よんじゅーご
お待たせしました。更新再開です。
話が繋がらなくなっちゃったので、前話の最後を少し書き換えました。よろしくお願いします!
(彼も人が悪いなぁ……)
王太子ディナントは苦笑を溢しながら、模擬戦に勝ったロキを見つめていた。
最後に見せたあの、一撃。濃密な殺意によって幻視の攻撃。
ただでさえモドキとして警戒される立場でありながらこのような場で、あんな危険視を強めるようなことになりそうなことをしたのは……見せたかったからだろう。
騎士というのが、本当はどういうものなのかを。
(この子に、ね)
ディナントはチラリと、隣に座る末息子の方を見る。
愛しい妃との間に生まれた第五子。第二王子であるディルムント。自分によく似た息子。
報告で、この子がロキに剣を習いたいと言ったことは聞き及んでいる。
まぁ、彼に剣を習おうと思うのも分かる部分がある。ディルムントが大好きな姉と共に王宮敷地内にある別邸によく顔を出しているから。他の騎士達に指導をしているロキをよく見ていたからこそ、同じように彼に習おうとしたのだろう。
個人的には、彼から剣を習うのは賛成だ。なんせロキの教えは〝生き残ること〟に特化している。今は平和なこの国ではあるが、いつ、何が起こるかは分からない。万が一の時に生き残るには力が必要だ。ロキの教えはその生き残るための力となるだろう。
だが……王族としての意見とすれば、ロキから戦い方を教わるのは反対であった。
生き残るための剣は、悪く言えばなりふり構わない剣ということにもなる。王族は高貴な身分だ。ゆえに、立ち振る舞いや教養にも優美さや高貴さ、高度な技術が求められる。簡単に言えば、手段を選ばぬ戦い方は王族らしくないと、周りから眉を顰められることになるという訳だ。
それに、代々王家に剣術を教えてきたのは、これまた代々騎士団長を務めてきたスワロウ家の者と決まっている。今までの通例を考えずにロキに、新人騎士に王子が剣を習うというのは……間違いなく、周りの目が厳しくなるだろう。
(だから、最後の幻を見せたのだろうね)
〝自分に教わるということは、他人を殺す術を教わることだ〟──。
そう、ロキ自身が末息子に告げていたことも、ディナントは聞いていた。
だから、実際に見せてやったのだろう。人を殺すとは、こういうことだと。
(ワザと、あれを見せたんだろうね)
実のところ、ロキはベテランの騎士──黒騎士だけれど。今の表向きの立場は新人騎士だ。
ゆえに、王子が剣を教わる相手として不足であり。それでも強行しようとすれば、周りから反感を買うことになる。
(だから、ディルに恐れられるよう。余計な一撃を追加したのかな?)
……一応、最後のは幻視ではあったけれど。
でも、それでも充分効果はあった。なんだかんだで箱入りなディルムントは、濃密な殺気によって生み出された偽りの攻撃に、怯えていた。幻とはいえ本当に、現実かと見間違うほどの過激な光景であったからだろう。その小さな身体を、恐怖で震わせていた。
それでもまだ、ロキに教わると言うのなら。その覚悟は本物だということだ。だから、彼に剣を教わることを許そうディナントは思う。
………そう、思うけれど。
(この子はまだ幼く。とても甘ったれだから……もう彼から教わる気力はなくなってしまったみたいだね)
王太子は不躾は視線に気づかぬ息子をマジマジと見つめる。
ディルムントがロキに向けている目は……恐怖に染まりきっている。周りに人がいることを忘れて、分かりやすく恐怖という感情を表に出している。
騎士達がその手を地に染めるのは国のため、王族のためなのだから、守られる側の自分達がこんな目を向けるのは失礼だと思うけれど。
どうやらロキの問いは、強すぎた薬だったらしい。
(下手したらトラウマになっちゃうかもなぁ〜? まぁ、王族という立場上、危険な目に遭わないとは限らないから。血生臭いことには慣れてもらわないといけないけど。どうせいつかは嫌でも純粋さは失われてしまうのだから。願うことなら……今はまだ、恐ろしいことは知らずにいて欲しいものだね)
