苦痛(ペイン)
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ロビーにエリクサ―ことドクター・ヤンが背後にモデルのような高身長の若い医師を引き連れて姿をあらわしたのは大分時間がたってからのこと。
彼の話を聞こうと集まる超人達を無言のまま、ただ手をあげるだけで押し止めると、まず後ろに控える医師に
「スミス君、警部には騎士が運び込んだ患者の話を頼む」
その言葉に、わかりましたと答えると若い医師はサンダーランド警部とならんで患者の居る部屋の方へと一緒に歩き出す。
「さてそれで、だ。哀れなガイコツ君の親類縁者はこちらに。といっても、いるのは友人とそれ未満だけか」
「皮肉はいい、エリクサ―。どうなんだ?」
まだ顔色の悪いエグザイルのそばで、ブラックサンが怒ったようにいうとヤンはこっちだと顎で示しながら歩き出す。その後ろにはエグザイル、ブラックサン、ブッカーマンが続く。
「驚くべき最悪の情報がある。だが、その前にもろもろ説明しなくちゃならんことが多い。皮肉にも、同じく運ばれた患者とやられ方が一緒とあって、むこうの状況と合わせて君等にも知らせておこう」
早足で歩きながらヤンの口から次々と言葉が飛び出てくる。
「さて、あのホームレス君。スリムとかいったかな。彼は可変能力者だった。人体を変異させるんだね。彼が言うには、人生初めての挑戦だったそうだよ。そりゃそうだろう。
なんせ、身体が吹き飛ばされたように見せかけて自分で吹き飛んで見せたんだから。もちろん、無事では済まなかった。元の体は全部は戻らず、結果的に致命的なダメージを追った状態で復元した。
たいしたものだよ、多分本人は2度とはやりたくないだろうけど」
そこで言葉を切ると、廊下の角を曲がる。
「さて、次は死亡したガイコツ君の話だ。エグザイル、君が彼を袋に詰めてもってきて、治療室で復元したんだってね。なら、そこで見たんじゃないか?」
「ええ」
そう答えるエグザイルの瞼の裏で、あの時の情景がよみがえる。
「患者はどちらですか?」
エグザイルに問いかける婦長に、空気の詰まった袋を掲げてこれだと示すと彼女はそれに黙って理解を示し、こちらへといって治療室へと導く。
中では台を中心に医師と看護婦が忙しく”準備”を進めていた。さすがに手慣れたものである。
エグザイルはそれを確認すると、それまで握りしめていた袋をひっくりかえしてバサバサと中の物を外に放り出そうとする。といっても、何かがボトリと落ちるわけではない。
だが、次の瞬間。台の上にはダ―クハートの無残な身体がゆっくりと復元されていく。
「よし、みんな始めるぞ」
医師の誰かの音頭を合図に、無残な傷口に光を当てて調べるもの、それを写真にとるもの、とにかく一斉に動き出す。
その様子を無言で見ていたエグザイルに、婦長は「外へ」とうながしそれに従おうとした。
「驚いたよね、死亡を確認して到着からわずか2分だ。真っ黒にまで焦げた心筋が異様な速さで再生されはじめた。
だが、うちのスタッフは優秀だ。すぐに冷凍催眠装置にかけることでその動きを止めることに成功した。まさかの時にと前もって用意していた最悪のプランだったが、うまくいってよかったよ」
「すまないが、2人の言っている意味がよくわからないんだが。わかるように頼んでもいいかな」
困惑するブラックサンの声に、ヤンは病室の扉を開け、中に導きながら答えた。
「いいとも、つまりガイコツ君はいつものごとく。死亡していながら、死にぞこなっている。そして過去最短記録でこちら側に帰還しようとした。
呪われた黒い心臓を持つ男、不死者(イモ―タル)のダ―クハート。その面目躍如といったところか」
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病室の中では、表面をびっしりと霜が張るカプセルがあり、中に何が入っているのかわからない。その横に、技師と看護婦が計器を観察している。
「ドクター、とりあえず彼が名前の通り、復活するのはわかったよ。しかし、それのどこが最悪なんだ?」
「ん?ああ、ブラックサン。君は存外理解力が足りない人物なんだね。なんのために最初にあの患者の話をしたと思っているんだい。
いいかね?
