にじゅー
なんだかんだと一週間が過ぎて……ロキの仕事復帰当日。
ホープと共に着替えを終えたマリアは先に、食堂へと降りてきていた。
「遂に本日よりロキ様が仕事復帰なさいますね」
ワゴンで朝食を運んできてくれたデイジーがそう声をかけてくる。
マリアはこくんっと頷き、四日ぐらい前から配膳のお手伝いがブームになっているホープをさり気なく手伝いながら……家事妖精の言葉に返事を返した。
「えぇ。今日は少しばかり打ち合わせがあるそうなので……午前中は留守にするそうです」
「承知しました」
「できた!」
「上手く配膳できましたね、ホープ」
「まぁ! 流石ですわ、ホープ様!」
マリアとデイジーに褒められて、ニコニコニコニコと笑うホープ。
ほんわかとした空気が流れる中……騎士服に着替えていたため遅れたロキが姿を現わす。
「すまん。遅れた」
「いえ、全然大丈夫ですよ。ロ──……」
振り向いたマリアは、彼の格好を見て目を見開く。
白いワイシャツにスラックス。ネクタイは鮮やかな青で……ネクタイと同色の上着と、剣が収まった鞘が付いた腰ベルトを腕に抱えている。足元は薄茶色の軍靴。
「あー……どっか変か?」
いつもと違って、右側の前髪だけ後ろに流したロキが心配そうに問いかけてきた。
マリアはハッとして、慌てて首を振る。
「い、いえ! その……いつもの楽そうな格好と違ったので。つい、見惚れてしまっただけです。そういう服装も似合ってますね、ロキ。格好いいです」
「…………っ!!(分かってる! 無自覚!)」
「パパ、かっこいー!!」
「よくお似合いですわ、ロキ様」
「あ、あぁ。ありがと」
褒められたのが照れくさかったのか……ロキは頬を掻きながら、礼を返す。
しかし、朝の貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。褒めるのもそこそこに、早速皆で朝食を摂る。
他愛ない話をしながら食事を終えて。身支度を整えた頃には、もうロキの出勤時間が迫っていた。
ロキは上着を着て、スリーピースのボタンを留めると、剣が左側に来るようにベルトを付ける。
「……よし、準備完了」
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫だ。忘れても直ぐに取りこれる距離だし。多分、午後になったら他の護衛を担う騎士達と一緒に挨拶に来ることになると思うから。その時はよろしくな」
「はい、分かりました。お気をつけて。……ホープ、お見送りしましょう」
「うん! いってらっしゃい、パパ!」
「行ってらっしゃいませ、ロキ様」
わざわざ玄関まで見送りきてくれたマリア達に、ロキは目を細める。
どこか懐かしそうなその面持ちは遠い日の記憶を思い返しているかのようだった。
しかし、ロキは直ぐにその表情を取り繕って、笑顔で答える。
「行ってきます」
そう言ってロキは、扉を潜って仕事へと向かった。
扉が閉まり、彼の姿が見えなくなった後……マリアはホープの方を向く。
「さて……ロキがまた戻ってくるまで、何をしましょうか? ホープ」
「うー? んー……あっ! おえかき!」
「いいですね。では、ホープのお部屋に向かいましょうか。すみませんが、デイジー。朝食の片づけを──」
「ふふふっ、片づけの方はお任せくださいませ。そもそも、家事はわたくしの仕事ですからお気になさらずに……と何度言っても気にしてしまわれるのがマリア様達ですわね」
「……すみません。でも、よろしくお願いしますね、デイジー」
「承知いたしました」
マリアはデイジーに朝食後の片づけを頼み、ホープの手を繋いだまま二階へと向かう。
最初は三人しかいないからと必要最低限の部屋しか使っていなかったのだが……家事妖精という強い味方が増えたため、ホープの子供部屋とそれぞれの個室を用意することになった。当然ながら、既に親馬鹿になり始めているマリア達は、自分達の部屋が整うよりも先にホープのための部屋の準備を優先した。
だが、二人はそうして正解だったと思っている。ホープは外で遊ぶことも大好きではあるが、室内で遊ぶのまたとても大好きだったので。
「はい。入ってくださいな」
「あーい!」
マリアが扉を開けて、ホープを部屋の中に入れる。
子供部屋は明るい水色の壁紙が貼られていて、中央にふわふわのラグと低い丸テーブルが置かれている。
