じゅーはち
騎士団長ヒューバード・スワロウに呼び出されたロキは、「そろそろ職場復帰したらどうだ?」という言葉に目を丸くした。
「…………職場復帰……」
「……そんなに変なことを言ったか?」
「あ、いえ? ただ思ったよりも早かったな、と思って?」
ロキが休職していたのは、ホープが精神的にも魔力的にも落ち着いていなかったからだ。
しかし、今は違う。マリアと出会ってから、ホープは劇的に調子が良くなった。四六時中側にいなくても大丈夫になったし、他の人が近づいても問題なくなった。
となれば、職場復帰の話が出てくるのは当然であったが……思っていたよりも遥かに早くこの話が出たことに、ロキは驚いていたのだった。
「まぁ、分からないでもない。お前の甥っ子……ホープの調子が安定しなかったのは、ほんの二ヶ月前の話だからな」
「……まぁ、はい」
「しかし、聖女殿……いや、マリア嬢が子守になってからかなりの安定を見せているという。それもディナント殿下のお墨付きだ」
この二ヶ月の間、国王夫妻と王太子夫妻はちょくちょく屋敷に顔を出していた。それは王族の務めからの息抜きだったり、ホープの様子を確認するためだったり、完全なサボりだったり……まぁ色々な理由で、だ。
その時に魔法に長けているディナント王太子が、ホープが魔力的に安定していると確認したのだろう。
「家事妖精がお前についたこともデカい」
「あぁ〜……成る程……」
箱入りでできないことの方が多いマリアだったが、二ヶ月も経って色々とできることが増えてきたというのも理由だろうが。家事妖精が仕えるにようになったため……ロキが側にいなくても、家で何かあっても家事妖精がいれば大概のことは大丈夫だろうと判断されたのかもしれない。
「それに、子供を育てるのにはとんでもなく金がかかる。稼げる時に稼いでおいた方がいいのでは? なんて意見もあった。なんせいつ自分が怪我やら何やらで金が稼げなくなるか分からないものだし。子供もいつどこでどんな大怪我や病気を負うか分からない。更には、妻や子供が事を起こして高額な賠償金を払うなんてことになることもっ……ううっ!」
騎士団長が胃の辺りを押さえて、呻き声を上げる。
何故だろう……。一応、セヴェール王国の騎士団の頂点に立つ人なのに……無駄に苦労人の気配が濃ゆかった……。
「何はともあれ……そんな感じで、お前の職場復帰の話が出た感じだ」
「…………はい」
「だが、今までホープに付きっきりであったというのにいきなり離れるというのも大丈夫なのだろうか……という懸念も上がった」
「…………それにも納得ですねぇ」
騎士として復帰したら、ロキは日中、屋敷を留守にすることになる。
ホープを育てるに当たって、黒騎士ではなく新米騎士として改めて騎士団に所属することになった──タイミングよく入団試験があった時期だったので、小細工をして新人騎士の身分を手に入れたのだ──ため……黒騎士時代のように長期潜入などで何ヶ月も家を留守にする、なんてことはないだろうが。それでも、日中だけでも留守にするだけでも、ホープにとっては大きな変化になるだろう。勿論、マリアにとっても、だ。
いきなりロキが離れたら、ホープにどんな影響が出るか分からないからこそ……最悪を想定しておいた方がいい。
「ゆえに、以前から話にあったホープの護衛として付くことはどうだ、という話だ」
「護衛……」
ホープには、魔王を信仰する教団に狙われた過去がある。
《魔王の卵》を手に入れるために手段を選ばない──実際にホープの両親は奴らに殺されてしまった──集団がいて。そんな奴らに一度でも狙われたことがあるというだけでも、充分に護衛をつける理由に値する。
「……護衛としてホープに付くことで、急にホープから離れることにはならなくなるってことですか」
「……あぁ。ただ、ロキ一人が護衛につく訳ではない。当然、お前が所属する隊で対応してもらうことになるだろう」
「そーいや……正騎士って四人一部隊で活動するんでしたっけ?」
「あぁ、そうだ」