ダークハート、彼のような回復能力者は。といっても、私に言わせると彼は違うと思っているが。とにかく、彼のような連中がいちばんしてはならないこと、それは無軌道にその力をふるうことにある。
つまり、ちょっとした切り傷程度なら問題も少ないが、粉々になったところから自力で力任せに復活するほどの力は不味いという意味だ。
ここからは、魔術的な話も加わる。つまり、私には説明したくない、専門外の話ということだ。
人の魂というのは、体の傷と同じく傷つくようになっている。普通の人間ならば、深い傷から回復すると以前の体と違うと認識すると言われる。これは魂が削れてしまったから、と言う。
ただ正確に言うと、本当に魂がガリガリと削れたわけではない。ただ、以前と同じ状態を保とうと魂はするのに肉体の方が急激な回復で変化したせいで、体の外側に魂がはみだしているから違和感を感じる、そういうことらしい。
ところが、回復能力をもつ連中にはこれがない。これがまずい。
記憶ではどれほど自分が痛めつけられたか、というのがわかっているのに体にそれが残らない。そうなると、今度は無意識のうちに別の形で傷を作ろうとしてしまい、障害となってあらわれる。
例えると、記憶障害、年をとらなくなる、触覚を失う。ま、最後のは正確には忘れる、とするべきか。とにかくそういったことがあるんだ」
ここで一度話を切ると部屋の中にいた技師と看護婦に視線を送る。それにこたえて、変化ありませんとだけいうと2人は部屋を出ていった。
「さて、それでは本題のガイコツ君だ。
以前聞いたのだが、彼の記憶にある過去最悪の死にかたは爆発物で粉々になったこと、らしいがこれはまったく信用がならないね。なんせ、彼もまた先ほどの後遺症がバンバン表面化していることからも、もっと悪い死に方もあったはずだ」
「なぜそう思うのです?」
「それはね、執事君。彼の外見がはっきりと物語っているからだよ。
君たちがいつも目にしているものだ。そう、彼の頭部。
剥き出しの漆黒に染まった髑髏。あれはね、彼の強すぎる力のせいで魔術的にブラックボックス化してしまった、そういうものらしい。私の専門じゃなく、医院長の専門だがね。
彼の能力のプロセスはこんな感じ。
まず、魂が”泡立つ”。表現としてよくわからないが、医院長にもそうとしたいえないらしい。これには時間がかかる。そして、これが収まると同時に魂は元の状態へとぴったりと安定し、異様な回復力を発揮し肉体を修復しはじめる。
ここまで、質問はあるかな?」
問いかけを無言で返されると、ここでヤンはひとつため息を入れる
「とりあえず、回復能力者が好き勝手にバンバン復活するのはもろ刃の剣だということは分かってもらえたと思う。
これまでガイコツ君が復活までの間、死んでる時間は12時間以上。
といっても、これは当医院が知っている範囲でのデータだったが、今回彼はそれを大幅に短縮。2分で戻ってきた。
さらに、彼の肉体は激しく傷つけられている。肉片となってしまった左腕は、なんとか形がそれらしくまでは復元できた。本当なら完全に形を取り戻すまでやりたかったが、時間切れになってしまった」
「時間切れ?」
ヤンは装置の中を覗き込むと
