22-8
「ヒナタ!」
「美鈴ちゃん!」
控室の扉を開けた瞬間、二つの体が飛んできてヒナタと美鈴にぶつかる。
「ヒナタ!無事?何もされてない?」
ペタペタとヒナタの体を触って確かめるゆずに、「大袈裟だなぁ、何もされてないよ」と苦笑いしたヒナタの顔を見てゆずが動きをピタリ止める。
「……ヒナタ?口の周りに血がついてる。どいつに殴られた?私が百倍にした上にヘカートの弾に詰め込んで頭にぶち込んでやる。その後でヒナタの気が済むまで土下座させる」
などと非常に物騒な事を言うゆずに、ヒナタは首を傾げている。
「っかしーなぁ?ちゃんと洗って何度も拭いたのに……」
「ヒナタ?」
「だいじょぶだよ、ゆずちゃん。ちょっと口の中切っちゃっただけ」
それでもやっぱり心配そうな顔をするゆずにヒナタは抱きつく。
「ありがと、ゆずちゃん……。なんか生き返る。生きた心地しなかったって訳じゃないけど……なんか」
要領を得ない内容だったが、ゆずはヒナタが精神的に疲れてるのがすぐにわかったようで、ソファに導く。
「ところでゆずちゃん?百倍にした上にヘカートで撃ったら頭なんてなくなってるから!」
と、律儀に暴走気味のゆずの言葉を訂正していた。
美鈴も花音とお守りの事でにこやかに話していて、すっかり空間が和んだ所で、喰代博士がパンと両手を叩いた。
「や、すまないね。とりあえず第一段階はクリアできた。お疲れ様!」
そう言ってみんなを見渡す喰代博士に、全員がきょとんとする。
「第一段階?」
可愛らしく小首を傾げた花音が言うと、喰代博士は咳払いを一つして話し始める。
「いいかい?No.2は、これまで隠し通してきた戦力を出して来ている。それは今後都市間の微妙な力関係に影を落とす。このまま何も成果がなければね?」
「まだ終わってない?」
ゆずが言うと喰代博士は重々しく頷いた。
◆◆ ◆◆
「もうすぐNo.3や。松柴サンもそこで待ってるで!」
そう言って伊織は先に立って皆を急かすように言った。
あれから非常に不機嫌そうに案内をした隊員がやってきて、「一休みしたらいつでも帰っていい」との麻木の伝言を伝えてきたので、その隊員が部屋を退出する前に帰ってきた。
正直、ゆずが煽りたおすんじゃないかとスバルとダイゴが両脇に控えながら移動したが、意外にもゆずはあっさりと部屋を後にした。
「ん。どうせまた会う」
と、意味深な事を言っていたが……
今はNo.3の管理がまだ届いてない市街地を歩いている。
「この辺はまだ手付かずなんですね」
「そやな。正直手が足りてない。守備隊にも民間人にも犠牲者が多かったからな」
少し視線を落として言う伊織にダイゴが慰めている。
それを微笑ましく見ている時だった。薄汚れた格好に目出し帽の一段がヒナタ達の行く手を遮った。
振り返ると、退路もしっかり塞がれている。
「略奪者?」
花音が刀の鯉口を切りながら言うと、両手を頭の上で組んだゆずがつまらなそうに言った。
「略奪者にしては動きに統制がとれてる。そしてやけに武装が充実してる。止めに……知ってる匂いがする」
そう言った瞬間、ゆずがニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、行く手を遮る集団の中の一人を見た。そいつは明らかにたじろいでいる。
「なるほどねー。もうすぐ都市という所で襲う。で、誰かを連絡係に生かして逃す。すると、駆けつけた部隊によって、謎の略奪者に殺された美少女達の目撃証言もできるってわけかぁ」
やや付け足された感のある修飾語があったが、さほど間違いではないので、聞いていた喰代博士も軽く笑っただけだった。
普通であれば、ここで恫喝の一つでもするものである。「何笑ってやがる!」とか、「死にてぇのか?」とかはお決まりの文句だろう。
しかし、目の前に現れた略奪者のフリをする一団は、正体がバレるのを恐れたのか、頑なに言葉を発しようとはしない。
ただ、襲われているというのに全く怖がる様子のない少女達に、違和感を感じつつ身振りで襲うように指示を出した。
タタタタタタ
その瞬間激しく銃弾が浴びせられる。ヒナタ達に……ではなく、略奪者にである。
「ようし、動くな。No.4の三番隊の菅野だ。抵抗してくれていいぜ?捕まえるだけじゃ物足りないからな」
見ると略奪者のフリをして現れた集団の、さらに外側を囲むようにして守備隊の制服を着た者達が銃を手に姿を現した。
「なんでNo.4が!」
