にじゅーよん
「んで。アイツ、本当はナニモンだい?」
耳が痛いぐらいに煩い、大声と笑い声が響き渡る王都の居酒屋。
終業後──ヒューバートをここに、強制的に連れてきたオーロラは……ジョッキでエールを煽りながら問いかける。
本来ならば、人目を忍んで話をした方がいいのかもしれない。だが、二人でコソコソと話すなんて相手の奥さんに悪いだろう──まぁ、その奥方はそんな小さなことを気にするような女ではないのだが……──し。
こんなにも大きな音で溢れてある場所であれば、誰かに聞かれる心配もない。周りも酔っ払いばかりだから、こちらを気にすることも。耳を傾けることすらもないだろう。
「…………ロキ、か」
向かいの席で肉を齧ったヒューバートはよく噛んでから飲み込み、エールに口をつける。
そして周りを一瞬だけ鋭く見渡してから……するりと側に現れた人物に小さく目配せをした。
「ロキはね。わたし達の直属の騎士だよ。裏で動いてもらっていたんだ」
「アン……? ……!!」
フードを被った人物は、慣れた様子で空いている席に座り、通りがかったウェイトレスにエールを注文する。
オーロラはその慣れた動作に驚いたような顔をしていたが……直ぐに強気に笑い、彼に問いかけた。
「…………こんなとこで遊び歩いてていーんですか、ディー様」
「大丈夫。ミラにはちょっと話をしてくるねって伝えてあるし。きちんとお土産も買ったから、許してもらえるよ」
「……そーゆーことを聞いてんじゃねぇんですけどね……」
オーロラはガシガシと頭を掻いて……フードの下で優雅に笑う王太子ディナントの姿に、溜息を溢す。
「お待ちどうさま〜」
「ありがと」
注文したエールを受け取ったディナントは、これまた慣れた様子でお金を払う。
ここは食い逃げができないように、注文の品を受け取ったらその場で金を払うシステムになっている。王太子は特に慌てることなく金を払っていたから……もしかしたらここに何度か足を運んだことがあるのかもしれない。まぁ、この居酒屋は煩いのが難点だが料理の味はかなり良い。
お忍びデートが趣味な王太子夫妻がここのことを知っていても不思議ではないかと、オーロラは話を元に戻すことにした。
「……ディー様の直属ってことは……《黒》ってことかい?」
「そうだよ。もう十年ぐらい、働いてくれているかな? 君がロキのことをとことん調べそうな気配がしたってヒューに聞いたから、わざわざ説明にきちゃった。一応、わたしから聞いた方が納得してくれるかなって思って」
「…………下手なベテランどもよりベテランじゃないか。……成る程ね。ヒュー様の直属だからこうしてわざわざおいでなさった訳ですか……。《黒》……《黒》なのか……。なら、あれだけの実力があるのにも納得せざるを得ないね……」
オーロラはロキが異様に強かった理由を知って、納得した。
《黒》──つまり、黒騎士。《暗部》に所属する、後ろ暗いことを担っている精鋭の騎士達だ。
そんなのが相手では……ラントが勝てるはずがない。
「とはいえ……片手剣はロキの得意武器ではないからな。アレでもかなり手加減していたと思うぞ」
「…………おい……おいおいおい。マジで言ってるのかい? ヒュー」
「あれ? 知らないの? 《魔王の卵》ほどじゃないけどさ……ロキだってかな〜り魔力量は多いし、強いんだよ? それに、ロキは魔法の使い方もだけど、戦闘においては天賦の才があるからね。条件次第ではヒューも瞬殺されちゃうんじゃないかな?」
「違いありませんな」
オーロラはひくりと、頬を引き攣らせた。
彼女は自分が強い自覚がある。しかし、そんな彼女でも膝を折るのがこの目の前にいるヒューバート・スワロウという男だ。普段の様子から見るとただの苦労人にしか見えないが……その実力は、騎士団長に選ばれるに相応しいものである。
そんな彼が負けるかもしれないともなれば……その衝撃は計り知れないだろう?
