企業戦士
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叩き破る勢いでドアが開かれ、男は怒りを隠そうともせず足を踏みならしながら部屋へと入ってきた。
そんな弟の不作法を咎めるように眉をしかめてみせたヴィクトールは、今は電話中だと目で制し、書斎机に腰掛けたまま受話器の向こうにいる部下からの報告に耳を傾けつづけた。
やがて報告は終わり、いくつかの指令を伝えるとヴィクトールは静かに受話器を置く。
「騒がしいぞ、グスタフ」
年のころは30半ば、灰色の髪を撫でつけ水色の瞳に絶対零度の冷たさを漂わせるこの男こそ、アークシティの裏社会で最大の勢力誇るグレイスンファミリーの長兄、ヴィクトール・グレイスンその人である。冷酷かつ非情な手腕で知られ、アークシティの様々な利権に食いこみながらファミリーの勢力を広げてきた辣腕家であった。
「なに悠長なことを言ってるんだ兄貴!まさか、知らねぇなんて言うんじゃねぇよな」
激しく書斎机に両腕を叩きつけ咆えるこの男は、ヴィクトールの弟で悪名高いグレイスン兄弟の次男――グスタフ・グレイスン、その人であった。
2m近い筋骨隆々のこの弟は見た目どおりの武闘派で、揉め事があれば銃を片手に先頭きって飛び出していく、そんな男である。この弟が血相を変えて飛び込んできたという事は、例の件に違いない。
その件に関してはすでに手を打ち、後は報告を待つだけなのだが、この血の気の多い猛牛のような弟にどのように説明したものか、と考えヴィクトールは心の中で溜息をついた。
「お前が言っているのは、ベイルストリートの連中のことか?」
「ああ、そうだ。あの連中、舐め腐った真似しやがって……このままにしておけねぇだろぉ、兄貴!」
グスタフが言っているのは昨夜おこった、ベイルストリートでの事件のことだった。
ベイルストリートには、ファミリーの傘下にあるストリートギャングが麻薬の密売などで稼いでいた。
そのストリートギャング達が昨日、突如としてファミリーを裏切り、よりにもよって敵対組織の一つと手を組むと堂々と宣言してきたのだ。
グレイスンファミリーは裏の稼ぎだけでなく表の稼ぎ、いわゆる堅気の事業にも手を出し成功を収めている。それらの稼ぎによって作られた莫大な財産と人脈こそが、このファミリーの最大の武器であり、アークシティの裏社会に君臨させている最大の理由であった。
だが、そのことが弱点となることが稀にある。それが今回、このタイミングであった。
運営している外資系企業に海外の有力企業との業務提携。その話が持ち上がったのは去年のことだ。
ヴィクトールは、この儲け話を慎重に進めてきた。うまくやれば莫大な利益を産みだすこの話を逃す手などない。だから、裏の仕事の騒ぎが先方にバレないように大人しくしていたのだ。
そんなヴィクトールを嘲笑うかのように起きた今回の離反劇。間違いなく派手な報復をこちらができない、と読んでの行動であった。
鼻息荒くまくし立てる弟の話を聞いてるうちに、ヴィクトールはげんなりとした顔になってしまう。この弟が次になにを言い出すのかわかりきっている。だから機先を制することにした。
「駄目だ」
「は?駄目って、どういうことだよ兄貴」
「お前自ら出張る、そう言いたいのだろう?駄目だ、絶対に許さん」
「なに言ってんだ、兄貴。ここで俺が行って、あのクソ共に思い知らせなきゃ筋が通らねぇ。それにこのまま舐められっぱなしじゃファミリーの名前に傷が付くぜ!」
お前がその台詞を口にするのか、という言葉が頭によぎったが、あえてその言葉を口にはしなかった。この血の気の多い弟には、皮肉とか暗喩といったものがまるで通じない。言うだけ無駄なのがわかりきっていたし、これはこれで役に立つこともある。
「別にヴィクトール兄さんは、なにもしないとは言ってないよ」
部屋の入り口から声がして、グスタフは思わず振り向く。そこには弟のマルセロとマーリンが2人して部屋に入ってくるところだった。
マルセロ・グレイスンは一族の三男坊で、役者のように整った顔立ちの優男だ。気骨があり、人を惹きつける魅力があることから、家族から将来を期待されていた。
