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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第8章

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121/122

121:治療メニュー

 それから私は、貴族の男性に今後の方針を伝えた。


「まず第一に、治療食を無理のない範囲で食べてください。だんだんと回復するはずです。ただし回復しても、お酒は控えてください。お酒はこの病に良くないので」


「そうですか……。また酒が飲めると期待していたのですが」


 貴族男性は少ししょんぼりとしている。

 さっきまで生きるか死ぬかの騒ぎだったのに、助かると思ったらお酒が飲みたくなったらしい。現金なものである。


「すっかり良くなったら、少しだけならいいですよ」


「そうですか!」


 貴族男性が目を輝かせたので、私は苦笑した。


「では、ここの料理人に治療メニューを教えてきますね」


「料理人を呼びましょう」


「いえ、渡したい調味料があるので、私が厨房まで行きます」


 貴族男性は歩くのが大変なので、部屋で待機になった。彼の相手をするためアルフォンスと護衛も残る。

 私とラテは侍従の先導でお屋敷の廊下を歩き、厨房へと向かった。


「これはシスター・ルシル! わざわざありがとうございます」


「いえいえ、とんでもない」


 深く頭を下げる料理人にあたふたしつつ、基本のレシピを教えた。


「豚肉と玉ねぎを中心に、色々作ってみてください。同じ炒め物も味付けを塩味にしたり、味噌味にしたりすれば気分が変わりますから」


 そう言って、絶対倉庫からラテ特製の味噌を取り出す。

 この貴族はお金持ちだ。遠慮なく代金も受け取った。


「おぉ、これが町で評判のシスターの味噌ですね。僕も味噌漬け肉のファンでして」


 小ぶりな壺に味噌を入れてやれば、料理人は嬉しそうにしている。

 足元のラテは彼が発酵させた味噌が有名になっていると知って、得意げだ。


「あとは豚汁でしょうか。玉ねぎやじゃがいもをたっぷり入れて。麦粥に豚肉を付け合わせてもいいですよ」


「なるほど、豚肉と玉ねぎメインでも色々ありますね」


 味噌の壺を抱えて、料理人は私を見た。


「シスター。あなたのおかげで、僕たち料理人の立場が上がったんですよ」


「へ?」


「シスターの料理があるから、貴族様たちも『美味しい』という感覚に目覚めたんです。正直今までは貴族様であっても、美味しさよりも見栄を優先して、料理に気を遣わない人が多かったから」


 なんと。この国の「お腹に入れば何でもいい」精神は、庶民だけではなく貴族までそうだったらしい。ひどい話だ。


「それがシスターのケバブやラーメンを食べて、『うちでもこういう料理が食べたい』と言い出す人が増えまして。おかげで、腕のいい料理人は引っ張りだこです。僕もお給料がアップしました」


