120:病の特定
「ルシル。何か分かるかい?」
アルフォンスに問いかけられて、私は目を瞬かせた。
治癒能力の効き方を聞いた限りでは、少なくとも感染症ではない。
細胞や臓器の問題の可能性も低そうだ。
(生活習慣病?)
そもそも暮らし方に問題があるなら、治癒が効いてもまた体を悪くしてしまうだろう。
でもこの貴族の人は、「治癒を受けると一時的に良くなるが、すぐ元に戻る」と言った。
高血圧とか糖尿病とかの生活習慣病であれば、一度治癒能力ですっかり良くすれば、「すぐ元に戻る」ということもない気がする。
そりゃあまたそのうち悪くなってしまうだろうが、「すぐ」が引っかかる。
「ご病気の症状を詳しく聞かせていただけますか?」
「ええ。……最初は体のだるさに気づいたのが始まりでしたな。特に足がだるく、歩くのが大変になりました。だんだんと足が痺れるようになり、息切れもします。最近では治癒を受けなければ、手足に力が入らず、寝台から起き上がるのも苦労するありさまです」
私は貴族男性を見た。
やせ細って顔色は悪いのだが、妙にむくんでいる感じがする。
(うーん、まさか)
私は可能性を一つ思いついた。
私たち料理人に馴染みの深い病気、栄養不足だ。それも特定の栄養素が足りなくて、かかってしまう病気がある。
「もう一つ。お酒はお好きですか?」
私が質問を重ねると、彼は頷いた。
「ええ。体が悪くなる前までは、ワインを良く飲んでおりました」
なるほど。
ますます疑いが濃くなる。
「すみません。小さな木槌はありますか?」
私が言うと、貴族男性は戸惑った顔をした。
「木槌ですか? ……すぐに持ってくるように」
「はい」
侍従に言いつける。
しばらく待つと、木槌……ではなく金槌を持った侍従が戻ってきた。
釘を打つようなハンディサイズの金槌である。
「すみません、シスター。木槌ではなく金槌しか見つからなかったのですが、よろしいでしょうか」
「はい、構いませんよ。ええと、そうですね。護衛さん、そこの椅子に座ってください」
「え、私ですか」
護衛は少し困った表情になりながらも、空いていた一人用の椅子に腰掛けた。
私は彼の前に立ち、膝の辺りをちょいちょいと触る。
部屋の皆が見守る中、金槌をエイッと振り上げた。
「え、ちょっと、シスター! 何をするつもりですか!」
護衛が椅子から立ち上がって逃げようとする。
「動かないでください。膝を叩くだけですから」
「金槌で!?」
護衛はすっかり怯えて不審の表情である。失礼な。
「軽く叩くだけです。ほら、座って」
護衛は渋々と椅子に座る。そんなに縮こまらんでも。
私は金槌を軽く振り上げて、膝の下のくぼみをポンと叩いた。
すると足がカクンと跳ね上がった。
「あれ……? 動かしたつもりはないのに」
護衛は不思議そうに足をさすっている。
「ルシル、今のは?」
アルフォンスに聞かれて、私は答えた。
「ナントカ反応という、体の自然な反応です」
『ナントカ……』
ラテの呆れた声がする。
ごめん、何反応だか忘れてしまった。まあ、専門用語はいいじゃない!
「と、とにかく、健康な人であればこのように足が自然に上がります」
「私もやってもらっていいかい?」
アルフォンスが好奇心に満ちた顔で言うので、私は頷いた。
護衛の代わりに椅子に座ってもらい、膝の下をポンと叩く。
「おっと、本当だ。動かしていないのに足が上がるね」
アルフォンスは興味深そうに自分の足を触った。
「次は貴方にお願いできますか?」
「はい」
貴族男性に向かって言うと、彼は侍従の手を借りて立ち上がった。
椅子に座り直した彼の膝を叩く。
……足は上がらない。
「やっぱり」
私が言うと、貴族男性は不安そうな顔になった。
「やはり、私の体はもう助からないのでしょうか。治癒能力ですら効果のない、この体は」
私は安心させるように笑みを浮かべた。
「いいえ。今の検査で原因が分かりました。治療できますよ」
「なんと!」
彼は驚きに目を見開いた。
私は続ける。
「貴方の病気は『脚気』です。ある栄養が足りないために起きてしまう病気ですよ」
◇
脚気は、前世日本では有名な病気だった。
特に時代劇などを見ていると、脚気は不治の病として描かれている。
昭和の時代くらいまでは、一般的にあった病気とのことだ。
原因はズバリ、ビタミンB1の欠乏。
精米された白米を主に食べていると、ビタミンB1が不足する。
玄米や雑穀ごはんだとビタミンを補給できるので、江戸時代には江戸病とか金持ち病とか言われていたようだ。
アステリア王国においても状況は似ている。
貴族たちは庶民と違い、精製された上質な小麦から作った白パンを食べている。
ふすま入りの全粒粉なんかだと栄養があるのだが、口触りが悪い。
口当たりの良さと貴族としての見栄が入り混じった結果、ビタミン不足の食生活になってしまう。
貴族男性は驚いたように叫んだ。
「栄養が足りなくてかかる病気!? では栄養さえ取れば治るのですか」
「ええ、そのとおり。病気の治療ができるレシピを、考えますね」
ビタミンB1が豊富な食材といえば、豚肉や玄米、麦芽を落としていない麦類。あとは枝豆やウナギとか。
ビタミンB1は単体だと吸収効率が悪いため、アリシンという栄養素と一緒に取ると効率が良い。
アリシンは玉ねぎやニラ、ニンニク、ネギあたりにたくさん含まれている。
普通に考えれば豚肉と玉ねぎの炒め物かな。
今は急を要するから、とりあえずそれを作ろう。
でも食事療法は気長な治療になる。同じメニューばかりでは飽きてしまう。バリエーションが必要だ。
「食材は豚肉と玉ねぎを中心に食べてください。パンは白パンではなく、ふすまの入ったものを食べてくだされば。具体的なメニューはこのお屋敷の料理人に伝えますね」
別に凝ったメニューでなくていい。それこそ豚肉と玉ねぎの炒め物を基本に、後は飽きない程度のバリエーションがあればオッケー。
「は、はい。そのような普通のものでいいのですか。それでこのやっかいな病気が治ると?」
「治ります。お薬ではないので、多少時間はかかりますが。毎日根気よく、これらの料理とその他の食材をバランス良く食べてください。あ、もちろん、食べ過ぎは駄目ですよ」
私が言い切ると、貴族男性は安心したのだろう。
ほうっと息を吐き出して、椅子に深く座り直した。
「ありがとうございます、シスター。医師と薬師にさじを投げられ、治癒能力ですら効果が薄かった。このまま苦しんで死ぬばかりだと思っていたのに、何とお礼を言っていいものか」
「とんでもない。苦しむ人々を料理で助けるのは、私の喜びでもあります。貴方にどうかこれからも、聖竜エルドランドのご加護がありますように」
これは私の本心だ。
人助けができた、それも食の分野で……と思うと、自然と笑顔になる。
「シスターも、聖竜の護りがあらんことを」
貴族男性と侍従は深々と頭を下げた。
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先日の新作は毎日投稿中です。
「転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます」
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