よんじゅーはち
※サブキャラの同性愛があります。苦手な人は注意するか、読まないように!
なお、物語の都合上、同性愛を否定する描写がありますが、作者自体は同性愛を否定するつもりはありません。
あくまでも物語の中、セヴェール王国貴族間での古き風習ですので、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
「ブレイク」
夜遅く──ラスラク伯爵家の屋敷玄関にて。
ミチュカの酒場から帰ってきたブレイクは、かけられて声にゆっくりと顔を上げた。
正面階段の踊り場。そこに立っていたのは、険しい顔……見下すような顔をした、長兄の姿。彼はゆっくりと階段を降りながら、三男と少し距離を置いたところで立ち止まり。心底呆れたような様子でブレイクを睨みつけるのだった。
「こんな時間まで何をしていたんだ」
「…………えー? 恋人の所で、お酒を飲んでただけだよ?」
「…………女の、だろうな」
「…………当然、だろ」
長兄の顔が、汚いモノを見るような顔に変わった。
……この秘密を。ブレイクが本当は、同性しか愛せないことを知っているのは、父とこの長兄のみ。
他国では徐々に同性愛が認められているようだが。この国では同性愛は、認められていない。それどころか忌避、嫌悪される対象である。
そう……子が成せない同性同士で愛することは、おかしいこと。変なこと、異常なことなのだ。
だから……父と長兄は、幼い頃から本当は同性しか愛せないブレイクを気持ち悪いモノとして見てきたし。
そんなブレイクを矯正しようと、二人は〝お前はおかしいのだと。お前は普通じゃない〟と、そう叱責され。罵倒されながら、生きてきた。
「…………騎士団でも、ユルド様より目立たぬように振る舞っているんだろうな」
「……ちゃらんぽらん騎士のブレイクって、有名だと思うんだけど」
そして……弱い騎士として振る舞っていたのも。本当は本家のユルド・ラスレットよりも実力があるためであった。
けれど、分家の人間が本家の人間、況してや騎士として代々名を馳せてきたラスレット侯爵家出身の騎士よりも強いだなんて……家同士の間で軋轢を生んでしまう。何より、分家であるラスラク伯爵家の当主と次期が、本家の怒りを買うことをよしとしていなかった。ある意味、事勿れ主義であったのだ。
だから、ブレイクは父と長兄の命令通りに。同性愛者であることを沢山の女性の恋人を作ることで隠して。テキトーでヘラヘラ、ちゃらんぽらんな騎士として、本当の実力を出さないようにしながら、暮らしている。生きているのだ。
「…………今後も気をつけろ。ラスラク伯爵家の名に泥を塗るなよ」
「…………はい」
ブレイクは二階へと去って行く長兄の後ろ姿を見送りながら、呆れたような溜息を溢す。
複数の女性と浮名を流すことも。騎士として相応しくない振る舞いをすることも。どちらも、家の名に泥を塗るのと変わらないというのに。どちらかというと、弱い騎士である方が不名誉ではあるはずなのに。
なのに……父達は。ブレイクが同性愛であり、本家出身の騎士よりも強いことが明らかになる方が悪いことだと思っているらしい。
まぁ、ワザと弱いフリをしろというのは。文官畑で騎士というものをよく分かっていないからこそ、これが角が立たない方法、得策だと思っているのかもしれないが。
何はともあれ……本当の自分を隠しながら生きるのは、大変だ。本当に、息が詰まる。
けれど、貴族として生まれた以上、一家の最高権力者である父と。その次の地位にいる兄の命には、絶対服従でなければならない。
(…………本当に……辛いな……。自分を偽るのも……好きな人にも、好きだなんて言えないのも……本当に……)
ブレイクは儘ならぬ現実に……脳裏に浮かんだ〝彼〟の顔を思い出しながら、苦しそうな吐息を漏らすのだった。
◇◇◇◇
訓練観覧の日から、タニアとブレイクは酷くギクシャクしている──……そんな風にマリアは感じられていた。
(……ロキの話では、ワザと負けたブレイク様を、真面目なタニア様は許せなかった──ということですが)
今日は室内で遊ぶ気分だったらしいホープに付き合って、積み木遊びを一緒にしていたマリアは、「次はママのばんっ!」と言われて、長方形の積み木を積み上げながら考える。
(……ブレイク様にも事情がある気がするのですよね……)
やっぱり相変わらず、マリアは素人ではあるが。なんとなくの勘で、ブレイクはロキの次に強い気がしていた。
そう……タニアやグラディスよりも、強い気がしているのだ。
なのに、弱いフリをしている。ちゃらんぽらんのフリをしている。
となれば……そんな風に振る舞う必要がある、と。考えるのが普通だろう。
(…………そういえば……ブレイク様のご実家の本家は、代々優秀な騎士を輩出する名家だとか。……もしかして、本家の方よりも〝騎士としての強さ〟で目立たないために、ちゃらんぽらんなフリをしている?)
