表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/123

116:誰かの話

 ――ある少女の話をしよう。

 勇敢で心優しく、……誰よりも残酷な女の子の話だ。





 ステラは十歳の侯爵令嬢。

 父親の出仕のお供で王宮へやって来ていた。


「ステラ、私はしばらく仕事をしてくる。それまで大人しく待っているんだよ」


「はい、お父様」


 ステラは素直に頷く。

 彼女もただ遊びに来たわけではない。

 貴族として人脈を広げるため、同日に開催される王妃のお茶会に出席する手筈だったのだ。

 本当は母親である侯爵夫人も同行するはずだったのに、三歳年下の弟が風邪で熱を出したため、急遽取りやめになった。

 ステラは少々緊張しながら、お茶会に向かった。


 王家のお茶会は華やかで、着飾った貴婦人や令嬢たちが揃っている。

 ステラも侍女のサポートを受けながら、きちんと令嬢としての務めを果たした。


 お茶会の話題は、今年で十六歳になる若き王太子の話でもちきりだった。

 既に婚約者はいるものの、王家の血筋らしい金の髪と緑の瞳の王子は見目麗しく、令嬢たちの人気が高い。


「王太子殿下の能力は『小竜の牙』。王家にふさわしい、竜にまつわる勇ましい力ですものね」


「本当に。あのお方がいらっしゃれば、アステリア王国は安泰ですわ」


 令嬢たちは小鳥がさえずるような声で、王太子やその他の貴公子たちの噂話に花を咲かせている。


 けれども十歳のステラは、恋愛話よりもお茶菓子に興味を奪われた。

 アステリア王国は総じて食文化の薄い国だが、それでも王家のお茶会ともなれば豪勢な菓子が並ぶ。


「わっ、美味しい! これも!」


 ステラは次々とお菓子を食べては、侍女に「お嬢様、はしたないですよ」とたしなめられる始末。


 やがて満腹になると、ステラは周囲を見回した。

 お茶会は王宮の庭で開催されている。

 春の庭は若葉が香り立つようで、目にも鮮やか。吹き抜ける風が木々の枝を揺らすのを見て、ステラは立ち上がった。


「お嬢様?」


「向こうのご令嬢がたにご挨拶してきます」


 ステラは侍女を誤魔化して、そっとお茶会を抜け出した。


 侯爵家の庭も広く美しいが、王宮はそれを上回る。

 形よく整えられた庭木は、見ているだけでも楽しい。


 ステラはもともと、お転婆な娘だ。令嬢らしく淑やかにするよりも、庭を駆け回る方が好きだった。

 両親である侯爵夫妻も、苦笑しながらそれを黙認した。


 ただ、ステラはそろそろ大人にならなければならないと感じている。

 今までは子供だったから、様々なことが見逃されてきた。

 それでも十歳を過ぎた以上は婚約の話が出るし、淑女教育も本格化する。


「男の子はいいな。騎士でも、文官でも、何でもなれる」


 ステラは庭を歩きながら、小さく呟いた。

 思い浮かべるのは、まだ小さい弟のことだ。

 弟は甘えたがりの性格で、ステラによく懐いている。

 姉さま、姉さまと後をついてくる弟は、とても可愛い。


 ステラはちょっと臆病な弟をよく遊びに連れ出して、かけっこをしたり、木登りに挑戦したりしていた。

 弟は木登りを怖がって泣いたが、ステラが太い枝まで引き上げてやると、高い視界の見晴らしの良さに歓声を上げていた。


 その後、庭師に見つかってひどく叱られるまでがセットである。


 弟を思い出しながら王宮の庭を歩いていけば、木々の向こうに花壇が見えた。

 花壇には春の花々が美しく咲き誇っている。


 しかし、ステラは花にはあまり興味がなかった。

 花壇のさらに先にある、大きな樫の古木に目を奪われたのだ。


「あっ、あの木。木登りにちょうど良さそう! あの枝まで登れば、きっと王宮の庭が見渡せる!」


 ステラは木の根元まで行ってみることにした。

 花壇の脇を走り抜けて、さらに先へ。


 樫の木は思ったよりも大きく、たどり着くまで時間がかかった。

 周囲はひっそりとしており、庭師もいない。

 そうして見上げた古木は、本当に大きい。ステラが見たことのあるどんな木よりも、大きかった。

 背が高いのはもちろんだが、横にも枝を広げている。幹は太くて、実に堂々としていた。


「これは登りがいがありそうだわ。……ん?」


 ステラはふと、古木の根本に視線をやった。

 そこにはうろが開いていた。

 それなりに大きなうろで、大人は無理としても、十歳のステラであれば中に入り込めそうだ。


 ステラは好奇心を刺激されて、うろに近づいた。

 体を斜めにして中に入り込めば、すっかり体が収まる。

 うろの中は少し広い空間になっており、まるで秘密基地のようだ。

 狭い入口から差し込む光が、柔らかな明かりとなってうろの中を照らしている。


「すごい! 私だけの場所だわ。そうだ今度、あの子を連れてきてあげよう」


