老人と娘
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街を歩いていると時折、強い風が吹いて何かが走り抜けたような感覚を覚えることがある。もしも目端に赤い残像が焼きついていたとしたのなら、その風の正体はエミリア”ウィンド”マーベリックで間違いないだろう。
トレードマークの赤いバンダナをいつも首に巻き、金髪のポニーテールを翻しながら街を駆け巡る彼女の将来の夢は、ジャーナリストになること。高校生活のかたわら、街の大手新聞社ワールドプラネットに出入りし続け、アルバイトとして雇われることに成功した。
音速の速さで走り、1キロ先の会話を聞き分ける耳を持つ彼女は、街のあちこちから噂話を集めることができた。そして、物怖じしないその明るい性格を生かし、街のいたるところに友人を作っていた。
その彼女は、工場地帯の一角にある、さびれた公園で遅い昼食をとっていたのであった。
「―――と、言うわけで自称・神の使途を名乗るリベレーションなる男は、錚々たるメンツにボコられて逮捕されたってわけなんですよー」
「ほー、そんなことになってたのかい」
お弁当として持参したサンドイッチをバスケットから次々と取り出し、もぐもぐと頬張りながらエミリアは、そうなんですよーと繰り返した。そんな彼女の横には年のころは70ぐらいのパンクロッカー風で片目に眼帯をした老人が座っており、彼女の弁当のおすそわけを頂いていた。
「しっかし、なんでまた犯人はあんな事件起こしたんでしょうね。警察が尋問した感じじゃ支離滅裂な内容しか言ってないよーだし。やっぱ精神異常者ってことなのかな」
「嬢ちゃん、世の中にはな。聞いちゃあいけねぇ声を聞いておかしくなっちまう奴がいるのさ」
「そうなんですか?」
「そういうもんさ」
そう言って老人は空に目をやり、流れていく雲の隙間から見える何かを睨むような目つきをした。この老人が、こういう顔をするのは他人の知らない何かをこの老人が知っているからではないかと、エミリアは疑っているのだが、今のところ彼からそう言った話を聞きだすことはできていなかった。
この老人の名はロゴス。姓なのか名なのかは知らないが、ここのホームレス達にそう呼ばれている。彼はここに住むホームレスの1人で、この廃団地の帝王と呼ばれている。通称キング・ロゴス。この地域の住人達に畏れと敬意の目で見られる存在、それがこの老人だった。
かつて、工業団地としてにぎやいでいた、この住宅団地もさびれはて、ごく一部を除いて廃墟同然となっている。そうなると当然のようにホームレスや犯罪者などが潜り込み、モザイクのように様々なコミュニティを形成している。
その中の一つ、この3番街は比較的温厚で争いごとを嫌うホームレス達が身を寄せ合って暮らしており、エミリアのような半人前の超人にとって、このカオスな領域でのネタ探しにはもってこいの場所だった。
エミリアは、ここのホームレス達と仲良くなるうちに彼の存在を知り、足しげく通いつめ、ついに彼の信頼を得ることができた。あの頃はロゴスが、回りから言われているような凄まじい人物には到底思えず、内心なにかの冗談だと思っていたのだが、ある事件で彼の実力をまざまざと見ることとなりその評価を捨て去ることとなるのだが、それはまた別の機会に語られるべき話であろう。
ともあれ、どこか超然としたこの老人との会話は、エミリアにとって退屈ではない、とても有意義な時間であった。
「しっかし、ここのところ街が騒がしいですよね。なんか、今朝も大量殺人があったとか騒がれているみたいだし。ホント物騒だなぁ」
「ああ、あれか」
「なんか知ってます?知ってたら教えてもらえると嬉しいんですけど」
エミリアは、甘えるような仕草で頼んでみる。この老人は本当に色々なことを知っている。ほとんど、この廃団地から動いていないはずなのに街の反対側のことを誰よりも早く知っていたりすることなど、ざらにあるのだ。
それが、ホームレス仲間が彼に話したのか、それとも彼自身の力によるものかは分からない。ともあれ、エミリアは彼の口から他の誰も知らないようなスクープ情報の断片を何度となく聞かされていた。
「あそこにいたのは……確かポップコーンヘッズだったか。あれを殺ったのはニンジャらしいな」
「ニンジャ?ニンジャって、あのニンジャですか?」
「どのニンジャか知らんが、そのニンジャだな」
「おおーっ、これはとんでもない特ダネだっ」
大喜びで手帳にメモするエミリアを老人は目を細めながら微笑ましく見ていた。その瞳はどことなく孫を見る祖父のそれに似ているようにも見えた。
「他にはっ、他にはなにか知りませんか?」
「これ以上は特に知らんなぁ」
「そっか…けど、とてもいい話聞かせてくれてありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げエミリアはベンチから立ち上がった。どうやら昼休みは終わりらしい。
「なんじゃ、帰るんか」
「はい、すぐ戻ってこの話の裏を取るとします。頑張れば夕刊に間に合いますから」
力こぶを作り、ふんす!と鼻息荒く宣言する少女の仕草に噴き出してしまった。本当にこの少女は面白い娘だ。
「そうか、なら今日はここまでじゃな。ワシはさっさとねぐらに戻って、とっとと寝るとしよう」
「寝るって……まだ昼ですよ」
「そうじゃな。じゃが、ワシの見立てだと、今日はよくない感じがする。なんだか血の雨が降りそうな気がの」
「それって、また殺人鬼がでるとか?」
「いや、そういうのではないな。だが、嬢ちゃんも今日はあまり外出せん方がいい」
うーむ、と僅かに唸ってから、できるだけ気をつけます!と元気に言うとペコリと頭を下げた。そして、老人に手を振りながら走りだし―次の瞬間、赤い残像と巻き上げた土ぼこりを残して走り去っていた。
「相変わらず、足の速い娘だな」
苦笑しながら、ロゴスは視線を空へと向ける。その顔は、先ほどとは打って変わって厳しい表情になっていた。
「しかし、気になる。まさか、奴等この世界にまたちょっかいを出す気か?」
そう呟くと老人は足早に公園を出ていずこかへと歩み去っていくのであった。




