21-8
「ありがとー!」
ヒナタがマンションのベランダに向かってそう言うと、前野も両手で口を囲って、答えた。
「こちらこそ!……元気でね!」
そう言うと前野はもう一度大きく手を振って、ベランダから建物の中に姿を消した。同じように援護をしてくれた井本や他の避難民達も、それぞれ手を振ってから建物の中に入っている。
かなり激しく撃ち合いをしていたので、周囲に感染者が集まりつつある。
完全に囲まれないうちに逃げる必要があるのだ。
「ほんとによかった……。」
泣きそうな笑顔で呟くヒナタの肩をやってきたゆずがポンと叩く。
「ゆずちゃん……」
「ん、よかった。きっともうあの人達は簡単には挫けない。それはそれとして……」
「ん?」
ヒナタが小首を傾げてゆずを見ると、ゆずはヒナタの鼻先に人差し指を突きつける。
「今回は仕方ない。でも、何度も言ってる。スカートで宙返りをしない!」
「あー……あはは」
誤魔化すように笑いながらヒナタはスッと視線を逸らした。
「カナタくんがいないからこそ、私が言う!」
眉を逆立ててそう言うゆずに、叱られているというのにヒナタは、なんだか嬉しくなってくる。
「は〜い、気をつけまーす」
そう言ってさっさと高速道路の方に歩き出す。
「む!ヒナタ、その言い方は応えてない。ちゃんと考える!じゃなかったら隊服のズボンに変える!」
そう言いながら、ゆずがヒナタを追いかける。
ヒナタは振り返ると笑いながら言った。
「やだ、かわいくないもん」
◆◆ ◆◆
待機していた喰代博士達を呼び寄せ、十一番隊は高速道路上を歩いていた。
まっすぐ伸びる道は、海の上を通って伸びている。
「ここまで、長かった……」
海からの強い風に髪をたなびかせながら、ヒナタは思わず口にした。
「うん。今回は……色々あった。やっとここまで来れた」
ヒナタに並んでゆずも感慨深く呟く。
高速道路の上は、もうすっかり錆びて朽ちようとしている放置車両が点々とあるだけで人の動く姿はない。
明石大橋では、橋梁に一体化したようなマザーがいたが、瀬戸大橋にはいないようだ。
視線を遠くに向けると、うっすらとNo.3が瀬戸大橋からの通行を管理する関所のような砦も見える。
後もう少しで帰れる。そう考えた十一番隊の足取りは自然と軽くなっていたが、そう甘くはなかったようだ。
ヒナタ達の視線の先には放置車両を利用してバリケードを作った集団がいた。No.3の砦の方に向かって対峙していたが、近寄るヒナタ達に気づくと、腕を組んでトラックの荷台の上にいる男とその周りの数人が振り向いた。
「どうして君たちが来るのかなぁ。まったく、ネメシスも思っていたより使えないね」
両手を開いて、やれやれと言いたげな表情でその男――次原は言った。
次原の率いる友愛の会とネメシスとは、協力関係にあると聞いていた。ここで合流して四国を攻めるつもりだったのだろう。
「どうかな?きっとあなた達も大して変わらないと思うけど」
そう言い返したヒナタを次原は憎々しげに睨む。
「黙れ!お前達を人質にして、あの砦の門を開けさせてやる」
そう言った次原が近くにいる部下らしき男達に何か言うと、それまで砦の方を向いていた集団が一斉にヒナタ達の方を向いた。その数は三十人以上はいる。
「銃持ちは二割。装備はネメシスの方がよかった。でも練度はこちらが上に見える」
素早くゆずが戦力を想定してヒナタに伝える。
「武器はこっちがしょぼいけど、戦闘技術はこっちの人達が上って事?」
「ん。並び方や構え、体つきを見ても経験者に見える。白づくめは基本的にシロートの集まりだった」
ゆずがその根拠を並べると、ヒナタもなるほどと頷く。
