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BLACK&WHITE  作者: 鷹雪
だい87
10/178

それに意味があるのなら

よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。

 よく晴れた空は青く広がり、太陽の暖かさが心地よい。昼をほんの少し過ぎたこの時刻、寝ることがないと言われるこの街がほんの少しだけ休憩する、そんなゆったりとした時間であった。

そんな街の風景に逆らうように、いそいそと歩く少女。胸にボールを抱きかかえ瞳を輝かせているその姿は、まだ何物にも汚されていない子供だけがもつ純真さを感じさせる。

 少女が急いでいるのに別段深い理由はなかった。昼を済ませたら公園で遊ぼう、そう友人と約束をしただけだ。昼食を食べると家を飛び出した彼女は、このあと友人達とどのように遊ぼうか、そのことで頭がいっぱいだった。


 だが期待に胸を膨らませ、公園へと入ってきた少女は軽い失望を覚えた。公園には友人達の姿はない。それどころか、子供は誰一人としていなかったのだ。少し来るのがはやかったのかもしれない。

 勢いよく飛び出したことで、今に慌ててここへと走ってきているであろう母親を思うと少し気分が暗くなる。

 つまらないなぁ、はやく誰か来ないかな・・・そう考えながら。しばらく、ぼうっと地面に列を作っているアリを眺めていた。


そしてふと、少女は自分が見落としているものに気がついた。


 公園のベンチにじっと動かない、温厚そうな老人が座っていたのだ。


「こんにちは」


 何気なく少女が声をかけてみると、老人はその声に驚いたふうでもなく視線を上げてこちらを確認すると


「こんにちは、お譲ちゃん。迷子かい?」

「違うよ」

「でもママは一緒じゃないね?どうしてかな」

「急いできたから置いて来ちゃったの」

「おやおや、これは飛んだお転婆さんだ。なら、良かったらそこに座って待つといい。じきに大慌てで駆けつけてくるさ」


 それはもっともだと思い、少女はひとつ頷くと机を挟んでもう片方のベンチに腰をかける。


「おじいさんはなにをしているの?」

「何をしていると思うかい?」

「聞いているのはわたしよ?」

「そうだね。まぁ、見たらわかると思うが。ゲームだよ」


 それを聞いて少女は思った。確かに、でもそれだけだとわからないよ。

 実際、この老人が何をしているのか少女にはわからなかった。

 机の上にはチェスのボードが置かれているものの、そこにはあるべき駒がひとつも置かれていないし、なにより彼以外にこの公園に人はいないのだ。



「チェスはわかるわ。でも、駒がないし。おじいちゃん1人だし。それでゲームができるの?」


 それを聞いて老人は柔らかな微笑みを浮かべる。


「なるほど。事情を知りたいのかい。おっしゃる通り、お譲ちゃんのいうとおり。ここにはわたししかいないし。駒も、相手もいない。だがこうなったのには理由があるんだよ」

「知りたい!」


 間髪いれずに説明を求める幼子の弾む声と輝く瞳に再び苦笑すると、老人はゆっくりと話し始めた。



「このゲームはね、昨日始めた。相手はわたしと違って若い…といっても、キミよりもだいぶ年齢の高い少年だった。一進一退、なかなか悪くないゲームだったよ。だが、夕方になってしまった。時間が来たんだよ。

 だから約束した。明日、昼過ぎにまたここで続きをしようってね」

「相手の人は約束を破ってこなかったの?」

「お譲ちゃんは気が早いね。でも、それだと駒が並んでない理由にはならないと思わないかい?」


 たしなめられたことで、少女は自分が先走ったことを認めて自分の唇に手をやるとチャックを締める動作をする。それを見て老人はにこやかにうなずいた。



「わたしはゲームをそのままにしたくてね。このままの状態で昨日は帰ったんだ」

「それじゃダメよ!」


 少女を激しく声を上げる、その声に驚いて目を丸くする老人にとうとうと諭すように続けて


「そんなの、誰かが攫って持っていってしまったんだわ。今頃、どっかの店に売られちゃってる」

「しかしね、お譲ちゃん。これは安物だよ」

「そんなの関係ないわ。置いておいたはダメなの、落し物だと言って誰かが持っていっちゃうから。ママもよくわたしにそういい聞かすの」


 老人は笑顔でうんうんとうなづきながらも、少女に応える。


「やっぱりお譲ちゃんは先走り過ぎだね。最初にいったのを忘れたかい、これはゲームだって」


 自分は正しいと思ったことをいっただけなのに、再びたしなめられ。さらによくわからないことを言い出す老人は、もしかしたら自分を馬鹿にしているんじゃなかろうか。そう思うと少女の口が自然ととんがって不満をあらわす。


「いや、そんなに怒らないで。ちゃんと説明するからね……実を言えば、わたしも君と同じことを来た時は考えたんだよ」

「ほらぁ!」

「最後まで聞いて。昨日はこの公園は夜には鍵が閉められるし、今朝だって昼までは使用禁止になっている。そうしたらね、思い出したんだ」

「?」

「実は昨日のゲーム中、そばでじっと見ている若者がいたんだよ。彼はそれをとても興味深そうに見ていた。我々が決着は明日にしようと話している時でさえ、自分ならどうするか考えているようだった。

