さんじゅーきゅう
訓練観覧は続く。
集団での型稽古は、一糸乱れぬ動きで全員が同じ動きを取っていた。一の型、二の型、三の型と続き……七の型までくると再び最初から。剣を振い、薙ぎ、払い、真っ直ぐに振り下ろす。
剣が使えない場合も想定して徒手での稽古も。魔法を用いた剣技も披露された。
次は組み手。先攻、後攻を決めて、型通りに剣で攻撃して受け止める。
「ほぉぉぉぉぉぉ!!」
その度にホープが大・興・奮・☆して、変な声をあげながら両手を空に突き上げる。騎士好きだから、興奮してしまうのは仕方ないのかもしれない。
けれど、マリアは少し心配になる。
(……これでロキが出てきちゃったら……ホープ、どうなっちゃうんでしょうか……?)
マリアとロキがホープを好いているように。ホープもまた、二人のことを好いている。
だから、ホープの好きな騎士であり……ホープの大好きなロキが出てきてしまったら。この子はどうなってしまうのだろうか?
興奮し過ぎて鼻血を出してしまうんじゃないだろうか?
(……万が一鼻血を出してしまった時は、治癒で治してあげましょう)
そんな風にロキのことを考えたからだろうか? カラフルな髪色の中に、暗灰色が現れる。
「あ……ホープ。見てください、ロキがいますよ」
「パパ!?」
マリアが声をかけると、ホープは目を一等輝かせて、示した方に視線を向けた。
「パパーッ! がんばって!」
観客席と中央舞台は遠いから、声は届かないはずなのに。ロキはふと顔を上げてこちらに気づく。そして、応援に応えるかのように大きく手を振った。
「にゃー!」
「坊ちゃん、元気ぃ〜」
それで余計にホープが喜んだ。若干スレイが引くぐらいの喜びようだ。
マリアは苦笑をしながら「よかったですねぇ」と声をかけると、幼子はニコニコ笑顔で「うんっ!」と頷く。
その時──〝クスクス、クスクス〟と、笑い声が近づいてきた。つい、我慢できなくて漏れてしまったといった感じの笑い声が。
マリアは声の方へと顔を向ける。そして、そこにいた人を見て……目を見開いた。
「お久しぶりです、マリア嬢にホープ坊ちゃん」
後ろで一つ縛りにした茶髪。中性的な顔立ち。初めて会った時は平民のような服を着ていたが……今日は質素ながらに仕立ての良さが分かる、良い服を着ている。
マリアは記憶を遡りながら、恐る恐る彼はと声をかけた。
「貴方は確か……王都に入る時に声をかけてくださった、ビーさん?」
「えぇ、そうです。オラシオン商会のビーでございます。覚えていてくださって光栄です。まさかこんなところで再会するとは、思ってもおりませんでしたがね?」
そう……彼は初めてこの王都に足を踏み入れた時に、王都に入るための列の前にいた人であった。
王家御用達でもある商会を率いる若き商会長──ビー。
マリアとしてもこんなところで会うとは思ってもいなかったので。驚きながら、それに答えるのだった。
「私もこんなところでお会いするとは思ってもいませんでした。何故、ビーさんはここに?」
「我が商会は王家御用達ですので、その縁から国を守る騎士団にも品の卸しているんですよ。今日はお付き合いも兼ねて訓練観覧の見学をしていたんです。そうしたら、元気に応援しているホープ坊ちゃんを見つけましてね。つい声をかけてしまった、と訳です」
「そうだったんですか……。あ、折角ですから。よろしかったら隣に座ります?」
「………よろしいので?」
「構わないでしょう? スレイ」
「大丈夫っすよ〜!」
スレイも笑顔で頷く。
ビーは若干驚いた顔をしながらも「失礼します」と隣に座る。
そしてマリアを挟んだ反対側に座るスレイをジッと見つめ……恐る恐る、口を開いた。
「…………もしや、あの時の馬殿?」
「ういっす! そうっすよ!」
「やはりそうでしたか……。獣人でいらしたんですね……。驚きました」
「じゅーじん?」
ホープが首を傾げながら、スレイを見上げる。
不思議そうな幼子に教えるように、ビーは説明をした。
「獣人というのは彼のように人の姿と獣の姿を有する種族のことを言います。このセヴェール王国は人間種が治めている国なので、基本的に人間種が多いのですが……他の種族の方々がいない訳ではありません。それでも初対面の時は全然、彼が獣人であるとは気づかなかったので。今日は人型のスレイ殿を見て、驚いてしまったのですよ」
「あっははは〜。あっはははは〜」
「…………」
ビーはスレイが馬の獣人だと思っているようだが。マリアは彼の主人であるロキから聞いている。
