夢か、死か
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うららかな春の風が吹く温かい昼下がりを、川沿いの小道を駆ける少女がいた。
彼女はジグザグに……川を覗き込んでは反対側へ……道沿いの雑草の中や、道沿いに見える木々の花々を見ては反対側へ、というように動きまわっていた。
その後ろからは、彼女の祖父がニコニコと満面の笑みを浮かべて、ゆっくりと歩いてついてくる。
「おじいちゃん、はやくおいでよ!」
少女の屈託のない呼び声に、手を振って大丈夫ちゃんとついていっているよと返した。
遠くで、カラスが鳴いた ―― 少女はあたりを見回すが、スズメが飛んでいるのは見えたが。自分達の近くにカラスの姿は見えなかった。
少女は、少し不安になって祖父に「おじいちゃん、カラスの声がする」と言う。だが、老人はそれには何も答えなかった。
かぁかぁ
あの声には、何か良くないものを感じる。
少女は再び駆けだし、先程までと同じ動作を繰り返し始める。川をのぞき、道の端をのぞき、近くの木々を眺める。
カラスの声が、この元凶が何か、見つけないといけない気がしているのだ。
「おじいちゃん、はやく。遅れてるよ!」
少女の声に、祖父はまた先程と同じ答えを孫に向かって返す。
あの声の主を見つけなくてはいけないけれども、祖父をこのまま置いていってしまうのは良くない。
なぜならばこの後、2年後に彼は盗賊に襲われて命を落としてしまうからだ。
カアカァ、カアカァ
先程の声が、複数にか重なってあたりに響きわたる。これ以上、あの声が上がるのを許しておいてはいけない。
少女の中の僅かな不安は、焦りと言う水を得て、巨大な恐怖へと成長を始めていく。
カカカカカァ、カカカカカァ
少女の目に涙が浮かぶ。見つけなくては、見つけなくては。
カラスの声はさらに増え、ひどく作られたようなそんな奇妙な声へと変わっていく。祖父は、相変わらず笑顔でゆっくりと自分のペースで少女の跡を歩いてきているが。先を行くそゆ所との距離は、確実に広がってしまう。
「待たないとダメ?でも、見つけないとダメ?」
半泣きで言葉にだすと、少女の中の恐怖はさらに水を得た魚のように大きくなっていくのを止められない。
カァ
その時、すぐ近くでカラスの声がして。少女の体がビクンと驚きで震えた。
いた、そこにいた。
いつの間にか目の前にあった風車小屋の屋根に、一羽のカラスがいて少女を見ている。
(次にあいつが鳴くのを許しちゃダメだ)
少女はなぜかそう考えると、道端に落ちていた石を拾って思いっきり屋根の上のカラスに向かって投げつけた。
石は思ったよりも、力強く飛んでいき。
少女とカラスの中間の地点で……突如空間にひびを入れた。
ひびは見る見るうちにその傷口を大きくさせていき、老人と少女の過去の記憶が歪んで、崩れて、意味のないものへと変えていってしまう。
「シャオ、あんたどうしたの?」
そんな現象を前に呆然したまま、意味もなく必要な気にかられて国軍の寮の廊下を歩いていると、外から戻ってきた同期のリ―の声で振り向いた。
先程までの7歳くらいの少女は、いつの間にかハタチをこえた大人の女になっていて。それはつまり、”昨日の昼間の自分”へと成長していた。
そうだ、シャオは自分の名前。自分はこの友人と話さなければ、あの時の過去の出来事と同じことにはならない。
「風呂だよ。洗濯がはやく終わったからね」
「こんな時間にそんなお大尽な……」
「むふん、まぁね。といっても、夜には訓練があるからなんだけど」
「ああ、そうか。そういえば、あんたの所はそうだったね」
自分はどこで働こうか?
