20-9
「なるほどなるほど、思い出した。そうそう」
「おい、ゆず?」
ゆずは以前阿賀部と会った時の事やその名前を思い出して、スッキリしたのか何度も頷きながら、なぜか火器類を取り出している。
支給のM4とMP5を取り出して、マガジンを差し込んだゆずが顔をあげる。
「ん、しっかり思い出した。あいつが私にムチだのモウマンタイだのよくわからない暴言を吐いた事もしっかりと!」
そう言うが早いか、器用に両手でライフルとサブマシンガンを構えたゆずは、一切躊躇しないで撃った。
薄暗い路地をマズルフラッシュが断続的に照らし、激しい銃声が連続して響いた。
M4とMP5を交互に1マガジン分撃ちきって、M4は足元に落としてMP5だけマガジンを交換して、阿賀部の方に向けて構えた。
火薬の煙が充満して、松明の灯りを反射している。そして、それがゆっくりと晴れてきた時、最初に見えたのは変わらず薄く微笑む阿賀部の顔だった。
そして煙が完全に流れてしまうと、阿賀部が無事な理由が姿を現した。
両腕の筋肉のみが異常に発達した二人の禿頭の男が阿賀部の両脇に立っている。
公民館の玄関が開いているのと、筋肉男の発達した両腕にはたくさんの銃槍がある所を見ると、ゆずが射撃する瞬間に公民館から飛び出してきて、阿賀部をかばったのだろう。
「これはこれは、元気なお嬢さんだ。しかし無知で蒙昧な所は変わっていないようですね」
やれやれと言いたげに首を振りながら、阿賀部がそう言うと、ゆずが更に撃とうとする様子を見せたのでカナタは慌てて止めた。
「落ち着けゆず。周りの変異した感染者を片付けない限り弾の無駄だ。頭に来たのかもしれないが、お前らしくないぞ?」
ゆずは突飛な行動はとるが、基本的に冷静である。十一番隊で一番冷静に動けると言ってもいい。
少し前から接近戦禁止は解除しているが、ゆずの本領は狙撃手の位置で発揮される。本人もそれはよく理解しているのか、普通であれば接敵した瞬間後方に下がるはず。
らしくないと言われ、ゆずは唇を噛んだ。
「アイツは……ダメ。見てると背筋が気持ち悪くなる」
どうやらゆずもカナタと同じような悪寒を感じているらしい。
そうしているうちにも、公民館から更に二人の筋肉男が出てきて、阿賀部を囲んだ。
「あれ、護衛ってわけか……。そういや以前会った時も連れてたな。……んで、一体何の用だ?俺たちはもう帰りたいんだ、引き止めないでくれるか?」
慎重に間合いを測りながらカナタが言うと、阿賀部の笑みが深くなる。
「おや、もうお帰りに?そうですか、残念ですが引き止めはしません、どうぞお帰りください」
そう言ったばかりか、阿賀部は路地の端の方に移動した。勝手に通れと言わんばかりの返事にカナタは困惑する。
阿賀部に合わせて、橋に寄る筋肉男達を警戒しながら、その真意を探ろうと阿賀部を見ていると、阿賀部は愉快そうに笑いながら言った。
「ふふ……そう警戒しなくても結構ですよ?あなた方には興味はありますが、無理に引き留めるほどではありません。ただ……言わなくてもわかるでしょうが、救世主様はこちらに渡して頂きましょうか。あなた方に余計な手出しをされて、両面宿儺としてと力を失ったばかりか、俗念まで戻っているようで……」
そう言って阿賀部が見た先には……。怯える美鈴の姿があった。
「ひっ……い、いや」
小刻みに首を振りながら後退りする美鈴の肩を、花音が抱きしめる。
怯えた目で阿賀部に固定されていた美鈴の目が花音を見ると、瞳を潤ませながら縋りついた。
「美鈴ちゃんは絶対にあなた達の元には戻りません!そんな事私が、今度こそ絶対に!」
美鈴達姉妹を不幸に陥れた元凶とも言える阿賀部に対して、花音は険しい顔をして、博物館で譲り受けた無銘の刀を抜いて構えた。
