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にじゅーさん

 




 打ち合わせというのは、まぁ大体知っていることを知るだけの時間だった。


 タニア達は知らないが、ロキは他の黒騎士達が調べた調査書に目を通している。

 そこには出身や騎士歴、得意とする武器や戦い方は勿論、趣味嗜好や性格……全てが書き示されていた。

 だから、本人達の口から語られるなら……今更知るような情報は一切なくて。

 ロキは無駄な時間だなぁ……と思いながら、適当に自分のことを誤魔化しながら打ち合わせを行い。


 早く午後にならないかなぁ……と、思うのだった。



 ◇◇◇◇



「マリア様。ロキ様とそのご同僚方がいらっしゃいました」


 木馬に乗ってバッタンバッタン遊ぶホープを見守っていたマリアは、デイジーからそう声をかけられた。


「ホープ。ロキが帰ってきたみたいです。お迎えに行きましょう」

「! パパ? いくー!」


 お気に入りの木馬から飛び降りたホープの手を握り、一階へと降りて行く。

 丁度玄関に到着したところで、デイジーが扉を開けると……その向こうにはロキと三人の人物が立っている。

 マリアは驚いて目を見開く後ろの三人を気にせずに……柔くロキに微笑みかけた。


「お帰りなさい、ロキ」

「おかえりー! パパー!」

「お帰りなさいませ、ロキ様」

「おぅ。ただいま」


 ロキは明るく笑いながら、ホープを抱き上げる。


「俺が留守の間は問題なかったか、マリィ」

「えぇ。大丈夫です」

「なら、よかった」

「はっ……! ママ、絵! 絵!」


 ロキが少しでも留守にすると、帰ってくるなり毎回やっているやり取りをしていたら……ホープが彼の腕の中でバタバタと暴れ出した。

 ホープの言葉に何を求めているのかが分かったマリアは直ぐに絵を取りに行こうとするが、先んじて取ってきたくれたらしいデイジーが紙を差し出してくる。


「どうぞ、マリア様」

「ありがとうございます、デイジー」

「ふふふふっ、どういたしまして。わたくしはお客様方のお茶の準備をして参りますね」


 紙を受け取ると、デイジーは煙のようにその場から消えた。毎回不思議ではあるが、妖精なのだからこういうものなのだろう。

 マリアはホープが午前中に描いた絵を、ロキに見せる。


「見てください、ロキ。ホープが私達のことを描いてくれたんですよ」

「へぇ〜……このおっきいのが俺で、真ん中がホープ。その隣がマリィで……おっ。デイジーとスレイも描いてるじゃないか。よく描けてんな、ホープ! 凄いぞ!」

「えへへ〜! ママも! いっしょ!」

「ん? ……あぁ、マリィも一緒に描いたんだ? この空とか葉っぱとか? 上手く描けてるな、マリィ」

「……ありがとうございます。褒められてしまいましたね、ホープ」

「ねー!」


 ──にこにこ、にこにこ……。

 満面の笑みを浮かべるホープを中心に、いつものように会話をするマリア達は……割と本気で後ろの三人のことを忘れていた。

 だから「ご、ごほんっ!!」とワザとらしい咳払いに、マリアは思ったよりも驚いてしまう。


「……失礼。そろそろ、中に入らせていただいても?」


 生真面目そうな女性騎士の言葉に、マリアは慌てて返事を返そうとした。

 けれど、それよりも先に彼女達の隣に立ったデイジーが声をかける。


「いいえ。庭先にお茶の席を用意させていただきましたので、そちらへどうぞ」

「!! なっ……!? 家事、妖精っ……!!」

「わたくしは家事を担う妖精であり、家を守る妖精でもあります。失礼でしょうが……わたくしが守る家に見知らぬ人間を上げることはありません。貴女方が信頼に値する人物であると、わたくしに証明してくださいましたら、この家に立ち入る許可を与えますわ」


 ──にっこり。

 有無を言わさぬ家事妖精デイジーの、本気の笑顔に、タニア達は動揺を露わにする。

 …………だが、当然ながらマリア達もびっくりしていた。なんせ、いつも穏やかで頼りになるデイジーしか見ていなかったので。ここまで強気な態度に出る姿を、初めて見たからだった。


「……デ、デイジー」

「申し訳ありませんわ、ロキ様。マリア様。ですがこれがわたくしのさが。これからこの屋敷に長く在することになるかもしれない方々ですもの。この屋敷にいるに値するか……確かめずにはいられないのです。どうか、お許しくださいませ」

