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呼び出しに来た隊員の態度に、憤りを覚えながらも何とか抑えて、ヒナタと喰代博士、そして蒼白な顔の美鈴が席を立つ。しかし今にも倒れてしまいそうな美鈴を花音が心配して立ち上がった。
「あの!美鈴ちゃんは体調が本調子じゃないんです。倒れちゃうかもしれませんから、私が介助として同行してもいいでしょうか!絶対邪魔はしませんから!」
泣きそうな顔で、下手に懇願した花音の言葉を、案内役の隊員は一顧だにせず却下した。顔色を変えたゆずが立ち上がるのをスバルとダイゴが押さえる騒ぎに隠れて、花音は美鈴の所に行き、その手に何かを握らせた。
「……っ、花音ちゃん?これは……」
美鈴の手には擦り切れて古ぼけたお守りがあった。
「いいから持ってて?美鈴ちゃん覚えてる?駐屯地にいた頃、避難民の代表みたいな人。二宮さん……」
記憶をたどったのか、すぐに思い至った美鈴が驚いた顔をした。花音の口から駐屯地で暮らしていた時の事が出るとは思っていなかったからだ。
「私たちね?美鈴ちゃん達を追いかけてた時、駐屯地に行ったんだよ。美鈴ちゃんや絢香ちゃんの話も聞いた。そこでね?二宮さんに貰ったの!」
そこまで言うと花音は少しだけ笑った。
「なんでも、病気も怪我もしなくなって、色んな運もよくなる……なんでも効くお守りなんだって……お孫さんに貰ったって」
花音がそれを言うと、美鈴はさらに大きく目を開いた。
「孫……って、心優……ちゃんが?」
美鈴は花音たちが行った時には残念ながら会うことができなかった二宮の孫の名を呟く。絢香が親しかったらしいが、美鈴も知っていたのだろう。なにより……今の美鈴の中には絢香もいる。これほど心強いお守りはないはずだと花音は思ったのだ。自分が付き添えないなら、せめてもの支えになってほしい一心で……。
「あり……ありがとう、花音ちゃん。絶対、絶対ちゃんと返すから」
そのまま持ってていいよ。そう言おうとした花音は言葉を飲み込んだ。返してくれるという事は、ちゃんと自分の元に戻って来てくれるという事だ。お守りの行く先はその時ゆっくり考えればいいと……。
大粒の涙を流してはいるが、さっきまでの今にも倒れてしまいそうな雰囲気はもうなかった。
「いいかげんにしろ!指定された者以外の同行は認められていない!」
ダイゴとスバルに抑えられながらも騒ぐゆずに、案内の隊員は居丈高に叫びつけた。さらに同行した隊員が銃をゆずに向ける。
「そんなもの関係ない!お前らなんかに認めてもらう必要はない!私を止めたかったら撃てばいい。ただし一発で仕留められなかったらお前たちは後悔することになる。私は首だけになってもお前らの喉笛を噛み切ってみせる!」
もはや獰猛な肉食獣の様相を見せるゆずをヒナタと花音も抑える。まだ暴れるのは早いってお兄ちゃんならそう言うはず。小声でそう言って……。
それでようやく暴れる事はやめたものの、ゆずはずっと案内の隊員の事を睨んでいた。両側からゆずを取り押さえながら、カナタがいない痛手をダイゴもスバルも痛感していた。
出だしからゆずが暴れたため、必要以上に警戒されながらヒナタ達は自分たちの控室よりだいぶ立派な扉の間に立たされた。案内の隊員がノックして到着を告げると中から低い声で入るように言われる。
「変な真似はするなよ」
通りすぎざまに憎々し気な警告の言葉を聞きながら部屋に入ると、凹を逆さまにした形に並べられたテーブルがあり中央に麻木が座っている。両隣にも偉そうな男性が並んで座っており、横側には線の細い、おそらく研究員か何かが座っている。
そしてそのテーブルに囲まれるように粗末なパイプ椅子が人数分置かれていた。
――これじゃほんとに事情聴取みたい
心の中でそう思いながら、指定された椅子に座る。喰代博士も美鈴もおとなしく座ると、案内して来た隊員たちはそのまま部屋の入り口をふさぐように並んで立った。
重苦しい空気が部屋を満たしていたが、ヒナタは凛とした態度で麻木を見つめた。喰代博士も大人らしく泰然としている。美鈴の事が心配だったのだが、花音と何か話した後からは、別人のようにしゃっきりとしていた。
