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じゅーきゅー

 




 ロキから職場復帰の話を聞いたマリアは……驚きに目を丸くしていた。

 だが、直ぐに納得もする。

 本人も言っていたが……彼が仕事を休んでいたのは、ホープの調子が悪かったからだ。精神的にも魔力的にも不安定だったホープではあるが……今は見る影もない。普通の子供と変わらないほどに元気よく、走り回っている。

 となれば……ロキに復帰の話が上がるのは当然というもので。

 しかし、ずっと側にいたロキが仕事とはいえ日中を留守にするようになるのかと思うと……マリアの胸にはなんとも言えない気持ちが湧き上がるのであった。


「…………」

「…………どうかしたか、マリィ」

「……いえ。なんでも……ない、です」

「なんでもないって顔じゃないんだよなぁ……」


 ロキは考え込む。

 そして、真剣な面持ちで彼女に告げた。


「マリィ。心の中の言葉は声に出さなきゃ伝わんねぇんだわ。だからさ? 打ち明けてくれね?」

「…………ロキ?」

「なんでもないって顔じゃないって言ったろ。なんか不安とか不満とか、言いたいことがあんなら素直に言ってくれ。抱え込んだらいつか爆発しちまうぞ」

「ばく、はつ」

「そう。何を言われたって俺はマリィの言葉を遮ったり、気持ちを無視したりしないからさ。嫌いになったりもしない。だから……言葉を、気持ちを飲み込むなよ」


 その言葉に、マリアは考え込んだ。自分の本心を、見つめ直した。

 そして恐る恐る……口を開く。


「……上手く言葉にできるかが、分からないのですが。ロキが職場復帰をすると聞いて……納得する反面、胸がキュッとしました」

「……キュ?」

「そう、です。なんていうか……足元が、グラグラする感じと言いますか……やっぱり、自分でもよく分からないーー……」

「ママぁ……だいじょーぶ……? ふあん……?」

「…………え?」


 いつの間にか……ロキの腕から降りたホープが、マリアの目の前に来て心配そうな顔で見上げてくる。

 だが、ホープの言葉にマリアは固まるしかなかった。


「…………ふあん……」

「あー……もしかして……。その、ちょっと自惚れかもしれないが。俺と一緒にいる時間が短くなるから、不安になっちゃったか?」

「…………」


 そう言われてマリアは黙ったまま考え込む。

 確かに……セヴェール王国に来てからずっと側にいたロキが、仕事で離れるようになることを考えたら胸がキュッとして足元が不安定になったような感じがした。

 もしかして……これは、不安だったのだろうか?


(…………あぁ、そうです。これが不安という気持ちでした……。私……自分を守るために……いろんな気持ちを、忘れるようにしていたから……)


 そして、マリアはそのことを思い出した。

 エキセア王国での地獄のような暮らしを乗り越えるために……マリアは自分の気持ちが揺れ動かないようにしていたことを。

 食事も睡眠も満足にできず、毎日毎日酷使される日々。少しでも怠れば折檻される。マリア個人は否定され、便利な聖女という存在どうぐであることを強要されて。

 死にたくても自ら死ぬ勇気はなかった。否、自殺を図ろうとしたところで死なないように〝処置〟されることになっただろうから……下手な行動を起こさなかったのは正解であった。

 けれど、どんなに酷使されて、骨と皮だけになっても。その膨大な魔力がマリアを生かした。死ぬような辛い目に遭っていても死なない……死なない、というのは一種の不幸とも言えただろう。

 だから、延々と続く日々から目を逸らすように。マリアは辛い現実を辛いと思わないように。心を麻痺させるしかなかった。苦しいと思わなくなるように感情を凍らせるしかなかった。自分に心があることを忘れて、蓋をして。言うことを聞く人形であると思い込んで。……そんな風に生きてきたのだ。

 でも、もうセヴェール王国ではそんな風に自分を押し込める必要はない。少しずつ少しずつ、自分が自分マリアであることを許される日々に……忘れていた気持ちも、少しずつ蘇り始めたのだろう。

 そして自分の気持ちを打ち明けても……ロキとホープは受け入れてくれるという。否定しないと。言ってくれる。

 だからマリアは勇気を出して……口を開く。


「…………ずっと、この国に来てからはロキが隣にいたので……隣にいる時間が減ることが、不安、なんだと思います」

「マリィ……」

「でも、お仕事ですから。仕方ないことですから。私の不安なんかでロキの仕事の邪魔をするのはーー」

「……悪い、マリィ。確かに仕事復帰はするけど。でも、今度は護衛騎士としてお前達に付くことになるだけだから……側にいる時間が極端に減ることはないんだわ」

「………………はい??」

「つまり、だ」


 ロキは申し訳なさそうな顔をしながら説明する。

 以前、国王夫妻が話していたホープに護衛の騎士をつけるという話。

 生活のためには金を稼ぐ必要があるし。なんだかんだも騎士も人手不足であるため、職場復帰は確定ではあるが。けれど、今まで四六時中側にいたのにいきなり離れてホープに悪影響が出ないかという懸念も上がっているため……復職後には、ホープの護衛を任務として与えられることになっているのだと。


「だから、今後はプライベートとしてではなく騎士として二人と一緒にいる時間が増える感じになる。ただ、仕事中は騎士らしく接することになるだろうけど……まぁ、側にいるのは変わらんから。不安になんなくて大丈夫だ」

「そう、なん、ですか……」

「あぁ、そうなんだよ。だから、安心してくれ」


 そう言われて……マリアはホッと息を溢した。

 さっきまでの不安な気持ちは既にない。今までとあまり変わらないのなら、不安を抱く必要もないということだ。


「……よかったです。ロキが隣にいてくれるのは……安心しますから」

「…………へ、へぇ〜……そうなのか……」

「えぇ。私がこの国での一番信じられる相手は、貴方ですから。だからどうか、これからも私と一緒にいてくださいね」


 ふんわり……。

 マリアは自覚がないまま、信頼し切った顔でロキを見つめる。


「…………!!」

「ママ! ぼくも!」

「えぇ、勿論。ホープも私と一緒にいてください」


 その時には既に……キャッキャッと嬉しそうに笑うホープの方を向いてしまっていたマリアは気づかなかった。

 自分が深く考えずに言い放った言葉が思った以上に彼に刺さって。……モドキであるがゆえに誰かから信頼されるという経験が殆どなかったロキが、嬉しさやら恥ずかしさやら何やらで思いっきり顔を赤くしていたことに。


(…………わ、分かってる……マリィの言葉に深い意味はない……。ただ純粋な気持ちで……言ってるだけだ……。でも、でも、でもっ……!!)


 ロキは赤くなった顔を両手で覆って、天を仰ぐ。


(こんな勘違いしそーな言葉で(ことを)言ってくるとかっ……! 無自覚なのも相まって、マジでタチ悪ぃぃぃぃい〜〜っ……!!)


 …………楽しげに笑うマリアとホープ。空を見上げるロキ。

 地味に二人のやり取りの一部始終を目撃していたスレイは思った。


(今回ばっかりは兄貴に同情しやすぜ……。今の言葉は、確かに勘違いしそーになりますし……)


 とはいえ、余計なことは言わない。言うつもりもない。

 だって(馬だけど)馬には蹴られたくないので。


(…………まぁ、色々と頑張ってくだせぇ! 兄貴!)



 とにもかくにも……。

 これから、無自覚なマリアの言動に振り回されそうなロキに向かって……スレイは心の中で応援をするのだった。





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