119:ルシルの新しい仕事
「ルシル、着いたよ。馬車を降りてくれ」
アルフォンスに言われて、私ははっと目を上げた。
どうやら軽くうたた寝をしてしまっていたらしい。
馬車の窓からは、とある貴族の立派な屋敷が見える。
今日はこの屋敷の主の相談事を受けるため、アルフォンスと一緒にやって来たのだ。
夏に港町で銀鉱山の一件にケリをつけてから、しばらく。
そろそろ秋になる王都だが、私は忙しく働いていた。
割れ鍋亭と旅するキッチンは今も大盛況。
フィンとミアとギル、それから雇い人たちが毎日フル稼働で働いている。
孤児院の子供たちにも仕事を振ったおかげで、何とか回っている状態だ。
それに加えて、アルフォンスからの依頼が来た。
王太子と宰相の最悪コンビは最近大人しいが、第二王子であるアルフォンスの立場は未だ万全とは言えない。
そのために彼は人脈作りを熱心にやっている。
そして私は、エレオノーラ王女の病を直した実績があるので、医師や治癒能力で直せない病気の最後の砦として期待されている。
というわけで、今日も今日とて体調不良に悩む貴族のお屋敷を訪問しているのだった。
『いつまで寝ぼけておる。さっさとシャキッとせんか』
ラテがぐいっと伸びをして、私の膝から飛び降りた。
今は小さな黒猫の姿だが、それでもしなやかな筋肉が美しい。あと可愛い。
「猫はいいよね。どんなに寝こけていても、伸び一発で体がすっきりするんだもの」
『吾輩は猫ではない、偉大なる魔獣だとあれほど!』
というお約束のやり取りをしつつ、私も馬車から降りようとした。
すると扉がさっと開かれる。アルフォンスの護衛が外に立っていて、さささっとステップを出してくれた。
「あ、恐縮です。私は平民だから、どうぞお構いなく」
「いえいえ。ルシル殿は立派なレディにして功績の高い聖職者ですから。当然のことですよ」
『アホみたいな事を言っていないで、早く降りろ』
ラテが私の足元を追い越して、ひょいと地面に降り立った。
私も続こうとすると、護衛が手を差し出してくれた。これはエスコートというやつか。
断ろうと思ったが、それもかえって失礼だろう。
私は彼の手を取ろうとして。
「へ?」
ステップを降りつつ手につかまろうとしたら、ひょいっと手が引っ込められた。なんでやねん。
バランスを崩してしまい、ぐらりと体が傾く。
「ルシル、危ない!」
馬車の奥に座っていたアルフォンスが助けてくれた。
宙を泳いでいた私の手を握って、支えてくれる。
「あー、びっくりした。すみません。ていうか護衛さん、何なんですか」
「いえ、私は何も? 馬車はアルフォンス殿下のエスコートで降りるとよろしいかと」
「はあ?」
いや今さら手を握ってしまった以上はそうするけどさ。
私は彼に支えられながら馬車を降りた。
「で、どうですか」
護衛が言う。
「ピンチの時に助けてもらって、ドキドキしたりしませんか」
「と言われましても。ピンチになったの、あなたのせいじゃないですか。私、一人で降りられますよ」
「……だ、そうです、殿下」
「…………」
なんか妙な沈黙が落ちた。
この人たちは、時々よくわからん茶番をする。
アルフォンスはため息のような息を吐き出した。
息を吐いた勢いで、金色の前髪が揺れている。
「……だって、クラウスやギルは同じ建物で同居しているのに、私だけ距離があるから……チャンスを作りたくて……」
「そりゃあ仕方ないでしょう。王子様を割れ鍋亭に寝泊まりさせるわけにはいきません」
「そういう意味じゃなくて……」
『おい、貴様ら。今日は仕事をしに来たんだろう。さっさと済ませろ。吾輩は早く帰っておやつが食いたい』
「はいはい」
ラテに急かされて、アルフォンスも諦めたようだ。
「ルシル。手を取って」
諦めていなかった。
彼は再度腕を差し出す。
「私、エスコートのお作法とか知りませんよ。ド平民なので」
今も前世も庶民である。
アルフォンスはにっこりと笑った。秋の日差しにキラキラする王子様スマイルだった。
「構わないよ。軽く腕を取ってくれればいい。歩調は私が合わせるから」
「はあ」
そこまで言われれば仕方ない。
私は彼の腕を取り、しょぼしょぼと歩き始めた。
