さんじゅー
お待たせいたしました。本日より、更新再開です!
新キャラのド修羅場から始まる第三章です。
よろしくお願いしまーす!
「ジェンナ。君とは、離縁させてもらう」
住み心地が良いようにと、細部にまでこだわった別邸にて。
恋人と甘い時間を過ごしていたジェンナ・アドラー伯爵夫人は……唐突に告げられた夫ワルド・アドラー伯爵からの言葉に、目を丸くした。
ジェンナは元々、このオレッド王国ではなく……西の隣国セヴェール王国の四大公爵家が一つ──……ロッシェータ公爵家の令嬢であった。
美しい白金色の髪に〝特別な瞳〟……幾何学模様が浮かんだ淡い空色の瞳。代々、美姫を娶ってきただけあって、その血を引き継いだ彼女もとても美しい容姿をしている。
…………が。素晴らしいのは見た目だけで。ジェンナは貴族令嬢と思えないほどに奔放……ある意味、典型的な貴族らしい傲慢な女性であった。簡単に言ってしまえば、酷い浪費家かつ貴族令嬢としてはあり得ないほどの身持ちの悪さであったのだ。
自身を着飾る装飾品、ドレスには金の糸目をつけず。身の回りの物はなんでも高級品を好み、美容に効くとされる化粧品があれば湯水のように使う。毎日のように高級店で買い物、外食。好みの芸術家がいれば際限なく支援を行い、その見返りに甘い時間を得る……。ジェンナの暮らしは公爵令嬢とは思えないほどに、奔放なものであった。
その所為で彼女の父親──ロッシェータ公爵はとても苦労をさせられた。
如何に娘の愚行を隠そうとしても。人の口には戸が立てられぬもので。当然ながら……セヴェール王国において、純血が怪しまれるジェンナを娶ろうとする家は存在しなかった。
できることならジェンナを修道院に叩き入れるか、絶縁してしまいたいくらいなのだが。その〝特別な瞳〟を有して産まれてしまったがゆえに、下手な扱いができない。
このままこの問題児を抱えていかねばならないのかと頭を抱えていた時──……ジェンナの結婚相手を探しているという話を聞きつけ、一人の青年が名乗りを上げた。
それがオレッド王国の伯爵──ワルド・アドラーであった。
「君。大事な話をするから出て行ってくれるかな?」
夫に恋人を追い出されたジェンナは不機嫌そうな顔でワルドを睨みつけた。
そんな妻に……彼は冷たい視線を、送り返す。
「ジェンナ。君は結婚の際に交わした約束を覚えているかい?」
菫色の長髪をさらりと揺らしながら、ワルドは問いかける。
ワルドは伯爵でありながら、自身の商会──アドラー商会を経営する商会長でもあった。
彼の商会が特に力を入れて取り扱っているのは、魔物対策用の攻撃魔法を込めた魔石。魔物に効く最上級の魔石はエキセア王国から輸出される聖属性の魔石だが……それはかなりの高級品であるため、普通の人がそう手を出せる品ではない。そのため、一般の人々が手を伸ばしやすい魔石を取り扱うアドラー商会の経営はここ最近常に右肩上がりであり……更なる販路の拡大を模索していたワルドは、ロッシェータ公爵が自身の娘であるジェンナの嫁ぎ先に頭を悩ませているという話を聞き……彼女を妻とする見返りに、セヴェール王国への伝手を手に入れていた。……オマケに、ジェンナが〝特別な瞳〟を有していたおかげで、他の販路も手に入れることができた。
問題児を娶るというのはそれなりに不利益があったけれど。商人として考えれば遥かに利益の方が多かったと言えるだろう。
……しかし、商人として金稼ぎに精を出していても、ワルドが貴族であることには変わりない。自身の血を残していくという貴族の義務がある。
ゆえにワルドはジェンナに告げた。
──〝自身の血を引く子供を二人産めば……今までのように、好きに暮らしていい〟と……。
ジェンナの奔放さはもう病気レベルだった。伯爵夫人として、大人して暮らせるはずがないと分かっていた。
だから、条件を出した。血を残すという務めを果たした後は、好きにしていいと。
娶った時にジェンナが他の男の子供を孕っていないことは確認済みだ。ゆえに、彼女が妊娠する子供は確実にワルドの子供になるはずであった。