他の国はどうだか分からないが……セヴェール王国では新米騎士は四人一組で部隊を組んで活動している。五年目からは二人一組。これは舞台を組むことで連帯意識を強めるという目的もあるが……互いに互いを助け合うことで実力不足を補うためでもあり、有事の際に効率的に動くため──例えば、一人が情報伝達を行い、残りのメンバーで事に対応するなど──といった理由もある。余談だが……黒騎士は基本、一人活動であるため、その分だけ実力を必要とされる。閑話休題。
「……まぁ、部隊がなんであれ。んな優遇してもらっていいんですかねぇ」
本音を言うと、ホープの側にいながら賃金が発生するのは凄く魅力だ。
だが、こうやってホープのために休職していることも含めて……新米騎士(笑)相手にそんな優遇をしてしまって大丈夫なのだろうかとも思う。
「……お前の懸念も分からなくもない。だが、カルトの起こした殺人事件は、王都の人々すら怯えるほどに過激だったからな……大部分の連中は、納得してくれるだろうよ」
カルトによって殺害されたロキの兄夫婦の遺体は……それはそれは無惨なものだったという。語ることすら憚られるほどに、人としての尊厳を無視された殺され方をしていたそうだ。
ゆえに、《魔王の卵》のためにそこまでするのかと国の人々はカルトへの恐怖を募らせ。セヴェール王国の騎士団が今最も警戒している相手は、そのカルト集団となっているほどであった。
つまり、奴らの危険度を理解しているがゆえに……奴らの手に《魔王の卵》が渡るのは危険だと理解できている者達は、この優遇に納得するだろうというのが、ヒューバートの言だった。
…………が。
「…………逆を返せば一部の奴らは納得してねぇって訳ですか」
「…………あぁ、そうだ」
どこにでも状況が正確に把握できない馬鹿というものはいるもので。
モドキであるロキに対する嫌悪感も相まって、一部の者達は彼に対して明確な敵意を抱いている奴らもいるのも、また事実であった。
「…………まぁ。そういう奴らはお前の実力を知れば黙るだろう」
「護衛に選ばれるだけの理由を見せつけろってことで?」
「あぁ、そうだ。ちなみに……他の面子は、五年目までの騎士で護衛として実力がある者達を、お前が所属する予定の部隊に集めた。…………まぁ、多少……それなりに……色が濃い、面子だが」
「…………なんかすっげぇ不安になるよーなこと言ってんな? 資料、あります?」
目を逸らしたヒューバートから受け取った仲間予定の情報資料に、ロキは目を通す。ホープの護衛につく以上、当然ながら黒騎士による身辺調査報告書も付属だ。
そしてロキは……選ばれた面子に、本音を漏らす。
「うーん……癖が強そう」
「……う、ぬ……。否定は……せん。否定は……せんが……! 実力は……実力は、問題ないはずだ……!」
「ぶっちゃけ、厄介払い部隊だったりしません? これ?」
「ち、ち、ち、違うわっ……! ただ護衛対象が《魔王の卵》でも忠実に任務を全うしそうな人選かつ、お前と相性が良さそうなのを選んだらこうなってしまっただけだ……!」
「…………まぁ、いっか。取り敢えず様子見だな」
ロキはにっこりと笑って、騎士団長の執務机に書類を放り投げる。
………なんか絡でもないことを考えていそうな悪い笑顔であったため、ヒューバートは再度そろっと目を逸らした。
「……とにもかくにも……復職、ということでいいんだな」
「うぃっす」
「(上司に対する返事ではないのだが……はぁ……一々注意しても無駄か……。)では、復職の手続きを進めるぞ。話は以上だ。退室を許可する」
「はい。失礼します」
ロキは騎士らしく一礼してから、騎士団長室を後にする。
そのままマリアとホープが待つ屋敷に向かって歩き始める。
(……二人は俺が職場復帰するって聞いたらどんな反応見せるかねぇ? まぁ、側にいるのはあんまり変わらんから、何かある訳じゃねぇか)
とはいえ、ロキの職場復帰は一つの転機であることには変わりない。
これを機に、自分達を取り巻く環境が変わっていくことになるだろう。
(…………ホープもだが、マリィのこともきちんと気にかけてやらなきゃな)
ロキはそう心の中で呟きながら……屋敷に帰るのだった。