そしてしばらくの沈黙の後、麻木が口を開いた。
「時間がもったいないから単刀直入に言おう、我々は諸君が本土で得た情報のすべて、感染者に有効な効果があるという武器、それからそこの感染者。それらすべての供出を求める」
麻木はヒナタ達が危惧していたすべてを簡潔に伝えてきた。反射的に否定の言葉を返そうとしたヒナタは慌てて口をつぐむ。ここでの交渉は喰代博士に一任する、そういう約束だったからだ。
「随分と強気な要求だね。それだけのものを要求する理由は聞かせてもらえるのかな?まさか武力にものを言わせてカツアゲするつもりじゃないよね?」
あえてだろうか、喰代博士は煽るような口調で返事をした。その言葉遣いに、周りにいる偉そうな男性たちは顔色を変えたが、麻木は一切表情を変えずに言った。
「諸君らの救出と、詳細不明の人物の救護。それから数々のこちらの指示への度重なる反抗の代償として……だな」
完全な言いがかりをすらすらと口にする麻木に、ヒナタはゆずがいなくて良かったと思った。きっと今頃血を見ていたかもしれない。
「へぇ……ところで、その詳細不明の人物とやらはどうなったのかな?報酬を求めるんだ、当然助かったんだろうね?」
「……無論だ。我々の救護処置の後、再三の安静にするようにとの指示を無視して、帰ると暴れ出したので放逐した。会いたければ、我々の要求をのんだ後、また砦の外に行って追いかけるがいい。会えるかどうかは知らんがな」
惟信が助けてくれた相手にそんな事をするはずがないのに……たとえ助かったとしても、すぐに動けるようになれるとは思えない状態だったにも関わらず、麻木は臆面もなくそう言い放った。
その瞬間ヒナタは頭が真っ赤になって焼き切れるかと思ったが何とか抑える。ここで暴れるのは簡単だが、後ろには武装した隊員が何人も控えている。自分はともかく喰代博士や美鈴は……。
口の中に血の味が広がる。どこか噛み切ってしまったらしい。口の端を血が流れるのを感じたが、それを見た偉そうな男性は冷笑しただけだった。
「そちらの言い分はわかったよ。面倒だから腹の探り合いはやめだ」
そう言って喰代博士は姿勢を崩して足を組んだ。それを見た麻木は咎める事もなく視線をヒナタに向けた。
「そうだな。私にとってもその方がいい。ところで……資料によれば十一番隊隊長は剣崎カナタという男性だったはずだ。呼び出しもそうだったはずだが、そこにいる女は誰だ」
冷たい視線をヒナタに向けて麻木はそう言った。その視線を真正面から受けて、悟られないようにヒナタは深く深呼吸をした。あらかじめ喰代博士に言われていた事を思い出す。
――いいかい?一番手っ取り早いのは、君たちを暴れさせて叛逆という形に持っていく事だ。そうすれば、奴らは№4に何の気兼ねもなく君たちを処分できる当然武装は強引に取り上げられるだろうし、情報は君たちの減刑とか、後からならどうにでもできる。奴らはきっと君を怒らせようと挑発してくるはずだ。間違いなくね……。今は何としてもこらえるんだ。後からならゆずちゃんと二人で闇討ちでもなんでもするといい。頼んだよ?
きっとさっきの惟信の話もヒナタを怒らせようとあえてあんな言い方をしたのだろう。……そして今も。ヒナタは何を言われても動じない、と心の中で呟き麻木の言葉を待った。
「彼女は今の十一番隊の隊長さ。当然その席に座る権利はある。残念ながら前隊長の剣崎カナタは、ネメシスとの激しい争いの中で……行方不明になった。隊則である、緊急時の指揮系統の移譲、部隊の序列に従って彼女が隊長になった。何か問題でも?」
そう言った喰代博士には目を向けず、ヒナタを見つめたまま麻木は鼻をならして言った。
「問題ない。……問題はないが呆れるな」
「は?」
「隊長というのは部隊を指揮するうえで一番重要なポジションだ。それゆえに最後まで生き残らなければならない。隊員たちより先に死ぬなど、責任を投げ出したと責められても仕方がない行為だ。よほど無責任な隊長だったのだな。お前の兄は」
残り四話!




