よんじゅーいち
騎士団主催の訓練観覧に訪れていたジェンナは、中央の舞台で訓練の様子を披露する騎士達を、艶やかな視線で吟味していた。
(あちらの男性は身体つきが逞しいわね……あぁ、こっちは顔が良い。あれは……アイク様じゃなくて?)
若い頃、自分に靡かなかった男の一人を見つけて、ジェンナは少しだけ萎えた気持ちになる。
アイク・ベンガー。まだ侯爵子息だった当時から、彼は真面目で唐変木な男で。顔が良かったから何度か誘いをかけたけれど、その度に『婚約者がいるので』とキッパリと断られていた記憶がある。
(……結局。その時の婚約者であった女とは婚約解消をしたみたいだけど。聞いた話だと相手の女はアイク様との結婚よりも騎士であることを選んだとかいう話だったもの。婚約を解消するに至るのも当然よね)
騎士という職業自体に興味がないジェンナでも、その仕事が危険を伴う仕事であることぐらいは分かる。それこそ、子供を産む女性に適さない仕事であるのは、そこら辺の世間知らずでも察するだろう。
だから、アイクの元婚約者は女としての幸せを捨てて、騎士であることを選んだ。
(……まぁ、なんにせよ。真面目な性格はそうそう変わらないでしょうし。アイク様は候補から外して。他の殿方を──……)
「総員整列、注目せよ!」
──ザッ!!
壇上の上に立ったヒューバート騎士団長の号令が響き、騎士達が一斉に並ぶ。
全員が並び終えるのと同時に、出入り口から煌びやかな衣装を纏った男性と幼い子供が姿を現す。
「ディナント王太子殿下並びに、ディルムント王子がお越しくださった! 全員、情けない姿を晒さぬように! ……王太子殿下、一言よろしいでしょうか?」
「勿論。さて……訓練とはいえ怪我をしないとは限らないからね。皆、気をつけて、日頃の成果を見せておくれね」
(あら……。相変わらず地味な顔)
ジェンナは、和かに笑う王太子ディナントに冷めた目を向ける。
彼は代々美姫を娶ってきた血筋の割りには、落ち着いた顔立ち──別に顔が悪いという訳ではないのだが……──をしていた。簡単に言ってしまえば、ジェンナの食指が動かない顔立ちだった。
しかし、それを堪えてでも。かつてのジェンナはディナントに粉をかけていたことがあった。
その理由は──……。
(…………あの女は、王太子妃になったのだったわよね)
あまり人を嫌うことがないジェンナが唯一と言ってもいいほどに嫌った女──現王太子妃ミランダ・セヴェール。
ジェンナは当時はまだ、ディナントの婚約者であったあの女への嫌がらせのためだけに、ディナントにしつこく纏わりついていた時期があった。
……まぁ、結局。隣国に嫁がされてしまったから、その嫌がらせは中途半端で終わってしまったのだが。
(…………そうだわ。また、嫌がらせをしてやりましょう。わたくし、あの女が今でも大っっ嫌いだもの。……相変わらず、殿下に食指は動かないけれど。あの女を苦しめるためだと思えば、我慢できるもの)
スッと目を細めたジェンナは、獲物を捉えた獣のように。鋭い視線で王太子ディナントを見つめる。
観客席へと移動する王太子はその視線に気づくことはなかったけれど……それでも寒気は感じたようで。
ぶるりっと身体を震わせるのだった。
◇◇◇◇
「一応ね。本人に悪気はないんだけど。でも、ユーディは無意識に傲慢貴族令嬢ムーブかますから。後でマリアちゃんのフォローしてあげてね」
訓練観覧の見学に来た王太子殿下達の挨拶が終わった後、チーム戦前の準備体操をしていた最中。
ブレイクが観客席──今だにマリアの隣から離れていないユーディの姿を見て、溜息を溢しながらロキに告げた。