けれど──……。
「先日、子供達と血の繋がりがあるのか……医療機関に検査を頼んだんだ。驚いたよ。流石にどちらかとは確実に血が繋がっているだろうとは思っていたけれど……まさか、二人とも血が繋がっていなかったなんて……。……思いもしなかったよ」
「…………そ、そんなはず! そんなはずはないわ!」
ジェンナは信じられないと言わんばかりに叫ぶ。
だって……夫以外と肌を重ねる時は、細心の注意を払っていたのだから。
だから、夫の血を引いていないなんて……ジェンナだって、思ってもいなかった。
そんな彼女を見て……ワルドは大きな溜息を溢す。
「…………シャーワット王国の思想に染まっている君だ。どうせ慎ましくできないとは思っていたけれど。最初に交わした条件すらも果たせないのならば……他所の男の血を我が伯爵家に入れようとした妻との離縁も、仕方ないことだろう?」
「…………!!」
ジェンナは歯を噛み締める。
今回ばかりは、こちらの方が分が悪い。言い返すことなど、できやしない。
「勿論、君の実家も了承済みだ。……あぁ、安心してくれ。君がウチで浪費した莫大な金銭は、請求したりしないし。円満離縁、ということにしてあげるから。こちらもいい思いをさせてもらったところがあるし……血が繋がらなくても、わたしの子供として育てた子達だからね。これ以上、母親のことであの子達を悲しませるのは……忍びない」
ワルドが翳りを帯びた表情をしながら、目を伏せる。
…………ジェンナは、夫がそんな表情をする理由に気づかなかった。分からなかった。
きっと彼女の中には自分のことしかなくて。……自分が産んだ子供達が『何故、お母様は僕達に会ってくださらないの……? 僕達が嫌いなの……?』と泣いていたことなんて……微塵も、思い至らないのだろう。
「……一週間後、君の実家の迎えが来る。最後の時間をどう過ごすかは、君の判断に任せるよ。それじゃあ……さよなら。ジェンナ」
ワルドはそう言い残して別邸から去っていく。
一人残されたジェンナは、実家で暮らしていた時よりも優雅かつ好き勝手できていた生活が終わりを迎えることに怒りを爆発させて……。
ソファに置かれていたクッションを掴み、鬱憤を込めて思いっきり床へと叩きつけるのであった──……。
◇◇◇◇
一週間後──。
妻だった女性を乗せて去っていく馬車を、ワルドは屋敷の二階の窓から見つめていた。
(遠回しな言葉じゃ……君には伝わらなかったか)
ほんの少しだけ、期待していた。
一週間という残された時間。その間に一度くらいは、自分が産んだ子供に会いに行くかもしれないと。
でも、そんなことはなかった。彼女がしていたのは……この国の恋人達との最後の逢瀬を──自分についてくるように誘ってもいたようだが、漏れなく断られたようだ──重ねるだけであった。
(…………きっと君は、祖国でも色々とやらかしてしまうんだろうね……)
だが、それも仕方ないことなのだろう。
一度根付いたしまった思想というのはそう簡単に変えられやしないのだから。少なくとも……夫となった自分では、彼女を変えることはできなかった。
(……シャーワット王族の、選ばれし者にしか発露しない《天神の瞳》──か)
彼女があんな奔放な人間になった最たる元凶を思って、ワルドは小さく溜息を溢す。
これから元妻がしでかすであろうことを考えると……セヴェール王国とロッシェータ公爵に同情を禁じ得ない。
だが、あぁなってしまったのもまた彼らの所為でもある。
(…………まぁ、もうわたしには関係ない話だ)
ワルドは窓から顔を逸らし、その場から歩き出す。
伯爵としても、商人としても働く彼はいつだって時間に追われている。
だが、そこに後継者問題という本来ならばとっくに解決しているはずの問題が舞い戻ってきてしまったのだ。……それに、残された子供達のことも。
(……休んでいる暇はない。問題は山積みだ。キビキビ、動かないとね)
ワルドはそう心の中で呟いて……ほんの少しだけ、これからのことを憂いて嘆息するのだった──……。