後ろで護衛の人が「こりゃ駄目だ」とか言っているのが聞こえた。
◇
お屋敷の執事に取り次いでもらい、私たちは屋敷の主の部屋へと通された。
「ようこそおいでくださいました、アルフォンス殿下。病床の身のため、お出迎えできなかったことをお許しください」
初老の男性がよろよろと立ち上がり、礼の姿勢を取った。
「構わない。楽にしてくれ」
アルフォンスが言うと、貴族の男性はほっとしたように椅子に腰掛ける。
私は彼を観察した。
顔色は悪く、やせ細ってしまっている。
椅子に座っているだけでも辛そうだ。
「こちらはシスター・ルシル」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
私も胸に手を当てて頭を下げる。
この礼は聖職者のもので、貴族の作法ではない。その点は最初から伝えてあるようで、男性も特に何も言わなかった。
ちなみに今日の私は、おろしたての修道服を着ている。
さすがに第二王子のお供をするのに、継ぎ当てがある古着だとまずいということになった。
真新しい布はちょっとだけ繊維がちくちくとして、少し落ち着かない。
また、首から下げているロザリオも良い石を使った立派なものだ。これは借り物である。
アルフォンスは贈ると言ったのだが、そんな高価な物をもらうわけにもいかないので断った。
断ったら、なんか妙にがっかりされた。
「私でお役に立てるかどうかは、分かりませんが。力を尽くしますね」
「ありがたい。わしの病はここ数年で悪化の一途をたどりました。医師と薬師に診せても原因が分からず、神殿の治癒を受ければ一時的に和らぐのですが、すぐに元通りで……」
「なるほど」
このアステリア王国では、病気や怪我の治療は医師・薬師と治癒能力者の二系統に分かれている。
医師と薬師は前世とあまり変わらない。医師は診察と手術を行い、薬師は様々な薬草や薬効のある魔物の部位などを扱う。
治癒能力は怪我に対しても病気に対しても万能の力を発する。
ただし治癒の効果は出ても、原因は能力者自身にも特定できない。
怪我はともかく、病気というのはいくつかの種類がある。
まず感染症。風邪やインフルみたいなウィルス性のものや、細菌由来のもの。寄生虫もある。
これらは治癒能力で原因を除去すると、すっかり治る。
次にガンみたいな体の細胞が変質したもの。
これは前世の手術と同じで、全身に転移していなければ治癒能力で治る。
エレオノーラの大治癒であれば、相当に癌細胞の転移が広がっていても治る。
あとは各種の臓器の機能不全とか、そういうのも治癒で治る。
あ、ちなみに、感染症とか細胞とかはこの国の人は知らない概念だ。
私が治癒能力のあれこれをナタリーやエレオノーラから聞いて、推測しただけの話である。
で、目の前のこの人は、治癒では一時的にしか良くならないという。
彼は高位の貴族だ。神殿にコネもあるだろう。ということは、希少な中治癒能力者の治療を受けた可能性が高い。
「治癒能力は、小治癒ではなく中治癒でしょうか?」
「ええ、そうです」
ナタリーが持っている小治癒の能力は限りがあり、全ての病が治るとは限らない。
けれど中治癒はかなり強力だ。
エレオノーラの大治癒ほどではなくとも、相当な範囲の病気が治ると思う。
それなのに効き目が薄いとは。
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ここまでお読みくださりありがとうございます。
先日から新作の連載を開始しました。
「転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます」
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転生者の女の子が漢字の魔法を使いこなして、森でサバイバルしながら生きていくお話です。
序盤はサバイバル、中盤以降は商売などを始める予定です。
読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
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