20-10
「あっ……」
次々と向かってくる白づくめ達。小さくまとまって防御に徹しているカナタ達だったが、あらゆる手を使って抜けていこうとする。今も花音が斬った者に隠れるようにしてその横を潜り抜けた白づくめが美鈴に対して、大きく見開いた目をして手を伸ばした。
「はあっ!」
その花音をカバーするように、滑るように移動したハルカが斬りあげる。
美鈴まであと数歩という所まで近づいていた白づくめは、無念さを滲ませながら、それでも美鈴に向かって手を伸ばしながら倒れた。
「うおっ!あぶね……」
スバルが急所を外し、突破を許しかけたが次の一撃でなんとか沈めた。
一切我が身を顧みない白づくめ達は、一撃で動けないようにするか、息の根を止めるしかない。スバルはたまたまよかったが、倒し損ねると次から次にやってくる白づくめの波に飲まれてしまう。
「ひゅっ」
その横では、三人の白づくめの間を舞うようにすり抜けて斬ったヒナタが、血飛沫の中で次に来ようとしている者達を睨む。
凄絶な光景だというのに白づくめ達は躊躇を見せず前進してくる。
いつからか、白づくめ達も武器を使い出した。美鈴の周りを囲んで接近を邪魔しているカナタ達を排除しようと武器を持ち、手持ちがなければ近場にある物を手当たり次第に振り回してくる。
いつも通りまともに受ける事はしないで、舞うように流していたヒナタの左手で甲高い悲鳴が上がった。短刀の扱いを教えてくれたハクレンから貰って、「梅雪」の相棒として共に戦い続けた短刀の刃がその限界を迎えた。
「あっ……」
キンという音と共に、クルクルと回りながら視界から消えていく刀身を目で追ったヒナタだったが、キュッと口を引き結んで折れた短刀の残り部分を懐に入れ腰の「十一」を抜き放つ。
これまで大事に手入れしながら使ってきた武器の喪失は悲しいが、感傷に浸る余裕もないのも事実なのだ。
今抜いた「十一」がもう一人の白づくめを斬ったほどに……
「……これはまずいな。このままじゃ押し切られる」
カナタは一人呟いた。周りを囲まれて息をつく間もないほど迫ってくる。ジリジリと後退を余儀なくされているのだが、その後退する方向からも敵がくるので、負荷が強くなってくる。
「み、みなさ、ん。私を……置いて逃げて、ください」
円になって迫る敵を斬るカナタ達の耳に、その中心から消え入りそうな声がした。
「バカな事言わないで!そんな事……できないよ」
肩で息をしながら、愛らしい顔に血のりをつけた花音が、泣きそうな声で叫んだ。
「そうよ。諦めちゃダメ!私は一度あなたを守りきる事ができなかった。あの後悔をもう味わいたくないの」
その花音のサポートに重点を置いた動きをしているハルカが悔しそうな表情を見せる。共に行動しながら力及ばす、美鈴と絢香、花音まで敵に連れ去られた事をハルカは今でも悔やんでいる。
花音とハルカにそう言われて、美鈴の目から涙がこぼれ落ちる。しかし美鈴は激しく首を振った。
「で、でも!このままじゃ、皆さんが……私は一度絢香と一緒に、宿儺になった、です。普通の子じゃない……」
「だからって見捨てて置いていけって言うのかい?ダメだよ。この人達はそういった事ができない人達なんだ。僭越ながら私も君を普通の女の子の暮らしをしてもらう計画を立てている。諦めちゃだめだよ」
悲しげに自分はまともな人間ではないのだからと言う美鈴の肩を喰代博士が優しく抱いて言った。その手にはナイフが握られている。
もう、黙って守られているだけでは済まない状況なのだ。いくら惟信が守ってくれているといっても、喰代博士、美鈴、夏芽、リョータの四人を一人で守るのは厳しい。
