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神に祈るより肉を焼け。追放シスターの屋台改革!  作者: 灰猫さんきち
第7章

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113/124

113:これからもよろしくね

【三人称視点】



 秋も深まった王都から、ある罪人がひっそりと護送の旅に出た。ヴェロニカである。

 目指すは最北、最果ての修道院。

 貴族としての身分も修道女としての立場も剥奪された彼女は、罪人として縄を打たれ、護送官に引きずられるようにして歩いていった。


「嫌だ、嫌だ。行きたくない。あたくしはスタンリー侯爵家の娘なのよ!」


 何もかも失った事実を認められず、ヴェロニカはぐずぐずと泣くばかり。

 護送官は呆れた目を向けるが、何も言わなかった。励ましや慰めは彼の職務ではない。

 淡々と歩き続けること約一ヶ月。すっかり冬になった頃、目的地に到着した。


「な……ここが? とても人の住むところじゃないわ!」


 最果ての修道院を見て、ヴェロニカは絶句した。

 石造りの建物はあちこちが崩れて隙間風が吹いている。天井にはクモの巣が張り、冬の冷たい風に揺れていた。


「お仕事、ご苦労さまです」


 修道院から枯れ枝のように痩せた修道女が出てきて、護送官に礼をした。

 護送官は言う。


「この者は悪質な犯罪者です。どうぞ修道院の下女として、好きなようにお使いください」


「はい。人手が足りなくて困っておりましたの。助かります」


 それからはヴェロニカにとって地獄が続いた。

 修道院の朝は早い。早朝三時には起き出して、掃除をしなければならない。冬の冷たい井戸水は手を刺すようで、雑巾をかける手はあっという間にあかぎれだらけになった。


 食事も粗末だった。朝晩の二回、カビた黒パンのかけらと水みたいに薄いスープが出るだけ。

 文句を言っても、修道女たちは「私たちも同じ内容です」と取り合わない。

 この修道院は本当に信仰深く、苦行ともいえる環境の中で祈りを捧げるのを選んだ者ばかり。ヴェロニカの甘えはことごとく却下された。


 ベッドは固く、真冬でも薄い毛布が一枚きり。ヴェロニカは風邪を引いたが、下女としての仕事を休むのは許されない。

 鼻をすすりながら、涙をこぼしながら掃除や洗濯を続けた。

 高価な美容品と厚化粧で保っていた美貌は、もはや見る影もない。


(どうしてこんなことに。あたくしは侯爵家の娘で、宰相様の寵愛を受けていたはずなのに)


 そんなある日、最果ての修道院に荷物が届いた。珍しいことである。

 中には日持ちのする料理が入っていた。王都ではおなじみの兵糧丸もある。

 差出人の名前は、ルシル。


「まあ。美味しそうな食べ物だわ」


 修道女たちが目を輝かせて覗き込んでいる。

 修道院長が言った。


「あなたたち、務めを忘れてはいけませんよ。わたくしどもは過酷な環境の中で祈りを捧げ、神に近づく道を選んだ者。安易な贅沢はいけません」


「けれど院長様。ルシル様と連名で聖女エレオノーラ様の名前も記されています。厚意を無碍むげにするのも良くないのでは?」


「む……。では、今日は特別ですよ」


 修道女たちは大切そうに食べ物を抱えて、それぞれに分け合った。


「ヴェロニカ。お前にも特別に与えます。同封されていた手紙に、お前に与えるよう書いてありましたので」


「……!」


 ヴェロニカは顔を歪めた。


(何よ、ルシルめ! このあたくしに情けをかけたつもり? 施しなどいらないわ!)


 受け取ったのは、ドングリ粉と米粉で作ったシュトーレン。エレオノーラのための特別メニューだった。

 ヴェロニカは最初、それを投げ捨てようとした。けれどシュトーレンがあまりに美味しそうだったので、手が止まった。

 震える手で、おそるおそる口に運ぶ。

 ぱくりと口に含めば、香り立つのは優しい甘さ。

 ドングリのほんのりとした甘さと、米粉のもちもちとした触感が口いっぱいに広がる。


「……美味しい」


 自然に言葉がこぼれ落ちた。


「なんて美味しいの……」


 噛み締めるようにシュトーレンを食べる。砂糖の甘みとドライフルーツの風味が、ささくれ立った心を癒やしていくようだ。


「ルシル様から伝言です」


 修道院長が言った。


「『これからは食べ物を大事にしてください。ちゃんと反省していれば、そのうち王都に帰る日も来るかもしれませんよ』」


「…………」


 ヴェロニカは答えない。口の中のシュトーレンを味わいながら、うなだれた。

 シュトーレンの甘さが心に染み渡っていく。


(負けた)


