アジア
今週は多めに。
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デュポン社での重苦しい会議室の一件から3日後。
僕ことマイケル・ヘルムスリーはなぜか太平洋上をプライベートジェットに乗って移動していた。
あの会議のあと、知人から突然助けが欲しいとの連絡があったからだった。それを無視するという選択肢もないわけではなかったが、今はビジネス以外の専門用語の混じった会話に餓えていて、なによりもアークシティから離れていたくて、それを了承した。
あの会議で言われたことは、想いのほかこの僕を強力に叩きのめしてくれた。
デュポン社にはこの先にも強力なCEOが必要で、ジェームズを失った今の僕にはドミニオンは扱いかねている。
あの時はとってつけたかのような理由を口にしてごまかしては見せたものの、実際の僕はマキシマの命を奪い、ジェームズの命を守れなかったドミニオンというアーマー・スーツを着ることを嫌っていただけだった。
だが、だからといってマスク・ド・ドミニオンを捨てる?そんな事が可能なのだろうか?
デュポン社にはドミニオンが必要で、ドミニオンにはデュポン社が必要だ。そういうことじゃなかったのか?
僕の悩みはその時も尽きなかった。
▼▼▼▼▼
マレーシア。ここにあるジャング・シエナ研究所に目的の人物が、彼女がいた。
ライラ・ブルマン博士。
この研究所の若き主任であり、強力な個性の持ち主としても有名である。
大学時代の付き合いが卒業した後も続くのは、僕の場合はそれほど多くはない。彼女はそんな特別な1人であり、同時に尊敬する学者でもある。ただ、その才能と同じで人付き合いは決していいとは言い切れないが。
実際、僕にしたってこのライラがこのそれほど大きくはないシエナ研究所に勤めるという話と、数年前に唐突に結婚したという連絡の2つは、人生の信じられない凶報トップ100にしっかりと入っている。
お互い、年をとったが。感性は変わりようもなかったらしい。かくいう僕自身も、自分で会社を作ってそこでやりたい放題やっているわけだしね。
研究所の入り口で、なぜか突っ立って待ってくれていた彼女は、はるばる太平洋をこえて昔の友人の助けの声に応じた僕を不満の声で出迎えてくれた。
「遅い!」
「……なんだって?」
「3日、72時間をこえて到着ってどうなの?」
「悪いけど、これでも用事を済ませて君の求めに応じたんだけれど?それとも、離婚した?」
「なんでそうなる!旦那とは半月会っていないけど、元気なはずよ」
しまった、これはまずい事に触れてしまっただろうか?」
「そうか。なら全部やりなおして始めからってことで……やぁ、ライラ。元気そうだ」
「ああっ!馴れ馴れしいハグは無し。挨拶もいい。知らない仲じゃないんだから、さっさとついてきて」
魅力あふれるライラはそう言うと、近くの警備員に頷くとさっさと1人で先に行ってしまう。
どうやら、彼女の中ではすでにその辺の手続きはすっ飛ばしているらしい。
「中に入るよ、いいよね?」
ニコニコと頷く警備員に確認を入れると、ライラの後を追って研究所の奥へと進んでいく。
「随分と元気だね?留守電のメッセージでは、偉く困り果てていたように思ったが?」
「そう?気のせいじゃない?」
「『あなたは賢明な人よ。そのあなたの意見を聞かせてほしいの、助けて頂戴』」
「……」
「ほら、やっぱりお手上げで降参。どうにかしてくれ、って感じがよく出ていた」
「……私の研究のこと、何処まで知ってる?」
「何も知らないよ。生化学に広く精通している君が何をしているかなんて、僕は一々調べない。教えてくれるんだろ?」
「相変わらずよ。植物にハマってる。旦那に頼んでガイドになってもらって山に入って、谷に降りたり。研究室にこもって、分析したり」
「健康なのはいいことさ」
「どういう意味?とにかく、いろいろよ。そう、最近は生体電子とかね」
その分野はボクにとってもタイムリーなものだ。
「……それは興味があるね」
「でしょうね。あなたの会社の技術開発にも、この分野は当然あると思ったのよ」
「とぼけなくていいよ。例のDr.マキシマの研究もそれだった」
「そう言えば彼の研究、本人が全て処分していたそうね。あれって本当の事?」
「……何で聞く?」
「別に。ただ、彼がそんな大胆な事をする印象が無かったからね」
「……半分は本当だ」
「半分?」
「研究が処分されている、と言うのが本当。だが、彼が何を作りだしたのか、については見当はついている。そういうことさ」
「へぇ、さすがなのね。見栄で言ってない?」
なんだか海を隔てた昔の友人に会ったのに、あの居心地の悪い会議室に戻されたような不快感を僕は感じて、ついつい声にとげが混じりだす。
「…………ライラ、どういうつもりだ?」
「なに?」
