21-5
あっという間に十数人の白づくめを斬り伏せたヒナタ達は、その勢いのまま高速の乗り口に向かった。
体は疲れ果てている。しかしヒナタ達に「止まる」という選択肢はなかった。
ただ……、ヒナタ達が十数人の白づくめと戦っている間に、高速の乗り口を塞いでいる残りの者達が、何もせずにいたわけではなかった。
「止まれ!」
その声に、ヒナタ達は素早く物陰に身を隠す。ヒナタ達が斬り合っているあいだに、残りの白づくめ達はバリケードに身を隠しながらライフルを構えていた。
「89式……自衛隊の制式の5.56mm小銃」
相手の装備を素早く見てとったゆずが呟く。
「強いの?」
ヒナタが聞く。刀を主武器としているヒナタらしい言い方にゆずは少しだけ笑った。
「強いかどうかは腕次第。弾薬は守備隊でも使ってるM4と一緒」
ゆずの答えを聞いて、ヒナタは唇を噛んだ。ヒナタ達は頭上を通っている高速道路の柱に隠れている。
ここから、白づくめ達が塞いでいる高速の乗り口まで30mくらいはある。
見た感じ小銃を構えているのは三〜四人くらい。残りは近接武器を構えている。
しかしその30mの間に、身を隠す所はない。相手の射撃に身を晒しながら接近するのはリスクしかない。
「アスカさん、由良さん。弾は……」
振り返って聞くとアスカも由良も力無く首を振った。
「すみません、最後のスーパーに向かう際に全部撃ち尽くしてしまいました」
悔しそう言う二人に、首を振って大丈夫と伝えるが、その頭の中では色んな考えがグルグルと渦まいていた。
……さすがにここから走っても、向こうに着くまでに撃たれてちゃう。ゆずちゃんに狙撃してもらう?
チラリとゆずに視線を向けると、ゆずもヒナタの方を見ていた。そして首を振る。
「この局面で狙撃は悪手。今から準備するのも時間がかかるし、狙撃している間みんなは動けない。それに……」
そこまで言ってゆずは周囲を見回した。……どこからか感染者の呻き声が風に乗って聞こえてくる。
戦闘の音を聞きつけて集まって来ているのだろう。
これまでは止まらずに走り続けてきたから、集まる前に移動していたが、ここで撃ち合いなどしていたら周囲の感染者が全部集まってくる。
何より時間をかければかけるほど相手に準備を整える時間を与えてしまう。
……お兄ちゃん
思わず心の中でカナタの名を呼んでしまう。しかしヒナタは首を振って、己の弱気をなんとか振り払う。
カナタが命を燃やして切り拓いてくれた道だ。その跡を継ぐ者として、なんとしてもみんなを都市まで連れて帰らないといけない。
ヒナタはいいアイデアがないか、もう一人の姉と言っていい人物に目を向ける。
「あ……」
しかし、隊の後ろにいるはずの姿はどこにもなかった。
……そっか。
ヒナタは一人納得した。悲しいけど、その気持ちはヒナタにもわからなくはない。
――ハルカちゃん。
姉のような存在の名を心の中で呼ぶ。途中でやられてしまったなどとは1mmも考えていない。きっと、あそこで寄り添っているはずだ。
ヒナタは心の中でそっとお別れを告げる。
◆◆ ◆◆
「お……りゃっ!」
「ぐぁ……、この、死に損ないがぁ!」
立っているのもやっとに見えるカナタに、斬りつけられた白づくめが激昂してカナタに襲いかかる。
脳天目掛けて振り下ろされた鉄パイプは、今のカナタには避ける事も受ける事もできない。誰の目にもそう見えた。
しかしカナタは勢いに逆らわず、鉄パイプを受け流した。つるりと滑るようにカナタの刀に沿って流された鉄パイプは地面を叩き……白づくめの首を「十一」が撫でるように通り抜けていく。
「があぁ……」
白い頭巾を真っ赤に染めながら、また一人倒れた。カナタはヒナタ達が抜けて行った民家を背にして立っていた。