「あ〜……そーゆータイプ?」
「うん。自己中だよ、かなり」
「…………」
ユーディと縁があるグラディスも黙り込むから、きっとまぁまぁそれなりに真実なのだろう。
タニアも時々、貴族らしい傲慢な一面がちょろっと出ることがあるが。ユーディはその比ではない。
そして、今もまだマリアの側から離れないということは……彼女に上から目線で何か要求したりしてるんだろう。実際に何を話してるかが分かる訳ではないけど、それなりの付き合いがあるブレイクは想像がつく。
「だから、何かあったらオレに言って? 一応注意するからさ。……まぁ、無意味だろうけど」
「……りょーかい。後で話、聞いとくわ」
「そうしてあげて〜」
「セルリーツ卿、ラスラク卿。そろそろよろしくて? 相手のお出ましですわ」
そこでタニアに話を遮られる。
気づけばロキ達がいる東側の反対、西側に数日前に絡んできた騎士達が揃っていた。
今回は《青》所属の騎士が模擬戦を行うため、審判役としてオーロラが前に出る。そして、大きな声を張り上げた。
「今より、団体対抗模擬戦を行う! 内容は簡単。先鋒・次鋒・中堅・大将戦の計四試合の内、三勝した方が勝者となる! なお、先に三勝したとしても最終となる大将戦まで行うので、そこは理解しておくように! 此度の対戦は《青》所属の騎士が受け持つ! 両チーム前に出ろ!」
指示に従い、舞台の真ん中で並び、睨み合う。
「東、第十大隊十五部隊! 西、第八大隊三部隊! 互いに一礼!」
軽く頭を下げて、そのまま元いた壁際まで下がった。
ここから先は、予定通りにやるだけ。
「先鋒、前に出ろ!」
「……それでは、行って参りますわ」
タニアがそう一言言い残して前に出た。
本当は部隊長である彼女こそが大将になるべきなのだろうけれど。遺憾せん、困ったことに彼女はこの四人の中で一番弱った。
「驚いたなぁ? まさか先鋒が部隊長サマだとはよぉ? まぁ、女だから仕方ないのかもしれないけどな!」
ニヤニヤと、馬鹿にするように敵側の先鋒が笑う。
……男の言う通りだ。チーム戦のセオリーは強者やチームの代表が後を任されることが多い。つまり先に出された人ほど、弱いという見方は強ち間違いではないのだ。
それに、騎士の仕事は体力勝負なところがある。性差的に、基礎体力が低い女性であるタニアが、他の騎士達と比べて劣る部分が出てくるのは仕方のないこと。
けれど……だからと言って。簡単にやられるようでは女だてらに騎士になってはいない。
「無駄口は結構ですわ。早く始めましょう」
タニアはスッと剣を取り出した。
一般的に配給される剣より細身──細剣だ。
「準備はいいか?」
(──《風よ》)
オーロラの確認に頷きながら、心の中で魔法の詠唱を開始する。
この日までの訓練で、タニアは知った。自分は弱いと。
女だから、なんて理由ではない。純粋に、この第十五部隊の中で一番弱いのだ。
……まぁ、自分より強い癖にブレイクという手抜き男がいるので。四人の中での勝率は第三位なのだが。
閑話休題。
とにかくにも……弱いには弱いなりの戦い方があるのだと、タニアは知った。憧れから選び続けていた王道な剣よりも、自分に合った戦い方で生き残るのが大事なのだと知った。
けれど……実のところ、もう一つ確かなことがある。
タニアは間違いなく、この第十五時の中で最弱だけれど。
「両者構えて──……始め!」
……他の部隊の連中と比べたら、あまりその実力は変わらない、ということが。
「《走れ》!!」
──ビュウッッ!!
