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灰の大地に実るもの──シゴデキ次期領主が引き抜きの条件に持ち掛けたのは……結婚!? 〜トゥーレ四領伝外伝〜  作者: 東崎史信


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5 土壌改良計画

 約束の時間にやってきたゲルトルートは、いつも通りきれいで凛としていた。そして彼女は神官と連れ立っていた。土領で開墾をする時には神殿への申請がいると伝えたからだろう。話が早い。

 ヨハンがバタバタとお茶と茶菓子を一人分増やす。それをにこりと笑って受け取った金の髪の女性は、アイラと名乗った。


「火の地で出会う土の恵みに喜びを。マティアス殿でいらっしゃいますね。土領のリュカ師から、便りをいただいております」

「天の調和が共にあることに感謝を。……便りとは?」


 ふふ、とアイラは微笑んだ。


「研究に夢中になって体調の違和感を放置するのではないかと心配されているようですよ。火領に来られてもう二月ほど経ちますが、お体に異変などはありませんか?」


 リュカの無表情が脳裏に浮かんでマティアスは苦笑した。


「おかげさまで、変わりなく過ごしています。……こちらにも、リュカ師たちがベルネ村で採れた芋などを送ってくれてまして」


 あら、とアイラが目を見開いた。


「やはり土地の作物というのは懐郷病予防に効果があるようですね。そのお芋は魔力植物なのかしら」


 生まれ持った属性と異なる属性魔力の地で長く暮らすと、魔力の循環不全を起こす。これが懐郷病だ。神殿で溜まった魔力を抜いたり、元の属性の魔力を補充するというのが一般的な対処法である。


 マティアスはアイラの問いに、考えるように首を傾げた。


「その芋が特筆して魔力含有量が多い、ということはないんですが、芋……というか土領の中で、特に地中にできる作物には、概して土の魔力が含まれているように思います」

「その辺りはわたくしも詳しく聞きたいわ。他領に行くときに火領の食べ物を持って行くことが懐郷病予防になる可能性があるということでしょう?」


 ゲルトルートが身を乗り出し、マティアスは思わずのけぞった。


「……後で報告書にまとめますので、今はまず、新しい実験地の話を……」


 ゲルトルートが瞬きして姿勢を正した。


「そうだったわね、失礼。ええと、土壌の改良についてだったわね?」


 マティアスはうなずいて資料を手に取った。ケネスがマティアスの隣に座り、他の班員にはいったん部屋から出てもらう。土領の使う土の魔術の話を、どこまで広めていいか、マティアスには判断がつかなかったからだ。

 まずは簡単に、作物を育てるのに適しているとされる土の特徴、火領の土壌の性質について説明をする。


「——このように、今はあまり作物を育てるのに向かないとされる赤土でも、適切な肥料を混ぜたり豆の栽培を挟むことで、畑に適した土壌に近づけることができると考えられます」


 マティアスはちらりとアイラを見た。……多分、この辺りの話については天氏族は既知のはずだ。


「さらに、土領では新しく農地を開墾するときには土の魔術を使います。火領で、私がそれを行うことは可能でしょうか?」


 アイラとゲルトルートがマティアスの顔を見た。アイラが微笑む。


「魔術を行うというのは、今回の実験の畑に、ということでしょうか。土の魔術を使って畑を作るとなると、火領の一般的な畑とは条件が異なってしまうのでは?」


 アイラがゆったりと首を傾げながら指摘する。マティアスは唾を呑んだ。


「それはその通りです。実験畑の土壌改良に土の魔術が有効でも、それを火領の土地全てに使う事はおそらくできない。ですが土の魔術が有効であるなら、土壌改良のやり方自体は火領にも応用できることがわかります」


 ゲルトルートがマティアスをじっと見ている。隣に座るケネスは土の魔術が畑に及ぼす影響についてまだ理解が追いついていないのだろう、眉根を寄せている。マティアスは一つ息をついた。


