にじゅーなな
「…………っ! あ、ぁぁぁっ……!」
アレックスは胸を掻き毟りながら呻き声をあげる。
暴れ出しそうになる魔力を押さえ込もうとするけれど、上手くいかない。
彼は舌打ちを零して、壁際に控えていた侍女を操ると……目の前に来た女の頭を掴み、勢いよく魔力を流し込んだ。
「ギャァァァァァァァ!!」
侍女は身体をガクガクと震わせて、その場に崩れ落ちる。
虫の息同然ではあるが……後数回ぐらいは堪えられそうだ。
「連れて行け」
アレックスは他の侍女に指示して、崩れた女を部屋から連れ出させる。
「…………ふぅ……」
聖女のように……魔力を魔石に変換することができたのなら、効率的に消費することができたのだが。アレックスの魔力は性質的に魔石化しないため、こうやって他人に流して消費するしかない。
こんな面倒なこと……聖女がいればしなくて済んだというのに。やはり、彼女を取り逃がしてしまったことは痛手でしかない。
「…………聖女は、まだ見つからないのか」
「申し訳ありません。秘密裏に探索を行わなければならないので、難航しております」
「チッ……役立たずめ」
アレックスは苛立ちのあまり、側にあった花瓶を叩き割る。
ふと、鏡に自分の姿が映った。
…………聖女がいなくなって、まだ半年も経っていないというのに。もう、色が変わってきている気がする……。
「っ……!」
アレックスは鏡を殴り破る。割れた鏡の破片が拳に突き刺さり、その手を朝赤く染めたけれど。
彼は気にすることなく更に拳に力を込めた。
「探せ……探せ! 早く聖女を連れて来い!!」
怒声が響き渡る。
毛先が微かに黒く染まり始めた王子の狂気は……徐々にこの国を狂わせ始める。
◇◇◇◇
聖女が王都から追放されたからなのか……。
ついに監禁生活から解放されたヘレナは、直ぐに神殿へと向かった。
「神官長様!」
「…………ヘレナ、様……」
元々、静寂の場所とはいえ……いつもとは異なる静かさに包まれた神殿内。
最後に会った時よりも窶れた高齢の男性──神官長イルマの姿に、ヘレナは険しい顔になった。
…………嫌な予感が、余計に強くなったからである。
「……申し訳ありませぬ。本来であれば歓迎の意を示したいのですが……少し、それどころではありませんでして」
「…………神官様方のお姿が見えないことが、関わっておりますか?」
「…………」
「神官長様。お聞きください。何かが……何かが、おかしいのです。聖女様が罪を犯しただなんて……。追放されるなんて……! おかしいとは思いませんか!?」
ヘレナの訴えに、神官長は険しい表情のまま眉間を揉む。
そして小さく息を溢すと……「こちらへ」と小さく告げてから、彼女を奥の部屋へと招き入れた。
応接室としても使われるその部屋には、中央にローテーブル、ソファが二脚置かれていた。ヘレナが手前の席に座り、神官長が奥の方に座る。
そうして彼はどこか考えるように視線を彷徨わせながら……ぽつりぽつりと言葉を溢した。
「……ヘレナ様は、聖女がこの国の結界を維持していたことを存じ上げてますね? …………いえ、それをこの国の誰もが知っていたはずです」
「…………はい」
「けれど、王侯貴族達はそのことを忘れ……彼女がこの国の要であることを忘れ。彼女が神殿の資金に手をつけたとか他の男と姦通罪を犯したや、貴女様を暗殺しようとしたなどの有り得ざる罪で断罪し……聖女を王都から追放してしまいました」
「…………そう……そう、なのです。おかしいですよね? 誰もが聖女様がこの国を守ってくださっているのを知っていたはずなのにっ……」
そう……それを知っているならば。
聖女を王都から追放するなんて愚かなことはしなかったはずなのだ。
だって、王都から追放なんかしてしまったら。この国を守ってくれている聖女を守ることが、とても難しくなってしまうのだから。
そう訴えるヘレナに……神官長は沈痛な面持ちで答えた。
「はっきり言いましょう。我々神殿側もこれは想定外の出来事でした。…………いいえ、これは我々の失態ですね。なんせ……この国の王侯貴族達が〝何者か〟による魔法による洗脳を受けていることに、聖女が冤罪で追放されてしまうまで気づかなかったのですから」
「魔法での……洗、脳……!?」
「…………えぇ。王太子を始めとして……この国の貴族の方々は記憶を弄られている可能性が高い。聖女に関する記憶、が」
「……! まさか、聖女様の冤罪が……!」
「…………我々のような女神様に仕える者達は、女神様の加護で洗脳されることがありませんでした。我々に異常がなかったがゆえに、王侯貴族方の方に異常が生じているとは思いませんでした。それゆえに……」
「……神殿の方々はこの国に起きていた異常に気づくのが遅れてしまったのですね……。ですが、何故わたくしの記憶は……無事で……?」
「貴女様も聖女補佐として女神に仕えているようなものでしたから、そのおかげで洗脳から逃れたのかもしれません」
ヘレナはそれを聞いて、胸の前で腕を組み女神に祈りを捧げた。
女神のおかげで、この国の異常に巻き込まれずに済んだからだ。
「とにもかくにも……聖女が王都から追放されてしまったことで今──もう既にこの国の結界はいつ崩壊してもおかしくない状況になってしまっています」
「!?」
「……当然の話、です。この国の結界を維持していた要がいなくなったのですから。今は我々、神官達がギリギリの範囲で維持を続けておりますが……結界は徐々に縮小することでしょう。……最後はどうなるかも、分かりません」
「…………あぁ……だから、神官様方の姿が」
「はい。今、我々は寝る間も惜しみながら、交代で結界の維持を行なっておりますゆえ。皆、かなり疲弊している状態なのです」
それならば、神官長も窶れていた理由に納得する。
逆を返せばそれほどまでに……この国の防衛は聖女に頼り切っていたということだ。
「……この国のためにも聖女をお迎えにあがらなくてならないとは思うのですが。ですが、我々は今、余裕がありません。そこで、申し訳ないのですがヘレナ様……貴女様に、お願いしたいのです」
「わたくしに……アデュール公爵家の力を使って、聖女様をお迎えに上がれということですね?」
「はい。大変不躾なお願いだと分かっております。ですが、我ら神殿の名代として……お願いできないでしょうか?」
冤罪で追放された聖女の迎えにいく──……。
それは重要な務めだ。この国の行末がかかっているのだから。
この国を愛する者として、この国を守る貴族の一人として、ヘレナの答えは一つしかない。
「お任せくださいませ。必ずや、聖女様をお助けしてみせますわ」
「…………お願いいたします、ヘレナ様」
信仰深い信徒でもあるヘレナは、動き出す。これが国の、聖女の、女神のためだと思いながら。
ある意味魔物と言っても同然な王侯貴族達が陰謀を張り巡らせる貴族社会に生きながらも……周りの人達に守られて、甘やかされて育った彼女は、貴族であるというのに純粋に育ち過ぎた。疑うということを知らずに育ってしまった。
だから、ヘレナはこの神殿が……神官達が。女神を冒涜していると言っても過言ではないことをしでかしていることを知らずに。奴らの穢れ切った本性に気づかずに、彼らのために動いてしまう。
だが、事はそう簡単には進まない。
何故ならヘレナと神殿勢力とは別に……聖女追放の黒幕たる第二王子勢力も、聖女の後を追っているからだ。
エキセア王国を襲う苦難は、まだ始まったばかりである──……。