大人である喰代博士と夏芽は、馴れない武器を手にしてせめて時間を稼ぐようにしていた。
「ハハハハハ!さぁ、さぁ!行きなさい信徒達よ、白い戦士達よ!これは聖戦です。救世主様を取り戻すための聖戦なのです!ハハハハハ!」
狂ったように笑いながら、阿賀部の声だけが聞こえる。何度か隙を見てゆずが狙撃を試みたが、銃器を向けると白づくめ達が身を挺して阿賀部との間に立ち塞がるし、四体の筋肉男達も阿賀部の周りから動かなかった。
今では白づくめ達に押されて後退させられて、阿賀部の声しか聞こえない。
そのゆずも銃器類は全てリョータに預けて、刀を振るっている。こうも接近されては銃は使えないし、急所以外に当たっても向かってくる。
弾がいくつあっても足りない。
スバルとダイゴは、普段からのコンビネーションを活かして立ち回っている。攻撃を捨てたダイゴが鉄壁の守りで白づくめを止めて、足を止められた白づくめをスバルが確実に仕留めている。
アスカと由良も似たような感じでお互いを庇うようにしてなんとか抵抗している。
今の所は破綻した部分もなく、なんとか防いでいる。しかしカナタの表情には焦りがあった。
――このままじゃ、いつか崩れる。特にちゃんとした訓練を経ないでこの場にいる花音とアスカ、由良は完全に息が上がっているし、精神的にも押されている。
結果的に色々と戦いを潜り抜けてきたカナタ達は自然と理解している。
こういう極限での戦闘では、技量や武装ではなく心がさゆうする。心が負けたら……押され始めたら簡単に崩れるものだ。
さらに……
「グァアアア!」
「まただ、ハルカ!」
「もう!」
カナタが叫び、ハルカが目の前の白づくめを蹴って押し戻した。その隙にカナタが指した白づくめの延髄を叩き斬る。
いつからか、白づくめ達の中に感染者が混じり始めた。白い貫頭衣に白い頭巾で人相も分からない白づくめ達では、見た目で見分けがつかない。
生きている人間とは動き方がちがうのだが、こうも殺到されてはそれを見る余裕などない。
ただ、感染者が混じってくる事によって、こちらはかすり傷一つが致命的になる。
みるみるうちに仲間達の動きから精彩さが失われてゆく。
――まずい。
先ほどから起死回生の一撃を狙っているが、遠山の時のようにはいかない。阿賀部は声が聞こえるが姿が見えない絶妙な位置を動かない。
焦りだけが増えていく。そんな時だった。カナタの目の端に信じられないものが見えた。
隣にいるヒナタが、石が何かにつまずき姿勢を崩したのだ。
「あ……」
ヒナタ本人も信じられない顔をして、迫る白づくめを見上げる。疲労が極限にきたのだろうが、タイミングが悪すぎる。ヒナタに襲いかかろうとしている白づくめは、手に何も持っていない。
ただ、頭巾の下で大きく口を開けたのがわかった……。
それからは無意識だった。自分の目の前に迫る白づくめを無視して、ヒナタを噛もうとしている感染者の顔を抱いて、力一杯捻った。
カナタの前にいた白づくめからナイフで背中を斬られ、ヒナタを噛もうとしていた感染者の首を抱いた事で……
カナタの腕に傷があった。それほど大きくはないが表面を噛みちぎられたような……そんな傷が……
「お兄ちゃん!」
蒼白になったヒナタが叫ぶ。すがりつこうとするヒナタをカナタは優しく押し留めた。
「落ち着けヒナタ。俺はもう感染してるだろ?多分大丈夫だ。お前が噛まれなくてよかった。ほら!気を抜くな」
そう言うとカナタは向かってくる白づくめに対して「桜花」
を振るった。
そんなヒナタとカナタの様子を、見る視線があった。一つは険しい顔でカナタとカナタの傷を見る喰代博士。
……一つは、感情の読めない目でカナタを見る夏芽だった。




