雲のような少女 ※龍樹視点
実を言えば、彼女にはそこまで大きな興味はなかった。
ついでに、期待らしい期待も。
片割れは彼女を歓迎したし、坊ちゃんも朽葉も、彼女に心を開いているのがわかった。
だけど僕は、わざわざ進んで彼女に歩み寄ろうとは思えなかった。
別に嫌うわけじゃないし、むしろ好ましいと思うけれど、なんというか、大した関心を持てなかったのだ。
坊ちゃんの支えになってくれるというなら、この上なくありがたい。
朽葉の理解者になってくれるというなら、喜ばしい。
片割れの拠り所になってくれるというなら、願ったりだ。
でも、それ以上でも以下でもない感想しか抱いていなかった。
彼女の存在を、僕自身は必要とも不要とも、特に思っていなかった。
感情移入しやすい片割れと違い、僕はどうにも一線を引くのが早かった。
彼女が天龍族にも鬼神族にも偏見を持っていないことがわかって。
好奇の目も邪な感情も向けてこないことがわかって。
ならばそれでいい、と、それ以上は特に何も思わなかったのだ。
『龍樹、奥様見なかった?』
『先ほど顔を洗うって言っていたよ』
片割れの声に応えれば、嬉しそうに井戸へ向かう彼女。
それを微笑ましいとは思うが、羨ましいとは思えなかった。
だって僕は知っている。
奥様は、良くも悪くも、僕らに興味がないことを。
坊ちゃんの細君としてここにいる彼女は、非常にわかりにくく、わかりやすい人間だった。
彼女の言動は純粋であり突飛で、故に赤子や児子のように不可解だった。
だが、一本芯の通った内面を推し量れば、彼女の思考は非常にわかりやすかった。
屋敷の仕事の手伝いを申し出るのも後ろ暗さや手持ち無沙汰を誤魔化すため。
家財や装飾品を強請らないのは、彼女にとってそれらが大した価値を持たないから。
焔様に歩み寄るのも、僕らに親しもうとするのも、孤独を埋めたい寂しさから。
鬼神族も天龍族も知らずに今までを生きてこれたのも、全くそこに興味がないから。
彼女が愛でる対象は、物を言わず動きもしない、植物に限られていた。
そして、植物と平穏さえあれば、彼女は他に対して無関心なのだと、そう理解した。
ならば、と。僕はそれに倣うことにした。
そもそも僕は自身を鏡のようなやつであると認識している。
警戒には警戒を、親愛には親愛を、無関心には無関心を。
与えられたものをそのまま反射するような性根を持っている。と、自覚している。
だから今回だって例に漏れず、僕は奥様の無関心に無関心で応えている。
そしてそれは、奥様が死んでしまうまで変わらないのだろうと、そう思っていた。
「だれかぁーっ!」
悲鳴のような声を聞いて。駆けつけた先で倒れた坊ちゃんと、真っ青になった奥様を見て。
根は善良なのだな、と、ただそれだけを頭の片隅で思ったのだ。
朽葉と龍海は単純なことに、奥様に全てを話してしまった。
僕は正直、奥様にそれだけの歴史を背負う覚悟なんてあったものじゃないだろうし、どうかすれば潰れてしまうとさえ思った。
まだ嫁いできて一月と経っていない、こちらに無関心な奥様が、そんな話を聞いてどうするか。
逃げるか。卒倒するか。無関心を貫くか。いくらお人好しでも、語られた話に「そうですか、ならばこれからは共に背負います」と言えるはずがない。
碌なことになりはしない。そう思っていた。
だのに。奥様は。あの女は。
じっと話を聞いて、じっと噛み砕いて、飲み干して。
あろうことか、それを受け入れたのだ。多少の動揺はあっても、彼女はそれを『是』とした。
無関心を貫いたのだと、初めはそう思ったのだ。
だけど。
「……」
「…………」
翌朝、坊ちゃんの部屋からそっと出てきた奥様は、頬に畳の跡をつけながらも、一晩中寄り添っていたことが窺えて。
目があったら、気まずげに視線を泳がせて。
問いかければ正直な反応で全てを暴露して、畳の跡を指摘したら恥ずかしそうにして。
その姿を見て、ようやくストンと腑に落ちた。
なんだ。別に、無関心なわけじゃなかったのか。
赤茶けた瞳は言葉よりも雄弁に奥様の心境を写す。
いつの間にだったのだろうか。僕は、気づけていなかった。
初めましての挨拶の、その時の瞳とはまるで違う光が宿っていることに。
彼女はとっくのとうに、僕らを懐に入れていたのだ。
気づかなかった滑稽さに思わず腹を抱えて笑って。
奥様が起きてきた坊ちゃんを見て、泣いた。
今ならもう解る。奥様のその涙の意味も、感情も。
「た、龍樹…」
「焔サまが泣かせたのでスから、ゴ自分で解決なサってください」
狼狽えている坊ちゃんは割と珍しいし面白いので、放っておくことにして。
この拙い夫婦が、どんなふうに歩んでいくのか。どんな夫婦になっていくのか。
つかみどころのない雲のような少女が、どうやって坊ちゃんを大切にしてくれるのか。
僕も、片割れたちと一緒に眺めていこうと決めた。
久しぶりすぎて自分でビビってます。今年からまた改めて、よろしくお願いします。