「そうだよ、時間切れさ。多分、君たちなら信じてくれるだろうがね。この1時間で彼の心臓の鼓動がはやくなった。これ以上、寝かせ続けるとなるとガチガチに凍らせるしかないが、それすら適応されてしまえばさらに上のなにかをしなくてはならない。医院長なら大喜びで時間を止めて固定する実験のサンプルになるとでも言うかもね。だが、そこまではしたくない」
そう言うと、ドクターは再び、ぴっと背を伸ばしつつ向き直り
「この後の治療の方針について説明する。君等の同意が得られれば、すぐに彼を閉じ込めてから解凍。あとは観察するだけだ、我々ができることはなにもなくなる。以上だ」
「サインする、どれ?」
間髪いれずにエグザイルが答えると、ヤンは準備するのでロビーで待っててくれと答えた。
ロビーにもどると、そこには目立つ格好のままアレックス・アークナイトが待っていた。
どうやら彼は1人、ここで見張りをしていたようだ。警部はまだ戻ってきていないようだった。
「レディー。君に届けものを持ってきた人がいるんだが……」
そういうと、バッグと紙袋をエグザイルに差し出す。
「ああ、彼の着替えと仕事道具。”超人7つ道具”とかいってたっけ。商売道具なの」
「それで、探偵はどうだい?」
ブラックサンは肩をすくめると
「エリクサ―は説明している時は楽しそうだったよ。最短記録更新、なんだそうだよ」
「なら、もう大丈夫なのか!?}
パアッと明るい笑顔を浮かべる光の騎士に、エグザイルの暗い声で返事をする。
「いいえ。彼の復活はいつだって苦痛と恐怖に満ちている。きっと、いままでにないくらい悪いことになるわ」
それだけいうと、コーヒー飲んでくると言い残して去ってしまった。
「……わたしは余計なことを言ってしまったのだろうか?」
顔を曇らせる光の騎士に対し、ブラックサンは大丈夫だと言うように肩を叩くと
「気分を害したわけではないさ。ただ、彼女のいうとおり。楽なことではない、それだけの話だ」
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それは真っ白な部屋だった。
そこにたった一つしかない扉が開くと、エリクサ―を先頭にぞろぞろとスタッフが入ってくる。まわりでスタッフが忙しくしている中、中央へと進んだドクターは手を広げていった。
「高さは5メートルの20×20のこの部屋は、特別な仕様をしている。わかりやすく兵器の数であらわしてもいいが、ここは素直にひとこと。我が病院の医院長自らが、ここでたびたび実験に失敗しては、国家犯罪レベルの爆発をおこしている。
そのせいもあって、この部屋は事実上。医院長と君しか使わないんだぞ、ダークハート」
その言葉に合わせるように、丁度カプセルが運び込まれ、その後ろにエグザイル1人だけがついてくる。
「君1人かい?」
「ええ………いつ、はじめるの?」
「すぐだよ」
そう答えると、ドクターはスタッフの1人が先ほどから大事そうに抱える小さなカプセルを受け取ると、冷凍装置に近づく。そして、驚いたことにその表面のガラスをこんこんとノックすると
「やぁ、ダークハート。聞こえるかな?
どうやら君は焦ってるみたいでね、凍らせて眠らせていたんだ。
だが、それも終わり。起こしてあげるよ。まったく寝てればいいのに、せっかちだよね。
でもちょっとだけ問題もあるんだ。君の左腕だ、復元が間に合わなかったよ。なんとか手とか指とか、肘なんかは形が戻ってきたけどまだまだなんだ。わかるかい?
