さんじゅーなな
ディルムント・セヴェールは直ぐ上の姉であるミラベル・セヴェールが大好きだ。幼いながらにして立派なシスコンである。
だから……姉を悲しませる〝彼ら〟が本当に嫌で、嫌いで、仕方なくて。ディルムントは悔しそうに口をへの字に歪めていた。
(あいつら、嫌いだ! 僕のあねうえを悲しませるんだから!)
べったりと、王宮の窓に張り付いたディルムントの視線の先には……中庭の四阿で仲良くお茶をしている少年少女がいる。
片方は幸せそうに微笑む姉──ミラベル。その向かいに座っているのは……金髪碧眼の美少年──アントルノ公爵家嫡男ソーン・アントルノ。
確かに、見た目は良いけれど。まさに王子様らしい容姿をしているけれど。
でも、ディルムントはソーンが嫌いだった。
だって仕方ない。あの男はミラベルの婚約者だというのに。幼馴染であるエレイン・カリッド侯爵令嬢のことばかり信じて、ディルムントの大好きな姉を傷つける奴なのだから。
エレインはいつもいつも。ソーンがいないところで、自分の方がソーンの大切な存在であるとアピールして。周りの令嬢達を味方にして。ミラベルのことを、両思いだった自分たちを引き裂いたのだと……そんな風に悪者扱いしている。
なのに、ソーンは幼馴染がそんなことをするはずがないと。彼女はそんな人じゃないと信じやしない。
ミラベルの婚約者であるのいうのなら、一番に王女のことを信じるべきなのに。大切にするべきなのに。
なのにあの男は、幼馴染を信じて姉上を傷つけている。
(大嫌い! 大っ嫌いだ! あねうえを傷つける、あんな奴ら!)
なのに、ミラベルはソーンのことが好きだからと。大好きだからと。あんなにもエレインから傷つけられているのに。我慢している。……見て見ぬふりをしている。
婚約者である自分よりも、幼馴染を信じる……。──ソーンに自覚があるかないかは分からないが……──自分よりも幼馴染の方ばかりを大切にしている、婚約者の不誠実さを。
(…………あんな奴が、あねうえを守れるはずがない……! 僕がっ……僕が守るんだっ……!)
ディルムントは口をへの字にして、地団駄を踏んだ。
今の自分では大好きな姉上を守ることができない。そんな力もない。
なら、どうすればいい? ……簡単だ。強くなれば良い。
都合がいいことに、強くなる手段は案外──身近にある。
(……待っててねっ……! あねうえっ……!)
ディルムントは怒りを込めた目でソーンを睨みつけてから……勢い込んで、王宮敷地内に建てられた別邸へと向かうのだった。
◇◇◇◇
「とゆーわけで! 僕に剣をおしえろ!」
訓練観覧まで後五日──。
ロキは珍しく、たった一人で現れたディルムント──普段、彼は姉のミラベルとしかここに来ない──の言葉に、目を丸くした。
今日の訓練対象だったグラディス──なお、疲労から膝に手をついて、荒い呼吸を繰り返していた……──が、王子の言葉に驚き、目を丸くしている。
後ろの護衛達も〝えっ? 初耳なんですが!?〟〝断れ、断っとけ! 絶対に断れよ!?〟と驚いたり目で合図を出してきたりしているが……王子の目は幼いなりに本気だ。
「……ふむ」
だからロキは顎に手を当てて考える。
そして……視線を合わせるようにしゃがみ込むと、真剣な面持ちで問いかけた。
「なんでですか?」
「……?」
「なんで、剣を教わりたいんです? それも《青》の騎士である俺に」
「…………え?」
「殿下は王子だ。通例なら、王族の指南役は《白》の騎士になるモンなんじゃないんですか?」
「………………」
ディルムントは視線を彷徨わせて、考え込む。
剣を教えることはできないと、断ることは簡単だった。けれど、わざわざロキに教えを乞うてきたこと──それには、幼い王子なりに考えて選んだ行動である気がした。
だから、ロキは真剣に。どういう気持ちで剣を教わりたいと言い出したのか、聞きたかった。
「…………あねうえを、守りたいんだ」
「……ミラベル王女を?」
「……うん。そのためには、一番強い人に教わるのが、いいだろ。僕がしってる中で、一番強いのは……お前だから。だから……」
ぎゅっと、握り締められた拳。
きっと、ディルムントの気持ちに嘘はないのだろう。