回りの皆の話を聞きながら彼女が選んだのは、軍だった。
幼いころ、大好きだった祖父を卑劣な盗賊などに殺されたことは。彼女に一つの方向を指し示していた。愛する人を、家族を、国を守ろう。その強い想いが、志願兵となることを選ばせた。
以来数年、軍に籍を置いている。
しかしそれもまた、限界がはやくもうっすらと見え始めていた。
やはり軍は男社会だ。どんなに熱心に訓練をしても、女の自分が良い成績を得たとしても、コネと金があっても、評価はされることはほとんどないのだ。平民の家庭に生まれた自分なら、いうまでもない。
だが、そんな中でさえ。少しばかり風向きが変わる時があるのを感じないわけでもない。
「そう言えば聞いたよ?警察の中尉さんから、あんたを気にいってうちに来ないかと聞いているって」
「ああ、そう。まぁ、そんな話も出た気がするってだけだよ」
「そうかァー?あの中尉さん、あんたのこと。狙っているんじゃない?」
そんなわけない、と言いつつも。かつての少女、大人になったシャオは謙遜して見せる。
シャオは、長い髪が好きではない。初恋の男が、同級生の髪が長い子を殴っているのを見て。思わず間に入って殴り飛ばしてしまった時に、絶対自分はもう髪を長くするのはやるまいと固く誓った経験があるからだ。
化粧の方も、それほど得意ではない。自然と戯れて飛び回っていた彼女は、なぜか絵心がまったくないようで。化粧を頑張ると、いつも化物が出来上がるとわかって素直に諦めた。
だからどんなに時間がかかっても、15分以上は化粧に時間をかけない。それも、彼女の流儀だ。
軍人としてのシャオは、取っ組み合いも射撃も得意であったけれども。それを手に入れるために鍛え抜かれた肉体は、女性らしい凹凸にとぼしかった。唯一、歩き方に癖があって。お尻を振って歩く以外、女と言われるような色気とか期待されても困ってしまう状況だ。
そんなシャオに浮いた話などあるわけもなく彼女の反応も淡泊なものなので、リーは話題を変える。
「夜の訓練は何時から?」
「とりあえず、5時半に集合だってさ。まだ2時間ある」
「その間はどうするの?」
「掃除だよ、もちろん。片づけないと、片付かないし」
笑顔で話していると、その瞬間だけリーの顔に嫌な笑みが浮かんだ。
「ああ、それはいいわね。だって、ちょうどいいじゃない」
なにかがあったというわけではないのに、廊下の影が一層濃いものになった気がする。そして、自分が立っている寮の廊下にも、変化は起きなかったはずなのに何かが”グニャリ”と歪んでしまったことを感じた。
「リ―?なに?どうしたの?」
矢継ぎ早に質問すると、今度はリーは何も言わずにその顔も無表情なものへと変化する。
「怒ってる?なんで、怒ってるの?なにか怒らせるようなこと、いったのかな?」
シャオはなぜか落ちつかない気持ちになって、ひたすらリ―に言葉をぶつけ続ける。
かァ、かァ、かァ
なぜか、遠くでカラスの鳴き声がした。
と、いきなりシャオの鍛えられて骨ばった肩にしわのよった手が置かれ、驚いて後ろを見る。
「ほれ、ようやくお爺ちゃんは追いついたよ」
それはなぜか、先程まで見ていた幼少の頃の覚えている祖父がそのままに立ってシャオに微笑みを見向けている。
(こんなはずはない、こんなはずはない。こんなことありえない!)
必死に心の中でこの出来事を否定するが、遠くのカラスは鳴きやまないし。祖父も別に、シャオが大人の女になっているのを気にする風ではない。
祖父に置かれた手とは反対の肩に、今度は新しい手が置かれてシャオは正面を向く。
そこには、先程から一変して真剣な表情となったリーが立ってこちらをのぞきこもうとしている。そして
「シャオ、良く聞いて」
というと、一度だけ大きく息を吸って吐いてから
「あなたに選ぶ権利はないの。そしてこれを覚えていることもないでしょう。でも、このチャンスであなたは途中で投げ出すことはできなくなる。残念だけど、逃げるのは諦めて頂戴」
そういうと、リーの目にシャオを憐れむ感情が浮かび上がってくる。
(こんなはずはない。こんなことありえない。だいたい、あの時リーとはこんな話をしていなかった。死んだお爺ちゃんがひょっこり自分の後ろにも立ってなどいなかった。これは違う。これは現実じゃない。これは夢?これは妄想?)
混乱していくシャオに、世界はまたも一緒に同調してしまったのだろうか?
