21-3
「十一」を、そっと自分の元に寄せたカナタは、もう一度ヒナタの頭を撫でて、その手に「桜花」を握らせた。
「お兄ちゃん……」
「こいつを頼む。俺のわがままだけどさ、こいつだけは他の奴に渡したくないんだ」
そこでヒナタは、カナタが十一を返せと言い出したわけを悟った。
何も言わず頷く。しっかりと力強いまなざしで。
カナタはそんなヒナタを見て満足そうに微笑むと、ヒナタの隣でずっと固い表情をしているゆずに視線を向ける。
「ゆず……ちょっと頼みがあるんだが……」
カナタがそう言うか言わないうちに、ゆずは被せるようにして話し出す。
「ん!わかってる。何も言わなくていい。私のする事はもう決まってる」
まなじりに力を込めて早口でそう言うゆずに、カナタはしょうがない奴だと言いたげな顔をする。
「そっか。何も言う必要がないのは助かるよ。松柴さんに報告するのは、一緒に話を聞いたお前しかいないからな。お前と新しい隊長のヒナタとで、報告を頼む」
カナタがそう言うと、ゆずはカナタを睨みつける。
「私は!…………カナタくんはずるい。そうやって、私がついてこないようにして……。私はカナタくんがいない世界なんて興味がない!ちゃんと……約束、守ってよ」
最後の方は、ゆずらしくなく、女の子のような口調になって、ポロポロと涙を流すのを見て、カナタはしばらく何も言えずにゆずを見つめる。
そして黙って、胸の中にゆずを引き寄せた。
「ごめんな、ゆず。約束を守れないのは本当に悪いと思ってる。でもさ、お前しかいないんだよ。十一番隊の、あとを頼めるのは」
カナタはそう言うが、ゆずは顔をうずめたまま首を振る。
そんなゆずの頭を優しく撫でながら、カナタは話を続けた。
「俺はうちの部隊で一番頼りになるのはお前だと思ってる。突っ走りがちなヒナタや、まだ経験の浅いアスカや由良、花音ちゃん……。みんなを支えてくれるって思ってる」
ゆずはまだ首を振る。
「どうせ都市に戻ったらさ、またクソみたいな任務をさせられるんだよ。それがわかってて、お前がいない十一番隊じゃ俺はおちおち成仏もできない。わかるだろ?ヒナタは隊長を務めないといけない。そばに頼れる奴がいるんだよ」
ゆずはもう首を振らなかったが、ガバッと顔を上げると強い口調で言う。
「そんなの!ダイゴさんやハルカさんがいる!スバルさんでもいい!私じゃなくたって……」
強い口調でそう言ったが、自分でも分かっているのか、その言葉は勢いをなくしていく。
カナタは優しく諭すように言った。
「あいつらは、また別の部隊に移動させられるだろ。実際今の任務を受けるまではそうだったろ?松柴さんが力を持つのを嫌がる奴が都市にはまだまだいる……」
「うう……」
カナタの言葉を聞きながら、ゆずは再びカナタの胸に顔をうずめると、声を殺して泣いていたが、急に手を振り上げるとカナタの胸板を叩いた。
「……おい、一応俺は怪我人なんだが?」
カナタはそう言ったが、叩かれたのは怪我も何もしていない所だ。そして、たいして痛くもない。
「うるさい!カナタくんが感染してなかったら百回殴ってた!」
そう言うとゆずは少し離れて、乱暴に顔を拭うとカナタを指差した。
「分かった……。でも条件がある!」
キッとカナタを睨んだゆずは、そう言うとカナタのその襟首を掴み、自分に引き寄せる。
殴られる。そう思ったが、カナタは一切抵抗せず目を閉じた。
――殴られてすむのなら、いくらでも殴られるさ。
カナタの離脱を一番受け入れてくれそうにないのが、ゆずだとカナタは思っていた。
うまく説得しないと、カナタの後を追う可能性もあると……。
もちろんそんな事させるわけにはいかない。だから短い時間で必死に考えて、ゆずが生きてくれるように理由を並べたのだ。
だから……。ゆずが受け入れてくれるなら殴られるくらい……
そう思ったカナタの頬に感じたのは、殴られる衝撃ではなく柔らかい感触と甘い香りだった。
ほんの一瞬の出来事に、カナタは思わずゆずを見た。ゆずは頬を染めてカナタから視線を逸らしている。
「……武士の情けで唇は勘弁してやった」
そう言うと、「周りの状況を見てくる」と言い残し、建物の奥の方に姿を消す。
それを見送りながら、カナタは頬に手を当てて微笑んでいた。
ガシャン!
