よんじゅーに
グラディスの訓練日──。
『アレだな。お前、普通に剣が向いてねぇわ』
──ひくりっ。
その一言にグラディスは頬を引き攣らせる。
そこらの騎士よりよっぽど上手く剣を扱えてる自信があったのだが。ロキの評価は、全然違うようで。彼は視線を宙に彷徨わせながら、続く言葉を口にした。
『なんつーかさ……お前の身体、ナイフとか暗器とかそっちの取り扱いに向いてる筋肉のつき方な訳よ。ついでに言うと、根本にナイフを使った身体の動かし方が残ってるっていうか。人並み程度には剣も使えるだろうけど。ナイフを使った方がもっと強くなるのは確実だな』
『…………(というか……身体の動かし方を見ただけで、本来の得意な獲物が分かったってことかよ……)』
グラディスはその言葉に小さく舌打ちを溢した。
ロキの言う通り、グラディスが一番得意としているのはナイフの扱いだ。物心つく頃から取り扱っていたのだから、それが一番の得意武器になるのは当然である。
しかし、目に見える騎士らしい武器というのは剣だった。平民出身であるグラディスは、平民出身であるからこそ他の騎士よりも騎士らしくあることを望んでいた。身分だけで馬鹿にしてくる貴族どもを見返すために、誰よりも騎士らしくあることを自分に課してきた。
だから、ずっと。いつまでも慣れない剣を、使っていたのだ。
『……まぁ、ギリ勝てるだろうから今回は剣のまま戦ってもいーけど。こっから先のこと考えるんなら、なるべく早く得意な武器に戻しといた方がいいと思うぜ。お前の才能は多分、本来の獲物の方が生きる』
ナイフの方が使うのが得意とはいえ、使わない期間が長ければ長いほど技量が落ちていくのは必定だ。
いつかは打ち止めになる剣をずっと使い続けていくか。使い慣れ、使い続ければ使い続けるほど技量を手に入れられるだろう元の獲物に、戻すか。
──きっと今が、グラディスの騎士としての在り方の分岐点。
『早めに決めろよ、グラディス。騎士らしくあるのも、まぁ大事っちゃあ大事なんだろうけど。一番重要なんは、自分が何を一等〝大切〟にしてるかだ。…………頭の良いお前なら、これ以上は言わなくても分かるだろ?』
その言葉はグラディスの心に、強く強く刻み込まれて。
あの日からずっと、グラディスは考え続けていた……。
(本当に、好き勝手言ってくれるよな……)
ナイフを手に、構えたグラディスは心の中で溜息を溢す。
平民だからと舐められぬように。平民だからこそ貴族どもに負けたくないと。貴族出身の甘ちゃんどもよりも、優秀な騎士であるのだと示そうと。そんな様々な理由で、騎士の象徴たる剣を使い続けてきた。
でも、結局……自分が手に取ったのはこのナイフ。所詮は、根っからの平民だったということなのだろう。
(いや……身分は関係ないか。セルリーツ卿が言っていたものな。貴族だろうが平民だろうが、騎士は全員、大義名分を与えられた人殺しでしかないって)
今はまだ、この手は人を殺めたことはないけれど。戦争でも起これば、真っ先に前線に送られるのが自分達だと分かっている。
そうなったらグラディスは敵を殺すのだろう。自分が生き残るために。そこに貴賤の違いは、何もない。全員漏れなく、人殺しだ。
だから……選んだ。グラディスが一番大切にしているのは。騎士らしくあれという矜持よりも。変な自尊心よりも。何よりも〝生き残ること〟だから。
だから、王道の騎士らしさから逸れようとも。これが最善であるならナイフを選択をしたことに、躊躇いはない。
そして──……。
(本当のオレを見て……君も、失望してくれればいい)
グラディスはチラリッと、驚いたように目を見開くユーディの方を一瞬だけ見る。
自分を運命の王子様だと勘違いしている幼い侯爵令嬢。後見をしてくれている家の娘だからと、ずっと無碍にできなかったけれど。
でも、本当は少しだけ、目障りだった。面倒くさかった。
