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ヒナタの叫び声が響き、周囲を突風が通り過ぎていく……
「ヒナタ……」
涙を流しながら砦の方を睨んでいるヒナタをゆずが抱きしめる。するとヒナタは小さな声で言った。
「……ゆずちゃん。私ね?考えてることがあるの」
消え入りそうな声でそう言ったヒナタの声にゆずは耳を傾けた。
「・・・・・・・・」
ゆずの耳元で何事か囁くヒナタ。ゆずはそれを聞いて驚いた表情になっている。
「ヒナタ……本気?」
「ん……。もちろん、そうならないのが一番いいんだけどね?」
疲れたような、力のない笑みを浮かべてヒナタがそう言った時、砦の方がにわかに騒がしくなった。
「話せっちゅーねん!私だけでも行く!お前らになんか頼まんわ!」
砦の門の向こうから聞こえてくる喋り方の特徴と声には聞き覚えがあった。
「伊織?」
何やら揉めるような声が聞こえだし……砦の門がゆっくり開いた。
「ゆず!」
そこには守備隊の制服を着た男に羽交い絞めにされた伊織の姿が見えて緊張が走る。さらに門が開くと同時に銃を構えた守備隊らしき男たちが飛び出してきて、ヒナタ達を囲むようにして止まった。
銃こそ構えてはいないが、これではネメシスや友愛の会よりもヒナタ達を警戒しているように見える。実際、門から守備隊が出て来た時、その騒ぎに乗じて次原達友愛の会の構成員たちは走ってネメシスの残党の所まで移動していたが、誰もその動きを止めることも咎める事もしなかった。
「おいおい、なんかまずい雰囲気じゃね?」
周囲を見渡しながらスバルがそう口にする。一番隊の細田や熊谷は何も言わず喰代博士たちをかばえる位置に移動した。
門から出てきた守備隊が整列し終わるころ、ゆっくりと歩いてヒナタ達に近付く者がいた。コツコツと足音が近づき、さっと門側の守備隊員が左右に移動した。
そこには守備隊の隊長の隊章を付けた男が立っていた。
「№2守備隊……二番隊隊長の麻木だ。諸君ら№4の十一番隊がこの砦を目指していた報告は受けている。ここまでの移動で疲れているとは思うが、この後の事情聴取に協力してもらいたい」
完全にこちらを見下ろした雰囲気で麻木と名乗った男は言った。その内容に感情の昂っているヒナタには聞き逃せない言葉があった。
「事情聴取?……まるで犯罪者みたいな扱いですね」
口調こそ丁寧だが、その怒気を感じる視線とにじみ出る剣呑な雰囲気に麻木の脇に立っている隊員が思わず銃を構えた。しかし、麻木は手でそれを制するとまったく表情を変えずに言った。
「言葉が気に入らないなら訂正しよう。情報提供でもなんでもいい。私たちには十一番隊の面々がこの砦に向かっている報告は入っている。しかしお前たちがその十一番隊である保証は今のところどこにもない。それならばこういう対応になってもしかたあるまい?……十分だけ時間をおこう。私は隊長室で待つ。おい」
麻木は近くの隊員に何か言いつけると再び門の中に消えた。
「……全員控室に案内する。立て」
案内と言う言葉を使っているが、やっている事は連行だ。武装した隊員で取り囲み、ねぎらいなど一切感じない口調と態度で目的だけを告げてくる。負傷者に対する気遣いも一切ない。
当然、ゆずが文句を言おうと口を開きかけたが、スバルとダイゴが止めた。ヒナタも顔色を変えて立ち上がろうとしたができなかった。その服を惟信が掴んでいたからだ。
ヒナタは強く奥歯を噛みしめながら震える声で言う。
「……ここは従いましょう。今争っても何にもならない。」
隊長のヒナタの決定だ。誰よりも相手の対応に腹が立っているはずのヒナタが怒りを飲み込んだのを見て、全員が指示に従った。
それでもにらみつけるのをやめないヒナタを、冷たい表情で見返す隊員は短く「着いて来い」とだけ言って砦の中に歩き出した。ぎゅうっとこぶしを握り締めるヒナタに、そっと近づいた如月が耳打ちする。