 相手が帰り、わたしも席を立とうとした時のことさ。

 さすがに気になってわたしは声をかけたんだ。『今日はここまで、決着は明日になりそうです。どうです?わたしと彼、どちらが勝つと思われますか?』すると、彼はようやく気がついてね。

 しばらく黙ってボードの上を見つめていたが、諦めたのか首を振ると『僕にはわかりません、未来のことは読めないのです』と答えた」

「その人、ヘンな人ね」


 少女は率直な感想を述べると、老人はそれに同意を示しながら


「そうだね。わたしもちょっと変わっているな、と思ったよ。だから聞いたんだ。『未来がわかるなら、君は勝敗は思うがまま、そう考えているのかい』とね。ちなみにお譲ちゃんはどう思うね?」

「ムズカシイ、わからないわ。でも、何が起きるかわかるなら。その前になんとかできるんじゃないかとは思う」

「彼も同じことを答えていた。『なにがおこるのかわかるなら、人は危険を冒さないし、負けることはないでしょう』とね。わたしはいったんだ、『君は未来をつまらない一本の線だとおもっているんだね』と」

「?」


 よくわからないという風に首をかしげる少女に、老人は君の髪は長いね、一本抜いてくれないかなといわれて素直に応じる。肩まで伸びた髪から一本、そんなに痛くはなかった。

 老人は少女のその髪の毛を受け取ると、左右を持って引き延ばして見せる。


「いいかい?

 お譲ちゃんから見て左が過去、右が未来だ。お譲ちゃんとあの若者が考える世界は、例えるならこの一本の髪の毛と同じってことになる」

「世界?髪の毛と同じ?」

「ははは、難しかったかな?例えが悪かったか、ならば話を変えよう。もうすぐここにお譲ちゃんのママが到着する。するとどうなると思うかね?」

「まずいわ、怒られる」


 そう言いながら少女は顔をしかめる。忘れていた、この老人のいうとおり。もうすぐママはここに来るだろうし、その時は例えこの老人と一緒にいたとしても、人目をはばからずに怒られるだろう。



「ではそこに、たとえばわたしが超人だったとしよう。それも未来を予知できる超人だ。そのわたしが、君にこういう『大丈夫だ、君はママに怒られることはない』君はどうする?」

「本当に?ママは怒らないの?」

「おいおい、お譲ちゃん。例えば、とわたしはいったよ?わたしに未来はわからないさ。でも、もしわたしが未来がわかって君にそう言ったら、君はどうするね?」

「嬉しいわ」

「それだけかい?ほかに何かは?」

「そうね、お行儀よく待つわ」


 実際そうだったらいいのにと思い、自然と足など揃えて背中をピンとのばしてみせる。


「ところが、実際はママは来ると君をしこたま怒り、泣き叫ぶ君を引きずって家に帰ろうとする。その時、君はわたしのいう予知が外れたと思うかい?」

「当然よ、だって実際は未来は違ったわ。ママに怒られてるし」

「わたしはそうは思わないよ」


 少女はまた再び馬鹿にされたような気がして、唇を尖らせていく。


「ほら、そんなに怒らないで。考えてみよう、もし君がわたしの予知をきかなかったとしたら。ママが来た時、君はどうしたと思う?」

「ママに怒られないって聞いてなかったらってことね?そう……あやまる!いや、誤魔化す!」

 素直にあっけらかんと言い放つ少女を見て老人は愉快そうに肩を揺らす。

「そうだろうね。それじゃもう一度整理してみよう。ママが来る、わたしが未来を告げて、君はなにもしない。そのせいで怒られる。わかるかな?」

「わかった!あなたに教えてもらったせいで、わたしの未来が変わっちゃったんだね」


 老人は賢い娘だと呟きながら、満足そうにうなずく。


「そうだ。わたしが見た未来では、君はちゃんとママを誤魔化せたのに。未来がわかったことで君はなにもしなかった。そのせいで変わってしまった」

「わかる!わかるよっ」


 ベンチの上に立って勢いよくジャンプを始める少女に、老人は落ち着いてと掌で示すと話を続けた。


「だがね、その青年はわたしの言葉を理解できなかったんだよ」


 少女は、あったこともないその青年のことを心の中で馬鹿だと思った。


「なんで?すごくわかりやすいよ」

「そうだね、だが彼にはわからなかったんだ」

「やっぱりその人、ヘンな人だ」


 わきあがる優越感と子供の持つ無邪気さからばっさりと断じて見せる。


「だがね、わたしは思ったんだよ。彼は馬鹿なんじゃない、きっとわかりたくないんじゃないかって」

「それってどう違うの?」

「どう違うのだろうかねぇ。だが、わたしは彼に質問を投げかけたんだ。『結果が見たいなら明日の午後も来るといい』だが、彼は悲しそうに首を振った。きっと何か別の用事があったんだろう。だから、彼にいったんだ。『なら、このゲームの行方がどうなるか、君が思い描いてみなさい』とね。夜は迫っていたが、日没までにはまだ時間があった。