……何故だろうか。急に〝何か〟に導かれたかのように、点と点が繋がってしまった……ような。
思わずソワソワとしてしまったマリアは、なんとなく視線を彷徨わせた。
そして、今日の護衛役を務めるタニアの視線が窓の外を向いていることに気づいた。
それも、とても熱い視線で……見つめている。
(……あちらは…………中庭、ですね)
今日の訓練はロキとブレイクだ。
先も言ったように、最近のタニアはブレイクとギクシャクしているから……その視線が向かっている相手として考えられるのは、ロキしかいない。
(……え? 何故、ロキにそんな熱い視線を??)
マリアは困惑した。
なんでか分からないが胸にモヤッとしたものが湧き上がって、キュウッと心臓が掴まれるような感覚を覚えたのだ。
(…………病気?)
マリアは自身に治癒の魔法をかける。しかし、胸のモヤモヤは消える様子がない。
「ママ? だいじょーぶ?」
「え?」
「むずかしーお顔だよ?」
「…………」
ホープに指摘されるぐらいなのだから、相当顔に出てしまっていたのだろう。穏やかな暮らしで死んでいた表情筋が戻り始めたことで、マリアの表情の変化はだいぶ分かりやすくなってきた。
何はともあれ……余計な心配はさせられまいと、マリアは慌てて「大丈夫ですよ」と答える。
「本当に大丈夫でございますか、マリア様。お休みになられますか?」
しかし、家事妖精の瞬間移動で現れたデイジーがダメ押しとばかりに、心配そうな顔で問いかけてくる。
流石にここまで騒げばタニアとグラディスも心配そうな顔を向けていて。
マリアは彼女達にも慌てて返事を返した。
「いえ、本当に大丈夫ですので。ご心配なさらずに」
デイジーは最後まで心配そうだったが、「無理はしないように」と言い残して屋敷の掃除に戻っていく。
タニア達もキチンと正面を向いて護衛役に徹し、マリアはホープとの積み木を再開する。
けれど、頭の中ではどうしてだが……壁際に控えている女性騎士の先ほどの視線のことばかり、考えてしまっていた。
(…………何故、こんなにもタニア様の熱い視線が気になってしまうんでしょう……? 印象的だったから? 確かに、まるで恋い慕うかのようで目に焼き付きましたけど──…………え??)
マリアは木を積む手は止めずに、チラリとタニアの方を見る。
きょとんとするタニア。先ほどの彼女の視線は……どこか。大好きな婚約者のことを語るミラベルの視線と、似ているところがなかっただろうか??
(…………あのような視線を向けていたのは……彼女が、ロキに好意を向けて、いるから……??)
そう思った瞬間──ぶわりっと、マリアの胸に嫌な感覚が湧き上がった。
それがなんなのかは分からない。けれど、よくない感覚なのは間違いない。
(…………この気持ち、は……? 一体……?)
初めて覚えた感覚に、マリアは思いっきり動揺するのであった……。