突風がタニアの身体を押した。その姿が一瞬でブレて、次の瞬間には彼女が手にする細剣の先端が、敵の喉元に突きつけられている。
相手の騎士は何が起きたのか分からなかったようで……呆然と、その瞳を見開いた。
「…………は?」
「そこまで! 先鋒戦・勝者! タニア・スチュアート!」
──シンッ……と、静まり返った訓練場。
集まる視線を無視して、タニアは武器をしまい……恭しく。どこか誇らしく一礼してから、後ろに下がる。
帰ってきたタニアにロキはニヤリと笑って、親指を立てた。
「作戦通りだな」
「……えぇ」
タニアは安堵の息を溢しながら頷く。
長期戦はどうしたって自分の不利になる。だから、短期決戦を選び……魔法を発動直前まで準備し、試合開始と同時に行使する──という作戦を取った。
だが、まさかここまで上手く嵌るとは……思いもしなかった。
「まぁ、言い方は悪いが……隊長のことを舐め腐ってたから通じた手だよな」
「見て見て〜! すっごい睨んでるよ、相手! こっっわい顔!」
ブレイクが大袈裟に驚きながら叫ぶ。
全員で先ほどの対戦相手を見ると、本当に凄い顔でこちらを睨みつけていた。殺意が迸っている。
グラディスは顎に手を当てて、冷静に向こうの心境を分析した。
「……まぁ。睨みたくもなるのでは? 励起状態で魔法を維持しておくなんて、普通は考えないでしょうし。反則だって訴えたくても負けたのに言い訳がましい、騎士らしくないからできない、といったところでしょうか」
「…………地味に当たってそうな分析ですわね……。とにもかくにも。今のわたくしの一戦で……これから行われる皆さんの戦いが、厳しくなってしまったのでは?」
タニアの懸念も最もだが、気にするほどではないとロキは告げる。
「いや。一勝でもしちまえば警戒を抱かせるには充分。早いか遅いかの違いだけだ。とゆー訳で、次。グラディス。よろしく」
「……はい。行ってきます」
「次鋒! 前へ!」
オーロラの指示に従い、グラディスが前に出た。
その瞬間──観客席から訓練場全体に響きそうなほどに大きな声が、響き渡る。
「きゃぁぁぁぁ! グラディスゥゥゥゥ! 頑張ってぇぇぇぇぇ!」
グラディスは思わず声の方を見る。
まぁ、予想の通り……大きな声をあげていたのは。ギョッとした顔をするマリアとホープ(&大声で目を回すスレイ)の隣で大きく手を振るユーディの姿。
「…………」
それを見て、グラディスはちょっと考え込んだ。
そして、諦めたように溜息を溢す。それからぐるりと振り返って仲間達のところに戻ると……腰に下げていた剣を鞘ごと外して、ロキに預けた。
「セルリーツ卿」
「お?」
「これ、お願いします」
「…………いーぜ。預かった」
武器を手にせずに、舞台の中央に戻るグラディスに……相手の騎士は頬を引き攣らせる。……当然、怒りからだ。
相手は本当に信じられないと言わんばかりに。グラディスに向かって大きな声で、怒鳴りつけた。
「!? お前っ……! どういうつもりだっ!」
「どういうつもりだ、とは?」
「剣を仲間に預けて、どうやって戦うつもりだと言っている! 馬鹿にしてるのか!」
「いえ。ただ、確実に勝てるように……得意な獲物を選ぶことにしただけですよ」
グラディスが勢いよく腕を振ると、その右手にはナイフが握り締められていた。
まるで暗殺者のような仕込み方に、騎士はギョッと目を見開く。
「オーロラ副団長。別に、我が騎士団は武器の規定があった訳ではありませんよね? 各々得意な武器の使用が許可されてましたよね? ということは、今回も別に、得意な獲物を使って構わないでしょう?」
「……あぁ、構わないよ。グラディスの言う通りだからね」
「とのことですので。わたしの得意な武器で、お相手させていただきますよ」
セヴェール王国の騎士団はグラディスが言ったように、武器の規定はない。一応、支給品として、確実に剣の一本は配られるのだが……人には得意不得意があるのだから、実験で戦えることを優先し、各々好きな武器を使用することが許されていた。
けれど……グラディスが騎士服を纏ったまま、ナイフを使うのは。実のところ、初めてのことであったりして。
「準備はいいか?」
オーロラの問いかけに、グラディスはナイフを構えることで答える。
相手の騎士は馬鹿にされていると思ったのか、思いっきり顔を歪めながら剣を構えた。
そんな二人を見てから、オーロラが声をあげる。
「両者構えて──……始め!」
その声が耳に入ると同時に……グラディスは勢いよく地面を蹴って、飛び出すのだった。