 わたしが公園を出る時ふりかえると、若者はまだこの机の前で何事かを考えこんでいたよ」


 少女は老人のその話を黙って聞いていた。

 老人は記憶をたどるのをやめたのか、遠い目から戻ってくると


「話を戻そうか、このボードを見た時。考えていたらふと、あの若者ではないのかと思ったんだ」

「そのお兄ちゃんが、おじいさんのゲームを台無しにしたってこと?」

「そうだ」

「なぜ?」

「さぁなぁ。だが、自分に権利のないゲームに参加したいと思ったから。彼はそうしたんじゃないかと思ったんだ」

「それ、難しい。よくわからないや」


 混乱する少女を見て、老人はやはりそうか、と微笑みながらこたえていた。



▼▼▼▼▼



 娘が自分を置いて勝手に外へ出ていったことを知り、慌てて家を飛び出した。

公園までの距離にして約200メートルを全力で走る羽目になった。こんなことしたのは学生の時以来だ。

 公園にいなかったらどうしようと、若干怯える思いがあったが、入口にたどり着くと娘の姿がすぐに飛び込んできた。

 あの娘は、机を挟んで老人と話している。

 おかしなことはされていないだろうとは思ったが、慌てて近づくとこちらを見て娘の顔がパァっと輝く笑顔を向けて


「あら、ママ」


という。なにがあら、なのよと思いつつも


「ダメじゃない、勝手に家を飛び出して!家を出る時はちゃんと許可をとる、そういっているでしょ?」


 自然と感情が高ぶりそうになるが、まだ冷静に話せる。なのに、娘ときたら平気な顔をして


「ちゃんとわたし、ママに外に行くって言ったよ?それにうん、って頷いたじゃない」

「嘘よ!」


 思わず語尾が強くなるが、いつもならそれでおびえるあの子は今日は妙に自信ありげにハハーンといった表情を見せると


「ああ、じゃ話を聞いていなかったんだ。あの時、ママはテレビと御飯の支度で忙しそうだったもの」

「そんなことっ」


 そうはいうものの、確かにテレビを見ながら料理をしていたし、あの時娘がなにやら言っていたような気もしないではない。思わず声がしぼみかけると、たたみこむようにして


「浮気された奥さんだっけ?ママ、ああいうの好きだもんね。わたしも、もしかしたらママはわかってないんじゃないかと思って。だからここでちょっと待っていたの」


 そう言うと笑顔を向けてくる。そこには揺るがない彼女の自信がみてとれた。

(この子、こんな顔をするようになったのか)

 妙なところでそんな感想を母親として感じてしまう。すると、向かいの座っていた老人がにこりを笑顔をこちらにむけ


「いや、立派な娘さんだ。お母さんに似て美人だし、なにより礼儀正しい。感心しましたよ」

「は、はぁ。ありがとうございます」


 思わず、自分がとんでもなく間抜けなことを口にしているような気がしてきた。

 娘はぴょんとベンチから飛び降りると、わたしの手をとり引っ張りながら


「それじゃ、あっちに行こうよ。さっきアイスクリーム売りがいたの。ママが大好きなチョコレートもきっとあるよ」


 そう言うと老人に向けてバイバイ、またね、といった。老人はそれには答えず、こちらにただ手を振るだけであった。

なんだかよくわからないが、とにかくなにもなかったらしい。

 娘のいうとおり、走ったり心配したりでちょっと自分も甘いものが欲しいと思っていたところだ。アイスクリーム、いいんじゃないかな………。



▼▼▼▼▼



 老人は母娘が離れていくのを見守ると、それでようやく区切りがついたと思ったのか、机の上の駒のないボードを畳むと懐にしまいこむ。


「ウコン、サモンジ。彼はどうしている?」


 それまでの好々爺とした雰囲気が突然吹き飛ばしながら、誰に向かってか問いかける。

気がつかなかったが、いつの間にか老人の背後にスーツ姿で、同じ顔の東洋人が2人立っていた。


「あちらに」


 そういうと一人が顎で指し示す方向に、中を見ることができないベンツがゆっくりと移動している。


「いかがしましょうか」


 さらにもう1人がそう問いかけてくると、老人は頬に手をやりポンと一度だけいい音をさせる。



 あの車の中には、哀れにも裸に剥かれた上に縛りあげられ、自分のこの後の運命を思って震えている哀れな男がいるはずだ。


「どう転んでも、悪い話ではないからこんな茶番を用意したと言うのにな。まさかこんな結果になるとは」


 そうは言うが、老人の目の鋭さも声の張りもかわることはなかった。


「では?」


 促す若者にひとつ頷くと、ベンツはそのまま公園から出て走り去ってしまった。



 老人はもう、車のことなど忘れていた。しばらくはあの少女にもらった長い髪の毛を指でいじっていたが、それも飽きたのかポンと指ではじくと髪は風に流されどこかへと飛んでいく。それをみて、老人はあの青年の姿を思い返していた。

(さて、あの青年は果たしてなにをどう考えたら、こんな行動になったのやら。おかしな奴は世の中にはいるものだ)

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