今回はきつい事になる。だが、安心したまえ。この部屋なら水爆100個くらい持ってこないとびくともしないはずだ。君が”どんなに大暴れ”しても大丈夫だから。外で君が落ち着くまで待ってるし、見ているからね。それじゃ、また」
「…彼、わかるの?」
「さぁ、でもこういうのは馬鹿に出来ないんだよ。データを見ると、彼はすでにこの状態でも起きようとしている、わからないかもしれないが、わかるかもしれないだろ」
そう言いながら、エグザイルの手を引くと背を向けて部屋を出ていく。
それに合わせるように、スタッフはてきぱきと冷凍カプセルを開けると氷漬けになったダ―クハートの”残骸”を取り出して床に置き。先程の小さなカプセルからはグチョグチョとしてプランと垂れ下がる”なにか”を取り出すと、左腕に近い位置の床に形が崩れないよう、丁寧に置いた。
それらが終わると、一斉にスタッフは駆け足で部屋を次々と出ていく。最後の1人がドアをくぐると、がしゃんがしゃんと強固な錠がかけられ、そして部屋の明かりが落ちて暗くなった。
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全員が閉じられ明りがおとされた部屋の扉を見つめていた。
真っ先にサンダーランド警部の口が開く
「いつ始まるんだ?」
「すぐだよ、警部。すぐだ」
短く返事をするエリクサ―に、今度は光の騎士が質問を口にした。
「明りを消したのはなぜだ?その……」
「ああ、わかるよ。それも簡単なことさ。見えないようにするためさ」
「それでいいのか!?」
「良くはないかもね。でもさ、変態でもなければさ。気が狂うんじゃないかと言うほどの激痛に、のたうちまわる人間の姿なんて見ていられないよ。例えそれが彼のような生き返るための儀式だとわかっていてもね」
その言葉に誰もが押し黙る。
『ドクター・ヤン。患者が起きます、急いでこちらへ』
頭上からマイクでそう知らせが入ると、エリクサ―は皆を促して言った。
「さぁ、皆向こうへ行こう。防音だから中の音は聞こえないが、ここはしばらく悪夢しかないからね」
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ウワァァァーーーー!!
その絶叫には終わりがなかった。息を吸うのと同時に悲鳴が次から次へと激しい勢いと共に飛び出してくる。
ずるずる、となにかが這いずる音と共になにかがヒタヒタと”こぼれ落ちる”のが聞こえる。
いやだぁーーーーーーー!!
くぐもった声だが、何かを拒否する言葉に変わっても気味の悪い音は止むことはなかった。
だが、時がたつにつれ這いずる音はいつしかのたうつ音へと変わり。くぐもった絶叫は、悲痛な叫びへと変わるだろう。
死体となった男は今、再び生者となるために生きる体へと変貌しようとしていた。
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「わたしは行くよ」
それは、夕日が地平線へと沈むのに合わせたかのようだった。ブラックサンは戻ってきたサンダーランド警部と何事かを話すと、アレックス・アークライトの元へきてそう言ったのだ。
言われた方は流石に驚いて
「行くってどこへだ!?ダ―クハートはどうする?彼女にもついていなくていいのか」
おもわず矢継ぎ早にいってしまったが、言った後で後悔した。彼はきっと、そんなことを全て考えた上で行くと言ったのだとわかったからだ。
ブラックサンは首だけふると
「警部が困っている。リベレーションは問題だが、他の問題がある。それくらいは奴がここに来る前に終わらせておきたいと思う」
その言葉に、光の騎士は雷に打たれたかと思うほど衝撃を受けた。
そうだった。考えてみれば自分がここに来てすでに1日は過ぎている。ここには警部がいるし、彼女だっている。自分が彼等と一緒になってなにもしなくてもいいはずがないのだ、と。
彼の中で素早く決断が下された。
「わかった、わたしもいこう」
「いやいやそれはちょっと。いくら光の騎士の申し出と言っても、2人で相手をしないといけない相手ではないよ。警部に話してカッチーナ警部補を借りた。すぐに終わるはずだ」
ブラックサンのその言葉にうなずきながらも、アレックスはやんわりと拒否の意を示す。
「君が助けがいらないと言うなら信じるよ。だが、それならわたしも別にやることがあると言うだけの話さ。それだけだ」
そうして、2人のこの町を代表する超人はいったんこの場を去った。ブラックサンは執事のブッカーマンの運転する車に乗って。光の騎士、アレックス・アークナイトは空を飛んで。お互いは別々の方向へと向かっていったのだった。
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レストラン【シュバリエ】では心落ち着く、楽しい食事の時間を提供します、とある。これは看板にも書かれており、店の理念にも掲げられているものだった。
しかし、今夜はこの店に来たことは誰にとっても間違いだったと言えるだろう。
カーネル”サウザンド”パトリオット
この粗暴な自称愛国者が入店して5分。店内の床に男達が倒れたことで、それまであった和やかな空気はどこかへふっとんでいってしまった。
頭を抱えるその腕の間から血が流れ落ち、折れた腕を掴んで痛みに耐え、意識がはっきりしないのか怪しげな目線で宙を泳がせながら鼻血を流す。そんな連中の中にいて、ただ1人薄笑いを浮かべて立つ男はまだまだ満足していなかった。
自分へと一斉に注目を集める中、演説のようなものを始める。
「市民!お食事中に申し訳ない。ここにいるのはー、カーネル”サウザンド”パトリオットだ。そして、今日この手に持つ相棒は”ジャガー”。そのままの姿勢で、しばらく話を聞いてもらいたい。
この町のクズ共。失礼、悪党どもは。この名前を聞くと震えあがる。
なぜかっ!?
