ごじゅうよん
第三章はこれで終わりです。
しばらくお休みをいただき、第四章に参ります。
暑い日が続いているので……どうか体調に気をつけてお過ごしください!
では、最後のご挨拶。
今後とも島田作品をよろしくお願いしまーす!(・∀・)ノ
「……ディー。貴方、やっちゃったわね?」
ベッドに横たわったまま。ミランダはベッドサイドに置かれた椅子に座る困り顔の夫に、怒ったような顔を向けていた。
「もう……貴方がマリアちゃんを表舞台に引きずり出しちゃった所為で。またマリアちゃんが苦労することになっちゃうじゃない」
「……分かってる」
聖女マリアはエキセア王国で酷使されてきた。だから、この国では聖女マリアではなくただのマリアとして暮らして欲しいと願っていたのに。
なのに、王太子妃が倒れてしまった所為で再び、聖女として表舞台に立つことになってしまった。
「きっと、エキセア王国はマリアちゃんを取り戻そうとしてくるでしょうし。ウチの国の貴族達も聖女の恩恵を受けようとして、色々画策するでしょうね」
聖女の力は、偉大だ。それを証明するのがエキセア王国に展開されていた大結界である。
しかし……今ではその結界はかなりの縮小を見せ。今ではエキセアの王都を囲う規模しか維持されていない。となれば嫌でも察する。エキセアの結界を維持していたのは、他ならぬ聖女であるのだろうと。
となれば、結界の要である聖女を取り戻さんと、エキセアがどんな理由をつけてくることだろうか?
それに……この国の貴族達だって、聖女の力を欲するだろう。この世に無欲な人間なんて存在しないのだから。彼らも聖女を手に入れるため、様々な手を使って接触を図ろうとしてくるはずだ。
「ディー」
「うん」
「守ってあげなさいね。マリアちゃんも。ホープ君も、ね」
「……うん。勿論だよ」
今回の件では、ホープもまた活躍してくれたと聞いた。自身を襲ったのは、一部の魔物が使う呪いの一種に似ていた、という話も。
《魔王の卵》──人が魔物になった《魔王》になり得る存在であるホープは、此度の事件の犯人として疑われる可能性が高かった。しかし、彼は幼い身体を限界まで酷使して……聖女マリアの解呪の手助けをしてくれたのだという。
呪いをかけた犯人が呪いを解こうとするはずがない──……そう判断されたため、ホープは犯人候補から外された。それどころか、彼は王太子妃を救った一人として、敬意を払われるようになってきているという。
このおかげで、《魔王》と同じ色合いを持って生まれてしまったから危険だという認識は、より緩和していくことだろう。
しかし、それでも根強い悪習は消えやしない。自作自演を疑う者だって、まだ残っている。
「…………とにかく。マリアちゃん達には感謝しないと。わたくしが生き残れたのは、あの子達のおかげなのですから」
「うん……」
愛しい妻が死なずに済んだ安堵からか……ディナントは半泣きのような声で返事をしながら、ミランダの手を握り締める。
でも、本当はミランダだって同じ。死なずに済んで良かったと、安堵せずにはいられなかった。
(だって……愛しい夫と、これからも共にいれるんですもの……)
ミランダは握られた手を、強く握り返す。
……しかし、その顔はどことなく浮かない。…………それも、仕方のないことだった。
今抱いている気持ちには、嘘はないけれど。生き残れたことへの喜びも、これからも愛しい人の隣で生きていけることへの喜びも、確かだけれど。
けれど……けれど。ミランダの心には、気掛かりがあったのだ。
それは……この一件の犯人として処罰された女性──ジェンナのことだった。
(…………彼女が犯人ということで、国外追放の処分となったと聞いたけれど。でも、多分……犯人はジェンナじゃないと思うのよね……)
お互い、気に食わなくて。ソリが合わないと、嫌い合っていた関係だったけれど。それでも、お互いに相手を殺したいと思うほど憎んでいた訳ではないと……そうミランダは確信していた。
しかし、長年に渡って敵対してきたのも間違いではないから。彼女は冤罪だと証明することもできない。
(…………本当、ロッシェータ公爵に申し訳がないわ……)
ジェンナ……だけではなく。妻のオデットのことも含めて、シャーワット王国の件で一番苦労していたのは、ロッシェータ公爵だ。
当時、既に婚姻を結んでいたディバルト現国王の代わりに、シャーワット王国の姫君を娶ることになったロッシェータ公爵。しかし、王女オデットは嫁いできた時には既に妊娠していた。
少なくともこの国では、妊娠している女性が高位貴族に嫁ぐなんて論外である。けれど、生まれてくる子に罪はないし。これはシャーワット王国の民達を救うための政略結婚だからと。当時の国王──ディバルト国王の父親──の命令に従い、オデット王女と腹の子を受け入れた。