「無駄な抵抗は止めて大人しく捕まったほうが、痛い目を見ないですむぞ?連中は気が立っているみたいだからな」
ゆずと話していると、次原がヒナタ達を見ながら余裕たっぷりの態度でヒナタ達の背後を指した。
振り返ると、ヒナタ達も通ってきた高速の乗り口から白づくめの集団が姿を現していた。以前も見た棺桶を積んだ台車を引きながら走っている。ヒナタ達に気付くと、逃すな!と聞こえてきそうな身振りをしながら全力で走ってくる。
「……前に友愛の部隊がざっと三十名くらい。追いかけてきた白づくめはもう少し多いくらい。ヒナタ、どうする?」
ヒナタは少しだけ考えたが、すぐに答えを出した。
「全員で友愛に突撃して、なんとかくぐり抜けよう。さすがに挟み撃ちされるのはまずいと思う」
そう言ったヒナタの言葉に、全員が真剣な表情で頷いた。
……一人を除いて。
「少しいいかな?ヒナタちゃん」
そう言って腰の後ろで手を組んだまま惟信が歩いてくる。
「お師匠さま……どうしたの?」
これまでヒナタ達のすることに口は挟まず、黙って力を貸してくれていた惟信がそう言ったことに、ヒナタは少し驚いて惟信を見た。
「ふむ……。少し気になることがあってな」
「気になること?」
首を傾げるヒナタに、惟信は視線をNo.3の砦の方に向ける。
「その、友愛の会という連中はここで待ち伏せしていたわけじゃろ?砦のほうから何もしないで見ているのは不自然と思うての」
つられてヒナタとゆずは砦の方を見る。門こそ固く閉ざされているが、惟信の言うように友愛に対して攻撃しようという雰囲気は全くない。
時折人が動くのは見えるので、誰もいないという事はないのに、橋の上を移動して来た友愛の部隊が、今の場所にバリケードを築くのを黙って見ていたのか……。少なくとも砦側から何か仕掛けた形跡は見当たらない。
「そう言われてみると……変だね。今からでも部隊を出して友愛の背後を突いてくれれば、私たちは白づくめだけ相手すればいいのに……」
ヒナタがそう言うとゆずも頷いて言う。
「確かに……。明石海峡が通れなくなって、私たちがここを目指しているというのは、先に戻った伊織たちが伝えているはず。それなのに、何の動きもないのはおかしい」
ヒナタが腕を組んで考え出す。ゆずはまたライフルのスコープを取り出すと、砦の様子を見た。
「うん、人はいる。でも迎え撃とうとしている動きもない……砦から打って出る気配も……いや、待って。……ヒナタ、あそこにいるのはNo.3の部隊じゃない。なぜかNo.2の部隊がいる」
ゆずがめんどくさそうな顔をして言った。
「ええ……。じゃあ私たちが出てる間に、また何か起きた?あの砦はNo.3の管轄じゃなくなったって事?……もう、めんどくさいなぁ」
思わずヒナタもげんなりした表情になる。No.都市は一見それぞれの都市が力を合わせて、物資の供給や外部からの侵入を防いでいるが、その裏では権力や、主導権の奪い合いが起きている。
統括と安全の確立されたNo.1。No.都市のほとんどの食料の供給をしているNo.2。工業地帯を抱えて武器などの製造をしているNo.3。
No.4だけが、エリア内に特筆するような産業もなく、他の三都市から不平等な条件を突きつけられたりしていたのを、カナタ達がマザーの情報を持ち帰り、感染に対抗できる試薬の開発でようやく対等な条件に持ち込んでいた。
その上、佐久間の件で共に戦った№3とは友好的な関係を築くことができて、少なくともヒナタ達が都市を出る時は問題は起きていなかったはずだ。
「つまりあの砦にいるのは、けして味方とは限らん。というわけかな?」
そう聞いてきた惟信に、ヒナタは渋い顔をしながら頷く。
「ほっほっ……。それならワシに一つ考えがあるんじゃが……」




