さんじゅーよん
「無理、してるみたいね」
──ふわり……。
ブレイクの恋人の一人である……酒場の女主人をしている美しい金髪の女性が、煙草を燻らせながら告げる。
夜深く、閉店後の店内。カウンター席でウィスキーを飲んでいたブレイクは目を丸くする。そして、ワザとらしく……何を言ってるか分からないと言わんばかりの顔で、首を傾げた。
「うーん? どーゆーことかなー? ミチュカ姐さん」
「……分からないフリをするの? お馬鹿なフリして本当は聡いアンタなら、ワタシの言いたいこと、分かってると思うんだけど?」
女主人──ミチュカは榛色の瞳を細めながら、ブレイクを見つめる。
……全てを見通すような目、だ。
なんとなく……居心地が悪くて。彼は意味もなく椅子に座り直した。
「アンタと付き合っているように、ワタシは本当の複数恋愛気質だから。アンタが他の人と付き合おうが、全然気にならないけど。でも……本当はアンタ、そういうタイプじゃないでしょ?」
「……………」
「無理をしてでも、〝真実〟を隠したいの?」
……本当に、嫌になるな、と。ブレイクは思った。
夜に生きる女性だからだろうか? 自分よりも歳上な、酸いも甘いも経験した女性だからだろうか?
ミチュカは若造であるブレイクの本心を……簡単に見抜いてしまう。見通してしまう。
……誤魔化そうと思えばできただろうけれど。本当は誰かに……少しだけ打ち明けたかったのかもしれない。
……苦しい苦しい、自分の本心を。
「…………駄目、だからね」
「……何が?」
「駄目、なんだよ。オレの真実は」
──カランッ……。
グラスに入っていた氷が音を立てた。
いつものヘラヘラと笑う姿が嘘のように。ブレイクは苦しそうに、辛そうに、無理な顔で笑っている。
「オレの真実は……許されない、んだ」
……ブレイクはそう言って、テーブルに突っ伏す。
「…………(……可哀想な子)」
ミチュカは憐れむような視線を向けながら、ブレイクの頭を慰めるように撫でた。
こうやって、無理をしてでも沢山の女性と付き合って。そこまでして隠さなくちゃいけない〝真実〟を抱えていることに……同情せずにはいられない。
ブレイクは伯爵家の子息だ。きっとそれも、隠さなくちゃいけない要因であるのだろう。
けれど……。
(無理をし続ければ……いつかは破綻してしまうもんなんだよ、ブレイク)
きっといつの日か。ブレイクは限界を迎えてしまうだろう。
自分を押さえ込んで、無理をし続ければ。そうなるに決まっている。
しかし、本人の意思を捻じ曲げてまで……どうにかしてやることなど。ミチュカにできるはずがない。
結局のところ──全てを変えるには、ブレイク本人が動くしかないのだ。
「…………無理だけは、しないようにね」
「…………」
なんて……もう無理をしている子にかける言葉ではないだろうけれど。
ミチュカはそう言わずには、いられなかった。
◇◇◇◇
いつものように朝礼を終え、マリアとホープが待つ別邸へ戻ろうとしたロキ達は……唐突に聞こえた声に、ぴたりと足を止めた。
「羨ましいよなぁ? ガキのお守りをするだけで給料が貰える楽な仕事なんて」
「…………あ?」
ロキ達はゆっくりと振り返る。
そこにはニヤニヤと笑う……他の《青》所属の騎士達四人。
……如何にも性格が悪そうな彼らの面持ちに、部隊長のタニアがキリッとした顔を返した。
「……それは、どういう意味ですの?」
「ははっ、そのまんまだよ。本来は護衛任務はベテランの騎士がやるもんだっていうのに……お前ら程度の実力で、お遊び騎士どもでもできてしまう任務なんだ。随分と楽な仕事なんだなぁって思っただけさ」
……もしかしたら、彼らは。実力を疑われたロキが模擬戦をした時に、その場に居合わせなかったのかもしれない。
そうじゃなければ、こうやって絡んでくることもないはず。
タニアは若干の苛立ちを感じながらも、言い返した。
「…………我々の仕事は、きちんと騎士として任された仕事です。そして、わたくし達は遊びで騎士をやっているつもりもありません。馬鹿にされる謂れはありませんわ」
「……ハハハッ! そうだなぁ! お前らで逆に丁度良いのかもなぁ!? だって、守らなきゃいけねぇのはあの《魔王の卵》だし!」
──ぴくりっ。
嘲るような声音に、ロキが無言のまま、反応する。
「世間知らずのお嬢様に」
「…………はい?」
「平民上がり」
「…………」
「騎士失格の女タラシ」
「……あ〜……あはは〜」
「最後には《モドキ》の新人、だ。《魔王の卵》相手なら、この面子で充ぶ──」