だが……公爵にとっても、周りにとっても、想定外だったのは。その子が《天神の瞳》を待って。シャーワット王国の民達が信仰する《天神》の神子として、生まれてしまったこと。そして、妊婦特有の情緒不安定が酷かったため、オデットの歪んだ知識を正さないままでいたら。その歪んだ知識をそのまま娘に教え込んでしまったこと。
ロッシェータ公爵がなんとか正そうとしてもその度に公爵夫人が自身の命を盾に、神子の行動を妨げさせまいとするから。嫁いだとはいえ他国の王族を自死させるなんて醜聞を起こす訳にはいかず、そのままズルズルとここまできてしまった結果が──これだ。
この真実を知っている身としては──ちなみに……マリアにジェンナのことを話した時に、この裏事情はワザと話さなかった。というか、話せるはずがなかった。一応、王侯貴族のイザコザであるので……──、本当に、ロッシェータ公爵に同情をせずにはいられない。
(はぁ……。本当、色々と問題がいっぱいだわぁ〜……)
聖女マリアのこと。周辺諸国及び国内の動き。真犯人やらロッシェータ公爵家の今後やら。色々と考えなくてはならないことが多すぎる。
ミランダは目覚めて早々に頭が痛いと、小さく溜息を溢すのだった……。
◇◇◇◇
「ホープ。具合は大丈夫ですか? 気持ち悪いとかありません?」
王宮の一室。
長ソファに二人で座り、ホープの今日の診察をしていたマリアは……見た目は幼いままであるのに、大人のような雰囲気を醸し出すようになった幼子に問いかける。
ホープはにっこりと笑って、それに答えた。
「平気だよ」
「本当に?」
「うん」
ジッと、真紅の瞳を見つめる。そこに嘘はない。
マリアは「ふぅ……」と息を零して、診察するために目に集めていた魔力を霧散させた。
「マリィ。どうだった?」
それを壁際に控えて見つめていたロキが、問いかけてくる。
やはり、大切な甥っ子のことだから心配せずにはいられなかったのだろう。
マリアは「大丈夫ですよ」と言ってから、詳細を話し始めた。
「熱とか具合が悪いのはないみたいですが……暫くは魔力制御の魔道具をつけっぱなしにしないと駄目ですね。回路が未熟なのに、魔力生成量が多すぎるので」
「そうか。ホープ、腕の魔道具、外さないようにな」
「はーい」
ロキはソファの背凭れ越しにホープの手元を覗き込む。
細くて白い腕に嵌っているのは、シンプルな白い石が嵌め込まれた腕輪。それは魔力制御を苦手とする者や、幼い内から過剰に魔力を作り過ぎてしまう子供などの魔力を制御してくれる魔道具であった。
あの一件があってから、ホープの魔力生成量は目に見えて増加した。身の丈に合わない魔法を行使した、後遺症だ。
普通であれば多すぎる魔力生成量に苦しむことになっただろうが……。この魔道具がセヴェール王家から貸し出されたことで──魔道具は高級品であるため、一般人は普通使えない──、ホープは苦しむことなく日常生活を送れている。
とはいえ、完全に元の生活かと言われれば……そうではないのだが。
「…………にしても、落ち着きませんね。王宮での暮らしは」
「仕方ない。誰もが匙を投げた王太子妃を、マリィとホープが救っちまったんだから……別邸じゃ警備が不十分だ」
「……ロキも、でしょう?」
「俺は手伝い程度だよ」
「……もう」
マリアはそう主張するロキに若干の呆れ顔を向ける。だが、三人で王太子妃を救ったのは間違いないのだから……一人だけ王宮で暮らすようなことにならなかったことに、マリアは安堵せずにはいられない。
王太子妃ミランダを救った日から、マリア達は王宮敷地内の別邸ではなく。ここ、王宮での暮らしを余儀なくされていた。
その理由は簡単。マリア達の保護である。
王宮敷地内、国王の膝下とはいえ……王宮内よりも別邸の方が、王族の目が届きにくい。つまり、上手く忍び込めばマリアとの接触が叶ってしまう可能性がある。
となれば必然的に、マリアを拉致することもできてしまうという訳で。ホープを狙う奴らも、増える可能性があるという訳で。
彼女達の身の安全を確保するために、三人はより警備の厳しい王宮内で保護されたのであった。
……という感じで。マリアは王宮暮らしに気後れしまくっているのだが。どうやらロキとホープはそうでもないらしい。
「……なんで、ロキ達はそんなに緊張せずに王宮で暮らせるのですか?」
「ん? あぁ……俺の元々の職場が、王宮だからだな」
「…………はい??」
──きょとり。
マリアは目を丸くして、首を傾げる。
そんな彼女に、ロキはニヤリと笑いかけてから……騎士らしい一礼を披露する。
「改めまして、ご挨拶を。王族直属騎士──通称・黒騎士が一人、ロキ・セルリーツです。今後、聖女マリアと《魔王の卵》ホープの護衛として付き従います」
「…………黒、騎士?」
