21-6
その頃、容赦なく降り注ぐ銃弾に動けなくなっているヒナタ達の方でも変化があった。
高速道路の乗り口という遮蔽物のない場所に陣取っている白づくめに対して、取れる手段がない。
感染者の唸り声はすぐ近くまで迫っているようにも感じる。
焦りばかりがつのり、ヒナタは賭けに出ようかと考え始めていた。
最悪自分一人で突っ込んで、相手の射手を黙らせることさえできれば……
そんな思考回路に陥ってしまったヒナタの肩にそっと手を触れる感触。
(焦ってもいい、悩むのもいいけど、一人で走るな。お前には仲間がいる。周りを見ろ)
カナタが諭す時の声に似ていた気がしてハッとした。慌てて周囲を見ると心配そうなゆずの視線とぶつかる。
いつも飄々としていて、深刻な場面でもカナタと冗談を言い合っていた。今のゆずには冗談を言う様子すら見えず、心配そうにヒナタを見ている。
ヒナタはキュッと寄っているゆずの眉根を指で突いた。
「むっ……ヒナタ。何を」
「ふふっ!ゆずちゃん、ずっと難しい顔してる。」
ウニウニと人差し指でゆずの眉根を揉みながらヒナタは笑った。
思えば自由な発想と行動力こそが十一番隊の最大の特色で強みだったのかもしれない。
シリアスが続かないとカナタはよく嘆いていたが、それぞれが考えて自分にできる最善をやろうとしていたからだったのでは。と、ヒナタは思った。
カナタの指揮のもとならば、ゆずはもっと自由に突飛ともいえる行動をしていただろうし、自分も協調とか周りの状況とかは深く考えずに、今の自分にできる最大を考えて動いていたかもしれない。
まぁ、その分取りまとめているカナタの胃には多大なダメージを与えていたかもしれないが……
改めてヒナタは周りを見た。みんなヒナタの指示に従ってくれている。お互いの事や今の状況を考えて、やるべき事ややってはいけない事を考えているように思える。
それは統率の取れた、いい部隊という事なのだろう。でも違う。十一番隊にとっては、小さくまとまっているだけにすぎない。
「ねぇ、ゆずちゃん。爆弾とか持ってないの?あそこどかーんって爆破できるようなの」
突然そんな事を言い出したヒナタに、ゆずは目を丸くする。
絶体絶命の危機が続いた上に、カナタの事や急に隊長になった事。
ヒナタの頭の中には、少しの余裕もなかったはずだ。
それが、にこにこと笑いながらそんな事を言いだして……ゆずも思わず笑ってしまった。
「そんなものがあったらとっくに放り込んでる。でも、待って。なんかあったかもしれない」
そう言うと、ゆずはリョータに預けている荷物をゴソゴソと探りだした。
二人の様子を見た他の者も、どことなく空気が和らいでいる。
――そうだよ。うちはうちらしくだよね、お兄ちゃん。
頭の中でそう言って、ヒナタは微笑んだ。
◆◆ ◆◆
「ん?」
先頭を歩いていた男が呟いて立ち止まる。聞いた事のある男の声が聞こえたような気がしたのだ。
「どうした如月」
如月と呼ばれた男は、なくした片足に無理やり縛りつけている松葉杖を器用に動かして振り返った。
かつてのNo.4守備隊一番隊のメンバーが見ている。
元副隊長である如月は、マザーの圧倒的な力に心が折れて、明石大橋を越えることができずにサービスエリアでただ生をつないでいた。
「いや……。俺に火をつけてくれた若者の声が聞こえたような気がしてな。もしかすると、ようやく追いついたのかもな」
義足がわりの松葉杖を触りながら如月はそう言った。その腕も片方しか残っていない。
マザーの強力な力を身をもって実感した一番隊は隊長の榊が命を落として副隊長の如月も半死半生の怪我を負って瓦解した。
残っているのは如月の他は、ここにいる二名の隊員だけだ。
進むこともできず、だからといっておめおめと都市に帰ることもできず腐っていた如月達に、しっかりと話を聞いた上で十一番隊はマザーに挑んだ。
結果は大敗だったが、本土に流れ着いた連中が諦めずに移動している事を知って、如月の中に何かが芽生えた。
それがなんなのかはっきりと理解はできていないのだが、如月は生き残りの仲間に声をかけて、十一番隊の後を追った。
「その十一番隊は、なんか宗教関係のやべー奴らと揉めてるんだろ?調べたけど、かなり大きな組織みたいじゃないか」
そつのない動きで、物音一つ立てずに移動しながら一人の男が言う。一番隊で一番射撃が上手い元自衛官の中村という。
「少ない人数でよくやるよ……。情報集めの任務なんだから目立たず騒がずは基本だろ?」
