よんじゅーさん
『見た目詐欺か?? お前、今やってる柔の剣が合わないって自覚あるだろ』
『え〜? なんのことか分かんなぁ〜い?』
『嘘こくなって。本当は剛の剣……王道なのが得意だろ、お前。絶対。それに動体視力も、見た目に反して筋力もあるから……後の手、後出しでも勝てそうだな』
ブレイクは(随分と見抜くな、ロキ……)と、同じ部隊の仲間なのにロキに対して警戒してしまいそうになった。
まぁ、直ぐにちゃらんぽらんの仮面を被って。誤魔化したが。
『そんなことないよ〜。これがおれの限界〜』
『…………そうやって誤魔化し続けるつもりなのか? いろんな真実を』
『…………』
あぁ、嫌だ。嫌だ。仮面が剥がれそうになる。
何も知らない奴が、随分と好き勝手言ってくれるものだ。
こっちの事情も、本当の気持ちも知らない癖に。
でも……向こうも決して。鈍感ではなくて。逆に、相手の心の機微に聡いタイプであったようで。
ロキは『あ〜……』と声を漏らしながら、頭を掻いた。
『…………お前の事情を知らんのに、勝手なこと言ったな。悪い』
『…………別に? 謝ることなんてなぁんにもないよ?』
『でもよ、ブレイク。ずっと偽り続けるなんて、無理なんだぜ?』
『…………』
ブレイクの顔から、笑顔が消えた。
いつものヘラヘラとした顔が消えたら……そこに残るのは、深い深い絶望だけ。
『いつかは限界がくる。無理がくる。そして最後は……壊れてしまうだけだ』
『…………ホント、何言ってるか、分かんないな?』
『真面目に考えろよ、ブレイク。今回は別にいいけどさ……いつまでもこのまんまじゃいられないんだぜ?』
その言葉は……間違っていないんだろう。
分かってる。分かっているけれど。
それでも彼は、仮面を被り続ける。偽り続ける。
だって、真実が明るみに出る方が……ブレイクにとっては、辛いことなのだから。
◇◇◇◇
「中堅、前に!」
「よぉーし、行ってくるぞ〜!」
ブレイクがヘラヘラと笑いながら前に出た。
そんな後ろ姿をタニアは心配そうに見つめる。
「……大丈夫でしょうか」
「さぁ? でも、負けるのは間違いないな」
「…………なんですって??」
ロキの返答にタニアは目を見開く。
今回の模擬戦で、どの順番で。どんな風に戦うべきかといった戦略を立てたのは、他ならぬロキだ。
そんな彼が、自分のグラディスを勝利へと導いたロキが、ブレイクは負けるだろうと告げるのだから。タニアは驚かずにはいられなかった。
「何故……?」
「そんぐらい、本当のことが、辛いってことだろ」
「「…………?」」
「……要するに、あいつにはもっと時間が必要ってことだよ」
ロキはそこで言葉を区切り、前を見据える。
ゆるりと剣を構える、ブレイクの後ろ姿を。
「準備はいいか? ──始めっ!」
先手を取った相手の騎士を、同じように剣で受ける。
受けて、いなして、受けて、逸らす。それはまさに柔の剣。ヘラヘラとしているブレイクに似合った剣筋のように見て取れたけれど。
彼は一切、自分から攻撃をしかけない。いや、攻撃をする気が一切ないようだった。
「…………セルリーツ卿」
「まぁ……この短時間で、そう簡単に相手の信用を勝ち取れるはずがないよな。俺じゃあブレイクのやり方を、変えることができなかったってだけだ」
「…………なんか、変じゃないですか? ラスラク卿の戦い」
「……え?」
「いや、何が変であるかまでは分からないのですが……違和感が」
ジッとブレイクの戦いを見つめていたグラディスが、首を傾げる。タニアはまだ分かっていないようだが、ブレイクの隠している実力の片鱗を感じ取れるようになっただけ……グラディスも成長しているのだろう。
ロキも当然ながら、それは初めから分かっていたので。
「そりゃ変に感じるだろうな。ワザと負けようと、してるんだからさ」
「「……は??」」
驚くタニアとグラディスに、ロキは肩を竦める。
そして本当にどうしようもないと言わんばかりに、小さく溜息を零した。
「……多分、もうそろそろだ。本当、アイツはウチの部隊で一番の曲者だよな」
「うわぁ!!」
そう言った瞬間──ブレイクの大きな、驚いた声が響いた。
彼の手から飛んでいく剣。相手の騎士が目を見開いて、固まっている。オーロラに至っては、苦虫を噛み潰したような険しい顔だ。
きっと相手も彼女も。一定以上の実力があるからこそ、ブレイクが本気で戦っていないことが分かった。巧妙に隠されていた真実が、分かってしまった。
それでもブレイクは、道化の仮面を被り続ける。
「降参、降〜参! いやぁ〜……本当に、強かった! ありがとーございました!」
「…………勝者。第八大隊三部隊、ハイド・シガル」
「っ……! 待ってください、この勝負は──……」
「シガル。気持ちは分かるよ。でもね、今は堪えておくれ」
「!!」
そこで相手の騎士は、今行われているのが訓練観覧で。周りに王侯貴族を始めとした見学者達がいるのを思い出す。きっと周りの人達は、騎士でない彼らはブレイクが手を抜いていたことなんて分からないだろうけれど。
ブレイクが騎士でありながらワザと負けたという情けない姿を晒したことを、周りの人々に知られてしまうのは……騎士全体への不信感に繋がる可能性があるし。騎士団としての外聞も、悪い。