「彼の甥っ子の事件があったからね。表の身分が必要になったんだ。運が良いことに騎士団の新規採用を行う時期だったから。新人ってことで改めて騎士団に入ってもらっちゃった。後、ロキから刺激を受けて……騎士団の子達の実力がもっと上がったら良いな〜とも思ってるよ。…………最近、お前達は腑抜け過ぎじゃないか?」
「っ……!!」
鋭い視線と言葉に、オーロラは息を呑む。
セヴェール王国は王家の手腕によって、長年大きな戦を経験せずに済んでいた。だが、いついかなる時に何が起こるかなんて分からない。その有事の際に国を守るために存在するのがセヴェール王国騎士団だ。
…………その騎士団に力がないのならば、この国は、守られることなく滅びるしかない。
「…………申し訳、ありません。少し……いえ、かなり気が緩んでいたようです」
「そうだね。最近はどうも隣国がキナ臭い。何が起こるか分からない気配がプンプンするんだ。何かが起こってからでは遅いのだから……君達はきちんと務めを果たさないとね」
「…………はい」
「……脅し過ぎたかな? まぁ、仕方ないね。《青》でも一、二を争う実力とか言われておきながらあの程度なんだし。もっと真面目に訓練をさせて、力をつけさせて欲しいな」
この言い方ではロキとラントの戦いを見ていたのかもしれない。
どこから、見ていたのだろうか。
突発的に始まった模擬戦であったというのに……その詳細を把握していた王太子が、底知れなくて。オーロラは畏怖を覚える。
「…………畏まり、ました」
「…………。じゃあ、そろそろ行くね。あんまり遅くなるとミラが怒ってしまうし。二人はこの後も楽しんで」
ディナント王太子は彼女を怯えさせたのが分かったのだろう。苦笑を溢しながらそう言うと、エールを飲み切り。するりと立ち上がって騒がしい店内の向こうに消えていく……。
残されたオーロラは自分の失態に……王太子から指摘されてしまうほどに腑抜けていたことに、歯を噛み締めていて……。
それを見ていたヒューバートはそっと目を伏せながら、呟いた。
「…………多分、ロキがいる部隊の連中はロキが改めて鍛え直すだろう。お前が選んだ騎士ですらあの程度だったから、それ以下の騎士がもっと弱いことをアイツも薄々察しているはず。自分の甥を守らせるのだから……少しでも実力をつけさせようとするだろうな。そういうのを見越して、あの三人を選ばせてもらった」
「…………だから?」
「一応な……表向きの所属は《青》ということになっているから。護衛任務中に自主訓練を行う許可を、お前に取りにくると思う。できれば許してやって欲しい。……ロキに育てられた奴はとんでもないことになるぞ。なんせ、《黒》の殆どの奴らが、アイツによる鍛え直しを受けることを希望したぐらいだからな」
「…………!!」
「それが、ディー様方がロキに目をかけている……〝本当〟の理由だ。このまま護衛で終わらせるだけの、勿体無い使い方を……お前はするのか?」
…………つまり、だ。《魔王の卵》・モドキに対する迫害を失くそうとしている王家だからこそ目をかけているのではなく。ロキ自身の実力が桁外れであるから、目をかけているということなのだろう。
そして……自身が率いる《青》を強くするには。あの男を利用した方が、遥かに効率がいいと。
「…………仕方ない。融通を、利かせてやるとするかねぇ」
「嫌じゃなければお前も一度、手合わせをしてみろ。新たな知見……更なる高みに至れるかもしれないぞ」
「…………機会があったら、そうさせてもらうよ」
オーロラは大きな声でエールをお代わりを注文する。
平和に浸ってしまっていたせいで……真面目に、真剣に、油断なく牙を磨くことを怠ってしまっていたことに気づいてしまった今日は……どれだけ飲んでも酔えそうにはない。
しかし、悔しさから、自分自身への怒りから、飲まずにはいられない。
「あ〜……! クソッタレ!」
オーロラは腑抜けていた自分を叱責しながら、エールを煽るのだった。




