影(2)
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ポーカーフェイスは太陽が昇っている時間にしては、やけに闇の濃い裏通りを、それこそ散歩でもしているかのように軽い足取りで歩いていた。
その進む先には、太陽の下の真昼の大通りにつながっているであろう光が見える。
彼は、突然足を止めると靴で2度地面を音を立てて蹴った。
すると、それが合図かのようにずるずると闇の中でうずくまるホームレスがゆっくりと姿をあらわしていく。
それはまぎれもない、あの時。今はリベレーションと名乗る凶人によってその場にいたからというだけで襲われたあのホームレスのスリムであった。
あの瞬間、彼は自分の力である可変能力を駆使して逃げ伸びようとしたが、命は助かったもののとても動ける状態ではなかった。そして、不幸にも今度はこの怪人の手に落ちてしまったのである。
「おお、よかった。まだ生きていたね。君にはもう少しだけ頑張ってもらわないといけない」
青い顔をして、血の気のないスリムの目はどこか虚ろであった。無理もない、強烈な攻撃にさらされ血を流すことも大きな傷口を作ることもなかったが、今の彼の状態は医者が見たら重症半歩手前の状態というほどに悪かった。
「私の経験から見ると、どうも君はあと1日。いや、半日かな。そのくらいなら大丈夫そうだ」
冷酷な告知を淡々とはりつけた笑顔で語るこの怪人は無気味であった。
「だがね、こう見えても私は君には死んで貰いたくない。あの時、あの瞬間。君が見せたあの……!おっと、これは関係ない事だった。とにかく、せっかく頑張ったのだ。私としても死なせたくない。
そこで妥協案を用意した。よく聞いてほしい。
今から………そうだな、数分か。まぁ、かかっても1時間くらいだろうね。ここに人がやってくるはずだ。」
胸ポケットから金時計をとりだし、中を覗き込みながらそう言うと鈍い光を放つスリムの目に希望の光が見えはじめる。
「嬉しいかい?それはよかった。
だが、ひとつ残念なお知らせがある。ここに来るのは一人かもしれないし、何人もの人かもしれない。ただ、はっきりしているのは2種類の人間が来ると言うことだ」
そういうと、ポーカーフェイスは真っ暗な歩いて来た道の先を指を指す。
「ひとりは君をそんな姿にした奴」
次に輝く大通りへと続く道を指差すと
「ひとりは君を助ける奴」
スリムはそんなポーカフェイスの冷酷な宣言を必死で理解しようとしていた。
だが、そんなホームレスのことなどまるで気にしていないのだろう、ポーカフェイスはさっさと自分のいいたい事だけを続けて言う。
「どちらが先に、それも誰が来るのかはこの私でもわからない。だが、町では今あちこちで君がここにいると情報がちょっとだけ囁かれはじめている。わたしがそうなるようにしたんだけどね。さて、話しは以上で終わりだ。神はきっと君の頑張りにむくいてくれるだろうさ。それではここで君とはお別れだ。さようなら」
そういうと、さっさと身をひるがえして大通りへと歩いていってしまった。
スリムは1人、闇の中でうずくまって動けなかった。
なにか、大気が震える音がして意識が戻ると、自分が恐ろしく寒さを感じていることにスリムは気がついた。
自然、目は大通りの方へと向かう。少なくともここから見る限り、まだ夜にはなっていない。太陽はまだ沈んでいないことだけはわかる。 だが、冷たい。いや、寒いのか。
自分の身体の調子の悪さは嫌でもわかる。あの怪人は誰かここに来ると言っていたが、自分はどれくらい意識を失っていたのだろうか?そんなに時間はたっていないと思うが。
そして次にまたふっと目が闇に包まれた。
(だめだ、オキロ!)
