よんじゅー
要は、本家と分家という関係なのだ。
ブレイクの実家であるラスラク伯爵家は、ラスレット侯爵家から爵位を分け与えられて興った家だ。
そのため、ブレイクは本家の娘であるユーディを昔から知っていたし。本家のユーディも分家の息子であるブレイクのことを知っていた。
…………そしてこの二人は、昔から犬猿の仲であった。
「信じられない! グラディスがこの阿呆と同じ部隊だったなんて! 大丈夫? 阿呆に振り回されて、苦労はしていない? グラディス」
「こっちだって信じられない気持ちだよ! お祭りではしゃぎ過ぎて! 付き人を撒いて! 愚かにも拉致られかけた馬鹿を助けてくれたのがグラディスだったなんて! 大変だったねぇ、グラディス。こんなお転婆の所為で、破落戸なんかに立ち向かう羽目になって。下手したら大怪我してたかもしれないもん。きっと怖かっただろうねぇ。この馬鹿の所為で」
「なんですってぇ!? 誰がお転婆よっ!!」
「なんだよぉ!? ほんとーのことだろぉ!?」
ギャーギャー、ギャーギャー。騒ぐブレイクとユーディは嫌というほど周りから視線を集めているというのに。当の本人達は気づいている様子がない。
そんな二人に挟まれたグラディスは、沈痛な面持ちで助けを求めるかのようにマリア達の方を見る。
…………が。生憎と関わると面倒そ──ごほんっ。大変そうだったので。マリア達はそっと目を逸らした。
「にしても思わぬ縁ってヤツだな。グラディスが助けたお嬢様がブレイクの親戚だったなんて。世界は狭い狭い」
平民であるグラディスが騎士になるに必要だった貴族の後見人が、ラスレット侯爵家で。そんなラスレット侯爵家の分家筋がブレイクの実家であるラスラク伯爵家。
こんなにも沢山の騎士がいる中で、ピンポイントで同じ部隊に配属されることになるなんて奇跡に等しい。
…………まぁ、この面子を選んだのはヒューバート騎士団長なので。彼がワザと、縁がある者を同じ部隊に配属した可能性はあるが。生憎とその答えを、今知っている者はここにはいない。
取り敢えず……。
「早く飯食っちゃえよ。昼、食いっぱぐれるぞ」
ロキが真っ向から真っ正論な指摘をすると、ブレイクとユーディがハッとする。
「……! そ、そうよね! ごめんなさい、グラディス! あたしも昼食を持ってきたの! 是非食べて頂戴?」
「いやいやいや。オレらには〜マリアちゃんが用意してくれた美味し〜い昼食があるんで〜! お前の準備した昼食はいらないですぅ〜!」
「なんですってぇぇぇ!?」
「やんのかこら──……」
「──黙って、くださいます?」
「「…………」」
「「「「…………」」」」
凛、と響いた一言で。ブレイクとユーディが黙り込み、他の面々が息を呑んだ。
ピキッと凍りついた空気。ロキ達の視線が恐る恐る……静かな冷気を漂わせるマリアの方へと、向かう。
「…………仲良く、会話をしながら、食事をするのは良いことだと思います。…………が。騒がしく、口悪く、言い争いをしながら食事をするのは、よろしくないかと。お忘れかもしれませんが……小さな子供の、ホープの前ですよ? 教育に悪いことは、しないでくださいます?」
『…………』
「あほー! ばかー! やんのかこらー!」
「…………」
『…………!!』
──ヒョォォォォ……!!
ケラケラと、楽しそうに笑いながら汚い言葉を使ったホープに、マリアから漂う冷気が増す。
多分、幼い子供あるあるの大人の言葉を真似しているぁけだとは思うが。もしもこの言葉を覚えてしまったら……ブレイクとユーディは、確実に、終わる。
マリアは二人に向けていた冷たい視線とは打って変わって、穏やかに。けれど絶対に押し倒すという気概を感じさせる強さで、ホープに言い聞かせた。
「ホープ、駄目ですよ。それは汚い言葉なので。覚えてはいけません」
「う? だめぇ?」
「えぇ、駄目です。忘れてしまいましょう」
「むー……わかった!」
「えぇ、いい子です」
マリアはホープの頭を撫でながら再度、視線をブレイクとユーディに向ける。極寒零度の、冷え切った目を。
「お二人も、もう、黙りますよね?」
「「…………ハイ……」」
「では、喧嘩をせずに。一言も喋らずに食事をしてください。……いいですね?」
──コクコクコク……。
マリアの圧に気圧された二人は、言われた通り無言で昼食を食べる。
ロキは思わぬマリアの一面に……手にしたサンドウィッチを落としかけて、慌てて持ち直してそれを口に放り込んだ。
「もぐもぐもぐ……ごくん。……驚いたな。マリィはいつも穏やかだから。こんな一面もあったんだな?」
「……駄目、でしたか? 行儀の悪いことを覚えて困るのはホープなので……つい、悪い見本を見せるブレイク様達に厳しく言ってしまいました」
「いんや? 確かにコイツらは煩かったし。あれ以上騒ぐようだったら俺が黙らせてただろうから、全然問題ないけど。……本当、マリィがホープの子守役でよかったと思うわ。マナー教育までしてくれるとか、最高過ぎるだろ。ありがとな、マリィ。ホープのために、沢山心を砕いてくれて」
「…………いえ。どういたしまして」
またパン屑をつけたホープの口元を拭ってやりながら、マリアはほんの少し恥ずかしそうにする。