だが、そんな父親としての願いは叶わない。
何故なら、この先で──……。
王族の子供達だけではなく。王太子ディナントの心にも深いトラウマを刻むほどの大事件が起きてしまうのだから。
細やかな父親の願いは、叶うことが、ないのだった。
◇◇◇◇
その後は特に問題なく。訓練観覧が終わりを迎えた。
騎士団長による挨拶を待って訓練観覧は終了。
案内係の騎士達の指示に従って見学者達が帰っていく。
副団長かつ副責任者として現場に残り、状況を見守っていたオーロラは唐突に聞こえてきた声に耳を傾け、微かに視線をそちらに向けるのだった。
「おとーさま!」
「父上!」
「アイン! エリカ!」
濃い青色の髪に薄黄色の瞳を持った五歳ほどの少女と十二歳ほどの少年が、観客席の最前列前に設置された柵に身を乗り出し、父親らしき騎士に手を振る。
兄妹の視線の先にいるのは……《白》の副団長。アイク・ベンガー。
彼は普段の冷静沈着な姿が嘘のように、身を乗り出す自信の子の元に慌てて駆け寄って行った。
「おとーさま! おとーさま! かっこよかった! すてき!」
「あぁ、ありがとう。嬉しいが……その言葉は嬉しいのだが! 危ないから身を乗り出すのは止めなさい! アイン!」
「はい。ほら、エリカ。危ないから止めようね」
「あい」
兄に支えられて、柵の内側に身体を戻した少女を見て、アイクはホッとした顔をする。
…………あんな顔、見たことがなかった。普段の彼とは大違いだ。その姿は子煩悩な親そのもの。穏やかな、表情。
かつて、婚約者であった時でさえ……あんな柔らかい姿は、見たことがなかったかもしれない。
「アイン、エリカ」
「母上!」
「おかーさま!」
「旦那様はまだお仕事中です。ご迷惑をかけてはなりませんよ」
少年達の側に、侍女を引き連れた貴婦人が歩み寄る。
美しく結い上げられた金髪に、紫水晶を思わせる瞳。露出のない青色のドレスを纏った女性は──エーデル・ベンガー侯爵夫人。アイク・ベンガーの妻であった。
「……申し訳ございませんわ、旦那様。お仕事のお邪魔をしてしまって」
「いや、構わない。二人が楽しめたら何よりだ」
「ふふっ、そうですわね。楽しめましたか?」
「はい。父上の勇姿をこの目で見ることができて僥倖です」
「楽しかった!」
仲睦まじい夫婦、親子の姿。
自分が捨てた光景が、オーロラの目の前に広がる。
「エーデル。今日は、訓練観覧の後処理で遅くなると思う。先に食事を済ませて、寝てくれ」
「はい、分かりましたわ」
「えぇ! おとーさま、おかえり、おそいの!? エリカ、話したいことがたくさんだったのに!」
「駄目だよ、エリカ。父上はお仕事なのだから。我儘を言ってはいけない」
「むぅっ……!」
「すまないな。次の休みできちんと話を聞くから。では、わたしはそろそろ仕事に戻る。気をつけて帰りなさい」
「はい。旦那様もお気をつけて」
アイクの優しい笑顔に見送られながら、夫人と子供達が帰っていく。
オーロラもなんとなく、その後ろ姿を、見つめてしまった。
彼女は、自信の胸が少しだけ疼いていたことに気づき、自嘲の笑みを溢す。
(…………ハッ。情けないねぇ……。自分で捨てた癖に)
そう……オーロラの胸に湧き上がったのは、嫉妬に近い気持ちだった。
別に、彼を嫌って別れた訳ではない。ただ、騎士の道の方が大事だったから、そちらを選んだだけなのだ。
後悔はしてない。……していない、のだけど。
それでも、時々思ってしまうことがある。
あの時、婚約者の手を離さずにいたら……一体、未来はどうなっていたのだろうと──……。
(……未練がましいね。馬鹿みたいだ)
オーロラは鼻で自分を笑って、視線を元に戻す。
今更、だ。自分でこの未来を選んだのだから、進むしかない。
「ネルサ副団長ー!」
「待ちな! 今行く!」
オーロラは小さく被りを振って、自身を呼ぶ部下の元へと歩いて行くのだった……。