そのマルセロと一緒に入ってきたのは異母兄弟のマーリン・グレイスンだ。いわゆる妾腹の子であるマーリンは一族の人間から白眼視されている存在だ。唯一、同年代であるマルセロだけは実の兄弟として、友人として接してはいるが、グスタフにしてみればこんな男は家からさっさと叩き出してやりたい所であった。
マーリンをわざとらしく無視し、グスタフはマルセロの方に体を向ける。
「どういう意味だ?」
「今、ウチの兵隊を動かすのは色々とまずい状況だってことさ。例の業務提携の件、グスタフ兄さんも知ってるだろ」
「取引……ああ、そんな話もあるらしいな」
「ここで兄さんが暴れたら、間違いなく騒ぎになるよ。ヴィクトール兄さんはそれを嫌がっているのさ」
「確かに、あの取引が潰れるのは痛いかもしれんがよぉ」
「別に直接的な手段をとらなくとも、ファミリーの力を示すことはできますよ」
これまで黙っていたマーリンが唐突に口を開いた。彼の存在そのものが疎ましく感じているグスタフは、一瞬この異母弟を殴りたい気分に襲われたが、なんとかこらえた。
「ほぅ、どうするんだ。言ってみろよ」
「外注すればいい。すでにヴィクトール兄さんなら、そうしているはずだ」
ちらり、といヴィクトールに視線を向けたマーリンの動きにつられてグスタフはヴィクトール
へと目線を向ける。
「相変わらず、察しがいい”弟”だ」
「誰に頼んだんだ、兄貴。まさか…あの、いけしゃあしゃあと顔を出してきたブラックサンとかいう雑魚じゃねぇよな?」
「見くびるな。今回必要なのは血であって、まがい物の友情ごっこではない。お仕置きするのに、あのような男は使わんよ」
もったいぶった仕草で兄弟達の顔を見回し、それでもヴィクトールはつまらなさそうに口を開いた。
「お前達も知っているな?”TWO-HAND”に依頼した。奴等なら、ベイルストリートのゴミ共を綺麗に掃除してくれるだろう」
その宣言は、心の底からどうでもいいといわんばかりの口調であった。
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汚らしいスラム街の一角にあるボロボロの廃アパート。この地区の住人が近寄らない、この場所がこそがベイルストリートを縄張りとするギャング達――シルバーブリッツ団の本拠地であった。このアパートの前には、常に団のメンバーが見張りに立つ。今も2人いかにもな人相をした虹色モヒカンと金髪トサカ頭が、入口の階段前に陣取り他愛のない馬鹿話をしていた。
「あー、やっべ。マジ、やっべ。ちょーうけるぜ」
「だよなー。ボスも思いきったことしたよー、ちょークールだぜ」
ゲラゲラと笑いながら暇を持て余す2人の話題は、組織がグレイスンファミリーを裏切ったことについてだった。
「いや、ホント。あの時のカルロの野郎の顔と言ったらなかったわ。ベソかきそうな顔して、お前等ファミリーを裏切るとか正気じゃないぞ~今だったら冗談で済ませてやるぅ~、とか言っちゃってよぉ、マジ笑いすぎて腹筋破壊されるかと思ったわ」
「ホントホント、いつもはファミリーの代理人でございって態度でえばり散らしやがってた癖にな、ちょいとボコってやったらションベン洩らしながらプルプル震えてやんの。ありゃ無ぇーわ」
その光景を思い出し、2人は再度爆笑すると互いの拳をゴツン、と合わせる
その時、金髪トサカ頭は視界の端に妙なモノを捕えて笑いを収めた。それは黒スーツにビジネスバッグを持った5人組の男たちだった。
いかにもサラリーマンといった風態の男達は、へこへこと同じ歩調で進んでいて、反対側の通りから渡ってくると、今度はまっすぐ此方へと近づいてきた。
警戒する2人の3m前までやってきた東洋人とおぼしき顔立ちのサラリーマン達は、虹色モヒカンと金髪トサカを見ると互いに顔を寄せ合いヒソヒソと話しだした。
「なんだ、テメー等。ここが、どこだかわかってんのか?」
あまりの怪しさに虹色モヒカンが銃を片手に近づこうとすると、サラリーマンはヒソヒソ話をやめ、全員が乱れることなく礼儀正しく横一列に並ぶ。そして、真ん中の1人が代表者よろしく1歩前に進み出た。
「コニチハ!はじめまして。あの、いきなりでモしわけありませんが、ここの代表者は御在宅でしょうか?」
「あ?ボスならいるけどよぉ、テメー等なにモンだよ」
「私、コゆ者です」