再び世界が歪みはじめると、全てが溶けていって混ざっていく……。
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そして、シャオはようやく体内で全てのスイッチが入ったことに気がついた。
自分が、仰向けで横になっているということを認識した。遠くから、ゆっくりとフォークボールとは逆に跳ね上がるような動きをしながら、現実という映像が戻ってくる。
古いラジオのヴォリュームを調節するように、五感のレベルを最大にまで引き上げるのを想像すると、様々なものが引っかかってきて……脳を激しく貫いた。
夜空には真っ赤に燃える満月が昇っていて、周囲にはところどころでチロチロと鬼火のように燃え続ける炎と、人工の光が明滅を繰り返すことで辛うじてその存在を訴えている。
そんな不気味な闇の中を。焼かれてくすぶり続けることで上がる煙と、”自分と同じく”苦しみの声をあげる死にぞこなった仲間達がいた。
それはまさに地獄のそれを思わせる、無慈悲で恐ろしい光景で。一方的に酷い暴力にさらされて壊滅した一部隊のなれの果てがあった。
五感を取り戻したシャオにしても、ここで悠長に自分達の部隊に何が起こったのか。記憶というフィルムを巻き戻してじっくりと思いだす作業をすることができないほど、自分の体の状態が酷く危険であることを理解した。
呼吸することが、やけにひどく重労働であることに感じていたからだ。
息を吸う、いつも吸い上げる量の空気の半分ほどで限界を感じ。それだけでは足りないと、脳内を危険信号が走りだす。
息を吐く、喉がなにかいつもより腫れあがっている感覚があり。うっかり気を抜こうものならば、喉の奥から熱い血の塊をはきだしそうになったり。それをこらえようとして、咳をするとただそれだけで呼吸がいとも簡単に乱れされ、体力をごっそりと削られる気がした。
(自分は、死ぬのだろうか?)
先程の夢?妄想?
そこで自分の肩に手を置いて「追いついたよ」と語るあの祖父の姿がまぶたをよぎる。
あれは、それを告げる死神の手招きを意味するものだったのだろうか?
ただ横になって息をするだけで、必死の今の自分の状態はとてもマトモなものでないことは容易に想像が出来る。
実際、シャオの感覚では両方の足と、右手がどのような状態になっているのか。さっぱりつかめないし。それらに動けと命じても、冷たい感覚だけがかえってくるだけだった。
ブラウン色の目が、この時少し頑張って視線を下に、下にと僅かに動かして見せる。
闇の中ではっきりとは見えないが、この地獄の中に僅かに残った灯りがまだ右腕が自分の体にくっついているのだけは視認できた。他は……見えないが、見ないほうがきっといいことだと思う。
(動け……)
僅かに存在を感じる左腕と違い、感覚のわからない右腕に意識を集中して命令を送る。
だが、それは肩の付け根から先にまで進むことはなかった。
そのかわりに、やけに冷たくて重い右腕の全ての血肉だけが存在するという事実を、はっきりと伝えてくるだけであった。神経が切れているのか、それともすでにそんなことをする活力がないのか分からないが。この冷たくなった右腕が何故動かないのか、今は深く考えないほうがいいだろう。
視線はまた上へ、上へともどし。周囲の仲間達のあげている苦悶の声を子守唄に、シャオはただ”生きる”事に集中しようとした。しばらくは、それも上手くやっていけるように思えたが。そんなことは全然なかった。
ごぼり
これまで抑えていた喉の奥の熱い血の塊が、ついに喉元へ這いあがってくるのを感じると。
(しまった!)
わずかに動揺し、焦り、そう感じた次の瞬間に、ついに限界が訪れた。
仰向けになった口からそれを勢いよく噴き出すと、続いて脳内に危険信号が鳴り響く。熱い塊が通った気道をとおる空気が、乱暴にその壁をなであげ、刺激したのだろう。激しく咳き込んでしまい、それがかろうじて小康状態を保っていたシャオの肉体を致命的な方へと追い詰めていく。
「あなたに選ぶ権利はない。残念だけど、逃げるのは諦めて頂戴」
そういえば、あの夢だか妄想だかの中であったリーはそんなことをいっていたっけ。
あれはこんな死の瞬間が来る事を、伝えていたのかもしれないな。
呼吸が出来ない苦しみの中で、まるでそんなことはなんでもないと感じる自分がもう1人いて。この緊急事態にのんきに諦めの頬笑みなんぞを浮かべている。
シャオと言う名の女性は、この直後。確かに一度、その生命活動を停止させてしまう。
その瞬間をぬるりと傷口から侵入してくる、異物の存在など気がつくこともなく…………。
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そこは警察で言うならば取調室に近い、狭くて小さな部屋で。窓は一か所、小さなものが申し訳程度にしかない。一つの机と、いくつかの折りたたみ椅子しかない場所だった。
陳威信……かつては野心に燃え。自身のキャリアの栄達を強く望んだ男は、そこにただ1人座って待っていた。
彼が命知らずにも声をあげ、老人達に計画を提案したのは。もう十年近い昔の話になる。
彼がここにこうしている理由は、一つしかない。
あの日、気のない返事で「がんばりなさい」と言った少将がうっすらと口にしたことを。この計画に失敗しましたでは許されないという事を。この後、思い知らされることになっている。
彼の慎重に慎重を重ねて進めた計画は、結局は最後にあっさりと失敗した。
評価をおこなうべく用意された”獲物達”を、あっさりと駆逐したまでは調子が良かったが。そこで暴走を始めると、周囲を監視していた友軍の中に向かって突撃を開始したのだ。
悪鬼となり果てたそれに対して「止めろ!」と喚きつづける自分が、あまりに無力で。殺戮を無言で続けるそいつは、夜の闇の中へと消えていってしまったのだ。
自分はどこで間違ってしまったのだろうか?
