくだらない疑問に本格的に挑む者はおらず、問答無用で美味いバーガーが食えるのだから問題なかろうというのが署員と近所の住人の一致した意見であった。
アインは両手にあり余るほど巨大なバーガーを頬張り咀嚼する。ここのバーガーが美味いことには異論はないのだが、それをさっぴいても刑事の薄給でこれほど美味い飯を食える場所が他にあるのか、と言われると思いつかない。
ズビズビと下品な音を立ててストローからコークを吸い、2口目をいただこうと大口を開けたアインは、ふと誰かの視線を感じて気配のする方向に目を向けた。
視線を向けるた先には呆れ顔の少女―エミリア”ウィンド”マーべリックが立っていた。
「アイン君が、バーガー食べてる時の顔ってホント幸せそうだねー」
エミリアはそう言いながら、アインの了解をとらずに対面の席に座る。いつもせわしなく街中を駆け回っている彼女が、こんな風にアイン前に来るのは大概にして何かしら警察内部のネタを手に入れようとしているのに違いない。
「アイン君って、なんッスか。年上に対して失礼ッスよ」
「いやー、その可愛い顔を見てるとつい、ね」
「そこは精悍でダンディな顔って言って欲しいところッスね」
「サンダーランド警部とかと比べるとねぇ。アイン君は、まだ若いんだからこれからもっともっとカッコよくなると思うよ」
「心にもない応援ありがとッス」
他愛もない会話をしながら、彼女の目的がどこにあるのか考えてみる。このタイミングで彼女が来たことを考えると、やはりあの事件――ポップコーンヘッズの本部が襲われた件かもしれない。なんて考え、おくびにも出さずバーガーをモグモグと口にほおり込む。
「で、今日はなんお用ッスか?」
「えっと、別に…その、たまたまアイン君を見かけて…ご挨拶をー」
「しどろもどろに言い訳しても説得力ないッスよ。いったい何が聞きたいんッス」
「うわ、教えてくれるの?」
「駄目ッス、捜査情報は秘密ッス」
「イジワルー」
上目遣いでこちらを睨みつけるエミリアは金髪、美少女、ポニーテールと完璧な組み合わせで、年齢的な問題を除外すればアインの好みど真ん中ストライクであった。が、それと捜査情報を話すことはまるで別問題である。
「むー、アイン君なら色々と話を聞けると思ったんだけどなぁ」
「世の中そう甘くないッスよ、話はそれだけッスか?」
「いやいや、今街がいろいろと騒がしくなってるじゃん。スラムのギャングが襲撃された件とか。そこら辺のお話とか、少しでいいいから教えて貰えないでしょーか」
エミリアは両手を合わせ、拝みながらアインに頭を下げる。どうやらこちらの同情を誘う作戦に切り替えたようだ。
「駄目駄目、絶対に駄目ッス。ここのところ事件続きで、警部の機嫌がすんごく悪いッス。ここで自分がペラペラ喋ったなんてバレたら、明日の朝日を拝むことができなくなるッスよ」
「まあまあ、そう言わないで。実はアイン君が気になるよーなネタがあるのよ」
「ふーん、本当に気になるネタならいいッスね」
「おっと、焦らない。私の知ってる情報が欲しいんだったら、まずはこっちの質問に答えて」
「なに言ってるんッスか!情報提供は市民の義務なんッスよ」
「普通の市民ならね。けど、私はジャーナリストなの。報道にかかわる者として、そう簡単に譲歩の開示はしないわ」
「ジャーナリストも何もエミリアちゃんは、まだ学生でアルバイトじゃないッスか」
「あ、そんなこと言うんだ。じゃあ、さっさと局に戻ってこのネタを記事にしちゃうわね。今なら夕刊に十分間に合うし」
まあ、私の速さなら5分で済むことなんだけど。そう言ってニッコリ笑うエミリアの目は本気だった。彼女がその気になれば本当にそれだけの時間で、新聞社に戻って記事を書きデスクに提出するぐらいのことをやってのけるだろう。
「じゃあ、夕刊楽しみにしててねー」
手をひらひらさせながら席を立とうとする彼女をどうするべきか一瞬迷ったが、どちらにせよ自分に彼女をとめることも捕まえることもできない以上、選択の余地はなかった。
「ちょ、わかったッスよ、答えるッス、質問に答えるッス。だから帰るのは待つッスよ」
「その言葉を待ってたのよ。流石はアイン君、ありがとっ」
呼び止めるや否や、すかさず席に戻ったエミリアの動きにアインは深いため息をついた。自分、完全に見切られてる気がするッスなどと頭の中で考えながら話を続ける。
「で、なにが知りたいッスか?」
「えっとね、襲撃されたギャング団について教えてもらえる?実は、調べようとしたんだけどあんまりよくわからなかったから」
「あー、なるほど。わかったッス」
おほん、と咳をして居住まいを正すとアインは説明を始めた。
「襲われたギャング団の名前はポップコーンヘッズ。ベイリーストリートを根城に、チマチマ稼いでたようッス。主に窃盗とか麻薬密売の下請けとかやってたみたいッスね」
「最近実力をつけてきた組織ってこと?」