「…………ありがとう、ございました」
相手の騎士は苦々しい顔をしながら頭を下げた。それから無言のまま仲間達の元へと戻っていく。
ブレイクもまたロキ達の元へ戻ってきたが……ロキは呆れ顔、タニアとグラディスの面持ちは険しいものだった。
「ん〜? どーかしたのぉ?」
「……ワザと、負けたんですの?」
「……えぇ? なんのこと?」
「……! ふざけずにお答えなさい!」
タニアがキッと、ブレイクを睨む。
……真面目な彼女だ。本気を出さずに。それもワザと負けるようなことをした部下のことを、部隊長である彼女が許すはずがない。
タニア自身がブレイクが手を抜いていたのを見抜けなかったとして、ロキとグラディスの言葉で責めるには充分だったのだろう。
彼女はブレイクに更に詰め寄る。
「騎士でありながら、手を抜くなど! 騎士道精神の風上にもおけませんわ!」
「……いやいや。さっきの戦いは今のおれが出せる全力だったって」
「ずっとずっと! わたくしは思っていましたわ! マトモにやっているとは思えない訓練! ふざけた態度! 貴方は騎士として失格ですわ! 騎士として正々堂々とすら戦えぬと言うのなら! 騎士なんて辞めてしまいなさい!」
……そう、タニアが言い放った瞬間──ブレイクの纏う空気が変わった。
「…………あぁー……もう。本当に、煩いなぁ……?」
いつものヘラヘラが嘘のように冷え切った目が。怒りを帯びた声音が。煩わしさを隠さないその態度が。タニアを貫く。
「「……っ!」」
いつもとは全然違う彼の姿に,タニアとグラディスは息を呑んだ。
唯一反応が違うのは……どことなくその本性を感じ取っていたロキのみ。
ブレイクは頭をガシガシと雑に掻き毟ると、嘲りを含んだ言葉でタニアに言い放った。
「おれの事情も知らないクセに……好き勝手言うなよ。本当に、目障りなんだけど」
「なっ……! なんですって!?」
タニアが顔を真っ赤にする。当然、その反応は……怒りから、だった。
「貴方が……貴方がそのように振る舞うことに、事情があると言うのなら! 言ってごらんなさいな! 貴方がその事情を話してくださらないなら、わたくしはずっとそのことを知らないままでしょうに!」
「は? 誰が話すかよ。そこまでアンタと親しい訳じゃないじゃん」
「わたくしは! 部隊長ですのよ!? 部下のことは知っておく必要が──……」
「…………あのさぁ。ここまで言い渋るのにも理由があるんだって、なんで分かんないの? アンタは貴族令嬢でありながら結婚もせずに、家のこと気にせずに、騎士なんかやったり好き勝手できる立場かもしれないけどさ……他の奴らもそうとは限らないんだよ。そもそも、自分が正しいって思い込み過ぎじゃない? 不躾に、他人の領域に踏み込もうとするな。迷惑だ」
「!!」
明言した訳ではない。けれど、貴族とは言葉の裏の意味も読み取るものだ。
だから、曲がりなりにも貴族令嬢であるタニアは察してしまった。理解してしまった。
ブレイクがこんなふざけた振る舞いをする理由──……それは彼の実家、ラスラク伯爵家が関わっているのだと。
それに……貴族令嬢でありながら、親の反対を押し切って騎士をしていること。家のことを考えずに好き勝手しているという言葉は……ある意味、的を射る言葉であって。
タニアは思わず、反論もできずに黙り込んでしまった。
「……チッ。話し過ぎた」
そんなタニアの反応が居心地悪かったのだろう。ブレイクは柄悪く舌打ちを零してから、その場を去っていく。
そんな彼をタニアは引き止めることができない。
家の事情が関わっているのなら、他人が不躾に踏み込む訳にはいかない。まさに、ブレイクの言った通りだった。
「…………揉めてたみたいだけど、そろそろ大将戦を始めていいかい?」
重苦しい空気が流れる中、オーロラから声をかけられた。
忘れかけていたが、今は模擬戦の最中。タニアとブレイクが揉めているようだったから待っていてくれたようだが、そろそろ相手を待たせる訳にはいかない頃合いだ。
「も、申し訳ありません。ネルサ副団長」
「なんでもいいから前に出な」
「はい、今行きます」
ブレイクと揉めて、時間を無駄にしてしまったことに落ち込むタニアを尻目に……ロキは前に出る。
先に、敵の大将として前に出ていた騎士は心底呆れたような、馬鹿にしたような顔をしていて……ロキを鼻で笑いながら、煽った。
「遅い。いつまで待たせるつもりだよ。怖くて怖気付きでもしたのか?」
「んな訳ねぇだろ。ちょっと真面目過ぎるウチの部隊長サマが騒いでただけだ。この程度の時間も待てないのかよ、肝が小せぇな」
「あ"??」
「図星か?」
「…………」
ただ煽られたから煽り返しただけなのに、思ったよりも効果が出てしまった。
まぁ、ロキとしては冷静さを失ってくれた方がやり易いので、これで良しとする。
「お前達、いい加減にしな。決着はこの勝負で決めるんだ。両者、構えろ」
互いに睨み合っていたら、オーロラに叱責された。
ロキは肩を竦めて腰に下げていた感を抜き、向こうも同じように剣を抜いて構える。
「準備はいいね? ──始めっ!!」
そして遂に、最後の大将戦が始まる。
けれどロキは一切動かずに……だらりと、剣の構えを解くのだった。