「同時に、火領の土に対して私の魔術が有効であるかについても確かめたいと思っています」


 ふむ、とアイラがうなずく。


「魔術をほどこす畑とほどこさない畑の比較実験を行いたいということですね。火領において、土の魔術が土領同様の効果を持つかどうか」

「……許可がおりますでしょうか」


 ふふ、とアイラが笑った。


「なぜ、それに神殿の許可がいると思ったのです? こっそりと行ってしまえばよかったのでは?」


 アイラの台詞にケネスが肩を跳ねさせる気配がした。ゲルトルートは表情を変えず、ただちらりとマティアスの顔に視線を投げた。

 マティアスは苦虫を噛み潰す。こちらの意図を把握した上で試すようなことを言う、これだから天氏族は嫌なのだ。ため息を一つつく。


「土領では、開墾の際に魔術で土を起こす際には神殿への申請と許可が要ります。ちなみに申請書を書くのはものすごく大変です。……それだけ厳重な取り扱いが求められる魔術を、火領にその辺りの法がないからと私が勝手に行なっては、班の皆にもゲルトルート様にもご迷惑をおかけするでしょう」


 アイラが頬に手を当てる。


「土領の魔術に厳重な取り扱いが求められる理由について、マティアス殿はどうお考えに?」

「……」


 マティアスは、ゲルトルートと、それから隣のケネスをちらりと見た。ゲルトルートはにこりと笑って椅子に深く座り直す。ケネスは一つ唾を飲んで、それから背筋を伸ばした。


「天のお方、もしくはゲルトルート様が私に聞かせるべきでないと判断されるお話なら退席いたします。ですが、マティアスさんが私に……火領の農業研究班が知っておくべきだと判断される内容なのであれば、私も聞いておくべきだと考えます」


 ゲルトルートが微笑む。


「ケネスならそう言ってくれると思っていたわ。アイラ師、マティアス殿に話を続けてもらってよろしいでしょうか?」


 アイラが肩をすくめた。


「天の神殿は知識を広めること、そして正しい使われ方をすることを歓迎しております」


 これだから天氏族は。再びマティアスはため息をつく。


「私自身、この魔術については無軌道に広めていい知識だとは考えていません。ただ、各領で農業に真剣に向き合う人に対し、土領のやり方を聞かれているのに口をつぐむのは、不誠実だと思います。そしてここの研究班の方たちは……ケネスさんたちは、まさしく農業に誠実に向き合い、必要な知識を正しく使ってくださる方だと思っています」


 同席していただけますでしょうか、と尋ねたマティアスに対して、ケネスはしっかりとうなずいた。




「……つまり、土魔術を農業に使うというのは、単に土をかき混ぜて畑や農地を耕すだけではないのですね?」


 ケネスがぽかんとしながらそう確認してくる。マティアスはうなずいた。


「魔術がなくても自然に起きる変化ではあるのです。ただ、自然に任せていれば数年の時間がかかったり適切な肥料の追加や水分、温度の管理がいるところを、土魔術で……なんというんでしょうか、変化の方向を定めてそれを促進するというか」

「なぜそれを全部の農地で行わんのです?」


 もっともな疑問に、マティアスは説明の言葉を考える。


「魔術にも巧拙というか、癖とでもいうのか、土を起こす免許を持った地匠(ちしょう)の中でも得意不得意があるんですよ。新しく開墾する土を起こすのが得意な者、数年経って連作障害が起きている土の状態を回復させるのが得意な者、葉物を作るのに向いている土を起こすのが得意な者……」


 ちなみに芋を作るための畑の土を新人の地匠が起こしたら、地表の蔓と葉っぱばかりよく育って肝心の地中に出来た芋の状態は今ひとつだったなんて話もある。


「近くの畑で別の地匠が土を起こしたら、畑の境でよくわからん雑草が生い茂ったとか」

「なんでもっと研究せんのです! ものすごい魔術じゃないですか!」


 ケネスの興奮ぶりにマティアスは苦笑する。


「実際の畑で実験してたら本来その土地で育つべき作物が育ちませんからね。……それで、研究所で引き受けていたわけですが」


 ——今あるやり方で十分ではないですか。我々のやり方に問題があるとでも?


