凶者(キョウシャ)の名誉
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空が赤く染まりだし辺りは夕闇に包まれていく。街には仕事帰りの人々が我が家に帰るべく列をなして歩いていく。
そんな街の喧騒が聞こえるマンションの一室、そこに2人の男がいた。
椅子に座り向かい合った両者の間には鉄錆を思わせる強い血臭が漂い、部屋の空気をどんよりと重苦しい物としていた。
血臭の主、腹を撃ち貫かれた若い男は傷口を抑え、ぜいぜいと荒い息をはく。その顔には死相が浮かんでいた。
その姿を満足そうに眺めながら、この凶行を行った男、すなわちリベレーションは満足げな笑みを浮かべていた。
「いやはや、随分と手こずらされた。君は3人の中では一番優秀だったね」
リベレーションの手にかかり、瀕死の重傷を負ったこの青年は予知能力者――ポーカーフェイスに調べさせた3人の標的、その最後の1人であった。
ジョン・モルトールという名前のこの青年もまた、多くの予知能力者がするように、それまでの人生をこの力を使って楽しく謳歌していた。それだけにあの連続殺人事件の異様さから、自分の身にも危険がせまっているのではないかと考えた。
だが、不可解なことにそれがどのような種類の危険なのかがさっぱりわからない。自分の未来どころか、犯人の未来さえ見ることができなかったせいだ。
こんな経験は初めてだった。困惑し、そして身動きがとれなくなってしまう。
だが、彼はただ自分が襲われるその瞬間までだまって突っ立っているだけのマヌケではなかった。
超人としての力が役に立たないことを悟ると、次に彼が選んだのは、自宅に引き籠ることであった。 ただ、それは怯えて身をひそめたわけではない。大金をつぎ込み魔術と科学、両方の技術を存分にとりいれた最新の防護システムを満載したマンションで、24時間体制で侵入者を監視していたのである。
普通の相手ならば、このマンションの入り口を通り抜けることすらできなかったのであろうが、いかんせん今回は相手が悪すぎた。
リベレーションは彼の期待通りに正面入り口から堂々と入ってきたりはしなかった。そのかわり、外部から彼が自慢する防護システムを易々と無力化させると、慌てて逃げようとしたジョン・モルトールにゆっくりと近づいていってその毒牙にかけたのである。
ジョン・モルトールはリベレーションになにかを言い返そうとしたようだが、口から洩れたのは苦痛によって生み出された呻き声だけだった。
そんな男の様子を気にもとめず、リベレーションは饒舌に語りつづける。
「楽しませてくれたお礼に少しばかり私の話を聞かせてあげよう。……いやいや、気にしなくてもいい。少しばかり時間を潰したいんでね。ほんの退屈しのぎ、という奴さ」
そう言ってにこやかにリベレーションは喋りだした。
「私は、なんの面白みのない普通の男でね。人生の意味も目標も、なにも見いだせない、それでも人に下に見られないことと貧しさだけは嫌だからというだけでマトモな人生を歩く、そんな人間だった。
だが些細なことから、そんな自分の生き方をこの先何十年と繰り返すことに絶望してしまってね。ある日、こう考えたんだ。このまま生きていても仕方がない、ここらで見事に幕をひこう、ってね」
だがそれが良かった。そう呟くと、リベレーションは立ちあがって窓辺へと移動する。窓から見える街並みは美しく茜色に染まっている。その光景はまるで、世界が火に包まれているかのように美しかった。
「私は森に入った、暗く深い森に。センチな奴だと笑わないでほしい、でもそういう気分に酔いしれてしまっていたんだ。誰にも知られない遠い場所で静かに死のう、とね。
その森の奥には、なんとも美しい花畑があってね。そこを見つけた時、ここが私の最後を迎えるのにふさわしい、そう思ったんだ。
…そして、あの場所で私は自分の心臓にナイフを突き立てた。こう、ブッスリとね」
おどけた仕草で自身の胸を十字にえぐるジェスチャーをしてみせる。
「その時だ、私が神の前に立ったのは。あの時の体験はいまでも心に焼き付いている。
とてつもない感動だったよ。私が、私の命が無意味なモノではなかったんだという証明がなされたのだ。そう、本当にやらなければいけない私の使命をあの時初めて伝えられたのだ」
熱のある、いくぶん狂気に満ちた眼差しで世界を見つめる。
「私は証明しなければいけない。その声を、人々に伝えるにふさわしい力を持っていることを。そうすることで人々も救われる、人類は新たな道へ、その先の輝かしい未来へと歩み出すことができる」
この意味がわかるかい?と振り向いた時、リベレーションは気がついた。彼の演説の唯一の聞き手である若者の首はぐったりと垂れ、その顔は青白くなっているのに。
ジョン・モルトールはその短い人生の最後を、狂人の語りを聞かされる中で幕を閉じていた。
ため息をつきながら、歩み寄り首筋を触って脈を確認する。その鼓動はすでになく、体温は失われつつあるのが感じられた。
「おやおや…人の話はきちんと最後まで聞くのが礼儀だよ。もうちょっと頑張ってもらいたかったね」
不満げにそう愚痴をこぼす。
興が乗っていただけに、少しばかり腹が立ってしまった。
突然、この哀れな犠牲者の首を荒々しく掴むと、体から力を解放していく。その手は青白く輝きだし、死んだばかりの肉体を焼き、焦げくさい匂いをあたりに漂わせ始めた。
ジョン・モルトールだった肉体が、徐々にその形が崩れていく。
リベレーションは彼自身は気がついていなかったが、自分が目撃者を2度もとり逃がしてしまったことを実はとても気にしていた。
完璧な仕事をするはずだったのが、ミスしたあげく、もうすこしのところで邪魔までされたのだ。プライドを傷つけられたと言ってもいいだろう。
そんな彼は、ブラックハートとの戦闘で考えを改めたのだ。人々の知らせるためにと、わざわざわかるように仕事をしてきたが、やはりスキを作ると完璧な仕事はできないということを。
なによりあの路地裏で有名人をグチャグチャにしてやった、その結果が今回のジョン・モルトールの警戒ぶりにつながったと考えるならば、すでに自分の名を聞いても誰も無視できなくなっているということだろう。
「そうだ、この続きはあのホームレス君に聞いてもらうとしよう。確か、名前はスリムとか言ったな」
そして、当然のことながらあのホームレスに対する執着心は増すことはあっても消えることはなかった。むしろ、ここに当初の予定であった3人を殺したのに神が姿をあらわさない理由を考えれば、彼の働きに満足していないと考えるのが自然であったからだ。
数分後、リベレーションは、携帯端末をポケットから取り出し、使っている情報屋にメールを送る。
あの哀れなホームレスが何処にいるのか、誰がそばにいるのかをさっそく調べるとしよう。そして、彼に聞かせてあげよう、この話の続きを。その始末のついでに。
そう考えながら、リベレーションは幸福そうな表情を浮かべ部屋を出ていく。後には椅子の上で絶命した哀れな犠牲者だけが残されていた。