スレイはスレイプニル──……馬の魔物であると。
しかし、スレイが笑って誤魔化している感じからして……どうやら彼が魔物であることは言わない方がいい気がする。こういう時の勘は当たるのだ。
マリアはもにょっと口を動かして、話題を変えようとビーに話しかけた。
「ところで……今日はあの護衛さん……カーディナルさん? はどうしたんですか?」
「ん? カーディですか? 何か彼にご用で?」
「いえ、用は一切ないのですが。ビーさんの護衛だと仰ってたので。今日もいるのかと思っただけですよ」
「あぁ……成る程。ご期待に添えず、と言うのも変ですが……彼の本職は冒険者ですので。専属契約を結んでいる訳でもないので、普段の彼は普通に、冒険者として活動しているのですよ」
カーディナルとは、ビーが商会で取り扱う品物の確認・買い付けに向かう際に護衛として同行している冒険者のことだ。《真紅の灰刃》という渾名を有するそれなりに名の知れたA級冒険者でもある。
カーディナルはビーからの護衛依頼を積極的に受けてくれるが……流石に専属契約を結んでいる訳ではない。そもそも、他人に縛られるのを疎う人間が自由である代償に全てが自己責任である冒険者──仕事を受ける受けないなども自分で決められる──という職に就くことが多いので、専属を結ぼうとしてもまず断られる。
ゆえに、彼は今日も一冒険者として活動しているのだとビーは語った。
それに……。
「ついでに言うと……カーディはちょっと、騎士団とソリが合わないらしいので。多分、ほぼ確実に、騎士団が関わる催し物には顔を出さないと思いますよ」
「ソリが合わない?」
「なんでも苦手な人がいるんだとか。豪胆な性格をしてる癖に面白いですよね」
彼のことはほとんど知らないけれど。ビーが言うように……カーディナルは見た目からして、いかにも豪胆そうな印象があった。
けれど、そんな彼にも苦手な人がいて。会わないように、こそっと逃げることもあるらしい。
人は見かけによらないですねぇ……と、マリアは心の中で思う。
そんな話をしている内に、気づけば訓練観覧の午前の部が終わる時間になってしまった。
「以上を待って! 午前の訓練は終わりとする! 昼休憩を挟み一時間後、再度この場に集合するように! なお、昼食は家族と取って構わん! では、解散!」
『ハッ!!』
ヒューバート騎士団長の号令に従い、中央舞台に並んでいた騎士達が動き始める。
それを見たビーはサッと立ち上がり、身嗜みを整えて、マリア達の方を向く。
「では、昼休憩となりましたので。わたしはここで」
「……お帰りに?」
「えぇ。これでも忙しい身ですので。騎士団長様にご挨拶をしてから辞させていただきます。今度は是非、我が商会にお越しくださいね? お待ちしておりますから」
「はい。機会がありましたら」
「ふふっ。では、失礼します」
「さよなら、ビーさん」
「ばいばい!」
「さよならっす〜」
ビーは軽く一礼をしてからこの場を去って行く。
そんな彼と入れ替わるように現れたのは……ロキ、タニア、グラディス、ブレイクのいつもの面々。
「パパッ!」
ホープがぴょんっとマリアの膝から飛び降りて、ロキに駆け寄る。そのままその足に勢いよく抱きつく。
ロキは「おっと……!」と驚きながらも、危なげなくその小さな身体を支えた。
「パパッ、かっこよかった!」
「ははっ、ありがとな」
「お疲れ様です、ロキ。皆さん」
「マリィ」
マリアも立ち上がってロキ達を迎える。
そして、スレイから籠を受け取って少し持ち上げながら、午前の訓練を頑張った四人にふんわりと笑いかけた。
「昼食を持ってきたんです。よろしかったら一緒にどうですか?」
「……まぁ。わたくし達もよろしいので?」
「はい。デイジーが沢山持たせてくれましたから。是非」
「では、お言葉に甘えて。ご一緒させていただきますわ。グラディス、ブレイク。二人もよろしいでしょう?」
「はい」
「わぁ〜い、嬉しいなぁ〜! 外に食べに行くの面倒だったから、ラッキー♪」
警備上の理由から、今日の見学者達は昼休憩であってもこの訓練場から出ることを禁止されていた。つまり、座っていた場所で事前に準備していた昼食を取る必要があった。しかし、騎士達はそうではない。
身内が見学に来ている者は共にここで食事をするのが一般的であるようだが……そうではないものは普段のように、食堂で食事を取ることになる。