「……いんや。助かるよ、親しき隣人。愛すべき隣人。共に生きる隣人よ。デイジーみたいな立派な家事妖精が守ってくれるなら、安心して暮らせるってもんだ」


 ロキの言葉にハッとした。

 そうだ。デイジーの行動はこの家を、この家に暮らす人を、マリア達を守るためのモノだ。

 だからここでするのは彼女を非難することではなく──……。


「……親しき隣人。愛すべき隣人。共に生きる隣人よ。家事妖精デイジーに感謝を表して。私達のためにありがとうございます、デイジー」

「…………あぁ……あぁ、本当に。貴方様方にお仕えできることは、家事妖精にとって何よりの幸福ですわ」


 一瞬だけ、うっとりと微笑んだデイジーは直ぐにキリッとした面持ちになると、「では、皆様こちらへ」と有無を言わさずにタニア達を裏庭へと案内していく。

 いつの間にか用意されていた大きな丸テーブル。人数分の席が用意されており、テーブルの上にはお茶菓子や紅茶のセットが準備されている。

 皆が席につき──ホープはマリアの膝の上──、デイジーが給仕をする。ひとまず一口、紅茶で一息をつくと……一番初めに話切り出すべきなのは自分だろうという自覚があるタニアであった。


「……それで? わたくしども、護衛対象はセルリーツ卿の甥子さんのみだと聞いていたのですが? そちらの女性はどちらですの」

「マリィ? マリィはホープの子守だよ。一応護衛対象はホープだから……まぁ、話忘れてた感じだな」

「初めまして。マリアと申します。ロキに雇われて、ホープの子守役を務めておりますわ」

「へぇ〜! マリアちゃんっていうんだ!? オレはねぇ〜ブレイク・ラスラクだよ〜! よろしくねぇ!」


 ブレイクが身体を前に乗り出しながら、マリアに挨拶をする。

 それでタニア達は自分達が自己紹介もしていなかったことに気づく。


「…………失礼しましたわ。《青》の第十代隊・第十五部隊の部隊長を務めておりますタニア・スチュアートですわ」

「部隊員のグラディス・セースです。よろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとうございます。この子はホープ。……皆様に守っていただくことになる子です。ホープ、ご挨拶はできますか?」

「あい! ホープです! よろしくおねがーします!」


 両手を上げて挨拶をするホープの可愛さに、マリアとロキの頬が緩む。当然、幼子の姿は誰にだって多少は気が緩んでしまうもので……タニア達も少しだけ、緊張を解いた。


「そしてわたくしはロキ様方にお仕えしている家事妖精のデイジーと申します。お客様方、先ほどは失礼な態度を取ってしまい申し訳ございません。ですが、先も言ったように……貴女方はこれから長く家主様と過ごすことになられますから。家を守る妖精として貴女方を見定めなければなりません。どうか、お許しを」

「…………いえ。家事妖精はそういう存在であると聞き及んでおりますゆえ。お気になさらずに」

「ありがとうございますわ、お客様」


 マリアとロキの後ろに控えたデイジーは軽く一礼してから、控えるように口を噤む。以降は必要な時に口を挟むというスタンスなのだろう。

 それを他の人達も理解したのか……タニアは探るような視線で、ロキを見つめた。


「……それにしても……セルリーツ卿。貴方、先ほどと言動が随分と違い過ぎませんこと?」

「ん? あぁ……ホープの前で仕事モードを貫いたら困惑させちまうからな。いつも通りにしてるだけだ」


 ロキはクッキーをサクサク食べているホープの口元についた欠片を取ってやりながら、答える。

 それを見ていたグラディスが気になって仕方ないと言わんばかりの顔で、口を出した。


「……あの、気になっていたのですが……ホープ君は、セルリーツ卿の甥子さんでしたよね? ですが先ほどから彼は貴方達のことを──……」

「あぁ、パパとママって呼んでたことか? 不安定な時にそう呼ばれるようになって……無理に直させるのも負担になるかと思ってな。そのままなんだわ」

「…………成程。そういうこと、でしたか。余計なことを聞きましたね」

「いんや。気にしないでくれ」

「ってことは、パパママって呼ばれてるけど付き合ってる訳じゃないんだね〜!? なら、オレなんかどーかな、マリアちゃん!」


 ──グイグイグイッ!!

 ブレイクが椅子を一気に動かしてマリアとの距離を詰める。

 それにビクッと驚いたホープが「やぁっ!!」と大きな声をあげる。

 次の瞬間──。


 ──ブォンッッ!!