すでに足元には十近い数の白づくめの亡骸が転がっている。
すでにカナタにほとんど意識はない。朦朧とした意識のまま、立っている間はここを通さない。それだけを考えていた。
「なんだ、あいつ……。傷だらけのフラフラのくせに、なんで倒れないんだよ……」
白づくめ達の間に恐怖の感情が走る。
俯いて、ふらつきながらなんとか立っているという様子のカナタを化け物を見るような目で見ていた。
「ええい!このままでは救世主様が連れ去られる。俺が止める!」
そう言った一際体格のよい白づくめが両腕を振り上げてカナタに襲いかかった。
朦朧とした意識の中で、カナタはそろそろいいかと思っていた。
カナタの足元には十人近い白づくめが倒れている。
――道連れには十分か。そろそろ限界、だしな。
なんとなく大きな白づくめが近づいているのはわかる。カナタはもういいかと、力を抜いた。
…………体にはなんの衝撃も伝わってこない。
「あ?」
力が抜けそうになる膝に力を入れて、なんとか顔を上げたカナタの頭のすぐ上に刀があった。
その刀はカナタに襲いかかろうとしていた白づくめの喉を貫いている。
「しょうがないわね。付き合ってるあげるからもう少し頑張りなさいカナタ」
すぐ後ろからその声は聞こえた。
「なんで……」
なんとか振り向いたカナタは、そこに信じられない顔を見た。
「戻った……んだよ、ハルカ」
倒れ込みそうになるカナタの肩を支えて、ハルカは足でたった今喉を刺し貫いた白づくめを蹴って刀を抜いた。
ゴポリという音と共に、その白づくめの頭巾が真っ赤に染まっていく。
「何よ……。一人じゃ寂しいだろうって思って戻ってきてあげたんじゃない」
口ではそう言いながらも、ハルカも至る所に傷を負っている。かなり無理をしてここまで来たのがわかった。
「そっか……。じゃあまだ倒れられないな……。惚れた女の前で、少しくらいは……格好、つけないとな」
「言うじゃない、見せてもらうわよ」
そう言いながらハルカは殴りかかってきた白づくめを斬る。
しかし、ここまでハルカと共にかなりの無理をしてここまできた「晴香」もまた切れ味をかなり落としている。
万全な状態なら致命傷を与えた手応えだったが、斬った白づくめは呻き声ながら後退した。
――ごめんね、付き合わせて……。
そっと「晴香」の刃の部分をなぞる。手先に伝わるのは微細な刃こぼれのガタガタした感触。
背後のカナタが白づくめを斬る。こちらは体の半分ほどを切り裂いていた。
すでに限界すら超えているはずのカナタがなぜ?と思ったが、喰代博士が言っていた事を思い出した。
私達を逃す時に、思っていたより動けていた。と言ったスバルにつらそうな顔で「あれは燃え尽きる前のローソクだよ」と。
周りの白づくめ達から怯えの感情が伝わってくる。どう見ても死にかけた人間がいつまでたっても倒れない。近寄ると斬られる。
視界に映る白づくめ達が攻撃に二の足を踏んでいるのがよくわかる。
しかし……
トン……とハルカの背中にもたれかかるような重みがかかった。
ハルカは声をかけようとして飲み込んだ。黙って振り返ると、まだカナタは刀を構えている。が、俯いた表情は前髪で隠れて窺えなかった。
ふっ……とハルカの口元が緩む。
目を閉じるとなぜか学校にいた。休み前のざわついた教室で前の席のカナタはのんきに大きなあくびをしていた。
「……カナタ、あなたそろそろ、進路決めないと……知らない、わよ。……あなたなら、うちの道場……雇っても、いいけど……」
背中合わせに立ったまま、目を閉じたままハルカが言った言葉にカナタの口角がほんの少し上がったように見えた……。