「君は僕が来るのが遅かったと責める一方で、このクソ長い廊下を歩いている最中をマキシマの事を聞きたがっている。おかしいじゃないか?」
「……」
「君の問題はなんだ?なぜ、マキシマの話をした?」
「あなた、神経質になってるんじゃない?」
「そうかもしれないね。だが、君の態度がおかしいことは事実だ」
そこでようやくライラは足を止めると、僕の顔を見て言った。
「すぐに説明するわ」
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部屋に入ると、防音ガラスを隔てた向こう側に医師と看護士と患者が1人だけいるのが見える。
「それで?ここでなにが?」
そろそろ種明かしをして欲しいと感じていたが、彼女の口は重く閉ざされたままだった。多分僕はこの時飽きてきていたんだと思う。
そんな僕の横を無言で通り抜けると、ライラは腕を組むと顎で指し示した。
「意見を聞かせて。彼女が私の問題なの」
「彼女?」
「そう、彼女よ」
言われてそれがようやく本当の事らしいと理解すると、僕は部屋の中にいる患者をじっと観察してみる。
東洋人の女性。入院患者なのだろうか、患者服を身につけている。
身長は170前後だろうか?凹凸に乏しく魅力には欠けているが、見たところ特に変わりはなく。おかしな所はなにも感じない。
「どう?」
「どう、って言われてもな……特に何も感じないな」
「……彼女の名前は”ジェーン”・シャオ。我が研究所が開発中の医療ナノマシン治療の……唯一にして最大の成功者なのよ」
「へぇ、凄いね。おめでとう、ライラ」
この時はまだ、彼女の何が問題なのかわからず。マイケルは素直に称賛の言葉を述べる。
しかし、それを聞いてライラの表情に歪みが浮かび上がると、口をへの字にして黙ってしまう。それは、彼女の機嫌が悪くなったというサインでもあった。
「ありがとう、マイケル……といいたいところだけれど。あなたわかってないわね。私の問題はあのシャオなのよ」
「問題?彼女が?なにが?」
「言ったでしょ、”唯一にして最大の成功例”だって……屈辱的な話だけれども、私を含めたうちの研究所の人間すべてが頭を抱えているのよ。なぜ、あのシャオが回復できたのかってね」
なんだか、いきなり面倒くさい話になってきた気がする。
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マイケルとライラは場所を移し、ライラの個室で改めて話をすることになった。
「まず、はっきりさせようライラ。君は医療ナノマシンを使って、あのシャオという女性を治療しようとした?」
「そうよ」
「で、それが成功した。ところが、そのシャオがなぜ成功したのかわからなくて君達は困っている?」
「まぁ、ざっくり言ってしまうとそうよ。ただ、詳しい話を聞かせたらあなただってきっと頭を抱えると思うわ」
「よしわかった。覚悟は完了した。ライラ、最初から全部話してくれ」
この時小さな机を挟んで長椅子にお互い腰を落ち着けていたのだが、ライラは突然、机の下から深底鍋のようなものを持ちだすと、机の上にどんと置いた。そして
「そのためには、まずはこれを見せないとね。マイケル、これなんだかわかる?」
「……圧力釜かな……主婦の料理の友の」
「ま、かなり近いようで全く違うわね。答えは”冷凍カプセル”なのよ。酷く粗雑なつくりだから、貴方も信じられないでしょうけれど。シャオは、彼女はまさしく”これに入っていた患者”だったのよ」
彼女の言っている意味を理解し、マイケルの顔に衝撃が走る。
「おい……おい……それは、まさか……!?」
「3年ほど前かしらね。この研究所でも、ようやく最初の医療ナノマシン第一号が完成しようとしていたの。さっそく、次の段階へと進んだわ。
その臨床実験用にと、ある研究員が安価でてにはいる”冷凍カプセル”達を買いあさってきたのよ。シャオは、その一つに入っていた女性だった」
「それは……また、なんとも……過激な話を聞かされてる気がするね」
「そうでしょうね。実際、私も当時は呆れかえったものだもの。動物実験すら始まっていなかったのに、それをいきなり人で試したいとか言うのだもの。研究員だけじゃなくて、スタッフも浮かれてたのね。
ナチの真似事でもしたいのって怒鳴りつけてやったんだけれど、全ては手遅れだったのよ」
「手遅れ、とは?」
すでにこの時点でマイケルはドン引きしてはいたが、このライラの冷静でどこか投げやりな話し方から察するに、まだまだなにかあることがうかがい知ることが出来た。
「言ったでしょ?安価な冷凍カプセルって。どんなルートを通って、どんな理由で流れていたのかわからない。交わされた契約書だって完璧な偽造の闇マーケットの商品がシャオだったのよ」
「キツイ話だな。人身売買か?」