「待ちな、ロキ・セルリーツ」
──ピタリッ。
ロキの腕が変な位置で持ち上がったところで止まった。
据わり切った目で、今だにヘラヘラしている騎士達──今、命の危機に晒されていたことにも気づかない愚か者達──の背後……微妙に頬を引き攣らせながら歩いて来る《青》の副団長オーロラ・ネルサを睨みつける。
「騎士団内での私闘は、御法度だよ」
「…………」
「…………言っとくけど、闇討ちも禁止だからね」
「…………チッ」
舌打ちを溢したロキが腕を下ろしたところで、絡んできた騎士達よりも聡いタニア達は気づいた。
…………あれ? もしかして……今、ロキ……何かやらかそうとした……?? と……。
オーロラはやっぱり頬を引き攣らせながら……取り敢えず、ロキ達に絡んだ騎士達にも注意をする。
「……お前達も絡むんじゃないよ。コイツらを選抜したのは、騎士団長だ」
「なっ……!? 騎士団長がっ……!?」
「そう。だから、文句があるならアイツに言いな」
「…………」
絡んできた騎士達に睨まれた。
タニアは睨み返し、グラディスはどこか凄みのある笑顔を返し。ブレイクはいつもと変わらずヘラヘラ顔。ロキは真顔で指をグーパーグーパーさせている。
……そんな彼らの様子に、オーロラは溜息を溢した。実のところ……いつかは、こうなる気がしていたのだ。
第十五部隊に対する不満が出てくる気が。
「……まぁ、お前達の気持ちも分かるよ。護衛任務を任される、ってのは一つの指標だ。ベテラン入りした、っていうね。自分達よりも歴の浅い奴らが護衛任務を任されたともなれば……絡みたくなる気持ちも分からなくもない」
「「「「…………!」」」」
「でも、あの騎士団長が選んだ面子ってことは、それだけの理由があるって訳だと思わないかい? …………そこで、だ。この四人が護衛任務を務めるだけの実力があるって証明してもらうのはどうだい?」
『…………はい?』
「丁度、悩んでたんだよ。今度の訓練観覧でやるチーム戦……どいつらに任せようかを、ね」
ロキは〝訓練観覧ってなんだそりゃ〟という顔をしていたが……他の面々はハッとした顔で副団長を見つめている。
そんな彼らに向かって、オーロラはニヤリと笑う。
「丁度アンタらは四対四だし。他の奴らにも、本当にコイツらが護衛任務を任せられるに値するか否かを証明することができる。どうだい? 引き受けるかい?」
「こちらは、構いません」
即答をしたのはタニアではなく……グラディスだった。
ギョッとした顔で彼の方を見たが……そこでロキとタニア、ブレイクは気づいた。
……あ。この人、地味にブチ切れてた……と。
「先輩方も構いませんよね? 逃げるなんて、恥ずかしいこと……しないでしょ?」
煽るような笑みと言葉が、売り言葉になったのだろう。
彼らは「当然だ! 受けてたつっ!」と逆ギレ気味で怒鳴り返してきた。
「よし。それじゃあ、そういうことで。本番当日まで喧嘩すんじゃないよ」
オーロラは手を振りながら、颯爽と去っていく。
絡んできた騎士達も舌打ちを溢しながら、その場を去っていった。
残されたのは……ロキ達は第十五部隊の面々のみ。
「…………セース卿」
「失礼。つい喧嘩を買ってしまいました」
「いーんじゃね? ウチの可愛いホープのこと、舐め腐ってやがったし」
ロキが据わった目で呟く。
三人はその反応に、納得した面持ちになった。
(((コイツがやらかしそうになったのは……甥っ子が理由か……)))
「まぁ、なんにせよ、だ。訓練観覧って何? チーム戦って何すんの?」
「えーっと……訓練観覧は、騎士団員の家族とか一般の人達に〜普段、騎士団はこんな活動・訓練をしてますよ〜って見てもらうの。チーム戦はそのまんま。チームでの模擬戦ってことだね」
「へぇ……」
スッと目を細めるロキ。
その瞬間──タニア達はぞわりと背筋が冷たくなる感覚を覚えた。…………正確には、嫌な予感が、した。
「なら、いつもの訓練、もう一段階レベルを上げるか」
「待ってくださる? まだ、あの訓練に上がありますの?」
「? 当然。まだウォーミングアップ程度だろ」
「本気で言ってます!?」
「ヒィッ……!!」
ガクガクと恐怖に震えるタニア達。
しかし、ロキは悪魔のような笑顔で告げた。
「ホープのこと、馬鹿にしやがったこと、後悔させてやる。…………そのためにも。覚悟しろよ、お前ら」
「「「…………ア、ハイ……」」」
その言葉に拒否権が一切ないことを悟ったタニア、グラディス、ブレイクは……死んだ目で頷くのであった。