ゆずという猛獣に狙われて動揺していたのか、思わず声を出してしまった男は慌てて口を押さえる。が、しっかりと聞いていたヒナタがニヤリと笑った。
「ははん……あなた、砦で私たちを案内した隊員だね?あの時はどーも。懇切丁寧な対応してもらって嬉しかったですよー」
全く気持ちのこもっていない言葉と、同じく笑ってない目で男を見ながらヒナタが言うと、隣にゆずが並ぶ。
「待ってヒナタ。あれは私の獲物……。ちょっと喉笛を本気で噛みちぎってみようかと思ってる。その後でなら好きにしていい」
「しょーがないなぁ。じゃあ初手はゆずちゃんに譲るよ。私は二の太刀という事で……」
くるくると手の中で梅雪を回すヒナタと、獰猛な笑みを浮かべたゆずににじり寄られ、男はたまらず悲鳴を上げた。
「ま、まて……っ。ひぃ!」
◆◆ ◆◆
「やぁやぁ。ベストなタイミングだったね。さすがNo.4筆頭部隊だね」
そう言って菅野に喰代博士が近寄る。
「やめて下さい。筆頭とか重すぎますよ。自分は平凡です……。いっそ彼女ら……十一番隊から十を取って筆頭にしてもいいんじゃないですか?実績もあるし、誰も文句は言わんでしょう」
菅野がそう言うと、喰代博士は少し寂しそうに笑った。
「いやぁ、残念だけどそうはいかないんだよね。もうしばらくの間君たちには頑張ってもらわないといけないからさ!」
それだけ言うと、喰代博士は菅野の肩をポンと叩いて三番隊と共に来た松柴の秘書の橘の所へ歩いて行った。
残された菅野は、意味がわからず首を傾げるばかりだった。
そしてその夜……
No.3の一室で、非公式に松柴代表が誰かと話していた。
「そうかい……。止めたいけど、さすがに、ね。これ以上アンタらの肩に重石を乗せらんないね。ま、いいさね。好きにやんな。また……お菓子準備しとくから、いつでも来るんだよ」
最後には孫に話しかける祖母のような顔になった松柴に、一人の少女が抱きついていた。そのまましばらくの間語らい続けたとか…………
◆◆ ◆◆
今はNo.2の砦となっている場所では、厳重な警戒体制が敷かれていた。
知らないものが見たら異常だと思えるほどに。
「何をそんなに警戒してるのかねぇ」
救護班に所属している男が同僚と窓の外を見ながら呆れた顔をしている。
「ほんとですよ。我々にも外に出るなと指示が来たし。うちの部隊は、都市の外の大規模グループとも繋がってるんでしょ?その気になれば、他の都市も落とせるって話じゃないですか」
同僚の男が、軽い口調で応じる。彼らにとっては、それが現実の話になって人が何人命を落とそうとも、自分たちとは関わりのない世界の話だと思っているらしい。
「どうでもいいけど、重症の隊員はもう外に置いてきてほしいな。薬がどれだけあっても足らん」
二人は軽口を言い合いながら薄暗い廊下を救護室に向かって歩いている。
「忙しいのもたまりませんしね。そういえば、この前のジジイ、どうなったんですか?」
「ああ、都市の外の奴って話だろ?なんでよそ者に貴重な薬を使わないといけないんだよ。どうせ、何をしても無駄な状態だったよ。お前も見たろ?」
そこまで言って、一緒に歩いていたはずの同僚から返事が返ってこない事に気づいた男が振り返ろうとした時、背中に氷を突っ込まれたような寒気が全身に走った。
「っ!な……」
「……今の話。詳しく」
感情を押し殺したような女性の声。喉元にはもう刃物のようなものが添えられている。
「その人は……?」
ガクガクと震え出した膝を隠すこともできずに男は、簡単に口を割った。
「な、何もしなくていいって……命令だったんだ!だから……」
とにかくこの窮地から逃れたい一心で、男が当たり障りのない事を口にすると、同僚の男を昏倒させていたもう一つの影が振り向く。
「さっきの話とまるで違う。この男、信用ならない」
ひどく冷たい口調でそう言われ、男はズボンに生暖かい液体が流れ出すのも構わず、激しく首を振った。
「わっ!汚っ……。ちょ、動かないで!」
その言葉を最後に後頭部に強い衝撃を受けた男は、自分が作った水溜りの中に顔面から突っ込む事になる。
「あ……なんかごめん」
「ん、だいじょぶ。こんな奴の事気にする必要はない」
「でも、思わず殴っちゃった。でも今からこの男起こして尋問するの……はちょっと、ねえ」
「他の奴を探そう。きっとまだいる」
うっすらの温かい液体を頬に感じながら、男は薄れてゆく意識の中でそんなやり取りが聞こえたような気がした……。