「ま、その一環でしょうね。なにかがあって、激しく肉体を損傷した部分を取り払った”残りの部分”をこの冷凍カプセルに入れた。入れたわいいけれど、この状態を保つには常に適切な温度で冷凍させ続けなければならない。
大方、その金が出せなくてマーケットに流されてきたんでしょう」
「……」
「はぁ…、この続きを口にするのは自分でもきついものがあるわ。マーケットの特性で元の主を探すことはできない。警察に訴え出てもトラブルのもとにしかならない。新しく臨床実験用の動物を手にいれようにも予算はスッカラカン」
「……ライラ」
「ええ、そうよマイケル。私も最低の決断をしたの。粗悪なカプセルで適切な保存がされていたのか不明なシャオに、私達の医療マシンを使うように言ったの」
「馬鹿な!?」
思わず、激情に駆られてマイケルは叫んでしまった。
「ライラ、自分が何をしたのか分かっているのか!?ただの無謀な人体実験を許してしまったと君は言っているんだぞ」
「ええ、そうね。呆れるのもわかる。軽蔑もするでしょうね。
でもね、ここはアジアで。この研究所はあなたのところほど裕福じゃないのよ。子供番組に出てくる悪の科学者みたいなことは恥ずべきことではあるけれど。他に方法が無ければ、やるしかなかったのよ」
「そんな自己弁護、なんの慰めになるんだ!?」
「他になにを言えばいいと?うちの開発していた医療電子機器は正直いうけれど、あなたの所で行われているほど最先端のものでもないし、完成度もぐっと低い物よ。だってしょうがないじゃない。
大国の軍なら、こうした技術に金をだしてくれるけど。将来性といった見込みの低い、私達の研究所での成果に価値を見出してくれる所はないのよ」
ライラの語るその剥き出しの本音は。数日前にマイケル自身もデュポン社の会議室で通った道に似通っていた。どうやら、彼女は本当に今は弱っているようだった。
「とにかく話を進めよう。それでどうなった?」
「私はすぐに忘れたわ。胸糞悪い決断させられて、『そうなると、ただ腐らせるだけになります』とか言い捨てたそのクソ研究員のことを含めてね。
いや、区切りのいいところでなんだかんだその失敗を理由にクビにしてやろう。くらいはおぼえていたかな」
またそのときのことを思い出したのか、彼女の顔が怒りでゆがむ。
「それで?」
「3ヶ月後ぐらいだったかな。研究員たちが騒ぎ出したの『世紀の大発見だ』だって。最初の事例で成功。そんなうまい話があるかって言うのよ」
「でも本当だった?」
「そう、最初は本当だと思ってた……シャオの生命活動は驚くほど力強いものだったから。でも喜んでいたのはそれまでよ。その後から頭を抱えることになる」
「どうなった?」
「ナノマシンは、なんと治療するだけではなく。治療以上の事を始めたの。失われていたシャオの肉体を復元をね。ホラーだったわよ。毎日、ゆっくりとシャオの体が復活していく。まるで、復活するイエス・キリストみたいにね」
「それは、悪夢だね……」
「研究員たちは気味悪がってシャオに近づこうとしなかったけれど、私は許さなかった。何が起きているのか、私達はしらなければならなかったから」
「医療電子機器は、その……”暴走”していたのか?」
「それがわからないの。シャオの体から一部を取り出して調べるんだけれど、まったく普通の試作用のそれだった」
「それじゃ……いきなり正解を引いた?」
「それも違った。シャオ以外のカプセルに変化はなかったの。彼女だけが、素晴らしい回復力を見せたの」
「最終的には、起き上がって元気になっているようだ。さっきの様子を見ると、ね」
「ええ、そうよ。体が完全に復元してから半年ぐらいして、突然目を覚ましたのよ。それが原因で、ノイローゼになって止めていった職員がいるくらい大騒ぎになったわ」
ここで頷きながら、口元を皮肉っぽく歪ませてマイケルは感想を述べた。
「次世代医療マシンの参入のつもりが、訳も分からずトップに立った。というより、遥か先を勝手に独走しているサンプルが出来てしまった。なるほど、君が困っているわけだ」
そんなマイケルの態度にふれることなく、ライラのほうは顔を暗くさせたままだった。
「マイケル。私もそろそろ限界なのよ。あのシャオの秘密は、外に漏れないように必死に緘口令を敷いているけれど。どこまで役に立っているか怪しいわ。
それに、スポンサーがこっちの様子がおかしいのに気づいたみたい。たぶん、シャオの事に気が付き始めてる。
この成功に目がくらんで、彼等がうっかり世界中に発表するなんて言い出したら……私、こんどこそ自分の頭を銃で吹き飛ばさないといけなくなる」
「大袈裟じゃないか?」
「どこが!?全世界に、ナチの真似事して結果をだした女と言われるのよ?最悪よ、生きていけないわ……」
「わかったよ。とにかく、僕にとってもわからない領域に踏み込んでしまった君に何処まで役に立てるかわからないが。やれることだけはやってみよう。
まず、シャオだっけ?彼女と挨拶がしたいな」