再び目の前の闇が振り払われると、そこには一人の男がたっていた。
「まさか、まさか君が生きていたとはね。まったく……驚いたさ」
それは、スリムにとって2度と会いたくない相手。あの夜、彼にこの手傷を負わせた元凶、リベレーションであった。
「なにやら思わせぶりな台詞を吐いて捨てていったからね、気にしていたんだ。それが、こんな形で現れるとは。だが、問題ない、すぐにどうでもよくなることだ」
そういうと、あの忌まわしい手をかざしてくる。
急がねばならなかった。
「ま、待テ…デン言を……あズかってイル」
スリムは自分の声がかすれ、口が思うように回らないが、必死だった。
身体が動かせない今の自分が唯一出来ることは、この口で身を守るために動かすことだけであった。
「ほう、律儀だね彼も。いいだろう、彼はなんと言っていたのかな?」
やった!だまされてくれた。そんなもの、ありはしなかったがなんとか興味を持ってくれた。しかし再び、瞼が重くなってくるのがわかる。いけない、このまま目を閉じればおしまいなのだ。
「か、彼は言ッタ…イタ。お前…カミはきっと、キミ……の努力ニ…むくいてくれる、と」
その言葉を聞いて、相手はきょとんと呆けた顔をした。それこそ、鳩が豆鉄砲でも食らったかのように。
そして、ふははははと突然狂ったように大声で笑い出す。
しかし、その間もスリムの口は休むことはなかった。すでに片目は半開きになっていたが続けて
「…デハ、ここデ…キミ…と、は…お別れだ。サ…サヨウナラ……コレで、全部だ」
これで限界だった。自分の口の中が乾き切ってしまい、もう話すことができないと思った。実際はあの怪人が自分に向けていった言葉であったが、時間が稼げるならなんでもよかったのだ。
男は哄笑を続けていたが、それも長くはなかった。
「そうかい、随分と気のきいた台詞を残したんだね。君が聞いた通りだ。我が名はリベレーション(啓示)。神罰の執行代行者なのだ。そのリベレーションの前に転がり出て邪魔をした君は、知らないがきっと許されざる者なのだ。では、覚悟して貰おうか」
もう、これ以上自分に時間を稼ぐ方法は残されていなかった。
ドゥンッ!
空気がそんな音を立てたような感じた。
そしてそれは間違いないと言うように、ある人物をここに登場させていた。
その名はアレックス・アークナイト。アークタワーの最上階に住むこの町の守護者、光の騎士。
彼はこの場にいる2人を交互に見やると、ゆっくりと地上に降りてきながら声をかけてきた。
「君、みたところ調子が悪そうだ。大丈夫か?そして君も、彼を見てないで。できればすぐに救急車を呼んであげて欲しい。私の名前を出せば、すぐに手配してくれるはずだ」
リベレーションはこのとんちきな乱入者を見てまたまたポカーンと口を開けていた。そして、スリムはもたれかかっていた壁をずり落ちながら、ついに自分の命を再び生きながらえさせることができたと確信していた。
「おい、おいっ!しっかりしたまえ、怪我をしているのか?」
棒立ちになっているリベレーションなど目もくれず、アークナイトはスリムに駆け寄ってその体を改めるが、怪我などしているようには見えなかった。が、あきらかに調子が悪いようで、片目だけが半開きでこちらを見るが、口を開くこともせず、うんともすんとも答えがない。
(まずいな)
自分のヘッドガードの上からこめかみを押さえると、内蔵されていた情報端末グラスが瞬時に起動する。
『はい、こちら……』
「アレックス・アークナイトだ。至急、救急車を頼みたい」
相手が最後まで語り終わるのを無視して用件だけ先に伝える。
そこでようやく彼は気がついた。はて、このホームレスの顔。どこかで見たような気がする。
考えていたのは一瞬のことであった。
気がつくと、なにか予感が走り。それに合わせて身体が動き出す。
間一髪で、空気を切り裂く刃物の軌道から離れることができた。
確認すると、あの突っ立っていた方が手にカミソリをもってこちらに襲いかかってきていた。
(私のことを知らないのか?)