しかし、そんな花音の視線を浴びても、阿賀部は何の痛痒も感じていない。それどころか高々と両腕を上げると、よう通る声で朗々と語り出す。
「おお、皆さん見て下さい。お目覚めになった我らが救世主様は、俗物達に感化されてあのような姿に成り果ててしまっています。しかし!私は約束しましょう。必ずや救世主様をお救いし、再びあの神々しい姿に戻っていただくと!」
まるで劇のセリフのような事を言う阿賀部をカナタ達は胡乱な目で見ているが、白づくめ達は違った。
全身で喜びを表現し、その場で跪いて祈りを捧げ出す者もいる。
口々に救世主様と繰り返し、覆面から唯一見える目から、熱っぽい視線を美鈴に向けている。
その様は、紛れもなく狂信者というに相応しかった。
「い、いやで……す!わ、私はあなた達を救う事なんかできません!私を……放っといて!」
粘りつくような視線に耐えかねて、顔を覆ってうずくまり、懇願する美鈴を、花音が視線から遮るように背中にかばった。
そして、共に行動していた事もあるアスカと由良も、美鈴の両脇に立って少しでも隠そうとする。
だが、そんな彼女らを嘲笑うかのように阿賀部の声は白づくめ達の狂った信仰心を刺激する。
「皆さん見ましたか?気高く誰よりも強かった救世主様も、俗物に触れるとああなってしまう。やはり、この世は一度終わるべきなのです。救世主様の手によって!さぁ、救世主様と共にこの世を救うために……行きなさい、白の戦士達よ!あなた方の信仰を見せる時です!」
教義の一節らしき言葉を交えて、説法をするような口調でそう言うと、白づくめ達の士気が跳ね上がったのが見ただけでわかった。
「まずいな……」
カナタには、周りを取り囲む白づくめ達がここ数日剣を交えてきた奴らとは全く別の物になっていくのがわかった。
そして……阿賀部は、今も射殺さんばかりの視線で睨むゆずに、初めて勝ち誇ったような表情をみせた。
ゆずがカッとなる。しかし、その時には阿賀部の演説はピークを迎えた。そして、高々と挙げていた手を……振り下ろした。
「さぁ、取り戻せ!救世主をぉ!」
言葉通りに目の色を変えて動き出す白づくめ達。これまでとは全く違う動きで、美鈴めがけて走ってくる。
その様子を見て満足そうにケタケタと笑う阿賀部もやはり狂っていた。
冷静で敬虔な指導者の皮をかぶるコトができるだけに、ずっと厄介な狂人。
まさしく、自分の命を顧みない動きで美鈴に殺到する白づくめ達を見て、阿賀部は壊れたように笑っていた……。
「うぉっ!何だこの勢い!みんな気をつけて!これまでの奴らとは違うよ」
真っ先に飛び込んできた白づくめは、捨て身としか思えない勢いで美鈴に向かってまっすぐに向かってくる。
その白づくめの進路上に割り込んだダイゴが盾で受け止めようとしたが、盾に邪魔をされた白づくめは、なんとその盾に足をかけて登って行こうとする。
「嘘でしょ!」
たまらず持っていたナタを振り上げると、白づくめの無防備な足を深く斬りつけた。
「ぐああ……」
足の、おそらく太い血管を傷つけたのか、大量の血液がその場に流れだす。
しかし、その白づくめは斬ったダイゴも、放っておいたら確実に出血で命に関わるような傷も顧みることはない。
ただ、彼らが救世主と呼ぶ美鈴目掛けて進む。それも向かってくる全ての白づくめがその調子で。
「ひっ……」
その様子を見た美鈴は、顔を真っ青にして今にも倒れそうにふらつく。
ここに来て、数が質を超えた。仮に一人で三人の白づくめを止めても、それを上回る数で向かってこられれば防ぎきることはできなくなる。
周りの家に潜んでいたのか、どこからでも白づくめが姿を現す。そして、皆一様に口々に呟きながら向かってくる。
――救世主様のもとに……
と。