けれど……こればかりは。今回ばかりは、簡単に受け入れる訳にもいかない。
「……王女殿下を守りたいから、その気持ちは立派です」
「……! ならっ……!」
「でも、剣は人を守る手段であり……人を殺す手段でもあります。それは、分かってます? ディルムント第二王子」
「っ……!」
幼いからって、子供騙しな言葉を紡ぐつもりもない。子供の戯言、だからと。子供相手だからと、その場凌ぎの対応をするつもりも。歯に衣着せるつもりもない。
これは真剣に聞かなくては、いけないことだったから。
「相手の命を奪う覚悟があって。相手に命を奪われる覚悟がある。……それなら俺は貴方に剣を教えます」
「……っ!?」
ギョッとするディルムントに、絶句する騎士達。
だが、王子の後ろにいた騎士達はハッとすると……険しい面持ちでロキを睨みつけた。
「お前っ……! 一騎士風情が!」
「ディルムント王子に向かってなんて口の聞き方を──」
「黙れ」
さっきまで〝断れよ!〟と目で訴えてきていたくせに。思わずといった感じで溢した騎士達の言葉を、鋭いロキは視線と声で制する。
「生半可な覚悟で剣を持って。後悔する羽目になんのは王子自身だ。いいか? 俺らは騎士という身分ゆえに剣を振るう大義名分を得ているだけで……実際のところ、人殺し集団であることには変わらないだろうが。それは違う、だなんて。否定はさせねぇぞ」
「「「!!」」」
「…………人、殺し」
ある意味間違ってはいないロキの言葉に、騎士達は黙り込み。ディルムントは目の前にあるロキを恐るかのように一歩、後ろへと後ずさった。
その無意識の反応こそが、幼い王子の覚悟が……そこまでは決まっていないという証左。
「…………取り敢えず、真剣に。剣を教わる気があるのか……考えてください」
「しんけん、に……」
「……そうですね。丁度、騎士団の訓練観覧があることですし。きちんとそこで騎士、というのがどういうことをしているのかを見て、決めたらどうですか? もしかしたらその時に、もっと、教えるのが上手そうな奴とかに出会える可能性もあるでしょうし」
「…………お前、以外?」
「えぇ。そうです」
ロキには自覚があった。自分は決して、良い指導者でないという自覚が。
なんせ元が暗殺や諜報を得意とする黒騎士であるのだし。今、教えているタニア達は曲がりなりにも騎士だから、多少の傷を負わせても問題ないだろうと判断して時には無茶な訓練をしていたりするが。
王族相手ともなれば、教え方も考えなくてはいけなくなる。守るべき相手を傷つけるのは、本末転倒甚だしい。
それに……力の強すぎる自分では、手加減をしても多少の怪我を負わせてしまうだろうから。
だから、自分に教わりたいと言うのなら、怪我することも踏まえて。本当に、強い覚悟を持って挑んでもらわなくては困るのだ。
なので──……。
「色々と考えて。それでも俺から教わる、って気持ちが変わらなかったら。そうしたら俺も、真剣に教えますから。どうです?」
ロキはそう提案すると、ディルムントは悩むような顔で黙り込んだ。
だが、ロキは譲る気がないので。そう言外に、視線で訴えながら返事を待つ。
待つこと数十秒。幼い王子は緩慢な動きで、こくんっとそれに頷いた。
「…………わかっ、た……そう、する」
「……はい。じゃあ、そういうことで」
さて……取り敢えず王子の要件は終わったと考えていいだろう。
ロキは立ち上がりながら、告げた。
「では、殿下。俺らはそろそろ訓練に戻ります。危険ですので……どうかこの場から離れてくださると幸いです」
王子の背後に立つ騎士達に合図を出すと、彼らはロキの不遜な態度に渋い顔をしながらも、ディルムントの安全を優先してこの場を去るとこを提案する。
二人の騎士に先導されて去っていく第二王子の背中を見送ってから……ロキは振り返る。
「よっし。充分休憩できたろ。再開するぞ、グラディス」
「…………はい、よろしくお願いします……」
頬を引き攣るグラディスに、ロキは獰猛に笑う。
訓練観覧まで後五日。時間は少ないのだから、有効的に使っていかなければ。
ロキはその後──……短い休憩時間を挽回するかのように、厳しい訓練をグラディスに課したのだった──……。