部屋の至るところにある室内用遊具は、国王陛下達がくれた物だった。流石に王族の方々が使ってきた物を無料でもらうのは申し訳ないと遠慮したのだが……この遊具で遊んでいた元は王子・王女達は、『もうこんな遊具で遊ぶ年ではない!』とか言い出して、本当に一番下の王子も一切遊ばなくなってしまったらしい。しかし、このまま腐らせるのも勿体無い……。だから、ホープに遊んでもらいたいのだと言われてしまえば、逆らうこともできず……。ロキと共に後で何かお礼をするということで、受け取ることになった。
そんな一悶着があった室内遊具ではあるが、どれもこれもホープはお気に入りで。毎日毎日飽きずに楽しそうに遊んでいる。
だが……今日、最初にホープが手に取ったのは、遊具箱の中に入れられているスケッチブックとクレヨンだ。
「準備はできましたか?」
「あい!」
「では、お絵描きを始めましょうか」
スケッチブックを開き、真っ白な紙にホープが色とりどりな絵を描いていく。
お花に蝶々。ちょっぴり下手な動物達。
「ママも描いて!」
「えぇ。いいですよ」
マリアはホープから黄色のクレヨンを渡されて、上の方にお星様を描いていく。
そうやって穏やかな時間が過ぎていく……。
そんなマリアとホープの午前中に対して、ロキの方は──……。
◇◇◇◇
王宮敷地内にある騎士団の詰所──通称・《守護宮》に着いたロキは、慣れた様子で騎士団長室に顔を出していた。
「という訳で、ロキ・セルリーツ。本日より職場復帰します」
「承知した。人前では基本的に、お前のことは新米騎士というとして扱う。……言葉遣いには気をつけろよ」
「うぃっす」
「だから、言葉遣い……」
「失礼しました。以降気をつけます」
「…………はぁ」
ヒューバートは心配そうに溜息を零すが、黒騎士としての実績があるロキだ。やる時はきちんとやるだろうと考え直し、立ち上がる。
「では、早速だが……お前が所属する部隊の元へと向かう。最初だから、わたしが案内しよう。着いてくるといい」
「ハッ」
先を歩き出したヒューバートの後を、ロキは追っていく。
普通であれば、部隊の隊長を騎士団長室に呼び出し……隊員を回収させるモノだ。しかし、敢えて騎士団長がロキを連れて行くことで、ロキの今までの休みには騎士団長が、その後ろにいる王家が認めていたモノであるとアピールするつもりなのだろう。
入団した新人の癖に長々と休んでいるロキに対して、悪感情を抱いている者も少なくないと聞いているから……そういった奴らへの牽制も兼ねているのかもしれない。
「お前が所属するのは《青》の第十大隊・第十五部隊だ」
「はい」
セヴェール王国の騎士団はどちらかといえば、軍隊のような分け方をしている。
騎士団長がトップに立ち、二人の副団長がいる。その二人の副団長が騎士団の半々を受け持ち……大隊、部隊と更に細分化して、統一を行なっているのだ。
ロキが所属するのは《青》……つまり、女傑オーロラ・ネルサ副団長が率いる方になるということだろう。
《青》は基本的に王都の治安維持を担う方なのだが……王宮の警備・王族の護衛を担当する《白》を率いる副団長アイク・ベンガーの選民意識の高さに影響されて、《白》全体がそういった傾向が強いと聞く。
つまり、平民でありモドキであるロキが《青》に配属されるのは妥当だと思われた。ロキは〝色々と考えてくれてるよなぁ〜〟と感心しながら、ヒューバートに続いていく。
「……この時間は、会議室にいるか。先に上の奴らに顔を見せておいた方が楽だろう。そこに行くぞ」
「畏まりました」
この時間はまだ朝議……朝の業務連絡をしているのだろう。
ヒューバートは慣れた様子でオーロラ達がいるであろう会議室に向かい、部屋の前で警備をする騎士達に軽く挨拶をしてから中に入って行く。
「入るぞ、ネルサ」
「おっと……我らが騎士団長様じゃないか。どうしたんだい、何か用事でも?」
質素剛健な会議室の中で……上座に座っていた銀髪の美女が豪快に笑う。
高く結い上げられた銀髪に碧眼。その美しい顔に刻まれた傷は歴戦の騎士であることを物語り……女性とは思えないほどに鍛え上げられた鋼の身体を騎士服に包んだ彼女こそが……《青》の副団長オーロラ・ネルサ。またの名を《鋼の豪傑》。
彼女の目がスッと細められ、ロキを貫く。当然ながら……重たい長テーブルの周りを囲っている忠実な部下達も同様だ。
しかし、ロキは目を逸らさない。どこ吹く風と言わんばかりの表情のまま、ヒューバートの後ろに控え続ける。