 料理人はニコニコしている。


「僕もいつか、シスターのような美味しい料理が作れるようになりたいです。頑張ります!」


「ええ、頑張ってください。私も楽しみにしていますね!」


 私たちは顔を見合わせて笑いあった。





 そうして貴族の屋敷を出た、帰りの馬車の中でのこと。


「助かったよ、ルシル。さっきの貴族の彼は兄上の――王太子の派閥でね。これで切り崩しに成功したと言えるだろう」


「いえいえ。私もアルフォンスの役に立てて、嬉しいですよ。でも……」


 私は彼の方を見た。

 少し暗い馬車の中でも、アルフォンスの金の髪はきらきらと輝いている。


「でも私は医師でも薬師でもないので、必ず病気を治せるとは限りません。期待をさせすぎて裏切ってしまったら、悲しませてしまう」


「大丈夫。その事情は相手方に良く説明してある。医師や薬師、治癒能力を受けてもなお治らず原因の分からない病だけを、良く説明した上で引き受けているから」


 この国の医学や薬学は前世よりもずっと未熟だ。

 けれど治癒能力があるので、死亡率は低い。

 とはいえ治癒能力者の数はかなり少なく、十分に治療を受けられる人は限られる。それこそ、さっきの有力貴族のように。


 私が思うに、感染症や器質性の病――体の細胞や臓器の不具合の病――が治癒で治る以上は、それでも治らない病は限られてくる。

 エレオノーラのようにアレルギー体質で、けれどアレルギーと知らずにアレルゲンを繰り返し食べてしまっている例。

 そしてさっきの貴族のように、栄養欠乏症だ。


 他にもあるかもしれないが、どちらも食に関わる病気である。

 であれば、私の出番。

 私は前世で料理人だった。当然、栄養学の基本的な心得はある。

 美味しく食べて病を遠ざける。医食同源の理想ってやつだ。


 だから私は答えた。


「分かりました。では、精一杯頑張りますね」


「うん、ありがとう。頼りにしているよ」


 料理の腕を活かせて、アルフォンスの助けにもなれる。ならばやらない理由はない。


 私は視線を動かして、馬車の窓の外を見た。

 街路樹の葉が色づき始めている。

 そろそろ、秋が始まろうとしていた。





「おかえり、ルシル。その顔だと上手くいったみたいだね?」


 割れ鍋亭に帰ると、ギルが出迎えてくれた。


「まあね。たまたま私の知っている病気だったから、対処できたけど」


「ルシルは何でもよく知っているなあ。料理のレシピも底が尽きないくらい知っているし。君のその可愛らしい頭の中がどうなっているのか、興味深いね」


「あー、まあ」


 私が物知りなのは前世の記憶があるからだ。

 いつまでも隠しておくのもおかしいし、身の程に合わない称賛を受けるのは心苦しい。そのうちギルやアルフォンス、クラウスには打ち明けないといけないと思っている。

 彼らなら打ち明けても私の頭がおかしいとは思わないだろう。


『何だ。おぬし、まだ黙っているのか。さっさと言っておけばよいものを』


 足元でラテがジト目で見上げている。

 腐敗、イコール微生物の活動であることを話した関係で、ラテは私が転生者だと知っている。


「ラテは何か知っているのかい?」


 アルフォンスが言うと、ラテはヒゲをピクピク動かした。あれは人間で言えばドヤ顔の表情だ。


『無論だ。吾輩はルシルの相棒だからな。後からぽっと出のおぬしらとは格が違う』


「ラテは先輩だもんねー」


「わたしたちより早く、割れ鍋亭にいたよね」


 フィンとミアも店から出てきて、ラテを撫でた。


「いやいや、知り合った順から言えばクラウスさんが一番古いからね」


 クラウスとの出会いは、この割れ鍋亭を買い取った時までさかのぼる。

 当時は無人だったこの宿にクラウスが勝手に住み着いて、その後ゴロツキたちがやって来てニセ幽霊騒ぎが起きたのだ。


 私がついツッコミを入れると、ラテはじろりと睨んだ。


『古いと言うが、半月と変わらんだろうが。それにクラウスは今やほとんどタダ飯食らいの同居人だ。発酵マイスターである吾輩とはやはり格が違う』


「……タダ飯食らい……」


 ちょっと向こうでクラウスが完全に撃沈している。


「いやいやいや! クラウスさんは役に立ってますからね! 少し遠出をする時も、いつも護衛を引き受けてくれるし!」


「いいんだ……俺はタダ飯食らい……」


 クラウスは膝を抱えて座り込みそうな勢いである。

 うわあ、めんどくさい。


 ギルがケラケラと笑ってクラウスの肩を叩いた。


「ラテの口が悪いのは今さらだろ! タダ飯だと思うなら、もっと頑張って働いてくれよ」


「うむ。俺にできることなら何でもやるぞ」


 あ、復活した。やれやれである。

 けれど私はちょうど一つ、遠出のネタを思いついていた。


「それじゃあ早速、護衛を一件お願いします。といっても近場ですけど」


「ルシル、また何か食べ物を取りに行くの? 冒険、する?」


 フィンが期待に満ちた目になって、他のみんなも私を見た。


「ええ、そう。今日の病気の貴族さんの治療にいい食材をね」


「どんな食材?」


 私は自信たっぷりに言った。


「ビタミンB1たっぷりのお魚。……ウナギよ」



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