わずかに場の雰囲気が緩んだのも束の間、激しい音と衝撃がシャッターを揺らした。
スバルが急いで小窓から外の様子を見ると、慌てて戻って来た。
「あいつら電信柱使ってシャッターぶち破るつもりだ!そう長くはもたねぇぞ!」
ガシャァン!
スバルがそう言う間にも、激しい音と衝撃がシャッターに加えられる。
シャッターの降りているこの建物に逃げ込んだと特定したのだろう。強引にシャッターを破るつもりらしい。
すでにシャッターは大きく歪み、隙間からは外の白づくめ達が持っている松明の明かりが中からもチラチラと見えている。
「……もう潮時だ」
カナタが言うと、全員が辛そうな顔を向ける。カナタは全員の顔を見回した後、ふらつきながら立ち上がる。
「……お兄ちゃん」
ヒナタがそれを支えつつ、しがみついた。
ヒナタに支えられながらカナタは喰代博士に相談を持ちかけた。
「だめ、表の入り口は白づくめがいっぱいいる」
様子を見に行ったゆずが戻ってくると険しい表情でそう言った。
「従業員の通用口も固められてたよ。完全にここから逃がさないつもりだね……」
他の出口を探しに行ったスバルとダイゴも暗い顔をしてそう告げる。
ここに逃げ込む時にはカナタの事で頭がいっぱいになっていて、退路の事まで考える余裕がなかったのだ。
「俺が退路は作る。何とか逃げてくれ」
カナタはそう言うと、刀を杖にしてふらつきながらシャッターの方に歩き出す。
「シャッターが破られて……奴らが突入してくる瞬間に……全力で飛燕を放つ。どの程度やれるかはわからんが、……隙間はこじ開ける。ヒナタ、ひとかたまりになって……そこから逃げるんだ」
「お兄ちゃん……」
溢れる涙を拭おうともせずにヒナタはつらそうな顔でそう言うカナタを見上げる。
そんなヒナタにカナタは無理やり笑顔を作ると、優しく言った。
「ヒナタ、ありがと……な。俺は……お前の兄貴で、よかったよ」
愛おしそうに頭を撫でてそう言うと、カナタは表情を引き締めて今にも壊れそうなシャッターを見て、ヒナタから離れるとふらつきながらも何とか自分の足で立った。
そして「十一」を抜こうとするカナタをゆずが止める。
「カナタくん、飛燕……居合は鞘が重要なはず。それは私の役目」
そう言ってゆずがカナタの持つ「十一」の鞘をしっかりと握った。
真っ赤な目をして、カナタと目を合わせようとはせず、頑なな表情で……
「……わかったよ」
カナタは苦笑しながらそう言った。
◆◆ ◆◆
シャッターの外側では白づくめ達が慌ただしく動いていた。カナタ達がこのスーパーの廃墟の裏口から、建物の中に逃げ込んだ事は、すでにわかっていた。
元々の持ち主が防犯意識が強かったのか、頑丈な作りの上にシャッターの内側には鉄製の格子も閉まるようになっていて、こじ開けるのに手間取っていたのだ。
それも近くに倒れていたコンクリート製の電柱を破壊槌として使えば、あっという間にシャッターはその形を変えていった。
「急げよ!正面も固めたな?……ふふふ、今度こそ逃がさん!」
そう言って、シャッターに電柱が叩きつけられるのを見ているのは、榊原によって救出された遠山だ。
遠山にとって、カナタに追い詰められ、大勢の前で醜態を晒した事や、まるでゴミを運ぶように持ち上げられて離れた所に放り出された事は屈辱でしかない。
現場に姿を見せた阿賀部から、後方に下がっているように言われていたのだが、カナタ達を追い詰めたと聞いて、いても立ってもいられずまた前線まで戻ってきていた。
自分に苦渋を飲ませてくれた奴らの苦しむ姿を見たいということと、わかりやすい手柄を立てておきたいと考えていた。
迫ってくるカナタに、必死に命乞いをした時の恐怖など、きれいさっぱり忘れてしまっている。
そんな遠山の見ている前で、一際大きい音が響き、シャッターが二つに千切れて地面に落ちた。
「よおし、行け!行けぇ!絶対に逃すなよ?僕の前に引きずり出して命乞いをさせるんだ!」
もう取り繕う事もやめた遠山は、ぽっかりと空いた空間を見て、髪を振り乱し口からツバを飛ばしながら叫んでいた。