だが、ブレイク達の言い争いは思ったよりも時間を使ってしまったらしい。
午後の訓練開始十分前の、太鼓の合図が訓練場に響き渡る。
「お、時間だな。ご馳走様でした!」
「はい。午後も気をつけてくださいね、ロキ。皆さんも」
「がんばれー!」
「おう、ありがとな。行ってきます」
ロキの言葉に続いて、タニア達も食事を終える。
「ご馳走様でしたわ」
「ご馳走様でした。デイジー殿にもお礼をお伝えください。ユーディ様も、ありがとうございました」
「ごちそーさまぁ〜! 頑張ってくるよ〜!」
「グラディス! 気をつけてね!」
「行ってらっしゃいっす〜!」
四人は身支度を整えてから、舞台に戻っていく。
残されたのは当然ながら、マリア、ホープ、スレイ……そして、ユーディの四人。
「…………? あの?」
マリアは今だにここに居続けるユーディに首を傾げた。
彼女の目的はグラディスだった。しかし、彼はもうここにいないのだから……ここにいる理由はないはず。
だが、そう思っていたのはマリアだけだったらしい。彼女は意を決したように頷くと、グイッと顔を近づけて。鬼気迫る様子で、マリアに問いかけてきた。
「ねぇ、貴女! 一つ聞くけど!」
「は、はぁ……」
「貴女は別に、グラディスが好き! とかじゃないのよね!? 恋人だったりしないわよね!?!?」
「…………何を仰ってるんですか??」
「答えて!」
いっそ睨んできていると言っても過言ではない面持ちに、マリアはドン引きしてしまう。
しかし、どうをこうしても彼女は引く様子がなかったので……マリアは大人しくそれに答えた。
「……グラディス様と私は、恋人じゃありません」
「本当でしょうね!? 嘘じゃない!?」
「本当のこと言っても疑うんでしたら、聞かないでくださいよ……。答えても無駄じゃないですか……」
「ふんっ! 言質を取りたかっただけよ! 貴女、グラディスとは恋人じゃないって言ったんだから……これからも彼を好きになったり、恋人にならないでね!」
腕を組んで偉そうに言ってくるユーディに、マリアは更に引いた。
なんでこんなことを彼女が言ってくるのかが分からなくて。マリアは困惑を隠せない。
そんなマリアを見て、ホープはムスッという顔になる。そして、彼女を困惑させる原因であるユーディに、大きな声で言い返すのだった。
「ママを! いじめないで!」
「…………は? ま、ま??」
「ママはパパと! 仲良しなんだもん! グー君、かんけーないもん!」
「…………」
いつの間にグラディスのことをグー君と呼ぶようになったのか……。マリアは場違いにもそんなことを思う。
ユーディの方はここでやっと、ホープに。《魔王の卵》に気づいたみたいだった。どれだけグラディス(と、ついでにブレイク)しか目に入っていなかったのだろうか?
ユーディはマリアとホープを交互に見て、目を見開く。
「…………えっと。貴女、人妻だった??」
「……いえ、人妻ではありませんが。でも、ロキと一緒にこの子ホープを育ててはいます」
「…………後ろの獣人?」
「多分、同じ黒髪だからオイラが坊ちゃんと血縁があるって勘違いしてるんだと思うっすけど。オイラはスレイ。ロキ兄貴の舎弟っす。ロキ兄貴はさっきの、暗灰色の髪の男性っす」
「…………」
ユーディは黙り込んだ。なんか自分の中で情報を消化しているらしい。
時間にして数十秒。情報を消化し終えたユーディは「あ〜……」となんとも言えない声を漏らす。
そして、微妙に申し訳なさそうな顔をしながら……マリアに謝罪を、するのだった。
「そのぉ〜……悪かったわね。あたし、グラディスのことが好きだから。つい、牽制しちゃったわ」
「…………牽制……」
「そう」
「何故に……??」
「そりゃあ好きな人に他の女が近づくのが嫌だからよ。他の女を近づかせないためにはこーやって牽制するしかないでしょ?」
「そ、そんなものなんですか……?」
「そーよ! 恋は戦いなんだから! なりふり構ってなんていられないのよ!」
恋は戦い……。また新しい恋のカタチが出てきてしまった……。
人の数だけ恋のカタチがあると聞いてはいたけれど。流石に物騒な感じの恋は、恋愛が分からないマリアでも受け入れづらい。
「えーっと……マリア? だったかしら? 貴女は完全にグラディスとか視中にないみたいだから。もうこんな風に牽制したりしないわ。…………後で、さっきの女騎士にも確認しておかなきゃ」
「…………」
一人でぶつぶつと呟き始めたユーディを見て、マリアは彼女の恋について考えるのを諦めた。
なんか、関わるのが面倒そうだと思ったとも言う。
でも。
「あっ。今日からあたし達、お友達ね」
「…………えっ!?」
「グラディスの同じ部隊の人達と仲良いんだったら、そこから情報とか手に入れられるでしょ! だからあたしに色々とグラディスの情報、寄越してよね! よろしく!」
「…………」
──ひくりっ。
マリアの頬が引き攣る。しかし、ユーディはそれに気づかず……自分のことしか考えてなくて。
…………多分、本人には悪気はないのだろうけれど。貴族令嬢らしい傲慢さを振り回して、周りを巻き込むその姿に……マリアは衝撃を受けて固まってしまうのであった……。