最初はどこでそれをしてしまったのか、それはわかる。
この計画を立案する、3年前の話だった。
陳はある研究員の持ちこんできた、鉱石に注目した。彼は、自身の研究を続けるためにスポンサーをつのっていた。
それは、宇宙から手に入れたものだということ以外。一切分からない、ただの鉱石に陳には見えたが。研究員の話では、そうではないということらしい。
彼が口にした言葉は、今でもちっとも意味はわからないものの。彼が実現しようという研究については、すぐに理解した。
その研究員によると。この鉱石は実は生命体であり、生きているのだという。
その生命のありようは、まるで超人達が持つ治癒能力に酷似していると断言し。もって、新たな可能性がその石ころにはあるのだと力説した。
知的探究心に興奮などしない陳の興味はただ一点。
彼が、自分に何を、もたらせてくれるというのか?だった……。
「これは可能性の話になりますが……私は、これで”ヒーリング・ファクター”の構造を解析し。それを復元、複製させることが出来ると考えています」
その言葉の意味を考え、驚愕し、始めて興奮を覚えた。
驚異的な回復能力を、全ての超人が備えているわけではないが。時に超人の中では、驚異的なその力で腕を切り落とされようと、首を落とされようとも。平然と傷口に斬られた部分をあてがうだけで、元に戻ってしまうのもいるという。
そしてその力を最高レベルにまで高めた力を持っていると人物は、この国にも1人いることを陳は知っていた。
レッドコア
血の濡れた真っ赤な髑髏は薄気味悪い、世界で5人しかいない自称”不死者”の超人。
彼等全員は、これまで一度としてその不死性を調べることを許さず。その力の解明が行われたことはない。
それはこの国に来たレッドコアにも言える。
噂の域を出ないが、あの老人達はこれまであの手この手をつかってそれをなそうとして。それは結局のところ出来なかったと言われている。
しかし、学者の中には理論として彼等の不死性について様々な推測がされている。
その一つが、彼等の力は実は”暴走した治癒能力”なのであり。その異常性が、あの外見と決して死ぬことのない不死身ぶりを生んだのだという者がいた。
当然だが、陳の興味は別にあった。
この研究を手にすることで、ついに自分は世界初の超人兵士計画の成功者となり。しかもそれによって生まれるのは、高い治癒能力を持った……いや、不死の軍団を生み出せるのかもしれない!!と。
それで手に入る栄達の大きさは、この国の軍最高の地位を容易にその手に収めるほどのものだと確信した。
だが、彼は失敗したのだ。
過去への旅は、今の陳にとっては走馬灯の前練習に近い。
そんな彼の前に、扉を開けて入ってくる人物がいた。
「やぁ、またあったねぇ。覚えているかな?」
「……ええ、覚えていますよ。お久しぶりです、少将」
予感はあった。最初にあった時にも、それらしいことをほのめかしていたからだ。
10年前にあったあの、風采の上がらぬ風の少将閣下が。その時とまったく同じ姿のままで、陳の前に再び現れたのだ。
「君は、残念だけど失敗してしまったねぇ」
「……」
「現在、軍は君の作った実験体を殲滅すべく。全力をあげているよ。あと先考えずにね」
「……」
「まぁ、心配はしなくていい。きっちりと、何とかして見せるからね。それよりも、君をどうするかが老人達の問題となっているんだよ」
机に座り、顔の前で指を汲んでそこに口元を隠すと。少将は、陳の表情を観察するようにじっと見つめてきた。
「彼等はね、君の処分どうするか。決めかねているんだ」
「……自分は、助かるのですか?」
「それは無理だよ。最初に言ったはずだ。彼等が決めかねているのは、まな板の上の君をどう料理するかであって。まな板の上から生きて返そうという話しはしていない」
「そうでしょうね」
「ところで君は、この十年で結婚して子供が出来たそうじゃないか?」
軽く言われた言葉のないように、陳の体は震えが走った。
「あの後、君のご両親の希望で結婚したんだね。息子と娘、今がちょうど可愛い盛りだろう」
