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にじゅーいち

 




 新たな年を迎え……新たに《青》の第十大隊・第十五部隊に配属されることになったタニア・スチュアートは、その日──同じ部隊に配属された仲間達と初めての顔合わせを迎えていた。



「うわぁ! 騎士団の華として有名なタニアちゃんじゃん! おんなじ部隊になれて嬉しい〜。オレはブレイク! ブレイク・ラスラクでぇーす! これからよろしくぅ〜!」


 薄桃色の髪に若葉色の瞳。着崩した騎士服といういかにもチャランポランな格好をしてニコニコと笑う男──放蕩生活を送り過ぎて、親に騎士団に叩き込まれたのだと有名なブレイク・ラスラクがこれまた軽いノリで挨拶してくる。


「グラディス・セースです。騎士としては今年で四年目となります。平民ですが、縁あって騎士団に入りました。スチュアート嬢とは同期ですが……今までお話ししたことはありませんでしたね。これからは同じ部隊の仲間として共に助け合いができればと思います。どうぞよろしくお願いします」


 茶髪に茶色の瞳。顔立ちも相まって随分と地味であるが……どこか演技じみた笑みを隠し切れていないグラディスが、一応は丁寧な言葉遣いで挨拶をしてくる。

 …………同じ部隊に所属することになる二人から挨拶をされたのならば、タニアも返さない訳にはいかない。


「タニア・スチュアートですわ。この度、《青》の第十大隊・第十五部隊の部隊長に任命されました。ご存知かもしれませんが……子爵令嬢であれど、この騎士団に所属する以上は責任ある騎士団員の一人です。ゆえに遠慮などは一切せずに接してくださると助かりますわ。どうぞよろしく」


 一つ結びにした金髪に鮮やかな群青色の瞳。

 乱れ一つなくキリッと騎士団を纏った彼女は、その凛とした面持ちと相まってとても目立つ姿をしていた。

 そんなまぁまぁ濃い面子ではあるが……まだ、これで完全に揃った訳ではない。


「それで? 第十部隊以降からは四人編成での活動になるはずですよね? 最後の一人はどうしたのですか、スチュアート隊長」


 グラディスからの問いかけに、タニアは事前に聞いていた話を伝える。


「本来であれば、この部隊には新人のロキ・セルリーツが配属されることになっていました。ですが、彼はあの……《魔王の卵》を狙って起きたカルト事件の、被害者の身内だったらしく。現在、唯一の生き残りとなった《魔王の卵》……甥子さんの調子が安定しないため、休職を取ることになったそうですわ」

「!! そ、そうなのですか……」

「あ〜……あの事件か〜。なんか口に出すのも悍ましいくらいにひっどい状況だったらしいね〜……。それこそ騎士団ウチがその集団を要警戒対象にするぐらい。そりゃあ休職するのも許されるか〜納得〜」


 あの事件の調査を行ったのは、騎士団だ。

 つまり、噂で流れているよりも詳細に、事の顛末を知っている。そして……その詳細は噂よりも遥かに酷いものだったのだ。


「……なので、セルリーツ卿が戻ってくるまで、本部隊は三人で通常業務に従事することになりますわ。そして、彼が復職し次第、王家が保護しているその被害者の護衛任務に付けられる予定になっているそうです」

「…………それは……大丈夫なのですか?」


 護衛任務は実力がある騎士……専ら、五年以上騎士団に所属している騎士に任されることが多い。

 つまり、護衛任務を任される騎士は実力を認められているという証左にもなる。

 なのに、まだ五年未満の騎士である自分達に任されるのは……先輩騎士達の気を悪くするのではないかと、グラディスは懸念する。


「……そう、ですわね。懸念は確かですが……この人選を選ばれたのは、スワロウ騎士団長ですわ」

「「!!」」

「つまりはこの人選は王家の方々の意向もあるということでしょう。わたくし達は大人しく、それに従うまでですわ」

「……承知しました」

「…………はぁ〜い! 分かりましたぁ〜! 騎士団長に選ばれるなんて、信頼されてるんだね〜オレ達!」


 ブレイクだけはキャッキャだと楽しそうに笑っていたが、生憎とタニアとグラディスだけはそんな軽々しくことを見ることはできそうになかった。

 そもそも、《魔王の卵》の護衛……なんてこと自体、前例がないことなのだ。それも、凶悪なカルトに狙われたことがある相手が護衛対象である。……これでは、何が起こる分からない。