おかしなイントネーションのまま、丁寧かつ腰の低い動作で名刺入れから名刺を取り出すと、両手のうえに乗せて恭しく差しだした。普段、滅多に見ることのない動きになんとなく圧倒され、虹色モヒカンは思わずその名刺を受け取ってしまった。
名刺には『カタギリ ジンザエモン』と角ばった書体の英字で名前が、でかでかと印刷されていた。
「カタギリ?これがなんだってんだ。ってか、テメー等なんなんだよ!」
アピールするように怒りだした虹色モヒカンが、詰め寄ろうとするとサラリーマンは違う違う、裏デス裏に書いてあるんデスと言う。
「裏ぁ?」
意味不明な、この訪問者達の存在に腹が立ってきていた虹色モヒカンと金髪トサカだったが、場の空気に流され、言われるままに名刺を裏返してそこに書いてある文に目をやった。
そこには『TWO HAND 中忍代理補佐』と書かれていた。
「トゥー、ハァンドゥ?」
一瞬、そこに書かれている肩書の意味が理解できずに固まっていた2人は、数秒してその名前の意味に気がついた。
「ちょ、おまっ、まさかっ」
視線を慌ててあげると、サラリーマンがニッコリと営業スマイルを浮かべて言った。
「お命、頂戴しマス!」
そう5人のサラリーマンは叫ぶと、背広の肩口を掴みグイッとひっぱる。すると背広はすっぽりと脱げて宙に舞い、そこには黒装束の男達がいた。
一糸乱れぬ動作で、見栄を切る5人の忍者を見て2人は慌てて銃を撃とうとした。しかし、その動きよりも早く5人の忍者達の手が霞み、虹色モヒカンと金髪トサカは一瞬にして頭を鋭利な物体によって八つ裂きにされていた。
2人のギャングを引き裂いた武器、それはTWO HAND実行部隊愛用の隠し暗器が一つ、名刺手裏剣である。普段は名刺として活用でき、いざとなれば独特の握り方で硬化させて手裏剣や刃物として使用する形状記憶手裏剣である。
肉塊と化した死体を飛び越え、5つの影は素早く7階建てアパートの入口に近づき、扉の脇に身を寄せると一時、動きを止める。
「サンノジ、内部を確認」
ジンザエモンの指示にサンノジと呼ばれた黒装束は短く頷くと、むにゃむにゃと怪しげな真言を唱えながら印を結ぶ。ほんの数秒の集中し、くわっとビルを睨むサンノジの目には、ビルの内部で動く人影がぼんやりと浮かんでいた。
忍法・透過の術。古より伝わる秘伝の技の一つでもある。時が過ぎ、今に伝わるこの秘儀も。ただ伝えられたのではなく改良に改良を重ねて今日においてもその有用性を損なわない形で伝わっているのである。そういうものは、忍者には実に多く存在していた。
「数は30。屋上に3、あとは散らばってる」
「ボスが、どこにいるかわかるか?」
「6階に2人、イチャイチャしてるのがいる。たぶん、ソイツ」
サンノジの報告を聞き、ジンザエモンは僅かの間考えこむ。あらゆる状況を想定したシュミレートを脳内で済ませたのち、ジンザエモンは4人に指示を出した。
「サンノジとコジローは屋上から中へ、残りはワタシと一緒に正面から行く。下からワタシ達が突入したら、サンノジ達は時間差で侵入してボスを殺れ」
TWO HANDの中忍代理補佐の指示は絶対である。4人は頷き、素早く二手にわかれた。鉤爪を器用に使いアパートの壁面をスイスイと登っていく2人。ここで発見されれば奇襲は失敗となる。そのような無様な真似をする忍者はTWO HANDにいるはずもないが、もしそのようなことをすれば十文字切腹ののちに土下座で詫びをいれるはめになるだろう。
当然のように何事もなく屋上に到達すると、2人の忍者の姿は見えなくなる。十数秒後、サンノジの顔がひょっこりと屋上から下に覗き、上の三人を始末したというハンドサインが送られてきた。準備は整った。
「中の人間は皆殺し、1人も生きて返すな」
部下2人に改めて指示を伝えると、ジンザエモンはアパート入口にあるインターホンを押した。古臭いブザー音が鳴り響く。
しばしの間があったのち、インターホンから声がする。
「なんだ、なんかあったか?」
「ピザ、お届けマイリマシタ」
「ピザぁ?ビフの野郎、また頼みやがったのかよ……」
ブツブツと文句の言う声が聞こえ、扉の鍵が開けられる音がする。そして、中から男が首を出した瞬間、忍者の抜き放った刀が銀の弧を描き、その首筋へとすいこまれていった。
「タクハイ、オトドケ!」
胴を離れ、転がる首を扉の中に蹴りこみ、三人の忍者は屋内へと突入した。