「……だけは……」
「ん?なんだい?」
「いえ……なんでもありません」
なぜか陳は、口にしようとした言葉をはっきりと言わないまま沈黙した。それが、少将の気に止まったようだ。
「……気になるね、話してみてくれ、陳威信。大丈夫、悪いようにはしないよ」
「わかりました」
そういうと、陳は大きく一度深呼吸をしてから一気に話し始める。
「あなたは嘘を言っておられます。あの老人達が、私の処遇で悩むなんてことはない。もう決まっているのでしょう?」
「どうしてそう思う?」
「わかります。そういうものだから、わかっています。こうしてあなたと顔を合わせている事で、私の運も尽きているという事なんですから」
「……随分諦めがイイだね?まるで、Nippon人のような生死の達観ぶりだ」
「Nippon人は知りませんが……自分は分かっているのです」
「ふーん」
気のない返事で少将はそう口にすると。突然、腰の拳銃を取り出してそこから弾の詰まったマガジンを引き抜き、薬室から装填された一発もきちんと抜いてから、それを机の上に置いた。
「ならこれを、君にあげようと思うんだよ」
「……なぜです?」
「君がサムライのように自身の生と死に頓着しないというなら。正直、君自身の手でさっさと決着をつけてほしいのさ」
「意味がわかりません」
「いいから。この銃は今から君のものだ。といっても、弾を全部抜いてしまったな。これでは役に立たない」
そう言うと、わざとらしく再び手に持って先程抜いた一発を再び薬室に放り込んでから陳の前に差し出す。
「さぁ、これでいい。話はもうないから、君を1人にしてあげるためにこっちは外に出ていくよ。君は、君自身の最良と思われるやり方でこの銃を使って欲しい。わかるよね?」
少将は、にかっとこの状況には似つかわしくない満面の笑みを浮かべる。ごく自然に、くったくのない笑い声をあげて。
そして陳はようやく、この時視線をあげると。一瞬、銃を見てから目の前の少将を見た。
それは容赦なく行われ、素早く始まる。
間抜けなこの上司の頭をひっつかみ、そこに銃口を押し当てる。
入口の外で見張っている2人の兵は騒ぎを聞きつけ部屋に入るが、もう手遅れだ。
「俺をここからだせ」との声に、この少将は「従え」と泣きながらみっともなくも叫んでみせるはずだ。
その後は……その後?飛行機に乗って、家族……は無理だ。置いていくしかない。あとはどこだっていい、隣国に駈けこんで亡命を……。
そこで陳は妄想を止める。
全部無駄なことだ。わかっている。
わかりました。とだけ答える陳に満足そうにうなずくと、無防備な少将はそのまま外へ出ていってしまった。
背後で扉が閉まるのを聞くと、少将はぼそりとつぶやいた。
「頭のいいねぇ。手っ取り早く、終わらせたかったんだが」
彼がこうなる事を選ぶ可能性がある事は分かっていた。彼が研究の傍ら、ときどきではあるが自分について調べようと動いていた事を少将自身が把握していた。
それでも、逃れられない死の恐怖は容易に脆弱な人間の精神をパニックへと変化させ。無駄だとわかっていても、挑戦させようとすることの方が多い。少将はそんな嬲るような気持ちで、さきほど陳に誘ってみせたのだ。
だが、彼はその恐怖に捕らわれることはなかった。これで、彼の血族を地獄へと突き落とす必要もなくなった。
「家族仲良く冥府をいくのもいいかもと思っていたんだが。時にはこういうこともある、か」
そうもらすと、扉の左右に控えている警備に目配せをしてから立ち去った。
30分後、部屋の中から一発の銃声が響くと。
きっちりと直立のまま身動き一つ取らなかった警備員は、おもむろに弛緩して懐から煙草を取り出し。一本を丸まる吸い終わるまでそこから動こうとはしなかった。
そして煙が楽しめなくなるほど時間が立つと、ようやく部屋の中へと様子を見に行く。
その翌日、TVでは演習場で夜間演習中。テスト用の無人爆撃機が誤作動を起こし、ひどい事故があったと伝える一方。ある軍人が仕事のノイローゼから自殺したとの報道が流れていた。