 脳裏に浮かぶ土領の農夫たちの否定的な言葉を振り払って、マティアスは説明を続ける。


「まず、土領の広大な畑全てに効率よく魔術を行う方法と地匠が確保されていません。そして魔術がなくても、土領には積み重ねてきた技術や経験で補える部分があるので」


 ふふ、とアイラが笑う。


「土を起こす魔術は個人の素質によるものが大きいですから。それがなくてもやっていける仕組みでなくては困りますものね」


 まだ納得しきれないようにケネスは首を捻る。マティアスは苦笑した。


「現に、あなたたちはその魔術がなくても、火領に適した作物とやり方を探して、繋いできたでしょう。……それはとても大事なことなんです」


 マティアスは冷めてしまったお茶を一口飲んだ。


 ——我々は、このやり方を自分たちで工夫しながら作り上げてきたんです。実際に畑を耕していない研究者になんか、指図されたくない。


 土領にいた頃の自分は、それが理屈としてわかっても納得できていなかった。魔術を使って収穫量が増えるなら、それでいいじゃないか、と。

 魔術以外の部分で農業を繋いできた彼らの努力を、技術の保存の重要性を軽視していたと取られても仕方がない。

 ……そんなマティアスの短絡的な思考が、おそらく周囲の農夫や研究員の反発を買った部分もあるのだろう。



「──それで」


 黙って聞いていたゲルトルートが口を開いた。


「マティアス殿は、火領の土にもその土の魔術は有効だと考える?」


 マティアスは力強くうなずいてみせた。


 魔術による土壌の改良は慎重に行うべきだ。少なくとも、その魔術を使うことができなくなっても畑が維持できるだけの規模に留めるべきである。

 ただ、それでも「実験」において、成功すれば土壌がこうなるという到達目標を示せるというのは意味のあることだとマティアスは考える。

 新しいことを始めるのに、結果が出るかわからない努力を続けるのは困難だ。ひとまずこの状態を目指す、と示すことは班員にも予算を出す火領に対しても有効なはずだ。


「土によって癖というか相性はありますが、全く効かないということはないかと」

「マティアス殿はその技術の免許を持っているの?」

「領主一族は全員持っています」


 土起こしはある程度の土の属性と魔力量が必要な魔術だ。なにより土領の土地の利用に直接関わってくるため、周辺の知識も含め、領主一族の必修技術とされていた。


「……マティアス殿一人で、一年にどのくらいの土を起こせるのかしら」


 具体的な魔術の規模を尋ねられ、マティアスは一つ息を吐く。アイラが静かにカップに口をつけているのに一度視線を向けてから、机の上の計画書のうちの一枚を手に取った。


「これは、土領で開墾するときの申請書の書式に寄せたものです。農地面積と期間がここです。先ほど申し上げた実験、赤土と豆の栽培の組み合わせで、この形式なら……そうですね、土の季が終わるまでに十面程度はいけるかと」


 ゲルトルートが眉根を寄せる。


「……話を聞いているだけでも、土起こしというのはかなりの規模の魔術よね? 土の季が終わる頃には貴方が干からびていたりしない?」


 カップを置き、目を細めて申請書を矯めつ眇めつしていたアイラもため息をつく。


「一般的な地匠の方なら、一つの季に担当するのは畑一つでしょう? 干からびる前に魔力熱で倒れますよ。いくら領主一族の魔力量といっても無理でしょう。領主様でも厳しいのでは?」


 ケネスまで胡乱な目でこちらを見てくる。


「マティアスさんが倒れると、計画が全て狂うと思うんですが」

「……でも、とりあえず最初に土を起こした畑をいくつか作っておかないと、その後に実際に作物を育てる実験ができないでしょう」

「いくら土を起こしてもらったって、その後の作物の育て方にだってマティアスさんの監修がいるんですから、魔術だけじゃ困ります。干からびてないで働いてください」


 ケネスに呆れたような口調で言われてマティアスはそっと視線を逸らす。ゲルトルートがクスッと笑った。


「農業には継続性が大事よね。この畑の半分の面積では実験畑として足りない?」

「十分だと思います」

「いや、でも苗の確保と収穫量が……」

「収穫量を増やすための条件比較は来年以降に持ち越しでいいのではないかしら。研究班として、実験の優先順位の高い作物はどのあたり?」

「でも」

「失礼いたします、ゲルトルート様。こちらをご覧ください。実験候補の芋の種類、豆、それから需要が高いと思われる葉物野菜について挙げています」

「葉物が採れる畑が増えるのは嬉しいわね」

「ではその辺りをまとめて、半分の面積を六面程度でしたらどうでしょうか」

「どうかしら、マティアス殿」

「いや、私は」

「適切な休息をとりながら、魔術を行使した上で作業の指示が出せて、結果について火領の上層部に提示できる形にまとめて、ついでに学生の、ヨハンだったかしら、あの子の課題の評価も干からびずにしてあげられそうかしら」

「……」


 ふふ、とアイラの笑う声がした。


「私もリュカ師にお返事を書きませんと。マティアス殿が干からびるまで働く前の対処法について尋ねておきましょう」

「……やめてください」


 無表情なのにそれ見たことかと思っているのがありありと伝わるリュカの顔が脳裏をよぎり、マティアスはげんなりと肩を落とした。

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