 そもそも、何故、この面子を選んだのかも分からない。裏があるようにしか考えられないのだ。


(…………けれど、わたくし達はセヴェール王国の騎士。命じられた仕事には、忠実であらねば)


 だが、この国である騎士なのだからどんなことであろうと国に忠実であらなくてはならないと、タニアは意識を切り替える。



 この時のタニアは、グラディスは、ブレイクは知らない。

 どこかから彼の話が流れてきて、ロキがモドキであることを知ったり……王族に優遇されている、なんて聞いたりすることを。

 そんな彼と同じ部隊に所属するというだけで、自分達にも少しずつ敵意が向き始めてしまうことも。

 なんてことがない、ただの一騎士でしかない自分達が……ロキを介して騒動の中心に巻き込まれていくことを──……。

 それが、彼女達の運命を大きく変えることになることを……。


 この時の彼女達はそんなことは一切知らずに、いたのだった。



 ◇◇◇◇



 ヒューバートとオーロラ、《青》の幹部達と共に《青》専用の訓練場に来たロキは、オーロラが朝練にきていた騎士達を散らすのを飄々とした面持ちで見つめていた。


「悪いね! 今から模擬戦をするんだ! ちっと退いてな! ……あっ、見学するのは構わないよ! なんせあの、ラントが戦うんだからね!」


 《青》に所属する騎士達は忠実なのだろう。オーロラの言葉に文句一つ言わずに壁際に移動していく。

 それどころか、ラントという騎士が戦うと聞いたら大盛り上がりになるほどで……この色男、人気者なんだなぁと青髪の男をロキを見つめるのだった。


「…………不躾な視線を、向けないでもらおうか」

「……失礼しました」

「…………騎士団長がお認めになる実力、見せてもらうぞ」


 そう言い残したラントが先に、訓練場の中央に歩いていく。

 周りを高い壁に囲われただけの訓練場は少し狭い。騎士団員は大体千二百人ほどであるから……その半数が入るにしては、ここは狭過ぎるだろう。だが、時間を限って順繰りで訓練しているのならこれぐらいの狭さでも問題はないのかもしれない。


「どうした? 怖気ついたかい?」


 そんなことを考えていたロキは、オーロラの声がけにハッと我に返り、こちらを睨むラントの前に歩いて行く。

 腰に下げていた剣を抜き取り、()()()()()は王道の構えを取る。

 両手で手持ちを握り、正面でピタリと静止させた。一切剣先がブレないことに、ラントは驚いたような顔をする。

 今までも油断したような様子はなかったが、警戒心を二段階上げたように……静かに、同じように剣を構える。


「両者準備はいいね……? …………始めっ!!」


 オーロラの合図で模擬戦の火蓋が切って落とされたが、ロキも相手も一切動かない。

 視線で相手の動きを予測し、制し、フェイントをかけて、また牽制する。

 異様な空気が流れた。ひりつく空気だった。緊張感が高まっていく。誰も彼も、中央の二人から目が離せない。

 どちらが痺れを切らすのが先か……。そんなことを観客達が思った瞬間、ロキの身体から力が抜けた。


「!! (今、だっ!)」


 その隙を、ラントは見逃さなかった。

 一呼吸で一気に距離を詰め、ロキに最接近する。

 …………それが罠だと気づかずに。


「……失礼します」


 ──ブォンッッ!!

