にじゅーに
偶然、朝の自主訓練で《青》の訓練場に来ていたタニアは……唐突に始まった模擬戦に度肝を抜かれる気分になった。
片方は、《青》にいる騎士なら誰もが知る相手。
ラント・レスマー卿。副団長のオーロラを除けば、この《青》の中でも一、二を争う実力者である。
対して……もう一方の騎士は見たことがない青年であった。暗灰色の髪に、花浅葱色の瞳。…………モドキだ。
(…………モドキの騎士なんて、初めて見ましたわ……)
《魔王の卵》……黒髪紅目ほどではないとはいえ、似たような色合いを持つモドキ達も、この国では差別の対象となってきた。王都は《魔王の卵》に対する迫害を撤廃しようとしていられる国王のお膝下であるがゆえ、表立った迫害・差別は存在しないが。それでもよい顔をされないのが普通である。
だから、騎士団にモドキがあるというだけでも驚きなのに。更に驚いたのは。
(勝ってしまったわ……あの、レスマー卿に……)
剣と剣が交わることなく勝敗はついてしまった。
それも、あんな持ち方をしていながら剣が一切揺れることがないという技量まで見せつけて。
(彼は一体……?)
探るように暗灰色の髪の男を見つめていたら、《青》の副団長が彼のことを〝ロキ〟と呼んだ。
その覚えのある名に、タニアは目を見開く。
(まさか……わたくしの部隊の最後の一人、ロキ・セルリーツ卿!?)
そういえばと、タニアは思い出す。
どこかから流れてきた噂で、ロキ・セルリーツはモドキである可能性が高いと聞いていたことを。そして……新人の身でありながら、平民の身でありながら、王族から優遇されているということを。
……だが、あれほどの実力を見せつけられてしまえば。王家が優遇するのも納得してしまうところがあった。
(彼が……)
撤収していく一行を……タニアは特にロキの背中を見つめる。
彼の強さはまさに……子爵令嬢の身でありながら、騎士団に所属するほどに強さを求めるタニアが、夢見ている強さそのものであって。
羨望に満ちたその視線を……彼女は一切、隠すことができないのだった。
◇◇◇◇
《青》の副団長室に連れて来られたロキは暫くして、同じ部隊の仲間達……先輩達と対面することになった。
「《青》の第十大隊・第十五部隊の部隊長タニア・スチュアートですわ。この二人は……」
「グラディス・セースです。よろしくお願いします」
「ブレイク・ラスラクだよ〜! よろしくね、新人!」
「……ロキ・セルリーツです。よろしくお願いします」
生真面目そうな女性騎士に、どこか演技っぽい笑顔を浮かべる騎士と、チャラチャラした騎士。そして最後には実は黒騎士な自分……。
中々に癖の強い面子に、ロキは頬が引き攣りそうになりながらも笑顔で挨拶をする。
「まぁ、スチュアート達には先に伝えておいたが……アンタらには王家が保護してる《魔王の卵》ホープの護衛任務に当たってもらうよ。アンタらを選んだのは……騎士団長様だし。もしもの場合の責任は、騎士団長様に取ってもらうことにしようかね」
執務机に頬杖をついて獰猛に笑うオーロラは、壁際に背を預けるヒューバートにそう告げる。
彼は眉間の皺を揉みながら、小さく頷いた。
「…………分かっている。彼らはネルサの部下ではあるが。彼らが問題を起こした場合は、わたしが責任を取ろう」
「よし。なら、後は好きにしな。アタシはもう口を挟まないよ」
ヒューバートは地味にチャッカリしてる部下に本当に疲れたような顔をしながらも、真剣な面持ちでロキ達に告げる。
「…………部隊長はスチュアート卿だが、ロキの方が護衛対象について詳しい。ゆえに、護衛任務においてはロキの意見も考慮するといいだろう」
「…………つまり、護衛任務中は指揮官をセルリーツ卿に渡せと?」
「そこまでは言ってないが……相手は三歳児だぞ? お前達、子供の相手をしたことがあるのか?」
──ピタリッ。
タニア達三人の動きが止まった。流石に、そんなに幼い子供の相手をしたことは……この三人にはない。