同じように動きながらもう一人の男が呆れたように言う。
こちらは元警官で重岡といった。
そんな二人を率いている如月は、無理やり取り付けた義足のため、完全に物音を消すことができない自分に、苦笑しながら言った。
「少しだけ話したが、あれはトラブルに巻き込まれるタチの男だな。たとえば、目の前で誰かが感染者に襲われてたら助けずにはいられない。主任務は潜入なんだから動かないのが本当なんだがな」
「ああ……」
そういう奴か……と、如月から話を聞いた男達は苦笑いしながら納得する。
どこにでもそういうタイプの人間はいる。そして真っ先に死んでいくのだ。
そんな事を話していた時だ。
「おい、見ろよ。噂をすれば……ってやつだ」
如月が立ち止まって指差した。
見ると守備隊の制服を着た男がちょうど路地を曲がったところだった。
「大丈夫かあいつ。何がいるかわからない場所を一人で歩くなんて」
中村が、そう言って付近の様子を確かめる。幸い感染者の姿はない。
「とりあえず追おう。世話かけさせやがって」
重岡がそう言って、制服を着た男が曲がった路地に入る。
「……いない」
「おい、あれ!」
いつの間にか如月達は住宅地を抜け、大きな道路の方まで出てきていた。辺りを確認していた中村が指差した先には、高架道路の下に隠れる守備隊らしき集団がいる。
そして高速道路の乗り口にバリケードを組んで封鎖している真っ白な頭巾をかぶった集団に射撃を受けて足止めされているようだ。
「さっきの男はいないようだが……とりあえず追いついたな。行こう!」
追いかけていた男は見えないが、きっと合流したか近くにいるのだろう。如月達は武器を構え、気配を消しながら移動を始めた。
◆◆ ◆◆
「見てください!この建物、しばらく誰かが拠点にしていたんでしょうね。しばらく使った形跡もありませんから、帰って来れなかったのか……。でも、物資は溜め込んでましたよ」
一つの建物を調べていた岡本がそう言って前野を呼んだ。前野は武器を構えて周囲を警戒していた井本の肩を叩いて移動する。
いきいきと動くその姿を見て、前野は思わず微笑む。
――ヒナタさん、あなたに見せたかったわ。すっかり生きる事を諦めていた人達が、こうして生き延びるために動いてる。
このグループは、カナタ達が宿儺や蜘蛛型のマザーと交戦した時に、病院にいた避難民達だ。
生きる事をあきらめ、最小限しか食べ物も受け付けずにゆっくり死に向かっていた岡本。
感染する事に怯え、病室の一つに閉じこもって一歩も出ようとしなかった井本。
そして、現状を理解していながら何もできずにいた自分に、ヒナタは諦めない姿を見せつけてくれた。
今ではこんな遠くにまで足を伸ばして物資を集めに来たりしているのよ?
心の中でヒナタに語りながら、岡本が見つけた家に入ろうとした時、見覚えのある姿が視界に映る。
「あれは……?あの格好はヒナタさん達の……」
前野達のいる道の先を歩いている後ろ姿は確か……
「ヒナタさんのお兄さんじゃないかしら?」
前野がそう呟いたとき、その人物はくるりと振り返りある方向を指差した。
「あれは……。あのお嬢ちゃんの仲間ですかね?格好が似てるけど」
前野の隣に並んで、同じ方向を見た井本がそう言って目を細めた。振り返ってこちらの方をみているのだが、顔や表情まではわからない。
「ええ……たぶん。ヒナタさんのお兄さんじゃないかしら。私も少ししか会ってないから、絶対とは言えないけど」
前野がそういうと、井本は表情を引き締める。
「あっちに何かあるんですかね?よく見えませんが……なんか焦ってるようにも見えませんか?」
井本がそう言うと同時に、その男は待ちきれないというような仕草で走り出した。
前野は井本と顔を見合わせる。
「何かあったのかしら?」
「行ってみましょう!もしなにか困っているなら、今度は俺たちが助けないと!」
そう言うと井本は、岡本や別の家を調べていた数名にも声をかけて集めてきた。
「行きましょう前野さん。あのお嬢ちゃんに返しきれない恩がある。たとえ何もなかったとしても、会うことができるんなら、直接礼を言いたい」
井本がそう言うと、他のみんなも次々と頷いた。
「……ええ、そうね。行きましょうか、今度は私たちがヒナタさんの力になれるかも……しれないわね!」
「はい!」
井本達はそう言うと、慎重に周りの様子を確認しながら、でも急いで男が走って行った方向に急いだ。