簡単なことだ、この愛国者が正義だからだ。それは毎週末の教会に行けば誰にでもわかることに似ている、正しき行いに悪は屈するしかないのだ、とね。ただ、そう、ただそれだけの話だ。
………今日ここに自分がいるのは理由がある。数日前の話だ。
この街で、俺の街で超人を4人。連続で殺人の罪を犯したクソ野郎がいる。警察は、よくやっているとは思うが、今のところ結果は出していない。
市民よ、わかるだろう?ならばこのパトリオットが解決するだけの話だ」
そこでいったん区切ると、床に這いつくばっている若者の1人に思いっきり蹴りを叩き込んで先を続ける。それを見て女性達は目をそむけ、子供らは目を輝かせる。
「ここには5人の若者がいると聞いて来た。だが、こいつら3人しか会えなかった。なので君達に協力を頼みたい。あと2人はどこに……」
そこまで話す中、突然店の奥から楽しげな声がしたかと思うと、トイレから2人の若者が出てきて緊張に張り詰めた店内に出てくる。若者達は一瞬、その空気の違いに気がつき、顔を凍らせた。
そして愛国者は口元の笑みを大きくする。
「おいおい、仲がいいな。この俺に教えてくれよ。トイレでなにしてたんだ?」
「ああっ、なんだよコラ!?」
「なにとんがってるんだよ、話してみろ。ここにはパパもママもいて、お前等が仲良く便所の中で何を激しく突いていたのか、とか。熱くしゃぶりあげてた、なんて話を聞いておきたいと思うぜ。大人の社会勉強にさ」
「どういう意味だ、テメェ」
「だから、どっちが責めてたんだ?それともあれか?お互い交代でしてたのか?」
「ちっ違っ、この野郎!もう一度いってみろ」
おい、といきり立つ相棒の後ろで恐怖の声が上がり注意を促したことで彼もようやく気がついた。目の前の迷彩を来たマスク男の後ろで仲間が残らず床に這いつくばっていることに。
「さっきまでの勢いはどうした?オカマ野郎、お前等のお仲間は軍にもいたが。皆、おしゃぶりが得意だったぜ。お前等はどこでそれを習ったんだ?ムショか、それとも毎晩パパに可愛がられたのか、クズ野郎?」
(やべぇぞ、コイツは!?)