「いいか? 三歳児は魔の三歳児と呼ばれるくらいに感情の起伏が激しくてだな……思わぬこと泣き出したり、怒ったり、喜んだりしたりするんだ。本当にびっくり箱みたいなんだぞ。それに……お前達は護衛対象のことをほとんど知らないのだから、何があの子にとっての負担になるかが分からないだろう? つまり、だ。お前達が思っている護衛のやり方では、逆に護衛対象に負担をかける可能性があるという訳だ。幼子だからな……下手をすれば、恐いとすら思われてしまうかもしれない。護衛対象に負担をかける護衛のやり方なんて、騎士としてよろしくないだろう。だから、慣れている人間の対応の仕方を学び……護衛対象にとって適切な接し方をすべきだと言いたいんだ」
「……なんか無駄に実感こもってないかい、騎士団長様」
「…………お前はガサツゆえに、王子・王女の護衛に駆り出されたことがないからな……子供相手の護衛任務の辛さを知らないからだ……」
……この騎士団長、騎士団長という偉い立場にいるのに、更に上にいる立場の方々に毎回毎回振り回されている苦労人である。身分は違えど子供の護衛の経験をしたことがあるがゆえ──大人と同じように王子達の護衛をやって、周囲を警戒する顔が恐過ぎると泣かれたことがあった……──に、無駄に実感がこもった解説であった。
「…………畏まりましたわ。流石に、騎士団長からそこまでの助言をいただいておきながら、無視をする訳にはいきませんので。まずはセルリーツ卿に護衛対象との適切な接し方を教授してから、護衛にあたります」
「うむ。そうした方がいいだろう」
「では、早速──……」
「発言してよろしいでしょうか、部隊長」
「…………許可します」
今まで、ヒューバート達の会話を黙って聞いていたロキはここで口を挟む。
ぶっちゃけ、タニアから護衛対象との接し方を座学で教えろとか言われそうな気配を察したので、口を出したともいう。
「……失礼ながら、護衛対象となる甥のホープは、その時その時で対応が変わりますので。実際に顔を合わせて、学んだ方がよろしいかと」
「…………つまり?」
「顔合わせをして、自分がホープと触れ合ってるのを実際に見て、それを参考に本物のホープと触れ合って慣れた方が話は早いってことです」
「習うより慣れろ、ということですわね」
タニアは考え込むように黙ると、事の成り行きを見守っていたオーロラに声をかける。
「ネルサ副団長、我が第十五部隊は午前中は部隊内での打ち合わせを。午後から護衛対象へのご挨拶と軽い交流を行いたいのですが……お許しいただけるでしょうか?」
「後から合流したセルリーツと軽い打ち合わせをしてから、護衛対象との顔合わせをしたいってことだね? いいよ、許可しよう。行きな」
「ありがとうございます」
タニアが一礼をすると、オーロラは手をヒラヒラと振って退室を促した。
ついでにどさくさに紛れて出て行こうとしたヒューバートだったが……「騎士団長様は後でアタシの酒盛りに付き合いな。テメェの家にはきちんとアタシから連絡入れといてやるからよ」と声をかけられて、意気消沈していた。
「……では。後でわたしの方から護衛任務の指示書を出しておく。頑張るように」
「「ハッ」」
「はぁ〜い」
「分かりました。ありがとうございます、騎士団長」
「(…………ロキに丁寧な言葉を使われるは使われるで寒気がするとか……中々毒されてきてるな……)……失礼する」
去って行くヒューバートを見送り終えると、タニアが「さて」と話を切り出す。
「……セルリーツ卿がわたくし達を知らぬよう、わたくし達も貴方の人と成りや得意とする武器、戦い方を知りませんので。必要最低限の情報共有を行うべきですわね。という訳で、小会議室を借りる手続きをお願いしますわ、セース卿」
「…………はい、分かりました。事務室に行ってきます」
「わたくし達は小会議室に向かいましょうか」
「はいはぁ〜い!」
いつもこういう流れなのだろう。指示はタニアが出し、グラディスが動き、ブレイクはただついていくだけ……。
…………貴族ゆえに平民は使うものだという傲慢さが見て取れる。中々に、気分が悪い。
(…………貴族特有の傲慢さを自覚してないってのが。またタチが悪いな……)
こんな奴らをホープの護衛にして大丈夫なのだろうか……? ロキは騎士団長の人選を疑ってしまう。
だが、問題があるようならロキが〝なんとかしてしまえばいい〟だけの話でもある。
(まぁ……最悪、使えるように、調教すりゃあいいか)
…………なぁんて物騒なことを考えていたのが伝わったのか、タニア達がブルリッと身体を震わせる。
キョロキョロと辺りを見渡すタニアとブレイクの後ろで……ロキは冷酷に、薄らと笑うのだった。