 ここで初めて、彼女は敗北を悟った。


(いいえ、とっくに負けていたのだわ。この味には、美味しさには……勝てない)


 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 辛い毎日も王都に帰る希望も、今はどうでもいい。ただ手の中のシュトーレンの美味だけが心に残った。


「手紙の返事を書きますか?」


 問われてヴェロニカは首を横に振った。負け犬である彼女に、何の言葉を言えというのだろうか。

 少し残したシュトーレンを大事に抱えて、ヴェロニカは立ち上がった。


「……残りの洗濯をしてきます」


 疲れた足を引きずるようにして、彼女は歩いていく。

 手にあるのは少しのシュトーレン。

 けれどこれを食べきってしまっても、その美味しさはいつまでも彼女の心に残るだろう。


 敗北の苦い味と、――救済の美味として残り続けるだろう。





【ルシル視点】



 冬のある日、割れ鍋亭にて。

 休日の日、暖炉の火にあたりながら私たちはのんびりとしていた。


「え。ヴェロニカに差し入れを送ったのかい?」


 雑談の中で出た話題に、ギルが呆れたような声を出した。


「ヴェロニカといえば、あの悪辣な元修道院長か? お前を追放したという」


 クラウスも眉を寄せている。


「そうですよ」


 私が頷くと、フィンとミアまで鼻にしわを寄せた。


「りゅうのいずみで、ルシルの悪口言ってたおばさんでしょ?」


「あのひと、ぼくとミアを人さらいにさらわせようとしたんだ。許しちゃだめだよ」


「許していないよ」


 私は苦笑する。ヴェロニカの所業は到底許されるものではない。最果ての修道院送りだって、まだ温情のある処置なのだ。

 食料ギルドと組んで割れ鍋亭にさんざん嫌がらせをしたこと、忘れたわけじゃない。

 それよりも何よりも、フィンとミアを『お腹をすかせた竜』に引き合わせようとしたことも。絶対に許せない。


 でも、私は思うのだ。

 罪は償ってもらう。なるべく酷い目にあえばいい。

 けれどどんな悪人であっても、お腹をすかせて泣いていると思うと……放っておけない、と。


「だから、差し入れ送っちゃった」


 自分でも甘いと思う。だが性分だ。仕方ない。


『まあ。おぬしらしいな』


 いかにも呆れたという様子で、ラテが尻尾をゆるく振った。


『思えば吾輩も、腐敗の力を使いこなせずに孤独でいる期間が長かった。何せ近づけば相手の肉体を腐らせたからな。だがルシルにケバブサンドを与えられ、「微生物」の概念を教わり、今ではこのとおりだ』


「ラテもお腹をすかせて行き倒れていたよね」


『フン。そんなこともあったな』


 ふと見渡せば、みんなも呆れながら納得したような顔をしている。


 窓の外では雪がちらちらと降っている。

 一年足らず前、修道院を着の身着のまま追い出された時と同じ雪が。

 あの時は一人ぼっちで、お腹がぐうぐう鳴っていて、どうすればいいか分からなかった。

 今では温かい家と家族がいる。友だちもたくさんできた。


「……みんな、これからもよろしくね」


『急にどうした』


 私が言えば、ラテが不思議そうな表情をした。


「別に。なんとなく、今の幸せがずっと続けばいいなと思っただけ」


「つづくよ。ぼく、おとなになるまでここにいるもん」


「わたしも、おとなになってもここにいるよ」


 フィンとミアが口々に言う。ギルとクラウスも笑っている。

 私も自然、笑顔を返した。


「……よし! それじゃあ春になったら、みんなでピクニックに行こうね。エレオノーラとアルフォンスと、ナタリーも誘ってさ。私、うんと美味しいお弁当作っちゃうから!」


『それは楽しみだ』


 明るい笑い声が響く。

 宰相の動向や『竜』のことなど、まだ少しの不安はあるけれど、今は気にしないでおこう。

 みんなの笑顔を信じていよう。


 こうして私の追放から始まった一年は、幸せと温かさに満ちて終わりを告げたのだった。




【第一部完結】







+++

ここまでありがとうございました。これにて一区切りといたします。

第二部再開まで少しお時間をいただきます。

この作品も長くなってきたので、内容の整理と今後の展開をもう一度練ろうと思いまして。

第二部では宰相と竜の話にきっちりとケリをつける予定です。

竜の正体と宰相との関係、国王の状態をあえて描いていない点など、設定はできています。


それではひとまず、ありがとうございました。

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