 ステラは弟を思い浮かべる。

 怖がりの小さな弟は、暗い木のうろが怖くて泣いてしまうかもしれない。

 でも木登りをした時のように、ステラが励ませば泣き止むだろう。


 ステラは楽しい気分で、うろの中を確かめて回った。

 足元は樫の木の根が入り組んでおり、歩きにくい。壁や天井は全て樫の木の内側で、湿っている。

 古い木の匂いが漂って、ステラの鼻腔を満たした。


 ところが。


 ステラがうろの中央に足を踏み入れた瞬間、足元が抜けた。

 樫の木の根がその部分だけ空洞になっており、穴と化していたのだ。


「……え」


 悲鳴を上げる間もなく。


 彼女は深い穴へと落下していった。







 ぴちょん、と、頬に水滴が当たる冷たさで、ステラは目を覚ました。


「えっと、私……?」


 周囲を見ても、暗闇ばかり。

 微かな光を感じて上を見上げれば、ずいぶん高い場所にぼんやりとした明かりが見える。


 ――穴に落ちてしまった。


 ややあって、ステラは理解した。

 上に見える光は彼女が落ちてきた場所。

 手を伸ばしても高すぎて、とても届かない。


「誰か! 誰かいませんか! 助けて!」


 ステラは叫ぶが、声は地下に反響するだけで答えはなかった。


「…………」


 心細さと恐怖が急速に込み上げてくる。

 じわりと浮かんだ涙を、だが、ステラはぐいっと手で拭った。


(帰らないと、みんなが心配する。お父様もお母様も、あの子も)


 ステラは必死で気を取り直して、改めて周囲の暗闇を見た。

 上に開いた穴からの光で、ぼんやりと様子が見える。

 周囲の壁に見えたものは、そのほとんどが樫の根だった。ごつごつとした根っこが土を突き破って縦横無尽に走っている。


 ステラは根をよじ登ろうとしたが、無理だった。根は掴まる部分が少なく、切り立った穴を登り切るのは難しい。

 何度も滑り落ちてしまい、最後には足をひねって、ステラは諦めた。


 しかし落ちて尻もちをついた際、ステラは気付いた。


「あれは……?」


 土と根でできた壁の一部に隙間がある。

 そこは土ではなく石でできていた。石壁が木の根で崩されて、隙間になっているのだ。


(行ってみよう)


 ステラは心を決めた。

 このままここにいても、助けが来るとは限らない。もう足を痛くしてしまったから、登るのもできない。

 だったら、先に進める道を進む。


 根が絡まる隙間を抜けて、石壁の破れ目をくぐり抜ける。

 その先は石造りの床だった。

 古びた石畳が続いている。


 ステラは痛む足を我慢しながら、石畳の道を進んだ。

 道は半ば崩れており、壁や天井も半ば土にまみれて今にも崩落しそうだ。

 不安な気持ちを押し殺し、さらに進む。


 道は多少上下しながら、だんだん地下へ下っているように感じられた。


(地上に戻りたいのに)


 ステラは不安と焦る気持ちを必死に押し殺して、歩いた。


 進んだ先は行き止まりだったが、やはり壁が崩れて隙間が開いていた。

 ここまで来たら迷うこともない。ステラは壁の隙間をくぐり抜けた。


「……!?」


 その先は広い空間になっていた。

 今までの狭苦しい地下が嘘のように、高い天井と広大な空間が広がっている。


 そしてその広さを覆い尽くすように、空間の中央に巨大な何かがいた。


 見上げるほどの大きさ。

 ステラは先程の樫の木を思い出す。あれよりももっと大きい。


 それはぴくりとも動かない。

 ステラは恐る恐る近づいた。

 そっと触ってみる。金属のような冷たい感触がする。

 暗闇の中では輪郭すらよく見えず、ステラは戸惑った。


 ――と。


 唐突に、淡い金の光が灯った。

 いや、違う。

 ステラの立つすぐ横で、巨大な金の瞳が開かれたのだ。


「な、なに……!?」


 思わず尻もちをついたステラを、大きな二つの瞳は見下ろした。


 そうして彼女は見た。目の前にいる存在を。


 小山ほどもある巨大な体躯。

 金属めいた光沢を放つ白金の鱗。

 黄金の瞳と、その上に生えている大きな一対の角。

 ステラの目の前には巨大な鉤爪がある。一本ずつがステラの胴体よりも太い、鋭利な爪だ。


 でも彼女は、それを怖いとは思わなかった。

 なぜならステラは、それを知っていたから。


「聖なる竜、エルドランド……?」


 アステリア王国に生きる者ならば誰もが知っている、伝説上の竜がそこにはいた。





+++

第二部再開します。妙なシーンからスタートですが、この竜が第二部のキーパーソン(キードラゴン?)でもあるので。


今後の更新は週一、二回くらいの不定期で参ります。

ゆっくりペースですがよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