「お客様。許しなくマリア様にお近づきにならないでくださいます?」

「「「「「…………」」」」」


 ブレイクの顔面スレスレに、大きな大きな斧が振り下ろされた。

 冷たい空気が流れる中……斧を振り下ろした、いつになく冷酷なデイジーの瞳が、ナンパ男を貫く。


「…………し、失礼しましたぁ……」

「ほぉー! ねぇね、かっこいー!」


 ブレイクは冷や汗を思いっきり掻きながら、椅子の位置を直す。

 ホープが斧を振り回したデイジーにキラキラとした目を向けている。


「「…………」」


 そしてマリアとロキは今日何度目かの驚きに襲われていた。なんせ今日一日でデイジーの思わぬ一面を沢山見ているからだ。

 というか、どこからその武器を出した??


「…………ぶ、武装家事妖精……! 最高位の、家事妖精ですって……!?」


 しかし、タニアだけはなんか少し方向性の違う驚き方をしていた。

 ……今の呟きを拾うと、どうやら家事妖精には家事妖精内の階級みたいのがあるらしい。最高位の家事妖精の証左が、この武器なのだろうか……?

 困惑するマリア達に、タニアは感心するような目を向ける。


「……まさか、最高位家事妖精が仕えるほどであるなんて……セルリーツ卿、貴方にはとても、驚かせられますわ」

「スチュアート部隊長、申し訳ないのですが……浅学なわたしに教えていただけますか? 家事妖精の触り程度は聞いたことがあるのですが……。最高位家事妖精というのは……?」

「お教えしましょう、セース卿。通常の家事妖精は仕える家の家事を担い、家を守るだけの存在ですが……最高位ともなると、武力を持って家を守ることができますの。つまり、戦闘能力の有無が最高位か否かの違いとなりますわ」

「そ、そうなのですか……」

「えぇ。わたくしは戦闘も可能な家事妖精ですわ」


 ブレイクが完全に離れたのを確認したデイジーは、いそいそとスカートの中に斧をしまう。……そんなところから出していたのか……。

 そして彼女は再び、使用人らしく静かに背後に控えた。


「家事妖精が仕える相手は、家事妖精達が厳しい審査と調査を行い、家事妖精から仕えるに値すると断じられた方のみ……。つまり、家事妖精が仕えているということはそれほど信頼ができる相手ということでもあります。最高位ともなれば、それだけ家事妖精達がセルリーツ卿達を評価しているということ。確か、国王夫妻に仕えているという家事妖精も最高位ではなかったはずです」

「!! ということは……」

「えぇ。つまり、家事妖精達は国王夫妻よりもセルリーツ卿が仕えるに値すると判断したということですわ。……ですから、わたくしは大変驚いたという訳ですの」

「失礼ながら、一つ訂正を。わたくしも最初は、通常の家事妖精と変わりない階級かくでございました」


 マリア達はデイジーからそういった話を聞いたことがなかったので、目を丸くしながら耳を傾ける。


「けれど、ロキ様、マリア様、ホープ様がわたくしへの感謝を忘れずに接してくださるおかげで……わたくしへの家事妖精としての経験値、のようなものが一気に溜まりましたの。ゆえに、わたくしは最高位の家事妖精となり得たのですわ。つまり、全てはロキ様達のおかげという訳です」

「そのような、ことが……!?」

「えぇ。ですので、ロキ様方のことはわたくしを始めとする家事妖精どもが認める方々です。ゆえに、容姿程度を理由に護衛を疎かにしないでくださいましね」


 ──にっこり。

 デイジーの笑顔に、マリアとロキは思う。

 これは……一応、護衛対象であるホープと護衛を担うための騎士達の顔合わせではなかっただろうか……? ……と。

 ぶっちゃけ、これではデイジーによる護衛の圧迫面接では……? と思わなくもないが、敢えて口には出さない。火の粉がこちらに飛んできては困るので。

 ……中々、マリアもロキに似て図太くなってきた今日この頃である。


「…………承りました。誠心誠意、務めさせていただきますわ」


 デイジーの笑顔の圧負けたタニア達は頬を引き攣らせながら……真剣な面持ちで頷く。

 その答えに、家事妖精は満足そうに微笑んだ。


「えぇ、是非。そうしてくださいませ。という訳で、屋敷に立ち入ることは許しますが……怠慢だと断じましたら、容赦なく外に追っ払いますので。ご了承くださいね」

「「「はい……」」」


 有無を言わさぬとはまさにこれのこと。

 マリアとロキは思う。今日は紛うことなくデイジー無双だなぁ……と。


「くっきー、おいしー!」

「良かったですね」

「良かったな〜」



 取り敢えず……途中、驚いたりしてしまうことはあったけれど……ホープが最後はご機嫌であったから、それだけはよかったなぁ〜と……無理やり良い空気に持っていくマリアとロキなのであった(マル)





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