その困惑は、実に尊大で空気の読めない類いのものであったがすぐに気を取り直す。
3度にわたって細かく繰り出された刃をかわすと、相手は今度はアレックスの顔の前に手をかざしてきた。
「!?」
それはとっさの判断であった。
アークナイトのたくましい身体がわずかに光を放つと、身体からわずかに一か所欠けた形のリング状のエネルギーがほとばしって相手の、リベレーションの腕を弾き飛ばそうとする。
だがリベレーションはそれを平然と受けると、すぐさま今度は両手をアークナイトの前にかざしてみせた。
ガウンッ
なにかが歪んで軋む音がしたと思うと、地面から激しく土煙がたちのぼる。
続いて、真昼間の大通りを走っていた車に人間一人分の質量が激突、弾き飛ばすとそれを見た市民達が悲鳴を上げて慌てて逃げだしていこうとする。
「なんですか、あれ?あれが有名な光の騎士ですか。本当に漫画雑誌のキャラクターみたいな間抜けな恰好じゃないですか。まったく、このリベレーションを無視して。それに、あれが噂のフォトンエネルギーですか。たいしたことありませんね」
コートをはたいてほこりを落とし、少しだけ自慢をすると再びスリムの方へと顔を向ける。
「新しい邪魔者のヒーローは退場しました。これで、ようやくキミの処分ができますね」
そういうと、とても楽しそうに心からの笑顔を見せるが、スリムにはもうそれを半分とじられた目で見て追いかけることしかできなかった。
▼▼▼▼▼
あれは、妹のサラがいったことだったか。
あの燃えるような赤髪のサラは、私を見ていった。
「ヒーローならやっぱりコスチュームが大切だからね」
そう言って当時の友人達を連れてきて、皆であーでもない、こーでもないと何が楽しいのか熱く議論を交わし。そしてようやく出来上がったのが今のコスチュームのデザインだった。
わたしは恥ずかしいな、この格好はというと、サラはヒーローする時はコレ着るんだよ。そういって本当にうれしそうに皆でその日出撃する私の後ろ姿を見送ってくれた。
あの頃は今と違って、服はまだまだ子供だった彼女達の手で作られたもので………。
▼▼▼▼▼
「君は、もっと自分をほめていいぞ。これを使うのは、わたしも久しぶりだ」
土煙の中を、ゆっくりと歩いて戻ってきた私を見て。相手の顔が歪む。
「無傷、ですか。化物め」
「アークライトアーマー。人によってはバイオアーマーとも呼ばれている」
その名の通り、今の私の体の周囲には薄いピンク色のエネルギーフィールドが張られており。それが鉄の鎧のような形となって私の身体を守っていた。
元々、わたしの超人としての特性は光のエネルギーの吸収にあった。
だがおもしろいことに、能力を鍛えると私には自分がさらに違う種類の、放出、変換、再構成の力があらわれるようになっていった。
それは、言葉で一言。最強とよんでもいい強大な力であった。
今の私を見ればそれも理解しやすいというものだろう。光の力で肉体を強化し、さらにそこにエネルギーフィールドのバリアすらはれるのだ。この鉄壁の壁を破るのは、よういなことではない。
「そのくらいのことは聞いてますよ、光の騎士。まったく、あなたは空気を読まない嫌な人ですね」
「よくいわれるよ、ところでこちらは君を知らない。名前を聞かせてもらおうか」
何気なく言った言葉であったが、リベレーションの口元がわずかに震えるのが見えた。
「……リベレーションと言います。よろしく、アークライトタワーの主よ」
「そうか、では君を捕まえると宣言しよう。思い出したが、そこに倒れている人は連続殺人事件の関係者だったと記憶している。その彼に近づいて、なにをしようとしていた!?」
びしっと指まで指してきいてくるアークナイトに苦笑しながら、リベレーションは答えた。
「面白い事を聞く人ですね、私が彼にすることと言ったら一つしかないでしょ」
そう言い放つと同時に、身動きの取れないスリムの身体に蹴りをブチ込もうとする。
すでに弱り切っている男に、一撃でも暴行を加えようものならそれだけで危険な状態になるかもしれない。
アークナイトは慌てるものの、この状態からではまさかビームを放つわけにもいかず。一瞬、動きが止ってしまった。
この瞬間、神は本当にこのホームレスのしぶとさを認めてあげたのかもしれない。
闇に伸びた通路の奥から、すごいスピードで走ってくる男がいた。
その男は勢いをついに止めることなく走ってくると、そのままリベレーションの背中を両手で力一杯押した。
その勢いに押されて蹴りのモーションが崩れて膝をついてしまう。
「っ!?ダークハートかっ」
「そうだっ!よく聞けよ、このホームレスは昨夜の連続殺意人事件の被害者と思われていた奴だ。アレックス、こいつを病院にすぐに連れていけ、死なすんじゃない」
「…了解した」
光の騎士は理解して短く答えると軽く飛び上がってスリムを抱え上げる。そして今度こそ裏道から凄い速さで飛びだしていった。
そして土煙舞う闇の中に、黒い髑髏と白の神罰執行人だけが残った。