若者がそう思った時には遅かった。腹部に激痛を感じて後ろによろける。いきなり相手がバットの柄でついてきたのだ。 その次に抗議の声を上げる前に、すばやい構えから振り抜いたバットが彼の頭へと炸裂する。その瞬間、周りに子供連れの親達は一斉に子供の目をふさいだことは正しい事だった。
若者の頭は、スマートボールよろしく壁に叩きつけられはずんだ後、長椅子の角にぶつかってから床に落ちていった。
「ドロップアウト。さて、最後の人には質問タイムが残っているかな~?」
ゆっくりと舌舐めずりする姿は、恐ろしく。悪魔にも見え…………。
≪そこまでだ≫
それは荘厳な調べにも似た、思わず男でも聞き惚れてしまうような響があった。
だが、その声がかかるのと同時にパトリオットの体が揺らぎ、よろめくと手近にあった家族の座る席の端にストンと腰をおろしてしまう。それを確認すると同時に、最後に残った若者はいましかないとばかりに出口に向けて走り出そうとした。
≪お前は動くな≫
再びかかる声を聞くと、今度は若者の足がもつれてそのまま床に倒れ込む。その衝撃の痛みか、自分が逃げられないことを悟っての後悔か。そのまま若者はシクシクと涙を流して泣きだした。
「おいおい、どういうつもりだ?弱い者いじめは感心しないぜ。銀行屋」
苦しげにそう洩らすパトリオットの視線の先には、外のパトカーのランプの光を受けレストラン【シュバリエ】の入り口に立つブラックサンの姿であった。
「パトリオット、キミに話があってきた」
「おう、聞いてもいいぜ。なんせ、あんたとはちょっと前まで組んだことのある仲だったじゃねぇか。コンビ再結成の話か?」
その言葉にさすがにブラックサンは眉をひそめると
「なんの話をしている?だいたい、キミはわたしの監督下で捜査を続けるという約束をしていながら逃げたんではなかったかな?」
「そうだったか?ま、古い話さ。過去は水に流そうぜ」
「いいだろう。だが今は別に話がある。なぜ、ここにいる?」
「ここから町の反対側さ、そこにいたガキの集団があってな。そいつらの頭の中を捜査をしたら、こいつ等の名前が出てきた。で、ここに来たのさ」
「そうか」
それだけ言うと、ブラックサンは床で泣いている若者に顔を向け
≪なにを知っている?話せ≫
ただそう言われただけなのに、若者のすすり泣きがうめき声へと変わる。
これこそがこの超人ブラックサンの能力、Orderと呼ばれる強制命令の一種である。彼の言葉に従わないことは苦痛であり、時にその声は無差別に万人の耳に届くのだ。
「あ、あいつだ。コートのヤツ…金があるからって……だから、部屋を……貸した」
「なるほど、よくわかった」
そう言うと、若者の顔に浮かんでいた苦痛は取り払われ、再び低い鳴き声へと変わる。
「どうだ?言った通りだろ」
「そのようだね。さすがだ、パトリオット」
「いいさ。それじゃ、どいてもらえるか。俺はそいつの頭に”次”を教えてもらわなきゃならねぇ」
「その必要はない」
ピシャリと拒否が言い渡されると、今度はパトリオットの顔が歪む。
「なんだと?どういう意味だ」
「警告したはずだ、トラブルを起こすなとね。君はしばし警察のお世話になるといい」
「へっ、連続殺人犯はどうする?あっちは放置するのか?」
「心配はいらないよ。もうすぐ犯人は逮捕される」
「なに!?」
「当然だろう、あの光の騎士が関わっているんだ。すぐに事件は終わるさ、だから君は必要ない」
腰をおろしていた席の家族がヒッと小さく悲鳴を上げる。いつの間にか、パトリオットの目はギラギラと輝き、力の抜けた体を無理やりにでも動かそうと、立ちあがろうとする。
「銀行屋。てめぇ、俺から、この俺の手から取り上げようって言うのか!?」
「そうだ、周回遅れで頑張る君にエールはない。他の邪魔になるからここで退場してもらう」
「この野郎、この野郎、このスカしたナンパ野郎が俺に命令するってか!?}
≪そうだ、事件から手を引け≫
再び重圧がパトリオットを襲う。
だがなんとしたことか。この狂人、もとい超人はあろうことかその重圧を耐え抜き。一歩、また一歩と大地を踏みしめてブラックサンへと近づいていく。
「さすがだ、私の力の影響を受け。それでもなおこうして動ける者はこの町では数えるほどしかいない」
「て、てめぇの口先に。この俺が、はいはいそうですかって、聞いてたまるかよ」
苦しそうにそこまでいうと、腰のバットを握りなおして力一杯振り上げる。
「俺は狙ったクズを諦めて手を引くなんてことはしねぇよっ!!」
ついに先ほどと同じ悪夢の光景が、この黒ずくめの交渉人の身にもふりかかるのであろうか!?