しかし、そのためにはそれなりの距離を移動しなくてはならないので、マリアが昼食を持ってきたのは、中々のファインプレーであった。
「ところで……そちらの獣人の方は?」
「オイラっすか? オイラはスレイと言いまっす! ロキ兄貴の子分っすよ!」
ビシッと敬礼しながら挨拶をするスレイを見て、ロキはスンッとなんとも言えない顔になりながらも……彼をタニア達に紹介する。
「デイジーは家事妖精であるがゆえに屋敷の外だと本領を発揮できないってことだったからな。俺らの代わりにホープとマリィの護衛を任せたんだ」
「あぁ……セルリーツ卿が言っていた我々の代打とは、彼のことだったんですね」
「今後もちょいちょい顔を合わせることになると思うんで! よろしくっす!」
「よろしくね〜! なんかオレ、君と仲良くできそ〜!」
「あっははは〜! オイラもっすよ〜!」
……何故かブレイクと意気投合してしまったらしい。
一瞬で仲良くなって肩を組んだスレイとブレイクを無視して、ロキはマリア達に声をかける。
「よし。アイツらはほっといて飯を食おう。時間が惜しい」
「あ、はい。準備しますね」
「手伝う!」
「じゃあホープは、皆さんにおしぼりを配ってくださいね」
「うん!」
ホープがタニアとグラディスにおしぼりを渡している間に、マリアとロキでサササッと昼食の準備をする。共に暮らしているだけあって中々の連携プレイだった。
それを見ていたグラディスが、少し申し訳なさそうな顔になる。
「すみません……準備をさせてしまって。何かわたしが手伝うことは?」
「大丈夫ですよ。どうぞ座って待っていてください」
「ありがとうございます、マリア嬢」
そのやり取りを聞いて、タニアがハッとした面持ちになった。
なんだかんだでお嬢様なタニアだ。騎士として自分のことは自分でできるようになったところはあっても、準備してもらうのが当たり前だと思ってしまっていた。
けれど、彼女が何かを言い出す前に、昼食の準備は終わってしまう。
「はい、パパ! ママ!」
「おう、ありがとうな。ホープ」
「ありがとうございます」
マリア達もホープからおしぼりを受け取り、手を拭く。
そして全員に向かって、ロキが食前の挨拶を口にした。
「よし、それじゃあ食おう! いただきます!」
『いただきます』
デイジーが用意してくれたのは、外でも食べやすいようにと小さく切ったサンドウィッチだった。お肉が入ったものやお魚が入ったもの。野菜だけではやく、果物を挟んだデザート系のサンドウィッチまで用意されている。
とても美味しい食事に、全員が舌鼓を打つ。
「美味しい〜!」
「よかったですね、ホープ。お家に帰ったらデイジーにありがとうって言いましょうね」
「うん!」
「あぁ、慌てんなって。口にパン屑付いてるぞ」
マリアとロキに挟まれて、二人に世話をされながらサンドウィッチを頬張るホープの姿は……普通の子供そのものだった。差別され、迫害されてきた《魔王の卵》とは思えない幸せそうな……幸福そうな親子そのものの、姿。
……それを見たタニアは、眩しいものを見てしまったかのように……目を細める。
「……?」
それに気づいたグラディスが、どうしたのだと声をかけようとした。
だが、そう尋ねる前に届いた声に邪魔されて、それは叶わない。
「ここにいたのね、グラディス!」
響いたのは、軽やかな声だった。ぱたぱたと忙しない足音。
皆が向けた視線の先にいたのは……グラディスを見つめて、一直線にこちらに向かってくる薄桃色のふわふわした長髪が特徴的な少女。
「……! ユーディ様……!?」
少女の姿を見たグラディスは、ギョッとしながら立ち上がった。
だが、彼より驚いたのは……まさかまさかの人物。
「げぇぇぇぇっ……!? なんでお前がここにいんだよぉ、馬鹿ユーディ!」
ブレイクが叫びながら、少女を指差す。
少女もまたブレイクを目にして、苦いものを食べてしまったかのように顔を歪めて悪態を吐く。
「…………!?!? それはこっちの台詞よ、阿呆ブレイク!」
「……………!? え!? ユーディ様とラスラク卿は……お知り合いで!?」
「「知り合いとか言わないで!! ……!! チッ!!」」
舌打ちまでピッタリな二人に……置いてけぼりを喰らったマリア達。
だが、ロキだけは違った。なんか愉快なことになりそうだな……と、そう思わずにはいられなかった。
実際に、そう思ったのは予想通りになって。
この少女の登場で、ロキ達はグラディスとブレイク二人の……いや、正確には三人の新たな一面を知ることになる。