そんな彼の態度に面白いモノを感じ取ったのか……オーロラが笑う。騎士団長は小さく溜息を零してから、ロキの方を親指で指差した。
「……コイツが例の新人だ。事情が事情とはいえ、入団早々の長期休職だったからな。挨拶をさせておくべきだと思って連れてきた」
「ご挨拶を申し上げます。ロキ・セルリーツです。此度は甥の一件で多大なご迷惑をおかけしました。今後も色々とご迷惑をおかけするかと思いますが……どうぞよろしくお願いいたします」
オーロラ達の圧に負けることなく挨拶をするロキの姿に、益々彼女の興味が引かれたのだろう。
更にその笑みが獰猛になる。
「ほぅ……? ソイツが、騎士団長様がわざわざ介入してまで、ソイツのための部隊を整えてやるような奴なのか」
「…………分かっているだろう、ネルサ。ロキの甥は《魔王の卵》であり、あのカルト事件の被害者。唯一の生き残りだ。そして、とても幼い子供でもある。陛下が気にかけ、身内を護衛においてやろうとするのも仕方のない話だろう」
「だから、本来はアタシが決めるはずの人選を騎士団長様がしたって?」
「…………不服か」
「トーゼンだろ。《青》があまりやらない仕事とはいえ、この護衛任務を任されたのはアタシらだ。アタシには《青》の副団長として、与えられた任務を完遂する義務がある。要するに、だ。護衛対象の身内っていうアドバンテージがソイツにあろうが……アタシだったら絶対に新人なんか使わないね。護衛をやれるほどの基礎がないだろ」
護衛任務というのは案外、技能が求められるモノだ。つまり、それなりに経験を積んだ者がやるべき仕事である。
そんな仕事を新人──だと思われている──であるロキにやらせるなんて、護衛対象の身内だからなんて理由があろうがオーロラ的には絶対に〝なし〟な人選だと思っているのだろう。
だが、忘れてはならない。ロキは今年入団した新人ということになっているが、本当は既に何年もこの騎士団に所属している黒騎士……表立つことができない立場で、様々な修羅場を潜り抜けてきた実力者である。ぶっちゃけ、ロキ一人でも護衛としては充分なのだ。ただ、休みがなくなってしまうので、他にも人を選んだに過ぎないだけで。
とはいえ、オーロラの主張も正しい。ロキの実力を知らないのだから、ロキが、護衛に付くことを否定するのも当然だ。
だから、ヒューバートは切り札を切る。
「…………ロキを騎士へと推薦をしたのは、このわたしだ」
「…………は?」
「つまり、コイツの実力はわたしが保証する」
「…………へぇ?」
平民が騎士団に所属するには、推薦が必要になる。貴族もしくは役職持ちの騎士からの推薦が。
今回、ロキを推薦したのはヒューバート・スワロウ……つまり騎士団長が推薦したということになっていた。それは逆を返せば、推薦者の実力を保証している、確信しているという証左になる。
「ってことはだ。騎士団長様が認める程度には強いんだ? ソイツは」
「あぁ」
「だけど、騎士団長様。アタシは昔から言ってんだろ? アタシはアタシが見たモンしか信じねぇって。つー訳で、ラント」
「はい」
オーロラに声をかけられた青髪の青年が立ち上がった。
キリッとした橙色の瞳が、鋭くロキを睨みつける。
「ソイツと戦いな」
「畏まりました」
「…………はぁ。ロキ」
「はい」
まぁ、どこかで周りを黙らせる必要はあっただろうなぁとは思っていたロキだったが。流石にこんなに早くになるとは思ってもいなかった。
とはいえ、好機であるのには間違いない。なんだかんだでセヴェール王国の騎士団は実力主義であるのだから。力があれば大体はなんとかなるのである。
…………だから一部からは脳筋騎士団なんて呼ばれてしまうのかもしれないが。
「よし。訓練場に行くよぉ!」
オーロラの掛け声で、その場にいた全員が移動し始める。
まさかの全員かよ……と思いながらも、逆らう術はないので大人しく従う。
ただ……。
(…………実力がバレ過ぎないように、気をつけねぇとなぁ……)
黒騎士として培った力が露見しないように抑えて戦うのは少し大変かもしれない。
まぁ、実力を隠すのは黒騎士の十八番ゆえに、やろうと思えばできるのだが。面倒くさいなぁ〜という本音は、少し隠し切れていない。
「…………」
そんな風に余裕すら感じさせるロキの姿を……オーロラは目を鋭く細めながら、観察するのだった。