だが、彼は目の前に迫る暴力を前になにをするでもなく、ただその様子を見つめているだけだった。
バン!
それはたった一発の銃声であった。同時にパトリオットの手にしたバットが粉々に木片となって飛び散る。
『如何でしょう。あたりましたか?』
ブラックサンの耳にかかっていたイヤホンの向こう側から、あの年老いた老人の声がする。
「いつもながら見事だ、ブッカ―。綺麗に目標に命中だ」
『それはようございました。うっかりあなた様の頭を彼より先にうってしまったかもと心配しておりました』
まったく、口の減らない老人である。
一方、カーネル”サウザンド”パトリオットはというと銃撃された衝撃でペタンと尻もちをつき。そこでそのまま固まってしまっていた。
その目は丸く、大きく。ただ自分の無残にはじけてしまったバットの”ジャガー”へと注がれていた。
「お、俺の、俺の相棒。俺のバットが!?」
「すまない。まさか君の頭を吹き飛ばすわけにもいかなくてね」
「俺の………チクショウ」
「残念だ、大佐殿」
ブラックサンはそう答えると、外に待機していた警官達に合図を送る。
10分後、肩を落として大人しくなったパトリオットをのせパトカーが出るのを確認すると。ブラックサンは現場に背を向ける。
あとは警官達がよろしくやってくれるだろう。自分がここでやることはなくなった。
「この後はどうなさいますか?」
いつものように、後ろに控えるブッカーマンの問いにブラックサンは夜空を見上げながら答えた。
「わたし達は病院へ戻ろう。本当はもう一つ、やり残しがあったが。今からではそちらは間に合いそうにない」
「そうですね。あの方は動くといつもはやいですから」
そう言ってブッカーマンもまた、夜空を見上げた。
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普段であれば絶対にやらないことであったが、町に戻ってきていたポーカーフェイスは近くを通った際、ついついあのエル・ナシメント自然公園へと足を向けていた。
夜の公園はまた、一種の独特の空気がある。恋人たちであれば、この場に秘めやかな愛を交わす場におもえるかもしれないが、彼は違う。
草むらの向こうで身を隠す恐怖と怯えに満たされた目。木の影でふるわれる暴力で流れる血。悲鳴を上げる口をふさがれ、闇にのまれていく哀れな獲物達。
その楽しみが、一瞬感じた違和感で空気を変える。
辺りを見回すが、人影はない。というよりも、人の気配すらない。
つけられている?まさか。だが、そういえばここは数日前、なかなか興味深い、礼儀をわきまえない依頼人と会った場所であったな。聞けばその後、彼は駆けつけた誰かに邪魔され、彼の犯罪の目撃者を逃がしてしまったと言う話しだった。
再び足を進めるものの、先ほどから感じる違和感?視線?が気になって楽しい気分が徐々に盛り下がっていくのがわかる。
(いかんな、こうなったらさっさと帰るとしよう)
不愉快な元依頼人のことを思い出したこともあって、先ほどまでの楽しい時間はなんだったのか。というほど、この場所について疎ましく感じていた。
それは公園の出口を出て、地下鉄へと向きを変えた時だった。一陣の風が彼の後ろから来たかと思うと、気がついたときには彼は何者かにさらわれていた。
投げ出されてコンクリートの地面を転がると、ようやく大きく息を吸うことができた。
後ろから襟首を掴まれたと思ったら、町の中を飛び回った後に上昇してここに放り出された。はっきりとは分からないが、なかなかの高さのビルの屋上のようだった。
