にじゅーはち
ついに、エキセア王国に潜っていた黒騎士から調査報告書が送られてきた。
そこに書かれていたのは……誰も想像ができなかった、思うよりも遥かに、衝撃的な……事実で。
いつかのように、国王の執務室に集まった面々は……それぞれがなんとも言えない表情になるのだった。
「やはり……彼女は隣国エキセアの聖女マリアで間違いないようじゃの。しかし……まさかエキセアで、このような非道な扱いを受けておったとは……」
国王ディバルトが沈痛な面持ちで呟く。
孤児であった少女は、村の男に襲われたことで聖女の力に覚醒し……僅か八歳で神殿に召し抱えられることになった。
しかし、神殿での生活はただただ地獄でしかなく。十年間──彼女はエキセア王国全土を覆う、最強と名高い結界を維持し続けて。更には空いた時間であの、聖属性の魔石の作成を強制されていたのだ。
……要はマリアは、エキセア王国で命を削る生活を強要されていたということだった。
「それにしても……エキセア王国全土を覆うあの結界。まさかアレが、聖女ただ一人の能力に依存し切ったものだったなんて……驚きだね」
他国でもエキセアを守る結界は有名であった。表向きの情報では聖女と神官達を中心にして発動されているということだったが……。
まさか完全に聖女ただ一人の力で、それもここまで聖女の心身を削りながら行使されていたものだったとは。
…………思いもしなかった。
「そうね……。身を削ってまで国を守っていたマリアちゃんを断罪して、王都から追放するなんて。エキセアの王太子はなんて馬鹿なのって言いたいところだけど」
「…………えぇ。ここに書かれている、王族、高位貴族を中心とした記憶の齟齬……〝何者かによる記憶の改竄〟というのが、全ての元凶なのでしょうね」
皆の視線が一文に集まる。
〝王族と高位貴族を中心に、聖女に関する記憶だけ改竄されている可能性が高い〟──という内容だ。
「……神殿の金に手をつけた横領。王宮で働く近衛騎士との不貞。更には公爵令嬢の暗殺未遂か。これらが聖女マリアの罪とされたようだが」
「……実際に金に手をつけていたのは神官ども。不貞を働いていたのは、表舞台での身代わりを担っていた偽物の聖女。そして……刺客を雇った本物の犯人は、聖女の使いを名乗った〝何者か〟。……この最後の〝何者か〟が、怪しいですね。聖女を陥れた犯人である可能性が高い」
騎士団長ヒューバートの言葉を拾うように、宰相モンドが呟く。
慧眼に長けた彼の言葉だ。言う通りの可能性が高いだろう。
そこでずっと黙っていたロキがポツリと呟いた。
「聖女を王都から追放することが目的だった……?」
『…………え?』
全員の視線がロキに集まる。
しかし、考え込みながらブツブツと呟いているロキは、それに気づかない。
「…………他国の人間が、エキセアを狙って、エキセアの要である聖女を王都から追放させることで結界を崩壊させようとした? いや、以前のエキセアは俺以外の黒騎士が潜入してても簡単に情報収集ができないぐらい神殿の警備が厳しかったんだから、他の国の工作員が聖女一人で結界を維持していると知れたはずがない……。そもそも表舞台には偽物の聖女が立っていたんだから、他国の奴らが結界の要が誰なのか知っていたなら、偽物の方を攫ったはずだ。本物の聖女は、神殿の奥深くに隠され、エキセアの一部の人間しか知らない存在だった……。ということは……本物の聖女を追放できるのは、その一部の人間だけ?」
エキセア王国の式典などで顔を出している聖女は、金髪碧眼の綺麗な女だった。
エキセア王国の人々は結界は聖女のおかげだと知っていても、その偽物の方を聖女だと思っていたはずだ。
つまり、本物の聖女を追放できるのは、本物を知っている人だけ。
しかし──……。
「いや……聖女の結界だって大事だろうが、マリィを利用してた奴らは聖女が作る魔石で荒稼ぎしてたんだから、聖女を追放しようなんざしないはずだ。じゃあ……何が目的で聖女を追放した?」
本物の聖女がいなくなってから、神殿の警備は杜撰になった。
どうやら結界の維持のために──神官達は他国に売り払って荒稼ぎしていた聖属性魔石や自分達の少ない魔力を使って結界を保とうとしているようだ──警備どころではなくなっているらしい。
だからこそ、今まで一切手に入らなかった神殿内の情報も手にはあるようになったのだが。
「……神殿に打撃を与えるため? …………いや、本物の聖女を手に入れたい人間がいる……?」
「…………ロキッ!」
「!」
考え込んでいたロキは、ヒューバートに名を呼ばれてハッと我に返った。
悪い癖だ。情報分析に熱中すると、周りが見えなくなる。
「あー……すみません? ちょっと集中し過ぎました」
「いや、構わんよ。ただ、何故〝聖女を手に入れたい人間がいる〟と思ったのかのぅ?」
「えっと……本物の聖女が王都から追放されたら、神殿の奥深くにしまわれるほど厳重に守られることがなくなるじゃないですか」
「成る程……。王都にいるままでは聖女に手を出すことはできないが、追放された後ならば聖女の守りは薄い。聖女を手に入れたい輩に対しては狙い所、という訳ですか」
「流石宰相様。話が早い。ただ……聖女を手に入れたい〝理由〟が分からないままなんですけど……」
「神殿の方々みたいにマリアちゃんを利用したいんじゃなくて?」
「だとしても、わざわざ王族やら高位貴族やらの記憶を改竄するようなことまでやることですか? なんか特別な理由がある気がするんですよねぇ……」
結局、分からないことが多いのには変わりないが……。こんなことまでしてマリアを手に入れようとした奴がいるかとしれない、ということが分かっただけ充分だろう。
「とにもかくにも……マリアが聖女であることを隠しがったのは、この国での酷使を警戒してのことじゃったのだろうな」
「わたくし達は当然、マリアちゃんを酷使するつもりなんてなのだけどぉ〜……そんなことを言葉で言ったって信じられないわよねぇ〜……。実際にエキセアで酷い目に遭ってきたのだし〜」
「まぁ、聖女であることを隠したいというのなら、彼女の意思を尊重するって方針でいいかな? 別に、聖女だろうがなんだろうが……既に彼女はこの国の国民なんだからね。幸せに暮らしてくれる以上のことはないよ」
王太子ディナントの言葉に皆が頷く。
ただでさえエキセアで辛い人生を生きてきたのだから。この国では幸せに生きて欲しいと誰もが思う。
聖女の力を利用しようとしないところが、この国の王族の良いところだ。
ロキは〝本当、ホープのことといい、マリィのことといい、この国のお偉いさん達は人徳者だよなぁ……〟と思いながら、これからもこの国に尽くそうと思うのだった。