だって、ユーディは理想の王子様であることを押し付けてくるものだから。彼女の望む姿を演じ続けるのは、いつだって大変だったのだ。
だから……これで、失望してくれればいい。現実を、見てくれたらいい。
そうすればきっと、自分は彼女を理想を押し付けられなくなって。少しだけ、楽になれるだろうから。
「準備はいいか?」
オーロラの最後の確認を聞き、グラディスは意識を目の前の敵に向ける。集中する。
一度見せた策、タニアと同じ方法は通じない。となればこの戦いは純粋な実力勝負となる。
次鋒──この部隊で二番目に弱いと判断されたことに思わないところがなくもないけれど。本当は心底腹立たしいけれど。
でも、諦めよう。認めよう。
(────オレは、弱い)
けれど、今は弱くても。
本来のやり方に戻った今なら、今よりもずっと遥かに、強くなれるだろうから。
これが、踏み出す一歩。
「始めっ!!」
オーロラが手を振り下ろした瞬間──グラディスは勢いよく、地面を蹴った──……。
◇◇◇◇
「やっぱりナイフの方が上手いな」
ロキはグラディスの戦いを見ながら、そう呟く。
平民だからこそ騎士らしくあろうとしていたグラディス。それゆえに騎士らしい剣を使い続けていたようだが。グラディスの身体は、どっからどう見ても剣に適さない身体つきだった。彼の身体はどちらかと言うと黒騎士向き……ナイフや暗器を扱うのに適した、しなやかな筋肉がつきやすい体質だった。
それに……グラディスの動きには、ナイフを使った身体の動かし方が滲み出てしまっていた。本人に自覚があるかは分からないけれど。ナイフを使うように剣を使おうと、変な動きをしている時があったのだ。きっと直しようがないくらいに、その動きが染み込んでしまっているのだろう。
剣を使う動きとナイフを使う動きは違う。それもまた、グラディスの剣の腕が人並み程度にしかならない原因の一つでもあった。
きっと、このままの状況が続けば……人並み程度の実力でも騎士としてやっていけると思う。
しかし、いつまでもこの、ぬるま湯みたいな平和が続くとは限らない。もしも戦争なんかが起きたら。真っ先に前線に行くことになるのは、下っ端である自分達だ。
その時、グラディスが剣のままで戦い続けていたら……彼は生き残ることなく死ぬ可能性が高い。
ついでに言うと……ロキがグラディスが剣を使い続けることを、弱いままでいることを懸念した理由がもう一つある。《魔王の卵》であるホープを狙った、あのイかれた連中だ。
あんな惨殺事件を起こすような、語るのも憚れるようなことをしでかす連中である。……このまま何もせずにいるとは、考え難い。
王族の元に保護されていたって。手を出してこないとは限らない。……いや、下手をしたらどんな手段を使ってでも何かしらの〝事件〟を起こそうとする可能性が高い。
万が一を、最低を。最悪を考えるならば。今打てる最善手を選ぶに越したことはない。
だから、グラディスにも選べと告げた。人並みで頭打ちになる剣を使い続けて騎士らしい姿を保ち続けるか……。
騎士らしくなく、泥水に塗れることになろうとも。生き残ることを強くなることを優先するかと。
そしてグラディスは選んだ。再び、ナイフをその手に取ることを。このまま偽りの姿を保ち続けて、弱いままでいるのではなく。本来の姿に戻って、強くなることを選んだ。
そしてそれは、きっと正しい選択だった。
「ふっ!」
地を這うようにグラディスは舞台を駆け巡る。
振り下ろされる剣に少しだけナイフを当てて、軌道を逸らす。そのままナイフによる突き攻撃──……と思わせて、足技。前蹴りをその胴体に叩き込む。
「ぐふっ!?」
鳩尾に綺麗に決まったその一撃に、相手の騎士は後退した。
その隙を逃すことなく。グラディスは前蹴りをしたまま上げっぱなしにしていた脚を素早く引き、次の脚技──回し蹴りを相手の手元にかまして、剣では直ぐには防御ができないようにし。ナイフを放り投げて反対の左手で受け止めながら、握り締めた右手の拳でその顔面をブン殴る!