「ゲホッ、ひどいねぇ。後ろから襲って誘拐。君はいつからギャングに転職したのかね…」
そういうと、天を仰ぎみて相手の名を言う。
「アレックス・アークナイト。光の騎士よ」
言葉通り、アレックスは宙にあってこのポーカーフェイスを見下ろしていた。その目には厳しい輝きがある。
「ポーカーフェイス、お前に聞きたい事がある」
「ふふふふ、なんだろうな。やってないことは認められんよ?」
「最近お前は、リベレーションと名乗る超人にあったな?」
「さぁ、どうかな。名前の覚えが悪いのでね。よくわからんよ」
「白いコートを来ていたはずだ」
「白のコートを着た人物など、この街に掃いて捨てるほどいますよ」
とぼけてみせたのは、突然こんな強硬手段に出たアレックスの思惑をしろうとしてのことだったが。どうやらこれは逆に怒らせただけのようだった。宙に浮かぶ超人の目がいっそう冷たく輝く。
「お前は先ほどまで町を出ていたな?」
「ああ、そうだ。ちょっとした用事があってね」
「また悪事を楽しんできたのか?」
「ひどい言い草だな。ちょっとした仕事があった、それだけのことだよ」
「ポーカーフェイス。今日のわたしは機嫌がとても悪い。そんなふざけた言葉しか口にしないと言うなら、お前が名前の通りどこまでポーカーフェイスでいられるか。その限界を試したっていい」
「光の騎士と称えられる君が?まさか、ありえませんな」
(貴様にそんな度胸はあるまい?)
顔色を変えず、こっそり心の中であざ笑う。
だが、アレックスは無言で通した。そのことがただ、無気味であった。
ポーカーフェイスはその名に似つかわしくなく、少し慌てたように思わず声をからかけてしまう。
「なにがあったのかね?君のような清廉潔白な人物が随分と荒っぽい…」
「数日前。リベレーションという連続殺人犯は、目撃者を再び路地裏で襲った」
「ほう、それはまた。恐ろしい話だな」
「そこにはわたしもいた」
「ほう、それはそれは」
「だがリベレーションはその場で目撃者ではなく、別人を殺害して逃走した。誰かわかるか?」
「さぁて、先ほども言ったが。街に帰ってきたばかりでね」
「ダークハート、死なずの探偵だ」
「…あー………」
名前を聞いて思わず声が沈む。続いてあの不義理な元依頼人にむけて心の中で罵声を浴びせる。
まったく、なんてことを。よりにもよってあの探偵を殺すとは!
「お前ならわかるな?これはチャンスだ、それも最後のな。もうすぐ彼は目を覚ます、すでにスリムと言うホームレスの口からお前の名が出ている。彼は間違いなく、まっすぐお前に向かってくるぞ。それでいいのか?」
「いえいえ、そんな・・・」
思わず軽口を叩きそうになり、慌てて口をつぐんだ。
確かに、これは最後のチャンスかもしれない。次にしらを切れば、この光の騎士はなにも言わずに立ち去るだろう。だが、そのあとはどうする?
あの探偵が怒りと憎悪に燃えてこちらに飛んでくるだろう、そうなったら何をされるのかわかったものではない。
迷うことなど、どこにもなかった。
「光の騎士殿、申し訳ないがこのままわたしを警察まで運んでもらえるかな?」
「話す気になったか」
「ああ、思い出したよ。そういえば、この街を立つ直前におかしな人と会ったことをね。特徴を聞く限り、たぶん彼のことなんじゃないかな」
ポーカーフェイスは、さも今やっと思い出したかのような態度を装ってみせた。
(探偵を手にかけたのでは彼も長くはないな。まあ、私との約束を反故にしたの彼だ。気にすることもない)
そう思うと自然、顔に張り付けていた笑顔は、いつしか心からの満面の笑みへと変わっていった。