「全然そんなことないッス。規模はそこそこだったッスけど、組織としては弱小一歩手前ってところッス。名前どおりポップコーンみたいにメンバーとかボスが入れ替わるってのが特徴と言えば特徴ですカネ」
「え、そうなの?」
「そうなんッス。今のボスの実力も大したことないし、手下も調べた限りチンピラの域を出ない三下連中ばっかりッス。はっきり言って雑魚ッスね」
「そんな組織が皆殺しにされた、と」
「皆殺しじゃあなかったッスよ」
「え、違うの?」
「違うッス。ボスとと手下が10人ばかし行方不明ッス。襲われた本拠地のアパートの様子からすると襲撃されたときには留守にしてたみたいッスね。たぶん、襲撃の話を聞いてどこかに隠れてるんだと思うッスよ」
「うーん、それじゃあ組織を潰そうって襲撃じゃなかったのかな?」
「それは違うと思うッスよ。襲撃のやりくちがあまりにも見事すぎだし、アパートの中にいた人間は皆殺しだったッス。妙に徹底されてるあたりが、プロの仕事とわかるのデスよ」
ふむふむ、とメモに聞いた情報を書き込むとエミリアは低く唸った。
「なんかよくわからない事件だね、コレ」
「そうッス。背後関係はまだわからないことが多い、だから警部達の機嫌が悪いこと悪いこと………ホント、気性の荒い上司を持つと苦労が絶えないッス」
「確かにあの人はね。で、他になにかわかってることは?」
「後わかってるのは、今のポップコーンヘッズはグレイスファミリーと繋がってたらしい、ってことぐらいッス」
「あのグレイスンファミリーと?」
「確定じゃないッスよ。あくまでそれっぽいって事ッス。あの一族はぜんぜん尻尾を掴ませない奴等ッスから」
「確かにね。私もあそこにだけは関わるなって、編集長からきつく言われてるし」
「それがいいッス。マジヤバイッス、あの一家は」
そう言いアインは残っていたコーラを飲み干し、紙コップを握りつぶした。
「さて、知ってることは全部話したッス。そろそろエミリアちゃんのネタとやらを聞かせてもらえないッスかね」
「んーとね。私が知ってることはそんなに多くないよ」
「まさか、ここまで話させておいてなにも知らないなんてのは無しッスよ」
「実はね。スラムの方で聞いたんだけど、そのポップコーンヘッズを襲ったのってニンジャらしいんだよね」
「へ、ニンジャ?」
そう、ニンジャ。とエミリアはさらにメモをペラペラと捲くりながら話を続ける。
「黒装束で刀振り回して見張りをずんばらりん!ってやる所を見た人がいたのよ。それでさ、この事件が気になっちゃって」
「ちょ、ちょっと待つッス。マジでニンジャだったんッスか?この街でニンジャを?」
「うん、そう言ってた」
それほど期待はしてなかったのだが、まさかこんな情報がでてくるとは思っても見なかっただけにアインの驚愕はかなりのものだった。
「確かに殺しの手口はかなり鮮やかだったッス。けど、ニンジャとは…」
独り言を呟きながら思考を巡らしていたアインは視線をエミリアに向ける。その目は先程までの暢気なものから一変していた。
「そのネタの出所はどこッスか」
「えっと、秘密ってのは駄目?」
「駄目ッス。言いたくないなら署に来てもらう事になるッスよ」
真面目なアインの顔を見て、ここは逃げるべきかと考えたもののそれは諦めることにした。ここでアインから逃げれば間違いなくタダでは済まないし、警察の人間と不仲になると将来の夢の障害になるかもしれない。僅かな葛藤の後、エミリアは結論を出した。ここはアインに借りを作っておいた方がいい、と。
「私、仲のいいホームレスの人がいてね。その人の友達がニンジャを見たって話をしてくれたの」
「そのお友達ってのは?」
「同じくホームレスしてる人。話が気になったから、会って確認もしたよ」
「居場所教えてもらえるッスか」
「うん、いいよ」
エミリアはメモ用紙を切り取ると、そこにホームレスの名前とねぐらにしている場所の住所を書き込んだ。キング・ロゴスのことがちらりと頭をよぎったがアインに話すのはやめておくことにする。あの気難しい老人が警察官を好きだとは思えなかったし、彼の元に警察が行って機嫌を損ねたら会いづらくなる。情報源うんぬんは別として、エミリアはあの年長の友人を困らせたくはなかった。
アインはエミリアから受け取ったメモの住所を確認すると急いで席を立った。
「自分、用事ができたんで失礼するッス」
「うん、がんばってね。それで、情報なんだけど…」
「捜査が進展して、話せるようになったら真っ先に教えてあげるッスよ」
「ほんと!?やったっ」
小さくガッツポーズをするエミリアを置いて、アインは店を飛び出した。携帯を取り出し、署に戻るのが遅れると連絡すると、貰ったメモに書かれている住所へと向かった。
もしこの証言が本物だとすると、捜査は大きく進展することになる。たとえその先に面倒事が待っているとしても、それを恐れて足踏みなどしてはいられない。
自分は警部にそう教えられたッス。そう心の中で呟き、アインは足早に歩み去っていった。