「っっ……!!」
相手の男は顔を押さえて更に後ずさった。
たらりと溢れる赤い液体。騎士の顔から鼻血が溢れ落ちる。
赤く染まった手を見た騎士は、その顔を憤怒に染め上げて。グラディスを鋭く睨め付けながら、怒鳴り声をあげた。
「お、前っ……! お前ぇっ! ふざけるな! ふざけるなよっ!!」
「…………」
「こんな戦い方が許されるとでも!? これだから平民の騎士は野蛮なんだっ……! 騎士らしく、正々堂々とも戦えないのかっ!」
「……そうですね。この戦い方は、騎士らしくない戦い方だ。でも、これがオレに最も適した戦い方なのは、間違いない」
グラディスは油断せずに。怯まずに。
半身を引いて、重心を下げて。ナイフを逆手に、前で構える。
「オレにとって大切なのは生き残ることだ。死なないことだ。だから、泥に塗れようとも。オレはオレが、一番生き残るであろう手段を選ぶだけだ」
グラディスが走る。相手に向かって一直線に。
相手もまた、剣でグラディスを斬ろうと襲いかかる。
でも、それは叶わない。
「はぁっ!!」
──ザシュッ……!!
──ばしゃんっ……。
「…………は?」
騎士は、目を丸く見開いて、固まる。
グラディスの身体を斬ったはずだった。けれど、その感触はなく。その身体は崩れ落ちて、液体となって地面に落ちていく。
「王手」
代わりに、背後に立ったグラディスから……喉元にナイフを添えられていた。
何が起こったのか分かっていない相手を置き去りに、オーロラが宣言する。
「そこまで! 勝者、第十大隊十五部隊グラディス・セース!」
グラディスはそっとナイフを離して、そのまま後ろに下がった。
呆然とする騎士に「どうも」と声をかけてから、ロキ達のところに戻ってくる。
「お疲れさん」
「…………クッソ疲れた」
「……うわぁ。いつもてーねーなグラディスのそんな口調、初めて聞いたかも??」
「確かに……。ですが、セース卿が疲れるのも納得ですわ。自身で戦いながら魔法を発動させ続けるなんて……お疲れ様でした」
戦闘の途中から、グラディスは水属性の魔法を使って、訓練場に小さな小さな水滴を撒き散らしていた。
グラディスは激しく動いている最中に〝水人形〟と呼ばれる囮と入れ替わり、水に物を沈めると見えなくなる原理を応用して、本当の自分の姿を見えなくさせていたのだ。
そして、水人形がやられると同時に相手の背後を取り、勝利を得たという訳だ。
但しこれは、かなぁぁぁりの精神力を使う作戦だったため……とんでもなく、疲れた。
しかし……。
「やっぱり、ナイフを選んで正解だったな? グラディス」
「…………」
ロキの言葉に、グラディスは何も返さない。だが、沈黙が肯定だろう。
剣を使っていた時では、ナイフほど意識せずに使うことはできなかったから……魔法と剣を併用して使うなんてできるはずもなかった。
でも、無意識にまで使い方が染み込んでいるナイフなら、話は違う。ナイフならば意識しなくても、使い方を身体が覚えているから、グラディスの意識は魔法の方に集中することができた。
そしてそれを、ロキはきっと見抜いていたから。だから、選べと。武器を元に戻すかどうかを選べと、言ってきたのだろう。
(本当……お前がムカつくよ、ロキ)
──ニヤリ……。
グラディスは自身の心を見抜いたかのようにニヤリと笑うロキに向かって……チッと小さな舌打ちを溢すのだった。