「……まぁ、秘密裏に活動してる諜報員な騎士みたいなモンだ。一応、普通の騎士とは比べモンになんないぐらいに強いぜ。まぁ、単独行動で危険に飛び込む訳だから、強くて当たり前なんだが。今回の一件でマリィの身分やら力やらが明らかになったからなぁ〜。今後は通常の騎士じゃ荷が重いだろってことで、黒騎士が護衛としてつくことになったんだ。とはいえ、黒騎士の存在は超重要機密だから、今までのように俺の表向きの身分はは一騎士のまんまだけど。……何はともあれ、今後ともどーぞよろしく〜」
「…………」
……ロキが強いのは知っていたけれど。〝実は普通の騎士じゃなくて。本当は諜報とかもできちゃうような騎士でした〜〟というのは、流石に驚かずにはいられない。
「ははっ、驚いてら。本当は黒騎士でしたって言っても、俺が二人の護衛をやってるってとこだけは変わらないんだから、そんな深く考えなくていいんだぜ?」
「…………」
それでハイ、分かりましたと答えられると思っているのだろうか? ……そう思わないで欲しい。
というか。
「……えっと。その、ロキ達黒騎士さんが護衛につく……ということは。タニア様達、は」
「解任、だな」
「えっ」
「マリィ。言ったろ? 普通の騎士じゃ聖女と《魔王の卵》の護衛は荷が重いんだって。俺が訓練した甲斐があって、アイツらは訓練観覧の時の模擬戦では相手の騎士に勝ったりしたけど……。でもあの程度の実力じゃ黒騎士の足元にも及ばない。黒騎士は一人一人が騎士団長レベルの強さを待ってて。そんな黒騎士が護衛につくほど、二人の護衛任務は危険だと判断されたんだ。……つまり、だ。タニア達ではマリィ達を守れないし。マリィ達を守るタニア達もスッゲェ危険に晒されるってこと。……理解したか?」
「…………」
そこまで言われれば、嫌でも理解する。
タニア達が護衛を外されたのは、マリア達を守る実力がないためでもあるが……タニア達も守るためであるのだと。
「……私には、そこまでして守ってもらう価値などないのに…………」
「いや、何言ってんだ」
思わず溢れた言葉に、ロキからすかさずツッコミが入った。
しかし、これはマリアの本心だ。
「だって、私はいつも役立たずの聖女だと──……」
「んな訳あるか。誰もがお手上げだった王太子妃の呪い、解いてるだろ。救ったの、マリィ達だぞ??」
「でも──……!」
「…………卑屈もここまでくると病気だな。(まぁ……エキセアでの扱いを思えば、仕方ねぇのかもしれないけど)」
マリア本人が語らないからロキも触れてはいないが。
エキセアでの暮らしが、マリアから聖女としての自信を奪い去っているのは確実だ。
どうすればマリアは自分が凄い聖女であると、分かってくれるのだろうか?
そんな風に考えていたら……ホープがムギュッと、マリアの手をいきなり握り締めた。
「…………ホープ?」
「ママ、ママは凄いよ。だって、死にかけていたみーちゃんママを、助けたんだから。誰かの命を助けられる人が、守る価値がないなんて、絶対ないよ」
「…………ホープ……」
「僕は、ママが大切だから、ママのこと守りたいよ? パパも、そーでしょ?」
「……おぅ。マリィは大切な家族だからな。守る価値があるよ、少なくとも俺にとっては」
「だから、ママ。守る価値が自分にはないとか、言わないで? それは、ママを守りたいって思う僕らを貶める言葉になっちゃうよ」
「…………!!」
マリアは息を飲む。というか、ロキも若干狼狽していた。
だってそれぐらい、ホープの成長っぷりが凄いのだ。まだ幼い子供だというのに、大人顔負けのことを言うのだから。大人組が驚くのも仕方ない。
そんな二人の動揺を置き去りに……ホープはまだまだ、大人顔負けの言葉を続けた。
「ママ。ママのこと、大切だから。だから、僕らに守らせてね」
「ホープッ……!」
「パパのことも大切だから、僕、パパも守るよ。でも、パパにもママを守るの、手伝って欲しいな。……いい?」
「……っ! 当然っ! 本当、ホープはいい子だな!?」
いきなり、こんな大人顔負けの台詞を言えるようになったホープを怪訝に思ったり、疑ったりとかした方がいいのかもしれないけれど。
しかし、親馬鹿な二人は、ホープの言葉に完全に堕ちていた。もうホープがこんな大人びたことを考えて言えるなんて凄くて、可愛くて、偉くて、オールオッケーになってしまっている。
「じゃあ、約束。僕らは互いに守り合いましょー。家族、だからね!」
「はい!」
「おう!」
…………こうして、可愛い息子の言葉にメロメロになった親二人組は……地味に家族としての絆を強めたのであった。
まぁ……。
これが。この家族としての絆が後に、マリアを魔の手から救う一助となるのだから。
本当、世の中は何が縁となるのか分からないモノである。
とはいえ……今の彼女達は当然、そんなことは知る由もないので。
マリアとロキはニッコニコ笑うホープを見て、デレデレッとした親馬鹿全開の笑みを溢すのであった。