 ……突風が、吹き荒れた。ラントの眉間の間に、剣の先がピッタリと触れている。

 止まるのが遅かったら、このまま貫かれていたと思った。

 だが、おかしいとラントは思った。ロキが使っているのはどこにでもある片手剣。もっと、間合いがあるはずで……。


「!」


 その答えに気づく。

 ロキは手持ちの柄を片手で、それも一番端っこを掴んでいたからだ。

 普通、剣は中央から上、鍔に近い方を持つ。だが、鍔より最も離れた石突の方を持てば確かに間合いが伸びるだろうが、刀身部分の重さに耐え切れず剣がブレることになるはずだった。

 なのに、ロキはその握力で、少しも剣を震わせずに維持している。更に言えば、剣を振る初速も、異様過ぎるほどに早かった。下手をすれば後出しのように剣を振るっても……対応できてしまうほどに。


「そん、な……そんな……」

「…………」

「…………わたしは……わたしは……新人に、負けて……?」


 新人に負けたという事実に折れてしまったらしいラントが、呆然と呟きながらその場に崩れ落ちる。

 ロキは〝やっべっ……〟と顔をしながら、慌てて騎士団長の方を向く。ヒューバートの方も〝やり過ぎだ、馬鹿……〟と沈痛な面持ちになっていた。

 周りの人々もその表情を驚愕に染めている。しかし、ただ一人。《青》の副団長オーロラ・ネルサだけは鋭い視線を……ロキに向け続けていた。


「…………お前……ロキって言ったか。騎士になる前は……お前、()()()()()?」


 オーロラが嘘偽りは許さないという圧をかけながら、問いかけてくる。

 ロキは一瞬で思考を巡らせて、ラントに勝てた理由として相応そうな言い訳をした。


「……名無しの傭兵、です。ご覧の通り、モドキだったんで。姿を隠しながら、色々と渡り歩いてました」


 ロキは実際に傭兵として潜入活動をしたことがある。ゆえに今の言い訳は真実ではないが、完全な嘘という訳ではなかった。

 だが、嘘でなければオーロラを騙すには充分。


「…………ハッ。成る程ねぇ……」


 その答えを聞いたオーロラは考え込むように顎に手を当てながら、騎士団長の方を見た。

 ヒューバートは涼しい顔をしているが、内心はダラダラと汗を掻いていることだろう。

 しかし、この場では問い糺すことではないと断じたのか、仕方ないと肩を竦めて口を開いた。


「……仕方ない。ラントに勝った以上、新人ゆえに実力がないって理由は通らないね。ロキ・セルリーツの護衛任務を許すよ」

「…………うむ」

「ラント! お前、いつまでそうしてるつもりだい!?」


 オーロラは今だに沈む部下を叱責する。


「新人に負けたってことはそんだけ鍛錬が足りないってことだよ! 後でアタシと特別訓練だ! 覚悟しておきな!」

「…………畏まりました、ネルサ副団長」


 ふらりと立ち上がったラントは、憎悪に満ちた一瞥いちべつをロキに一瞬向けてから、ふらふらと立ち去って行く。

 そんな彼の後ろ姿を見送りながら……ロキはこの場に居合わせた者達から好奇、悪意、様々な思惑に溢れる視線を向けられていることに気づいた。

 ただの模擬戦程度であったはずなのに、彼に勝ってしまったことで目立ち過ぎてしまったのだろう。

 しかし、こればかりはロキが悪い訳ではない。だって……あれでもロキは、かな〜〜り手加減をして戦っていたのだから。


(…………まさかもっと力加減が必要だったとか思いもしなかったんだが……? 大丈夫なのか、この騎士団)


 黒騎士としての個人で活動することが多かったため、ロキはセヴェール騎士団の実力を知らなかった。

 だが、副団長が指名した騎士ですらこの程度であるというのなら……騎士団全体の実力を疑わずにはいられない。


(……俺以外の護衛……役に立つのか……?)



 ロキはこれから甥っ子の護衛につくだろう他の騎士達に対して若干の不安を抱きながら……小さく溜息を溢すのだった……。





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