「気を付けろ。きな臭いにおいしかしない。……すまんが、俺たちは№都市に戻る気はない。残念だがここまでだ」
そう言ってきた如月にハッとしてヒナタが顔を向ける。如月は包帯が半分を覆った顔で、少しだけ笑った。
「お前たちにあえてよかった。本当は剣崎とゆっくり話でもしたかったがな」
「……都市には戻らないんですか?」
そう聞いたヒナタに如月は苦笑しながら砦の方をあごで指した。
「戻らない。理由は……わかるだろ?」
今直面している、№都市間でのいざこざに嫌気がさしたという事だろう。細田も熊谷も心底うんざりした表情を浮かべている。
「その……ありがとうございました!」
ヒナタは手を上げて立ち去ろうとする如月に頭を下げる。その声に振り返った如月は手を複雑な形に動かした。№4の守備隊で使われているハンドサインだった。その内容は……
――気を付けろ、油断するな。
だった。
真剣な顔で頷いたヒナタを見て如月は微笑むと、いつの間にかネメシスも友愛の会も逃げてしまって誰もいない瀬戸大橋を歩いて去って行った。
「おい!早くしろ」
案内役の隊員が焦れたのか、門の所から大声を張り上げる。ヒナタ達を囲んでいる隊員たちからも一切温かみは感じない。ぶつけようのない怒りを腹の底に押し込めてヒナタ達は案内の隊員の後に続いた。
「ここだ。大人しく待っていろ」
それだけ言われて、案内された部屋はとても殺風景な部屋だった。申し訳程度の机とソファが置かれているが、とても死線をくぐりぬけて来た同僚を通していい部屋ではない。一応医療班らしき隊員が来て惟信は運ばれて行ったが、この様子ではまともな治療が受けられるかどうか……
そう考えながら部屋に入ると、案内した隊員は全員を見て冷たい表情のまま言った。
「砦内での武装は必要ない。全員持っている武器・弾薬の類を外して出せ。ここを出る時まで我々で預かる」
その言葉にさすがにゆずが顔色を変えて噛みつく。こんな状態で武装を解くなど論外だし、一度渡してしまえば「桜花」や「梅雪」はもちろん強力な武器であるゆずのへカートⅡも戻ってくる保証などどこにもない。
「は?何言ってる。お前たちは武装している。なんで私たちが武装解除しなければいけない。それではまるで捕虜か何かの扱い!断じて納得できない!」
今にも飛び掛かりそうな勢いのゆずの声と気迫に、案内した隊員だけではなく、近くにいた隊員も銃を構える。あわててまたスバルとダイゴがゆずを抑えるが、隊員たちは銃を降ろさない。
そこにツカツカとヒナタが歩み寄る。そして案内した隊員の構える銃口の真ん前で止まった。ちょうど銃口はヒナタの額に向いている。
「武装解除の要求には答えられません」
怒りを押し殺した平坦な答えに、案内した隊員がにらみつける。
「この砦の規則だ、したがって貰う。逆らうようなら……「できません!」
隊員の言葉にかぶせるように、ヒナタがもう一度そう言った。
「あなた方が私たちを十一番隊と信用できないように、私たちもあなた方を守備隊であると……味方であると信用できません。敵地で丸腰になれと?」
平坦な口調に殺気を乗せて言うと、その隊員の眉がピクリと動いた。しばらくそのままにらみ合っていたが、隊員は「チッ!」と舌打ちをすると、荒々しく扉を閉めて立ち去った。
「なんなんだよあいつら!」
部屋に入り、扉が閉められた途端スバルが文句を言う。誰もそれを咎めない。みんな思っている事は同じだからだ。
「スマン、本当にスマン!こんな事になるはずじゃなかったんや!」
そう言って、ヒナタ達の前に土下座でもしそうな勢いで、一緒に着いてきた伊織が頭を下げる。その様子にいくらか心を落ち着かせたヒナタが、頭を下げ続ける伊織をなだめてソファに座らせる。
その隣に心配そうなダイゴが寄り添い、少し落ち着いたところで話を聞いた。
№3の管轄であるはずのこの砦になぜ№2の守備隊がいるのか。なぜ橋上で戦っている自分たちに援護がなかったのか。
伊織はすっかりしょげ切った様子で口を開いた……




